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「公的役割を担う新たな法人」Benefit CorporationとB Corp認証

日本におけるソーシャルエンタープライズの在り方

太田 洋、山本 晃久

太田 洋(おおた・よう)
 1993年弁護士登録(第一東京弁護士会)。1991年東京大学法学部卒業、2000年ハーバード・ロースクール卒業(LL.M.)、2001年米国ニューヨーク州弁護士登録、2001年~2002年法務省民事局参事官室(商法グループ)、2013年~16年東京大学大学院法学政治学研究科教授。現在、西村あさひ法律事務所パートナー、株式会社リコー社外監査役ほか。

1. 新たな法人形態の導入に関する政府における検討状況

 岸田政権の経済政策の目玉である「新しい資本主義」は、2021年10月の同政権発足当初より、具体化へ向けた議論が積み重ねられてきた。2022年6月には、『新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画』が公表され、各施策の実現に向けた準備が進んでいる。公表された施策のうち「民間で公的役割を担う新たな法人形態・既存の法人形態の改革の検討」に関しては、これまで日本には存在していない新たな法人形態を導入する取組みでもあり注目されている。

 もっとも、ここで想定されている新たな法人形態の日本における必要性については当初より異論もあるところであり、『新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画』においても、「新たな官民連携の形として、このような新たな法制度の必要性の有無について検討する・・・・・・・・・・・・・・こととし、新しい資本主義実現会議に検討の場を設ける」という慎重な言い回しがされており、必ずしも新たな制度が導入されることありきの議論がされている訳ではない。現時点においても新しい資本主義実現会議に検討の場が設置されたという報道はされていないため、今後の方向性については依然として不透明と言える。

山本 晃久(やまもと・あきひさ)
 2007年、東京大学法学部卒。2009年、東京大学法科大学院修了 (J.D.)。2010年、第二東京弁護士会登録(63期)。2020年、The University of Michigan Law School修了(LL.M.)。2022年、London Business School修了(MBA)。現在、西村あさひ法律事務所パートナー。

2. Benefit Corporationとは?

 ここでいう「民間で公的役割を担う新たな法人形態」は、アメリカの多数の州で導入されているBenefit Corporation(特にアメリカのデラウェア州のPublic Benefit Corporation)を念頭に置きつつ、日本特有の新たな法人形態の導入を志向するものである。アメリカにおけるBenefit Corporationの詳細については後述するが、Benefit Corporationとは株主利益のみならず公益の実現をも重視した組織形態であり、いわゆるステークホルダーモデル(stakeholder model)を採用する会社形態である。

 会社のコーポレートガバナンスを巡っては、古くから、株主中心主義(shareholder-Primacy)とステークホルダーモデル(stakeholder model)の対立軸で語られることが多い。端的に言えば、会社(特に株式会社)の経営者たる取締役が株主の利益のみを図る義務を負っているのか否かを巡る対立である。

 株主中心主義は、取締役は、株主の利益を最大化する義務を負うという考え方を採る。それぞれの株式会社ができる限り多くの利益を上げ、株主以外のステークホルダーの利益は国が定めた各種規制を各株式会社が遵守するとともに納税された富を政府が再分配することによって実現されるべきという発想とも言える。これに対して、ステークホルダーモデルは、その理由付けは様々であるが、株主が取締役の信認義務の唯一の受益者ではないことを強調し、従業員・消費者・取引先・地域社会・一般公衆等の株主以外のステークホルダーの利益も各株式会社レベルで考慮されるべきという考え方を採る。

 株主中心主義とステークホルダーモデルのいずれの立場を採用すべきかについては哲学的な対立でもあり解決を見ていないが、世界経済フォーラムが提唱する「ステークホルダー資本主義(stakeholder capitalism)」や米国の経済団体であるビジネス・ラウンドテーブルが表明した「企業の目的に関する声明(Statement on the Purpose of a Corporation)」など、株主以外のステークホルダーの利益を重視するのが世界的潮流と言える。

3. アメリカにおけるBenefit Corporationの概要

a. 制度導入の経緯

 株主の利益のみではなくステークホルダーの利益を実現することを正面から目的とする法人形態であるBenefit Corporationの法制化に当たっては、アメリカにおける民間非営利団体であるB Labが大きな役割を果たしてきた。B Labは、Benefit Corporation法制のあるべき姿を示したB Lab模範法案(Model Benefit Corporation Legislation)を自ら作成し、当該模範法案とともに、各州に対してロビーイング活動を行ってきた。

 2010年にメリーランド州において初めて法制化されて以降、Benefit Corporationは各州に拡大を続け、2023年3月時点において、合計40の州及びワシントン特別区で立法化されている。基本的には、B Lab模範法案にある程度則った建付けとなっている州が多いが、Benefit Corporationに関する法制度の細部は、各州によって異なっている。また、下記に述べるデラウェア州のように、B Lab模範法案の内容を離れて、独自のBenefit Corporation法を成立させた州も存在する。

b. デラウェア州のBenefit Corporation法の特徴

 メリーランド州において初のBenefit Corporation法が成立してから約3年後の2013年7月、デラウェア州においても、Benefit Corporationが法制化された。デラウェア州法下では、Benefit Corporationは、Public Benefit Corporation(PBC)と呼称されている(デラウェア州におけるBenefit Corporation法を、以下「デラウェア州PBC法」という)。デラウェア州を設立準拠州とするアメリカ企業が多いことは広く知られているが、同様に、デラウェア州がBenefit Corporationを導入したことはその後のアメリカにおけるBenefit Corporationの利用普及に大きく寄与している。当職らが確認できた限り、本稿執筆時点においてアメリカには18社の上場会社であるBenefit Corporationが存在しているが、そのいずれもデラウェア州を設立準拠州としている。

 デラウェア州PBC法の最大の特徴は、その立法過程においてB Lab模範法案を利用しておらず、その結果、複数の点について、B Lab模範法案(及びB Lab模範法案を下敷きにして成立した各州のBenefit Corporation法)と異なった内容となっている点にある。おそらく、ステークホルダーモデルを前面に押し出したB Lab模範法案に対して、実際に利用する企業がデラウェア州PBCを選択しやすいよう現実的な制度変更を加えたということではないかと推測される。

c. デラウェア州PBC法の制度概要

 デラウェア州PBC法は、デラウェア会社法(Delaware General Corporation Law。以下「DGCL」という)を改正し、第361条~第368条から成る“Subchapter XV Public Benefit Corporations”を新設することによって制定された。これは、既存の会社法に対する特別法という位置づけであり、当該Subchapterにおいて明示的に規定されていること以外の事項については、通常の会社に関するDGCLの条項がPBCにもそのまま適用される。

 デラウェア州PBC法において、PBCは、定款において、当該PBCが追求する1つ又は複数の公益を特定するものとされており(同条DGCL362条(a))、「公益」は、「一又は二以上の種類の個人、事業体、地域社会又は利益集団(但し、株主としての資格における株主を除く)に対するプラスの影響(又はマイナスの影響の減少)を意味し、芸術的、慈善的、文化的、経済的、教育的、環境的、文学的、医学的、宗教的、科学的又は技術的性質の影響を含むが、これらに限定されない」と定義されている(同条(b))。そしてPBCの取締役は、株主の経済的利益、当該PBCの行為により重大な影響を受ける者の利益、及び、定款で特定された利益を「比較衡量(balance)」して、PBCを管理運営する義務を負う(DGCL365条(a))。

 PBCが定款に掲げた公益を十分に促進していたか(及び、取締役がDGCL365条(a)に基づく比較衡量義務を十分に果たしていたか)等を株主が確認するための制度として、デラウェア州PBC法は、PBCに対して、2年に1回の頻度で、報告書の作成及び株主への送付を要求している(DGCL366条(b))。当該報告書には、PBCが定めた公益を促進するために取締役会が定めた目的、当該公益の促進に関する進捗状況を測定するために取締役会が採用した基準、公益の促進に関する評価等を記載するものとされている。

 取締役がDGCL365条(a)に基づく比較衡量義務を怠った場合には、当該PBCの発行済株式の少なくとも2%(株式が上場されているPBCの場合は、上記割合の株式、又は、訴訟の提起日時点の市場価格にして200万ドル以上の当該PBCの株式のいずれか少ない方)を、個別に又は原告全体として保有している株主に限り、取締役に比較衡量義務を遵守させるための訴訟を提起することが許容されている(DGCL367条)。その一方で、株主以外のステークホルダーには、かかる訴訟についての原告適格は認められていない。

 なお、デラウェア州PBC法は2013年7月に成立して以降、2015年と2020年の2回の改正を経て、現行法へと至っている。

4. 日本におけるBenefit Corporationの必要性

 州ごとに差はあれど、アメリカにおけるBenefit Corporationは、厳格な意味での株主利益最大化原則から株式会社の取締役を解放する点に最大の特徴があった。この点、日本の株式会社は「営利」を目的とする法人であることから、取締役の義務は株主の利益を最大化することにある(株主利益最大化原則)ことは確立した解釈であるものの、株主の利益には「長期的利益」も含まれることは広く受け入れられており、また、取締役の意思決定にはいわゆる経営判断原則の適用があり広範な裁量が認められている。さらに、会社が相当な範囲で社会的に期待される行為を行うことは、たとえ株主利益の最大化につながらないとしても許容されるべきである、という解釈が有力である(注1)。会社の目的との関係では古くは政治献金の適法性が問題となった八幡製鐵事件(最大判昭和45年6月24日民集24巻6号625頁)において定款の目的条項に関して弾力的な解釈を採用している。実務上も、エーザイやユーグレナといった企業は、公益を意識した定款規定(目的・理念)を有している。

 このように、日本においては、法制度それ自体は株主中心主義を前提として設計されているとしても、実際には株主以外のステークホルダーの利益も柔軟に取り込むことができる制度として運用されていることを踏まえると、アメリカとは状況が異なり、必ずしも新たな法人形態を導入しなければ株主利益のみならず公益をも重視した企業経営を行うという目的が達成できないといった事情はないのではないかとの見方もできる。これは、会社の取締役の一般的な義務の一つとして、会社の成功を促進すべき義務(duty to promote the success of the company)を規定しており、取締役に対して、「株主全体の利益のために会社の成功を促進する方法で誠実に行動すること、そして、その際には、意思決定の長期的な影響、従業員の利益や、取引先・顧客と会社の事業場の関係、地域社会や環境への影響等を考慮すること」を義務付けているイギリス(2006年会社法172条参照)においては、アメリカのBenefit Corporationに相当する制度が導入されていないのと似た状況と言えよう(注2)

 他方で、アメリカにおいては、ある企業がBenefit Corporationを選択する目的として、公益の追求に対する法的な保護に加えて、会社の価値観の継続、ブランディング効果、人材の雇用・維持に資するといった観点が挙げられることもある。Benefit Corporationを選択することに伴うこのような効果を踏まえれば、仮に現行制度において公益の追求に対する法的な保護が一定程度実現可能だとしても、新たな制度を導入する意義はあり得ることから、制度導入の要否を検討するに当たっては多角的な検討が必要であろう。

5. B Corp認証の概要

 B Corp認証は、B Labが提供している国際的な民間認証制度であり、B Corpの認証取得を申請した企業のうち、B Labが提示する社会・環境に関する一定の要件を充足した企業に対して付与される。B Corpとは、B Corporationとしての認証を受けた企業(Certified B Corporation)の略称であり、法人格そのものの名称であるBenefit Corporationとは異なる。株式会社の法人形態を維持したたま、B Corp認証を得ることができるという訳である。

 B LabのHP上の情報によると、本稿執筆時点において世界で89か国、6,495の企業(161の産業)がB Corp認証を取得しており、この中には上場企業も含まれている。他方で、B Corp認証を取得している日本企業はわずか20社(うち上場企業は1社)のみである。2023年1月12日付け日本経済新聞朝刊「社会課題に取り組むスタートアップ企業、政府が認証制度」では、経済産業省がスタートアップ支援のために新たな認証制度を2023年度に設けることや、B Labの日本拠点の誘致を目指す旨が報道されているところであり、日本版Benefit Corporationの法制化に先立って、まずは既存の制度において利用可能なB Corp認証の普及を目指していくこともありうべき方向性であると思われる。

 B Corp認証を取得しようとする企業は、産業、売上、従業員数、グループ資本構成等に応じて多少は異なり得るものの、所定の手続を経てB Corp認証を取得する。B Corp認証を取得するためには、B Impact Assessmentという200点満点のテストで80点以上のスコアを取得する必要があり、認証審査の過程においては証票の提出やB Labの審査官によるインタビュー等が実施される。手続はすべて英語で行われる必要があり、日本語には対応していない。

 また、B Corp認証を取得した企業は、3年に一度認証手続の更新が必要となる。更新の際には、再びB Impact Assessmentを受け、B Impact Reportを提出する必要がある。

 このような厳格な認証プロセスと継続的な対外情報開示によって、グリーンウォッシュを防ぐことが担保されている。

 日本版Benefit Corporationの法制化については、これからその要否の検討が開始される段階であり、実際に法制化され利用可能となるまでには相当な時間を要することが想定される。そのため、収益のみならず社会的インパクトの実現をも目指す日本企業としては、まずは、ドラスティックな組織変更を伴わず、現時点における自社の会社形態を前提として利用することが可能なB Corp認証の利用を検討することも、一考に値するであろう。特に、近時B Labでは、大規模な多国籍企業(年間売上高が10億ドルを超える企業が対象)を対象としてB Corp認証の利用を促進するB Movement Builders Programといった取組みも開始しており、上場企業を含めた利用促進が期待される。

6. 連載終了に当たって

 2010年7月21日から連綿とリレー連載されてきた、この「西村あさひのリーガル・アウトルック」も、今回の第373回で、WEB論座のリニューアルと共に幕を下ろす。13年弱もの長きに亘ってお付き合い頂いた読者の皆様には、長年のご厚誼に対し、編集者陣(川合弘造、梅林啓、有吉尚哉と太田)及び執筆者陣を代表して、この場を借りて深く感謝の意を表したい。この間、本連載の一部を収録する形で、文春新書を2冊(『ビジネスパーソンのための企業法務の教科書』と『会社を危機から守る25の鉄則』)刊行することもでき、ここまで長く連載が続いたことに、編集陣としても感無量である。最後に、入稿が〆切直前になることがしばしばで、ご迷惑を掛けとおしだった我々西村あさひの執筆陣をここまで引っ張ってきて頂いた担当の村山治氏(元・朝日新聞編集委員)と奥山俊宏氏(現・上智大学文学部新聞学科教授)のお二人に、心からの感謝の気持ちをお伝えして、本連載を締め括ることとしたい。皆様、長年のご愛読、本当にありがとうございました!

 ▽注1:田中亘『会社法(第3版)』(東京大学出版会, 2021)273頁。ま

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