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東京地裁「2紙以上掲載の事件は記録を特別保存」対外表明でも実際の適用例はゼロ

オリンパス内部通報訴訟原告「記録復元」を最高裁に要請

奥山 俊宏

 東京地裁が重要な訴訟記録の保存ルールに違反して、オリンパス内部通報訴訟の記録を廃棄した問題で、原告だった元同社員・浜田正晴さん(62)と訴訟代理人弁護士だった中村雅人弁護士が10日午前、記録の復元を要請する書面を同地裁と最高裁に提出した。一方、地裁の当局者は同日午後、保存の基準を明確化した新しいルールが2020年にできるより前に終結した訴訟の記録については、新しいルールの一部規定の対象外だとして、その廃棄はルール違反ではない、との見解を明らかにした。同地裁はこの3年間、そのウェブサイトで「主要日刊紙のうち2紙以上に終局に関する記事が掲載された事件」の記録を特別保存(事実上の永久保存)に付すと表明してきているが、実際にはこれまでそうした運用の前例はないという。記録の保存や廃棄について最高裁は有識者委員会を設けて検討を進めており、東京地裁の現状はそこで議論されることになりそうだという。地裁の見解について浜田さんは「詭弁だ」と批判している。

拡大記者会見する浜田正晴さん(左)と中村雅人弁護士=2月8日午後4時47分、東京・霞が関で
 精密機器メーカー、オリンパスの内部通報制度をめぐって、同社の社員だった浜田さんはオリンパスと訴訟で争っていたが、2016年2月、双方の和解で訴訟は終結した。内部通報者に対する制裁的人事の違法性が裁判所によって認められたのにその被害を回復するのが非常に難しい実情が明らかになり、この訴訟は、公益通報者保護法が2020年6月に改正される際にその議論に大きな影響を与えた。ところが、その訴訟記録が2022年2月に東京地裁によって廃棄されていたことが最近になって判明した。

 「民事事件に関する記録及び事件書類の特別保存の要望」と題する東京地裁のウェブサイトのページには、「全国的に社会の耳目を集めた事件」や「調査研究の重要な参考資料になる事件」については、その記録を特別保存(事実上の永久保存)に付すべきだと例示されており、さらに、次の「ア」「イ」「ウ」の事件については、類型的に特別保存に付すと明記されている。

ア 「最高裁判所民事判例集」又は「最高裁判所裁判集(民事)」に判決等が掲載された事件
イ 当該事件を担当した部から「重要な憲法判断が示された」、「法令の解釈運用上特に参考になる判断が示された」、「訴訟運営上特に参考となる審理方法により処理された」に該当するとして申出があった事件
ウ 主要日刊紙のうち2紙以上(地域面を除く。)に終局に関する記事が掲載された事件

 このうち、浜田さんの訴訟は「ウ」に当てはまる。このため、浜田さんは10日の書面の中で、「当然保存されているものと思っていました」「残念であるとともに、怒りを覚えます」「私が8年かけて闘い抜き、私の例を国会で参考人陳述し、2022年6月1日に施行された改正公益通報者保護法に重要な影響を及ぼし、東京弁護士会から人権賞を受賞した事件の記録が、裁判所の規程に反して廃棄されたことを知り、何とも言えず無念です」と述べ、「事件の代理人らの協力を得てでも、是非私の事件の記録を復元し、特別保存としてください」と裁判所に申し入れた。

 一方、東京地裁の当局者は10日午後、「『ウ』の『事件』については、遡って終局のときの全部の日刊紙の報道状況を調べるのは現実味がないだろうという認識にたった上で、過去に終局したものは含まれない、と解釈している。令和2年(2020年)2月18日より後に終結した事件(だけが対象だ)と考えている」と記者に説明し、浜田さんにも同趣旨の説明をした。「ア」「イ」「ウ」の基準を示した運営要領を定めたのは2020年2月18日で、このうち「ア」と「イ」については、それより前に終結した事件にも適用し、「ウ」については、それより後の事件のみに適用しているという。その結果、浜田さんとオリンパスの訴訟の記録は特別保存の対象外として扱われた。

 東京地裁の当局者によると、「主要日刊紙のうち2紙以上に終局に関する記事が掲載された事件」について、2020年2月18日以降は毎日、新聞を調べているという。一方、それ以前については、年に3万件もの訴訟があり、チェックするのは不可能だと考えていたという。実際には、3万件の訴訟を一つひとつ調べなくても、新聞各社の記事データベースを「東京地裁」「判決」「和解」などのキーワードで検索すれば、容易に過去にさかのぼって「ウ」の対象を把握することができる。データベースは有料だが、東京地裁の最寄りの千代田区立図書館や国立国会図書館に足を運べば無料で

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筆者

奥山 俊宏

奥山 俊宏(おくやま・としひろ) 

 1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部卒、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部、特別報道部などで記者。2013年から朝日新聞編集委員。2022年から上智大学教授(文学部新聞学科)。2023年から「Atta!」編集人。

 著書『秘密解除 ロッキード事件  田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)で第21回司馬遼太郎賞(2017年度)を受賞。同書に加え、福島第一原発事故やパナマ文書の報道も含め、日本記者クラブ賞(2018年度)を受賞。 「後世に引き継ぐべき著名・重要な訴訟記録が多数廃棄されていた実態とその是正の必要性を明らかにした一連の報道」でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞を受賞。

 そのほかの著書として『内部告発のケーススタディから読み解く組織の現実 改正公益通報者保護法で何が変わるのか』(朝日新聞出版、2022年4月)、『パラダイス文書 連鎖する内部告発、パナマ文書を経て「調査報道」がいま暴く』(朝日新聞出版、2017年11月)、『ルポ 東京電力 原発危機1カ月』(朝日新書、2011年6月)、『内部告発の力 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年4月)がある。共著に『バブル経済事件の深層』(岩波新書、2019年4月)、『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社、2019年4月)、 『検証 東電テレビ会議』(朝日新聞出版、2012年12月)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』(同、2008年9月)、『偽装請負』(朝日新書、2007年5月)など。

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