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「最善の利益を図る義務」法制化へ 企業年金の運営者に

有吉 尚哉

拡大有吉 尚哉(ありよし・なおや)
 2001年東京大学法学部卒業。2002年弁護士登録。2010年~2011年金融庁総務企画局企業開示課専門官。現在、西村あさひ法律事務所弁護士。金融法委員会委員、金融審議会専門委員、金融法学会理事。資産流動化取引その他の金融取引、信託取引、金融関連規制への対応等を担当。

はじめに

 2022年12月9日、金融審議会 顧客本位タスクフォース(以下「顧客本位TF」という)は、「金融審議会 市場制度ワーキング・グループ 顧客本位タスクフォース 中間報告」(以下「中間報告」という)を取りまとめ、公表した。顧客本位TFは、「経済成長の成果の家計への還元促進」について、「経済財政運営と改革の基本方針2022」等も踏まえて、その具体策を専門的に検討するため、2022年9月12日に金融審議会 市場制度ワーキング・グループの下に設置されたものである。その後、2022年9月30日の金融審議会総会において示された「我が国の家計の安定的な資産形成を実現するため、顧客本位の業務運営、金融経済教育等について、幅広く検討を行うこと」という諮問についても、顧客本位TFで検討が行われることとなった。そして、中間報告は、2022年9月から12月にかけて全5回の顧客本位TFの会合で審議された検討結果がまとめられたものである。

 顧客本位TFでの議論や中間報告の内容は、主に金融機関等の金融分野に関わる当事者を対象としたものである。もっとも、中間報告の内容の一つとして、企業年金制度等の運営に携わる者に最終受益者に対する「最善利益義務」を適用することが提言されており、企業年金を運営する一般の事業会社にとっても影響が及ぶものとなっている。

 本稿では中間報告における企業年金の運営者に関する提言の内容を紹介し、企業年金の運営にあたってどのような点を考慮する必要が生じるか解説する。なお、筆者は顧客本位TFのメンバーを務めているが、本稿の意見に亘る部分は筆者の私見であり、顧客本位TFやその他の組織の見解を示すものではないことを申し添える。

最善利益義務の法令化

 金融庁は、2017年3月30日に顧客本位の業務運営に関する原則(以下「顧客本位原則」という)を制定している。顧客本位原則は、法律のように法的拘束力を有する規範ではなく、顧客本位原則の趣旨に賛同する金融事業者がこれを採択することにより、顧客本位原則を遵守することを期待することによって規律付けを図るものである。そして、顧客本位原則は7つの原則から構成されており、そのうち原則2は「顧客の最善の利益の追求」という表題で以下の内容を定めている。

【顧客の最善の利益の追求】
原則2.金融事業者は、高度の専門性と職業倫理を保持し、顧客に対して誠実・公正に業務を行い、顧客の最善の利益を図るべきである。金融事業者は、こうした業務運営が企業文化として定着するよう努めるべきである。

 このように、金融事業者(金融商品の販売、助言、商品開発、資産管理、運用等を行う全ての金融機関等が対象とされている)は、従前より顧客本位原則を採択してこれに従った業務運営を行うことが期待されており、顧客本位原則を採択した金融事業者には顧客の最善の利益を図る義務(最善利益義務)が適用されることとなっている。

 もっとも、中間報告は、顧客本位原則による実務について、「金融事業者による顧客本位の商品・サービスを提供する取組みが行われ、一定の進展が見られている」と評価する一方で、顧客本位原則を採択している金融事業者の取組状況に十分でない点があるほか、そもそも顧客本位原則を採択していない、あるいは、顧客本位原則を採択しているものの、これに基づく取組方針等を公表していない金融事業者も多く存在することを課題として指摘し、「金融事業者全体による顧客本位の業務運営の取組みの定着・底上げを図る必要がある」と述べている。そして、最善利益義務については、広く金融事業者一般に共通する義務として定めることなどにより、金融事業者全体による顧客本位原則に沿った顧客・最終受益者の最善の利益を図る取組みを一歩踏み込んだものとすることを促すべきであると提言している。

 この提言を受けて、今後、最善利益義務を法令に定める旨の法改正が行われることが見込まれる。

企業年金の運営者に関する責任

 顧客本位TFでは、金融事業者による顧客本位の業務運営のあり方に加えて、年金制度の関係者等もその対象に加えることにより、広くインベストメント・チェーンに関わる者を対象として、顧客本位の業務運営に向けた取組みの一層の横断化を図ることも議論の対象となっていた。その中では、顧客本位TFの事務局説明資料において、確定拠出企業年金に関する課題として、次のような事項が取り上げられていた。

  • 顧客(年金の拠出者・受給者)本位の視点からは、運用成績や能力を重視して運用委託先を決定すべきところ、母体企業との取引関係を重視している企業年金が一定割合存在すること
  • 年金運用の意思決定や管理にあたって、外部専門家を活用していない企業年金が多いこと
  • 運営管理機関及び商品に対する評価、モニタリングを実施していない企業年金も多いこと

 そして、最終的に中間報告では、金融事業者の顧客本位の業務運営の取組状況の課題と合わせて、「個人の資産管理・運用等に重要な役割を果たしている企業年金についても、運用の専門家の活用不足や運用機関の選定プロセス、加入者への情報提供に課題があるとの指摘もされている」とまとめられている。その上で、前述の最善利益義務について、企業年金制度等の運営に携わる者等も対象に加えることが提言されている。

 従って、中間報告の提言を踏まえて最善利益義務が法令に定められる場合には、その対象に企業年金の運営者も含まれることが予想される。

最善利益義務とは

 本稿の執筆時点においては、中間報告の提言により具体的にどのような法令改正がなされるのか明らかになっていないが、最善利益義務については、例えば、金融商品取引法(以下「金商法」という)や金融サービスの提供に関する法律(以下「金サ法」という)を改正し、最善利益義務に関する規定を設けることが考えられる。仮にこのような改正がなされる場合、金サ法上の最善利益義務の主体に、企業年金の運営者も含められることが想定される。

 ここで、前述のとおり、顧客本位原則には「顧客の最善の利益を図るべき」という最善利益義務が定められているが、これまで、最善利益義務を定める法令は存在しない。そのため、そのような先例のない義務が定められると、その具体的な内容をどのように捉えるべきかが論点となる。また、善管注意義務(民法644条、金商法41条2項・42条2項等)や誠実公正義務(金商法36条1項)といった既存の概念との差異や関係も明確ではない。

 まだ法令にどのような定めが設けられるかさえ明らかになっていない段階で、義務内容の解釈を行うことは難しいところであるが、この点の手懸かりとして、金商法36条1項に「金融商品取引業者等並びにその役員及び使用人は、顧客に対して誠実かつ公正に、その業務を遂行しなければならない」と定められている(誠実公正義務)ところ、中間報告では脚注2の中で、解釈上、この誠実公正義務に最善利益義務が含まれているか明確でないとした上で、「「顧客の最善の利益を図るべき」ことを法律上定めることにより、誠実公正義務に内包されるべき「最善利益義務」が明確化されるとも考えられる」という考え方が示されている。このような考え方を前提とすると、最善利益義務は誠実公正義務に内包される概念であって、その内容を考えるにあたっては誠実公正義務に関するこれまでの解釈論が参考になることとなる。また、同じ中間報告脚注2では、最善利益義務は「金融事業者一般に共通する義務とされる場合であっても、その内容は全ての金融事業者に一律というものではなく、金融事業者の業態、ビジネスモデルなどの具体的な事情に応じて個別に判断されるべきである」との意見があったことが紹介されている。この考え方を前提とすると、最善利益義務の具体的な内容は、個々の主体の具体的な事情に応じて個別に判断されることになると考えられる。

企業年金の運営者に求められる最善利益義務

 これまで企業年金の運営者にも法令上の義務が課されていないわけではなく、企業型確定拠出年金又は規約型確定給付企業年金を実施する事業主や基金型確定給付企業年金における基金の理事は、それぞれの根拠法により加入者や基金のために忠実にその業務を遂行しなければならないという義務を課されている(確定拠出年金法43条1項、確定給付企業年金法69条1項、70条1項)。もっとも、米国ではERISA法(Employee Retirement Income Security Act)により企業年金制度の運営に関与する者に対して一般的にfiduciary duty(信認義務)が適用されていることと比べて、わが国の制度は緩やかな規律であり、前述のとおり顧客本位TFでは企業年金の運営に関する課題が指摘されていた。

 それでは、最善利益義務が法令に定められた場合、企業年金の運営者にはどのような対応が求められることになるか。法令の内容はまだ明らかになっていないが、顧客本位TFでの検討や中間報告の内容からポイントとなる事項を解説する。

 まず、中間報告では最善利益義務の対象として「企業年金制度等の運営に携わる者等」とのみ述べられており、企業年金の範囲について特に限定されていない。そのため、今後、立法にあたって何らかの限定が加えられる可能性もありうるものの、確定拠出か確定給付か、あるいは規約型か基金型かといった企業年金の類型を問わず、また、上場・非上場や年金の規模を問わず、全ての企業年金の運営者に最終受益者である年金の受給者に対する最善利益義務が適用される可能性が高いものと思われる。

 そして、年金基金の運営者に求められる最善利益義務の具体的な内容については、前述のとおり最善利益義務が日本法上、新たな概念であることもあって、立法がなされた後の解釈運用に委ねられるところが大きいが、少なくとも顧客本位TFにおいて確定拠出企業年金に関する課題として掲げられていた事項に対応することが義務内容となることが想定される。すなわち、運用成績や能力を重視して運用委託先を決定すべきこと、年金運用の意思決定や管理にあたって、外部専門家の活用を検討すべきこと、運営管理機関及び商品に対する評価、モニタリングを実施すべきことといった視点を持つことが求められると考えられる。他方、自ら投資運用を行う義務や運用成績に対する結果責任を運営者に負わせるものではないと考えられる。

 ここで、特に確定給付企業年金においては、基本的に運用の成果は、受給者の経済的な利益につながるものではなく、運用がうまくいかなかった場合には企業の経済的負担が増加するという関係にある。そのため、運営者に最善利益義務を負わせるとして、誰のための義務とすべきか、考え方が分かれうるように思われるが、中間報告ではあくまでも最終受益者である年金の受給者のための義務として想定されているようである。

 また、最善利益義務は金融事業者や企業年金の運営者に一律に適用される義務であるとしても、その具体的な内容は、個々の主体の具体的な事情に応じて個別に判断されるものと考えられる。そのため、一概に企業年金の運営者といっても、確定拠出か確定給付かなどの類型や、年金の規模などの個別事情に応じて義務を遵守するために必要な対応は異なりうるものと考えられる(例えば、年金運用の意思決定や管理にあたって外部専門家を利用することが全ての企業年金に義務付けられるものではないと思われる)。

 なお、企業年金の運営者が最善利益義務に違反した場合の効果についても明らかではないが、少なくとも民法上の不法行為責任の根拠となりうると考えられる。

終わりに

 最善利益義務に関する法改正

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筆者

有吉 尚哉

有吉 尚哉(ありよし・なおや) 

 2001年東京大学法学部卒業。2002年弁護士登録。2010年~2011年金融庁総務企画局企業開示課専門官。現在、西村あさひ法律事務所弁護士。金融法委員会委員、金融審議会専門委員、金融法学会理事。資産流動化取引その他の金融取引、信託取引、金融関連規制への対応等を担当。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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