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親会社に株式持分の一部を残すパーシャルスピンオフ(事業切り離し)

令和5年度税制改正によるスピンオフ税制の拡充

中村 真由子

1. はじめに

 親会社からの事業の切り離しを行うスピンオフ制度の動向について、前回2022年9月14日付けの拙稿「親会社からの事業切り離し「スピンオフ」の課税と制度の最新動向」において述べたとおり、我が国企業による今後のスピンオフの利用促進に向けて、一部持分を残したスピンオフや完全子会社以外のスピンオフについての税制措置の拡充が望まれていたところ、令和5年度税制改正において、親会社に一部の株式持分(20%未満)を残すパーシャルスピンオフについても一定の要件の下で税制措置が講じられることとなった。
 また、我が国においては、平成29年度税制改正によりスピンオフ税制が整備されたものの、これまで上場会社によるスピンオフの実施例は1件(2020年の株式会社コシダカホールディングスによる株式会社カーブスホールディングスのスピンオフ)にとどまっていたが(注1)、2023年1月23日には、株式会社メルコホールディングスが、製麺事業を行う連結子会社の株式会社シマダヤのスピンオフに向けた準備を開始したことを公表した。
 このような近時の動向を踏まえ、令和5年度税制改正により導入されるパーシャルスピンオフに関する税制措置について、今後の実務におけるスピンオフの活用に向けた展望も含めて概説したい。

2. 令和5年度税制改正によるスピンオフ税制の拡充

(1) 現行スピンオフ税制の内容と課題

 現行のスピンオフ税制により税制適格要件を満たすスピンオフは、大要、①自社内の事業を新設分割により切り出し、新設会社の株式を株主に交付する分割型分割(人的分割)型、及び②100%子会社の株式を株主に対して現物配当する株式分配型の2つの類型が存在する。
 このうち、実務上使われやすい②適格株式分配(法人税法2条12号の15の3、同法施行令4条の3第16項)の要件は、以下のとおりである。

(i) 株式のみ按分交付要件:完全子法人株式の全てが移転するもので、分配法人の株主の持株数に応じて完全子法人の株式のみが交付されること
(ii) 非支配要件:分配法人が分配の直前に他の者による支配関係がない法人であり、かつ完全子法人が株式分配後に他の者による支配関係があることとなることが見込まれていないこと
(iii) 役員継続要件:特定役員の全てが株式分配に伴い退任するものでないこと
(iv) 従業員継続要件:80%以上の従業者が完全子法人の業務に引き続き従事することが見込まれること
(v) 事業継続要件:完全子法人の主要な事業が完全子法人において、株式分配後も引き続き行われることが見込まれること

 税制適格要件を満たしたスピンオフは、スピンオフを実施する会社において、スピンオフ対象子会社株式についての譲渡損益課税が繰り延べられ、また株主においても、スピンオフ対象株式の現物配当について配当課税を受けないこととなる。
 但し、税制適格要件を満たすためには、100%子会社を対象とし、その全ての株式を分配しなければならない。したがって、100%未満の子会社や親会社に一部出資持分を残したスピンオフは、基本的に現行税制の下では適格要件が認められず、税制適格要件を満たすためにはスピンオフ対象の子会社と完全に資本関係を解消することが必要となるため、子会社株式の一部売却や子会社上場のように段階的な資本関係の解消が認められる事業再編手段と比べて、企業にとって使い勝手の良い制度とは言い難いものであった。

 このような現状を受けて、経済産業省は、段階的に事業を切り出そうとする企業がスピンオフを活用できるよう、令和4年度税制改正要望において一部持分を残したスピンオフや完全子会社以外のスピンオフについても税制措置を拡充するよう求めており、令和5年度税制改正要望でも、一部出資持分を残したスピンオフに絞って税制措置が要望されていた。

(2) 令和5年度税制改正によるパーシャルスピンオフ税制

 このような税制改正要望を受けて、2022年11月に公表された「スタートアップ育成5か年計画」においても「大企業が有する経営資源(人材、技術等)の潜在能力の発揮や大企業発のスタートアップ創出の観点からは、スピンオフの促進が重要」であることから、「スピンオフを行う企業に持分を一部残す場合についても課税の対象外とする」ことが明らかにされていたところ、令和5年度税制改正大綱において、親会社に一部出資持分を残すスピンオフも一定要件の下で税制適格要件が認められることとなった(パーシャルスピンオフ税制)。但し、法人税法の組織再編税制における恒久的措置としての要件の緩和でなく、あくまで産業競争力強化法の事業再編計画の認定を受けた場合における租税特別措置法上の特別措置として規定されている点に留意が必要である。

 具体的には、パーシャルスピンオフ税制の主な適用要件としては、税制改正大綱において以下の点が公表されている。

(i) 令和5年4月1日から令和6年3月31日までの間に産業競争力強化法の事業再編計画の認定を受けていること。
(ii) スピンオフの直後にその法人が有する完全子法人の株式の数が発行済株式の総数の20%未満となること。
(iii) 完全子法人の従業者のおおむね90%以上がその業務に引き続き従事することが見込まれていること。
(iv) 産業競争力強化法の事業再編計画の認定に係る関係事業者又は外国関係法人の特定役員に対して新株予約権が付与され、又は付与される見込みがあること等の要件を満たすこと。
(v) 適格株式分配と同様の株式のみ按分交付要件((ii)の点を除く)、非支配要件、主要事業継続要件及び役員継続要件を満たすこと。

 通常のスピンオフ税制の適格株式分配の要件と比べると、スピンオフ対象の完全子会社の株式の一部(20%未満)を留保できる一方で、従業員継続要件が「80%以上」から「90%以上」に引き上げられており、また、スピンオフ対象会社の役員にストックオプションの付与「等」の要件が付されている点が注目される。これは、パーシャルスピンオフ税制は「スタートアップ・エコシステムの抜本強化」の一環として位置付けられ、企業価値向上に向けた事業再編の促進のほか、大企業発スタートアップの創出のための税制措置として説明されており(注2)、これと整合する要件が付加されているものと考えられる。このため、ストックオプションの付与やスピンオフ対象会社の事業の新規性/事業の開始10年未満といったスタートアップ性の要件のいずれかを満たすことが求められるようである。

 パーシャルスピンオフ税制の適用を受けるためには産業競争力強化法の事業再編計画の認定を受ける必要があるが、税制適格スピンオフの実施は株主に対して金銭分配請求権を与えない現物配当として株主総会の特別決議が必要となるところ(会社法309条2項10号)、産業競争力強化法の認定を受けることで、剰余金配当等を取締役会が決定する旨の定款の定め(会社法459条1項)がある会社は取締役会決議、その他の会社は株主総会の普通決議で実施可能となる(産業競争力強化法31条)(注3)。したがって、手続要件の緩和というメリットを享受する観点からも、実務上スピンオフを実施する場合には、産業競争力強化法の特例の利用を検討することになると思われる(実際、スピンオフの実施例(コシダカHDによるカーブスのスピンオフ)においては、産業競争力強化法上の特例が利用され、またスピンオフの実施が検討・提案された事例(東芝、RMBキャピタルによる日本コロムビアのスピンオフ提案)においても、同法の特例を利用することが想定されていた。)。

 なお、現状、パーシャルスピンオフ税制は、令和6年3月31日までの間に産業競争力強化法の事業再編計画の認定を受けた場合の時限的措置とされているが、令和6年度の税制改正によって期限の延長又は制度の恒久化が期待される。

3. パーシャルスピンオフの活用例

 このように、パーシャルスピンオフ税制はスタートアップ政策の一環として位置づけられ、大企業発スタートアップの創出や、企業グループに留まっていては成長が難しい事業の分離独立への活用が想定されている。企業における事業の分離・独立の手法として、我が国においては子会社上場(エクイティ・カーブアウト)が用いられることが多いところ、上場子会社は少数株主との利益相反の問題もあり、課題も多い。パーシャルスピンオフについても税制適格が認められるようになれば、企業が段階的に事業の分離・独立を行う手法として、子会社上場のみならず、スピンオフも有力な選択肢となる。すなわち、元の親会社が関連会社に該当しない範囲で安定的な株主としてスピンオフ対象会社に残ることが可能となり、また、元親会社との関係が一部残ることで、知的財産のライセンス等、元親会社からスピンオフ対象会社に対する支援が行いやすくなり、円滑なスピンオフの実現に資することとなる。

 海外におけるパーシャルスピンオフの近時の活用事例としては、①2013年にドイツのシーメンスが照明事業を営む子会社のオスラムをスピンオフし、80.5%の株式を株主に分配した事例(残りの17%をシーメンスが、2.5%をシーメンス年金信託が保有し、2017年に残りの17%のシーメンス保有株を売却)や、②2016年に米国のアルコアがアルミニウム上流事業を分社化・スピンオフし、その株式の80.1%を株主に分配し、19.9%をスピンオフ後も保有した事例(その後売却等により持分を処分)、③2021年にIBMがマネージド・インフラストラクチャー・サービス事業を分社化(Kyndryl)・スピンオフし、Kyndryl株式の80.1%をIBMの株主に分配した事例(残りの19.9%はIBMが保有し、12か月の間に市場の状況に応じてIBMの債権者が保有するIBMの負債と交換することが想定されていた。)が存在する。

4. おわりに

 我が国においても、パーシャルスピンオフ税制を契機にスピンオフが事業再編の有力な選択肢となり、スピンオフを活用する企

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