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署名した供述調書の内容すり替えの可能性に医師「びっくりしました」

老人ホームのおやつ提供で過失責任を問われた看護職員(9)

出河 雅彦

 長野県安曇野市にある特別養護老人ホーム「あずみの里」で、利用者におやつのドーナツを提供し、のどに詰まらせて窒息死させたとして、ホームの職員である准看護師が業務上過失致死の罪で起訴された事件を検証する本シリーズは、第9回の今回から証人尋問の内容を紹介する。今回は、おやつの最中に突然意識不明となった利用者が救急搬送された病院で治療に当たった医師の証言を中心に見ていくことにする。

拡大特別養護老人ホーム「あずみの里」
 前回述べたように、准看護師(以下、Yさんと言う)の起訴から1年9カ月、初公判から1年5カ月が経過した2016年9月になって検察側は、自らが犯罪事実として主張する「訴因」の一部変更と追加を裁判所に請求した。

 もともと検察側が主張していたのは、利用者の女性(以下、Kさんと言う)の食事中の動静を注視して食物による窒息事故を未然に防ぐ業務上の注意義務を怠ったというYさんの過失(=注視義務違反)だったが、新たに別な主張(予備的訴因)として、おやつにはゼリーを提供することになったKさんに対し、提供すべきおやつの形態を確認しないまま、漫然とドーナツを配膳して提供した過失(=おやつの形態変更確認義務違反)を追加することを裁判所に請求したのである。これに対し弁護側は強く反発したが、裁判所は検察側の主張の追加を認めた。

 証人尋問が始まったのは、Yさんと弁護人が検察側の追加主張を認めないよう申し立てた特別抗告が最高裁で棄却された5カ月後に開かれた第8回公判(2017年7月4日)からである。第8回公判では、Kさんが突然意識を失った2013年12月12日にあずみの里C棟の食堂で利用者に飲み物を配ったり、一部の利用者のおやつ介助をしたりした男性介護職員が証言した。

 男性介護職員は、当日食堂にいた17人の利用者の持病や特性、食事介助の必要度、Yさんにおやつの配膳を頼んだ経緯、Kさんが意識を失うまでの経過などを詳しく証言した。

 本連載の第3回で紹介したが、Kさんが意識を失う8日前の2013年12月4日にC棟担当の職員の会議が開かれ、感染症対策を話し合う中で、Kさんがそれまでに2回嘔吐した原因が話題となった。そこで、食事の量が多いのではないか、食後すぐに動くことがよくないのではないか、おやつをゼリー系に変更してはどうか、といった意見が出された。その後、管理栄養士とも相談、検討のうえ、12月6日からおやつを常食系からゼリー系に変更し、それまで200グラムだった全粥を7日の昼食から100グラムに減量することになった。12月4日の会議でKさんの嘔吐を話題にしたのが、この男性介護職員だった。

 12月12日のおやつでは、物を飲み込む嚥下機能に問題があった2人、糖尿病で低カロリーゼリーを与えていた1人とKさんの計4人にゼリーを配る予定だったが、おやつの時間に食堂に手伝いにきたYさんにおやつの配膳を頼む際、男性介護職員は特に指示はしなかった。それに関して、検察官と男性介護職員の間で次のようなやり取りがあった(意識を失い、のちに死亡した利用者は尋問調書では実名になっているが、Kさんとした。以下、同様)。

 検察官 あなた、先ほど、被告人におやつを配ってくださいと指示したという話してたんだけど、あなたと被告人の関係は、あなたが指示して、被告人がその指示に従う関係だったの。

 男性介護職員 おやつの手伝いが、おやつのときですし、手伝いは何かありますかと聞かれたら、おやつの、食べる方のおやつを配ってくださいと、そういう状況だったので、そういう指示するしないとかの関係じゃないので、聞かれたから答えたというかお願いしたというような考えでいましたが。
 (略)

 検察官 被告人に頼んだときに、ゼリーとドーナツの区別をきちんとつけないで、Kさんにドーナツを配っちゃう、そういうことを心配してましたか。

 男性介護職員 心配はしていませんでした。

 検察官 どうして、心配しなかったんだろう。

 男性介護職員 おやつというのが楽しみであり、し好によるものなので、家族からの差し入れがあったときにはそちらを提供したりもしてたので、そういう何かおやつっていうのは間違える心配というか、そういう概念は私の中にはなかったです。

 検察官 今、あなた、間違える心配がないって言ったけど、今のあなたの説明からすると、間違っても問題ないって、そういうことじゃないの。そう思ってたってこと。

 男性介護職員 まあ、そうです。

拡大長野地裁松本支部
 このやり取りに関する裁判官の補充質問に対し、男性介護職員はゼリーを配る予定だった4人のうちKさん以外の3人については「しっかりとゼリーを配るっていうことは認識してた」と述べたうえで、Kさんについては次のように答えた。

 「当時Kさんの変更というものを私が出したんですけども、記憶はしてなかったし、えん下機能的には問題はなかったので、そういったその認識というものがゼリー系だっていう認識がなかったです」

 続く第9回公判(2017年8月21日)では、同じ日に食堂で最初にKさんの異変に気づいた女性介護職員が証言した。

 第10回公判(2017年9月11日)では、Kさんがあずみの里に入所するまで同居していたKさんの二女のNさんが証人として法廷に立った。

 1981年ころから2013年10月にあずみの里に入所するまでKさんと一緒に住んでいたというNさんは検察官の質問に対し、入所した当時のKさんの食事についておおむね次のように証言した。

 80歳ぐらいから歯が全部なくなったが、入れ歯を使うことはなく、食べ物はかまないで飲み込んでいた。そのため、おかずは細かくして、とろみを付けたりして与え、ご飯は全がゆにしていた。箸やスプーン、フォークを使って食べ物を自分の口に運ぶ動作自体はできていた。一回にすくう食べ物の量が多く、口に運ぶスピードもとても速かったので、口に入れたものの飲み込みが追いつかず、口の中が食べ物でいっぱいになってしまうこともあった。食べ物をのどに詰まらせることもしょっちゅうあった。食べ物が詰まって、真っ赤な顔をして苦しそうだと、食べ物を吐かせたり、背中をたたいたりして、とにかく出すようにさせていた。

 母親をあずみの里に入所させるに当たって、Nさんは、①口に入れるのが速くて飲み込みがそれに追いついていかないから、食事をするときは必ず隣にいて見てくださいと要望した、②食事は細かく刻んで、とろみを付けて、飲み込めるような状態にし、ご飯は全がゆでお願いしますと言った、と証言した。

 検察官は質問の最後にNさんの気持ちを尋ね、以下のようなやり取りがあった。

 検察官 そしたら、次にまた別のことをお尋ねしますけど、まず証人は今現在、お母さんが今回の事故で亡くなられたことに納得はいっていますか。

 Nさん いいえ。

 検察官 そのことに納得がいかない理由というのは何ですか。

 Nさん 入所するときに、おばあちゃんのこと、食事の面でとても気を付けてもらいたいということを何度も何度も繰り返してお願いしたんだけど、それが原因で亡くなったから納得いかないです。

 検察官 それでは、この裁判で被告人として罪に問われている、この法廷にいる被告人、この被告人個人に対しては、どんな処罰を望みますか。

 Nさん 裁判所の判断にお任せしようと思っています。

 検察官 被告人個人について、刑務所に入れてほしいとか、厳しく処罰してほしいとか、そういう気持ちはないんですか。

 Nさん そういうことはないです。

 ここまでの証人尋問では、検察官はもちろんのこと、裁判官も、Kさんが窒息事故で亡くなったという前提で、各証人に質問をしていた。Kさんの死因については、Yさんの刑事裁判の大きな争点の一つとなるので、救急搬送されたKさんの治療に当たった主治医がどんな見解を持っていたのかを、その法廷証言から紹介する。

 Kさんの治療を担当した松本協立病院の上島邦彦医師が証人として出廷したのは、初公判から2年6カ月後の2017年10月23日に開かれた第11回公判だった。上島医師は検察側、弁護側双方が申請した証人だった。証言によれば、上島医師は内科が専門で、Kさんが2013年12月12日に緊急搬送された初期対応には関わっておらず、Kさんが入院したその日の夕方以降に引き継ぎを受けて治療を担当することになった。入院から約1カ月後の2014年1月16日にKさんが死亡した際には死亡診断書を作成した。まずは、低酸素脳症から死に至るメカニズムに関する検察官と上島医師のやり取りを以下に紹介する。

 検察官 死亡診断書には、死亡の原因として直接死因が低酸素脳症、その原因が、来院時心肺停止とあるんですけども、実際にも、そのような死因で亡くなられたという判断だったことに間違いないですか。

 上島医師 間違いないです。

 検察官 その上でちょっと確認したいんですが、いわゆる人が死亡するというのは、法律家の世界だと三徴候説というんですかね、心臓が止まる、呼吸が止まる、あと瞳孔の対光反射が喪失する。それが人の死だと言われますけども、Kさんが低酸素脳症で死亡した。その低酸素脳症から、今説明させていただいた3つの要件ですね。心臓が止まる、呼吸が止まる、瞳孔の対光反射が失われるんだと、そういう死というものに至る具体的な機序というのはどういうものだったんでしょうか。

 上島医師 低酸素脳症で、その後の経過で意識は、結局、回復しませんでした。お食事を食べる、体を維持する栄養を維持することができませんでした。そうしますと、人間の各細胞というのは各細胞の機能が維持できなくなってきます、徐々に。いわゆる、タンパク質とか、そういったものが、結局、入ってきませんので、維持できず、やがて各細胞の機能が低下して各臓器の多臓器不全という状態になっていきます。その状態で生命の維持ができなくなって呼吸停止、心停止に至ります。

 検察官は心肺停止の原因についての見解も尋ね、上島医師との間で次のようなやり取りがあった。

 検察官 じゃ、次にまたちょっと別のことを伺います。Kさんが来院時心肺停止となった原因について、当時、主治医であった先生としては、どういうふうに、その原因を判断したんですか。

 上島医師 まず、送りが恐らくドーナツを食べてるところで心肺停止状態になったという情報は受けておりました。それで、当然、御飯、食事というか食べ物を喉にある状況での心肺停止ですので、今問題になってる窒息は、可能性はあり得るというふうに思ってました。ただ、それ以外に、食べてる途中で、高齢なかたですので脳梗塞若しくは心臓に致死的な不整脈など、そういったもの、突然心臓が止まり得るものに関しては可能性があるかなと。ただ、そのどれも確定に至るに根拠のあるような確実な証拠というのがない状況だなというふうには思っておりました。

 検察官 ドーナツを詰まらせたと、そういう情報がある上で、ただ、それが来院時の心肺停止の原因だと確定できなかったと、そういうことですよね。

 上島医師 そうです。

 検察官 じゃ、そうすると、他の原因については検索とか検討というのはしたんですか。

 上島医師 その意味で、ちょっと残念ながらお亡くなりになった後なんですが、頭のCT検査の実施をお願いしました。

 検察官 頭のCT検査、他のドーナツを詰まらせた以外の窒息の原因は考えられるんだったら、生きている間に何でしないんですか。

 上島医師 それは原因が何であれ、もう来院されたときに、まず心肺停止状態で、心拍は再開しましたが、その後の意識状態は戻らずに、最初、低体温療法なども実施しましたが、それでも意識は戻らない。その状態で、例えばそこでCT検査をとっても、その後の治療には結び付かない。その後、このKさんの予後を改善させる、もう一回、その意識を回復させるような、その治療法のめどがなかったからです。

 検察官 そうすると、Kさんの心肺停止の原因が何であろうが、治療方法というのは変わらないんですか。

 上島医師 来院された、あの状況では変わらなかったと思います。

 検察官 例えば、脳梗塞っていうのは血管が詰まるということですよね。

 上島医師 そうですね。

 検察官 血管の中の使った(原文ママ。※筆者注=「詰まった」の誤記と考えられる)塊を溶かすとか、そういう治療はしないんですか。

 上島医師 溶かす治療は、その状態ではできないと思います。もう呼吸が停止されてて、心拍は再開しましたけど、人工呼吸が付いててこん睡状態、来院時心肺停止と言われる状態ですから、ちょっとなかなか難しいと思います。

 検察官 先生、さっき疑われたというのは、脳梗塞と、もう2つ、何でしたっけ。

 上島医師 もう一つは、今私が言ったのは、恐らく心室細動などという言い方をしましたね。

 検察官 じゃ、先生があれですか、ドーナツが喉に詰まった以外の心肺停止の原因として考えたのは脳梗塞と、心室細動でしたっけ。

 上島医師 はい。

 上島医師はこの後、心室細動の可能性はかなり低いと考えていたと述べた。検察官から、脳梗塞とドーナツがのどに詰まって窒息したことの確率はどちらが高いと当時考えていたか尋ねられると、「当時の見解では、脳梗塞で突然何の前触れもなくいきなり心停止をするようなことがあるかどうかについて、私には、その知見がありませんで、食べている途中ということからいくと、脳梗塞と窒息を比べると、その当時、窒息の可能性はあるのかなというふうに思ってました」と答えた。検察官から二つの可能性にどのくらい差があると考えていたか重ねて尋ねられた上島医師は、「私はどんなものがどれだけ詰まってたかという、その当時、詰まっているものに関して、実際にその現場を、私は当然見ておりませんし、どれだけのものがどういう状況で喉にあったのかというのが、ちょっとはっきりしたものが分かりませんでした。ですので、それが分からないと、窒息の確率が高いのかどうか自体も推し量れない状況でした。ですので、その確率も計算がしかねるので、判断をするのを保留したというのが現実です」と述べた。

 この後、上島医師は、Kさんの死から3年以上経過した証言時点においては、窒息よりも脳梗塞の可能性が明らかに高いと考えている、と証言した。そのように考えるようになったのは、上島医師がある医学論文を見つけて読んだことがきっかけだった。その論文は弁護側が証拠として提出した。検察官の尋問に続いて行われた弁護側の尋問で、上島医師がその論文について語ったことを見ていくことにする。

 弁護人 供述調書についてお聞きします。あなたが警察の人の前で作ってもらった供述調書には、おやつのドーナツを喉に詰まらせて誤嚥によって窒息したとのことであり、心肺停止になったと見て矛盾はありませんというふうに書いてあるんですけれども、そのように書いてあることを覚えていますか。

 上島医師 矛盾はありませんというのは覚えています。

 弁護人 そういう言い方をすると、通常の日本語では窒息の可能性はそこそこあるというふうに読めてしまうんですけれども、そういう意味で供述をされたんですか。

 上島医師 そこそこある。そのシナリオはそういった推論シナリオは成り立つという意味で書きました。書きましたというか述べました。

 弁護人 他のシナリオは否定する趣旨ですか。

 上島医師 いえ、先ほど申しましたように、医学というのは確率論ですので、1つのシナリオが成立することは他のシナリオを否定することにはなりません。

 弁護人 他のシナリオとして、どんなものがあると、この調書の作成時ではお考えでしたか。

 上島医師 先ほども申し上げた、脳梗塞の可能性、あと、実際には確率は低いと、さっき言っていました、心室細動の2つについては低酸素脳症の原因として述べたのを覚えてます。

 弁護人 調書作成時には、既に心室細動の可能性は低いとお考えだったんですね。

 上島医師 それはそうです。今まで申し上げたとおりです。

 弁護人 じゃあ、調書の作成日に脳梗塞はあり得ると思っていましたか。

 上島医師 あり得るとは思っていましたが、その確率はそれほど高くは見積もっておりませんでした。

 弁護人 それほど高くは見積もっていませんでしたということは、もう一つのシナリオである、窒息によるシナリオの可能性と併存してたということですか。

 上島医師 そうですね。併存してて、どちらが高いか分からないという状況でした。

 弁護人 今はどちらの可能性が高いかについては知見を持っておられますか。

 上島医師 はい。先ほども申し上げましたように、現時点では脳梗塞が心停止の原因だったんではないかと思っております。

 弁護人 今になって、そういう知見を持つに至った根拠は何ですか。

 上島医師 先ほど話題になってました論文を見付けたからですね。

 上島医師が見つけたのは、2014年に米国の救急医学の専門誌に掲載されたオーストリアの研究グループの論文である。論文を見つけたきっかけについて、検察官から「今回の裁判に証人として出ていただくに当たって検索したっていうことですか」を尋ねられた上島医師は、「その前からですかね。この間が、これが裁判になったということで、いろいろ調べたということですね。気になっておりましたので、その死因に関しては」と答えた。

 弁護側が原文のコピーとともに証拠請求した反訳文によると、「心停止の神経学的原因とその後の転帰」というタイトルの論文は1991年~2011年の間に神経学的疾患による心停止により救急部門で治療を受けた患者154人の診断、治療結果を分析したもので、原因別では、くも膜下出血が最も多く74例(48%)、脳内出血が33例(21%)、てんかん発作が23例(15%)、脳梗塞が11例(7%)、その他の神経学的疾患が13例(8%)だった。弁護人はこの論文を示しながら、上島医師にその内容について尋ねた。

 上島医師 実は、これ、私どもにとっては驚きの内容で、いわゆる脳梗塞、脳神経的な問題で、そこにあったトラブル、例えばくも膜下出血、脳出血、あと、今回は脳梗塞が入ってるんですが、そういったもので、特に脳梗塞が原因で、突然、何も前触れもなく突然心停止することがあるということは余り知られてませんでした。その機序も、ちょっと説明が今までされてなかったんですね。この論文では約20年間の蓄積の中で、ちょっと正確なことは、すみません、百数十例以上の、結局、脳の脳梗塞、脳出血、くも膜下出血ですね。あと、てんかん、こういったものが原因で何の前触れもなく、いきなり心停止してたということを報告してる論文です。その中に約11例、脳梗塞が原因で突然心肺停止をしてるという症例が約11例報告されてました。私どもにとっては、これは非常に驚きの知見ということになります。

 (略)

 弁護人 では、あなたは、現在、今の段階で、今回のKさんの低酸素脳症の原因は何だとお考えでしょうか。

 上島医師 現時点では脳梗塞で心停止して、そのことが低酸素脳症の原因になった可能性が高いんではないかと思っております。

 弁護人 窒息よりも高いと思ってるんですか。

 上島医師 現時点ではそう思っております。

 上島医師の証言によれば、Kさんが脳梗塞を発症した可能性が高いと思うようになった根拠はこの論文のほかにもあった。それは、Kさんを救急搬送した救急隊員があずみの里で救命措置をする際にKさんの声門付近にあることを確認したドーナツの残渣の大きさを、咽頭喉頭の構造を理解するための透明の模型を使って同隊員に再現してもらい、その様子を写真撮影した捜査報告書だった。検察側が証拠として提出したこの捜査報告書を示しながら弁護人から「警察で調書を作っていたときに思っていたものと比べて、どのくらい小さいですか」と尋ねられた上島医師は「びっくりするぐらい小さいです」と答えた。さらに、弁護人からこの大きさでのどに詰まると思うか聞かれ、「ないと思います」と述べた。

 次に弁護人は、Kさんが心停止後に心拍を再開したことと、脳梗塞による心停止であることの整合性、意識を失い回復しなかった理由などについて上島医師に尋ねた。

 弁護人 Kさんの低酸素脳症の原因を脳底動脈の梗塞と説明するとして、心停止した後に心拍が再開したことは説明はつきますか。

 上島医師 それは十分説明がつきます。

 弁護人 どんなふうに説明がつきますか。

 上島医師 これは、つまり脳梗塞が原因でいきなり心停止をする機序についてはまだはっきりよく分かってないんですけど、心肺停止したとしても、その後、心臓には全く、そういうわけで問題がありませんので、一定の心肺蘇生処置で、その後、心拍が再開することは十分にあります。

 弁護人 この脳底動脈の梗塞により、意識を喪失するという機序はどういうものになりますか。

 上島医師 大きく2つあると思います。1つは、今申し上げた、結局、脳梗塞で突然心停止することがあるということなので、それで心停止をすると、直ちにそこで脳底動脈には血液がいかなくなるので、そこで意識を失います。もう一つは、脳底動脈に脳梗塞を起こすと、ちょうど脳幹部と言われるところですね。それと、先ほど申し上げた視床と言われる場所は上行性網様体賦活系と言われまして、そこは意識の中枢なんですね。そこの場所に血流がいかなくなると、意識を保てなくなって、意識消失します。その両方があり得ると思います。

 弁護人 このそれぞれの場合についてお聞きします。脳底動脈の梗塞により上行性網様体賦活系に障害を生じて意識を消失する場合、脳梗塞から時間はどのぐらい掛かるでしょうか。

 上島医師 これは脳底動脈に完全に閉塞させたとしたら、もう本当に数秒以内だと思います。

 弁護人 では、脳底動脈の梗塞から即時に心停止して意識を失う場合、これは脳の梗塞から時間はどのぐらい掛かるでしょうか。

 上島医師 これはもう心停止したら、もう直ちにだと思います。

 弁護人 両方の場合で、その後の意識状態が回復しなかったということはどのように説明できますか。

 上島医師 これは、脳細胞というのは非常に低酸素の状態に弱くて、なおかつ脳細胞は再生しませんので、一定期間、恐らく大体約30分も、いわゆる血液が不十分、酸素が不十分な状態に陥ると、恐らく、その後、いわゆる不可逆的な脳細胞の障害に陥って、それが、いわゆる上行性網様体賦活系の広範囲に及びますと、その後、もう残念ながら意識が戻らないという状態が継続することになると思います。

拡大長野地検松本支部
 この後、弁護人は高血圧など、Kさんの既往症と脳底動脈の梗塞を関連づけて説明することはできるかどうか尋ねた。それに対し上島医師は、Kさんが高血圧であったことや高齢であることに触れながら、心臓でできた血栓が脳に運ばれ、脳梗塞を発症するということが「機序としては十分考えられると思います」と述べた。また、Kさんの低酸素脳症の原因が脳底動脈の脳梗塞だとした場合、直前までの見守りや注視、食事内容に気をつけるといった行為で回避することは可能かどうか尋ねられた上島医師は、「残念ながら不可能だと思います」と答えた。

 上島医師は尋問の中で、捜査段階で警察官から事情を聴かれ、自身が署名した調書には、低酸素脳症の原因として脳梗塞などの可能性があると話したことが記載されていたのに、検察側が公判で証拠請求し、証人として出廷する少し前に弁護人から見せられた調書にはその記載がなかっ

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筆者

出河 雅彦

出河 雅彦(いでがわ・まさひこ) 

 1960年生まれ。上智大学文学部新聞学科卒。朝日新聞社で医療、介護問題を担当し、医療事故や薬害エイズ事件のほか、有料老人ホームや臨床試験について取材。2002~2013年、編集委員。2013~2016年、青森総局長。2021年4月からフリーランス。
 著書に『ルポ 医療事故』(朝日新聞出版、「科学ジャーナリスト賞2009」受賞)、『混合診療』(医薬経済社)、『ルポ 医療犯罪』(朝日新聞出版)、ルポライター鎌田慧氏の聞き書き『声なき人々の戦後史』(藤原書店、第16回「パピルス賞」受賞)、『事例検証 臨床研究と患者の人権』(医薬経済社)。橳島次郎氏との共著に『移植医療』(岩波書店)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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