老人ホームのおやつ提供で過失責任を問われた看護職員(18)
2023年04月13日
長野県安曇野市にある特別養護老人ホーム「あずみの里」で、利用者におやつのドーナツを提供し、のどに詰まらせて窒息死させたとして、ホームの職員である准看護師が業務上過失致死の罪で起訴された事件を検証する本シリーズの第18回では、東京高裁が准看護師に言い渡した無罪判決の内容を紹介する。
Yさんは有罪判決を不服として東京高裁に控訴した。前回までに紹介したように、Kさんの死後に撮影された頭部CT画像などを根拠に、「Kさんの心肺停止の原因は脳梗塞」と主張する弁護側は、控訴審になってから脳神経外科の専門医らの意見書を証拠請求し、Kさんの死因をしっかり調べるよう、東京高裁に求めた。しかし、東京高裁第6刑事部(大熊一之裁判長、奥山豪裁判官、浅香竜太裁判官)は弁護側の請求のほとんどを却下し、たった1回の審理で公判を結審させた。弁護側は、2020年7月28日の判決公判当日も含め、弁論再開を強く求めたが、東京高裁は応じなかった。
それは、Kさんの死因について弁護側の主張を認め、事故死ではなく病死だったと判断したからではない。Yさんにはおやつがゼリー系に変更されていたことを確認すべき義務があり、それを怠ったことが過失であるとした一審判決の認定に誤りがあった、というのがその理由だった。
死因について東京高裁がどう判断したか触れる前に、一審の過失認定を誤りと判断した理由を見ていくことにする。
一審判決は、利用者のおやつの形態を誤って提供した場合、特にゼリー系のおやつを提供することになっている利用者に常食(判決では「常菜」)系のおやつを提供した場合、誤嚥、窒息等により、利用者に死亡という結果が生じることは十分に予見できた、と認定した。
東京高裁は、一審判決が検討した「予見可能性」の内容は、「被害者自身に対する窒息の危険性を抽象化し」たものであり、「要するに、特別養護老人ホームには身体機能等にどのようなリスクを抱えた利用者がいるか分からないから、ゼリー系の指示に反して常菜系の間食を提供すれば、利用者の死亡という結果が起きる可能性があるというところにまで予見可能性を広げたものというほかない」と指摘した。そのうえで、次のように一審判決(原判決)を批判した。
しかし、具体的な法令等による義務(法令ないしこれが委任する命令等による義務)の存在を認識しながらその履行を怠ったなどの事情のない本件事実関係を踏まえるならば、上記のような広範かつ抽象的な予見可能性では、刑法上の注意義務としての本件結果回避義務を課すことはできない。原判決は、被告人には本件形態変更を確認する職務上の義務があったとした上で、これを法令等による義務と同視したもののように解されるが、一定の科学的知見や社会的合意を伴わない単なる職務上の義務を法令等による義務と同列に扱うのは形式的に過ぎるというべきである。本件では、被告人が間食の形態変更を確認しないまま本件ドーナツを被害者に配膳したことが過失であるとされ、この過失によって被害者に本件ドーナツによる窒息が生じ、その死亡という結果を引き起こしたことについて行為者を非難するという過失責任が問われているのであるから、被害者に対する本件ドーナツによる窒息の危険性ないしこれによる死亡の結果に対する具体的な予見可能性を検討すべきであるのに、原判決はこの点を看過している。
一審判決は、Yさんにはおやつの形態確認を怠った過失(予備的訴因)があると認定したが、東京高裁は、おやつの形態を確認しなかったことを業務上過失致死罪における過失とするためには、「遅くとも被害者に本件ドーナツを提供するまでの間に本件ドーナツによって被害者が窒息することの危険性ないしこれによって死亡する結果についての具体的予見可能性がどのような内容、程度であったかを十分に検討する必要がある」と述べた。そのうえで東京高裁はまず、Yさんがおやつの形態を確認することが職務上の義務であったか否かを検討し、「職務上の義務に反するものであったとはいえない」と判断した。その主な理由は以下のとおりである。
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