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法廷で看護学専門家2人が真っ向対立 高齢者の食事お世話のあり方で

老人ホームのおやつ提供で過失責任を問われた看護職員(12)

出河 雅彦

 長野県安曇野市にある特別養護老人ホーム「あずみの里」で、利用者におやつのドーナツを提供し、のどに詰まらせて窒息死させたとして、ホームの職員である准看護師が業務上過失致死の罪で起訴された事件を検証する本シリーズの第12回では、看護学の専門家2人の証言を紹介する。

特別養護老人ホーム「あずみの里」
 この事件では、おやつの最中に突然意識を失った利用者の女性(以下、Kさんと言う)にドーナツを提供した准看護師(以下、Yさんと言う)に過失があったか否かが大きな争点となった。看護学の専門家として出廷した2人のうち、検察側証人は「Yさんには過失があった」と証言し、弁護側証人は「Yさんに過失はなかった」と証言した。すでに紹介した根本学医師や福村直毅医師は医師の立場からKさんの死因について自らの考えを法廷で語った。一方、看護学を専門とする2人の証言はKさんの死因が何であるかを語ったものではなく、本シリーズのテーマである「死因究明」と直接関係はない。だが、2人の証言は、「あずみの里事件」が否応なく全国の介護現場に突きつけた課題――体の機能が衰えた高齢者にいかにしておやつを提供したらよいか――に深く関わるものであり、特に「Yさんに過失はなかった」と主張した弁護側証人の証言は、のちの東京高裁の逆転無罪判決に大きな影響を及ぼしたとみられるので、詳しく紹介したい。

 最初に紹介するのは、検察側の依頼で鑑定書を作成し、2018年3月5日に長野地裁松本支部で開かれた第14回公判に検察側証人として出廷した鎌倉やよい氏の証言である。証言によれば、鎌倉氏は愛知県がんセンターで看護師として勤務した経験があり、1999年に愛知県立看護大学(2009年から愛知県立大学)の看護学部教授となり、2016年から日本赤十字豊田看護大学の学長を務めている。証言当時、一般社団法人日本摂食嚥下リハビリテーション学会の副理事長で、2021年8月に理事長に就任した。

 鎌倉氏に対する検察官、弁護人の質問と証言を記録した尋問調書によれば、検察官が鎌倉氏に鑑定を依頼した事項は「特別養護老人ホームに勤務する准看護師が、入所者に間食を含む食事を配膳する際に求められる注意の内容及び水準、被告人が本件発生当時、入所者に間食を配膳するに当たり、注意すべきであった事項、これに基づき取るべき対応、これに照らし、実際の被告人の行動に落ち度があったか否か、その他参考事項」である。

 鎌倉氏はまず、法令で看護師や准看護師の業務として定められた「療養上の世話」として傷病者らに食事の配膳をする際には誤配膳を防止すべき注意義務があり、病気や障害の状態に合っていない食事が提供された場合には誤嚥や窒息の可能性がある、と述べた。

 医療機関に限らず、特別養護老人ホームにおいて認知症や摂食嚥下障害がある人の世話を看護師がすることも、傷病者に対する療養上の世話に当たるのか、という検察官の質問に対し、鎌倉氏は「それは、当たると思います」と答えた。その理由について、「傷病者の概念もかなり広くなっています。そして、特別養護老人ホームは、生活の場ではありますが、医療を必要とする人もいらっしゃるということがありますので、そうした場合には、医療者である看護師、准看護師が対応する範ちゅうであると思います」と述べた鎌倉氏は、食事の指示箋を反映した書類を確認して、本人確認のうえで配膳をする必要性については、特別養護老人ホームも病院も違いはないとの意見を述べた。

 前回までに紹介したように、Kさんのおやつは2013年12月6日にドーナツを含む常食系からゼリー系に変更されていた。検察官は、Kさんが心肺停止状態になった2013年12月12日、Kさんに対しドーナツをおやつとして配ったYさんの行為などについて鎌倉氏に尋ねていった。そのやり取りを尋問調書から引用する(元号表記の後の西暦は筆者による。Kさんの実名記載部分は匿名化した)。

 検察官 ところで、証人に見ていただいた資料にもあるように、あずみの里では、間食にも摂食えん下の状態に応じた種類が設けられていましたが、実際の間食の配膳時には、間食が個々の入所者ごとのお膳に分けられず、食札も付けられず、まとめて食堂に準備され、これを職員の記憶で配るという方法になっていましたけれども、このような配膳の方法に問題はないんでしょうか。

 鎌倉氏 それは、問題があり危険です。

 検察官 どのような点で、問題があり危険だと言えますか。

 鎌倉氏 記憶が間違えるということがあることと、変更があるということの可能性も考えますと、毎回確認するということが妥当かと思います。

 検察官 施設で働く看護師や准看護師としては、施設の実態がこうだからといって、配膳の都度、実際に書類を確認せずに記憶で間食を配ってよいんでしょうか。

 鎌倉氏 それは、望ましくないと思います。

 この後、検察官は摂食嚥下の機能が低下した人に対するケアについて看護師の立場から研究している鎌倉氏の経歴を確認したうえで、Kさんの食事時の窒息リスクについて尋ねていった。

 検察官 そのような経歴を踏まえてですけども、今回のKさんのあずみの里の看介護記録類一式を見ていただいて、Kさんに食事の際の窒息のリスクがあったと認められましたか。

 鎌倉氏 はい、認められました。

 検察官 Kさんに窒息のリスクがあったと判断される根拠は、どんな点からでしょうか。

 鎌倉氏 アルツハイマー型の認知症である、家族のかたの最後の調書を見ますと、日赤では、脳血管性の認知症のような診断をされているようですが、言ってみれば認知症であるということでペイシングの問題がある、かき込んでしまうということと、それから、年齢から考えると、えん下機能は低下していることも考えられ、そして、薬剤をデパスとか睡眠薬だとか飲んでらっしゃいましたから、そういった意味からもえん下反射が減弱してる可能性があるだろうということを予測できますので、その総合的に判断をしますと、窒息の危険性があるので、詰め込みには注意しなければならないと判断をいたしました。

 この後、検察官は窒息リスクがある入所者の食事介助の際の留意点について尋ねていった。

 検察官 窒息の予防に留意というのは、具体的にどんな措置を取るべきなんでしょうか。

 鎌倉氏 具体的には、このかたの場合は、詰め込みを予防するということと、それから食形態に注意するということだと思います。

 検察官 それでは、今2つお話しいただいたんですけども、まず詰め込みを予防するというのは、具体的にはどんな措置を取ることになるんでしょうか。

 鎌倉氏 介護士さんたちは、お箸を使って少量しか入らないようにしてペイシングの調整をしているという記録がありました。これは、適切な援助だと思います。その他、ごっくんと飲み込んだことを確認してから、次のお箸を進めるというようなことがあるかと思います。あと、食形態については、一番パンとかドーナツ類というのが窒息を起こしやすいものと言われていますので、そちらの方にも注意することが必要だろうと思います。

 検察官 詰め込みを防ぐ上で、見守りというのは必要になりますか。

 鎌倉氏 はい、見守りが必要です。

 この後、検察官はYさんにどんな落ち度があったかを鎌倉氏に尋ねた。

 検察官 それでは、以上を踏まえて、平成25年(2013年)12月12日のKさんに対する間食の配膳につき、被告人には、具体的にどんな落ち度があったと認めることができますか。

 鎌倉氏 当日、誤ってドーナツを配膳したという落ち度かと思います。当日は、ゼリーとドーナツがあったわけですので、えん下に問題がある人にゼリーという判断であったかと思いますが、記録の方を確認しないまま、またそこにいる介護士にも確認をしないまま、そのままドーナツを配膳したという落ち度かと思います。

 検察官 今回、弁護側、被告人側から、おやつの変更の理由ですね、このKさんの間食の形態が変更された理由について、これはKさんのおう吐の予防であるという主張がされているんですけども、仮におやつの変更の理由がおう吐の予防であれば、ゼリーを配るとされていたKさんに、ドーナツを配ってよいということになるんでしょうか。

 鎌倉氏 それは、なりません。

 検察官 どうして、ならないんでしょうか。

 鎌倉氏 今の状態に応じてチームで決定をして、この人にゼリーを配るということが決定されていますので、それを間違ってドーナツを配るという事実には変わりがないと判断をいたしました。

 鎌倉氏は、YさんがKさんにドーナツを配ったことに加え、Kさんと同じテーブルにいて嚥下機能に障害があった男性利用者にゼリーを食べさせる際、見守りが必要だったKさんに背中を向け、Kさんが見えない状態で男性利用者への食事介助をしていたことも、Yさんの「落ち度」であると述べた。

 このように鎌倉氏は、Kさんはドーナツによって窒息し、心肺停止状態になったとする検察側の主張を前提に鑑定を行い、Yさんには過失があると証言したのである。

 鎌倉氏の証言から4カ月後に開かれた第19回公判(2018年7月2日)では、弁護側の依頼で鑑定書を作成した川嶋みどり氏が出廷し、証言した。その証言は鎌倉氏とは正反対に、「Yさんに過失はない」というものだった。

 川嶋氏は1971年まで20年間にわたり日本赤十字社中央病院に勤務した。病院勤務時代に、乳児へのミルク授乳時の誤嚥性肺炎予防が大きな課題だった小児科病棟や、異物の誤飲や扁桃腺摘出手術を受けた子どもが多くいた耳鼻咽喉科を担当したことで、若い頃から摂食嚥下問題に強い関心を持った。その後、日本赤十字社看護大学の教授、同大学看護学部長などを歴任し、長年、看護教育に携わった。老人保健施設での実態調査に基づき、老人保健施設における高齢者のケアモデルや看護師、介護士の教育プログラムなどを作る研究を行ったこともある。2007年に北九州市の病院で起きた「爪ケア事件」(患者の足親指の肥厚した爪を切った行為が傷害罪に当たるとして看護師が逮捕、起訴された事件。一審では懲役6カ月執行猶予3年の有罪判決だったが、二審の福岡高裁が2010年9月に「看護行為として正当な業務行為に該当するから違法性はない」として一審判決を破棄して無罪を言い渡した判決が確定)では、弁護側の証人として証言した経験があった。

 川嶋氏への尋問を担当した弁護人は川嶋氏の経歴を尋ねた後、鑑定書の内容について質問していった。弁護人は最初に特別養護老人ホームと病院の違いを尋ねた。川嶋氏の証言は鎌倉氏の認識と大きく異なるものだった。そのやり取りを以下に引用する。

 弁護人 じゃあ、次に、鑑定書の内容についてお聞きしますが、鑑定書には、特養と病院との違いが書かれてますが、一言で言うと、基本的違いはなんですか。

 川嶋氏 一言では、病院は、傷病者の治療をする場です。それから、特養は、高齢で、ご自分の起居動作ができなくなった方に、介護を専門的に提供する場です。

 弁護人 そうすると、その違いっていうものは、実際の現場では、どのような違いとして現れてくるんでしょうか。

 川嶋氏 一口に言えませんけども、病院の場合には、どうしても治療優先になります。ですから、特に、入院した場合ですと、今、非常にアメニティもよくなったり、プライバシーも守られるようになりましたけれども、家庭生活に比べたら、かけ離れた生活、かけ離れた環境のもとで生活をしなきゃいけませんから、かなり、自分の生活を犠牲にしても治療優先になってくると思います。

 弁護人 じゃあ、特養は。

 川嶋氏 特養の場合は、高齢のために、ご自分でいろんな家庭的な条件がなくて、家庭の中で暮らしていけないわけですから、その高齢者の方たちを家庭の延長として面倒を見るという、つまり、病院の場合には、暮らしを犠牲にするんですけど、特養の場合には、暮らし全般を特養に持ち込んできて、いわば、住み慣れた自宅に非常に近づけた形で、日々の流れを保つということが根底にあって、しかも、病院のように在院日数が限られてるわけじゃなくて、終の住みかって言ってもいいぐらい、ほんとに、そこでみとりもされるっていうようなことが言われてますので、かなり長期にわたって暮らし全体を整えながら、できるだけ、その人の生活に合わせたケアをしていくっていうことが違います。

 この後、弁護人は特別養護老人ホームにおけるおやつの位置づけについて尋ねた。鎌倉氏が誤配防止のためにおやつにも食札が必要と証言したのに対し、ここでも川嶋氏は鎌倉氏と異なる見解を述べた。

 弁護人 じゃあ、次に、特養でのおやつについてお聞きします。鑑定書には、特養でのおやつの位置づけについて書かれてるんですが、特養におけるおやつというものは、どういうものなんでしょうか。

 川嶋氏 特養におけるおやつっていうのは、日課の一つとして、これは、楽しみとか一つのくつろぎの場でもありますし、それから、コミュニケーションの場でもあると思います。

 弁護人 証人は、各地の特養を、実際研究を兼ねて検分してますね。

 川嶋氏 はい。

 弁護人 特養のおやつの実態、どんなものでしょうか。

 川嶋氏 あずみの里のように、一定の決まった時間に、大体、決まったおやつを配って出してる特養もございますけれども、そのほうが、一番多いかもしれませんけども、特養の中には、利用者さんたちにお菓子を作ってもらって、自分たちでそのクリームを練ったり、ケーキを焼いたりして作って食べているところもありますし、それから、決まった時間は決めないで、各夕食とかお昼のご飯のときに、デザートとしてご飯と一緒につけて、これをおやつと称しているところもあります。それから、施設の中に喫茶店とか売店があって、そこで、好きな時間に自由に自分で買って食べてもいい、飲んでもいいというところもあります。それから、東京のある特養では、数種類のおやつを利用して、勝手にそこから2種類選んで食べてもいいというようなところもありました。

 (略)

 弁護人 じゃあ、ちょっと視点替えますが、特養において、おやつについて配慮しなければならない場合っていうのは、どういう場合でしょうか。

 川嶋氏 それは、疾患、身体的疾患があって、例えば、糖尿病、一番大きいのは、糖尿病ですけども、糖尿病とか高血圧とか腎臓病とかがあって、1日に決まっている糖分とか塩分とかがきちんと算定されているような方に対しては、おやつだからといって何でもあげていいっていうわけではないと思います。そういう方たちを配慮しなきゃいけないと思います。それから、実際に、狭い意味での摂食嚥下障害があって、飲み込め方には、それなりの配慮が必要かと思います。

 弁護人 特養でのおやつについて、食札があるかどうか、実態はどうですか。

 川嶋氏 私の知ってる限りでは、食札を作っている特養は知りません。私も見たこともありません。

 弁護人 実は、鎌倉証人は、この法廷で、特養あずみの里について、おやつに食札がない、配膳する職員の認識に任せているのは、誤配膳防止の観点から問題だと証言したんですが、この意見に対して、証人どうでしょうか。

 川嶋氏 それは、根本的におかしいと思います。

 弁護人 どういって。

 川嶋氏 先ほども言いましたように、おやつっていうのは、3食のお食事とは性質を異にしまして、いろんな栄養素とかカロリーとかを問題にするんじゃなくて、あくまでも楽しみのためですし、それから、今の特養は、そんな何種類もおやつを用意しているわけじゃありませんし、個々の、個別の高齢者にとって、このおやつが適当かどうかなんかいうことも特に判断して配るわけじゃありませんので、何か食札を作ること自体が必要ないと。大体、おやつといえば、普通、1種類で、そして、先ほど言ったように、身体に問題がある患者さんで、配慮しなきゃいけない方が誰かっていうことが分かっていれば、あとは、特に、食札は作る必要ないと思います。また、作る時間もないと思います。

 弁護人 そうすると、先ほど、証人が、狭い意味の嚥下機能障害のある人とか、糖尿病とか、そういう病気とか、特別の障害を持った方には、おやつでも配慮が必要だとおっしゃいましたが、そういう人は、施設の職員たちは分かってるから、食札などは特別いらないんじゃないかということですか。

 川嶋氏 はい、それは、病院のように、病院の場合は、急性期の方も多いですし、ちょっとしたことから症状が変わったりする以外に、検査や何かの都合で、夜は食べてはいけないとか、朝は抜くとかいう、いろんなバリエーションが多いんですね。でも、特養の場合には、大体、症状は安定してるっていうか、慢性疾患があっても、症状は一応安定してるし、固定してるし、そういう障害もある程度固定している方たちですし、長いこと入ってらっしゃる方ですから、主婦が、家庭の人たちの好みを知ってるように、介護職の人たちは、誰さんはこうねっていうことは、暗黙のうちに全部了解してると思います。そうしないと、ケアできません。

 川嶋氏は鑑定書でおやつの配膳や介助などは、少人数の職員が多数の利用者に対するものであることを指摘していた。そのことに関して弁護人

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