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無罪事件の検証を公にすることは「公共の安全に支障」と最高検

老人ホームのおやつ提供で過失責任を問われた看護職員(19)

出河 雅彦

 長野県安曇野市にある特別養護老人ホーム「あずみの里」で、利用者におやつのドーナツを提供し、のどに詰まらせて窒息死させたとして、ホームの職員である准看護師が業務上過失致死の罪で起訴された事件を振り返ってきた筆者は、死因究明の重要性を改めて認識するとともに、刑事裁判を検証する必要性を感じた。本シリーズでは、あずみの里事件の捜査や公判に対する弁護側の疑問を何度か紹介してきたが、筆者自身が取材を通して感じたこの事件の捜査と公判の問題点、無罪確定事件の検証について捜査当局や裁判官に質問してみた。その取材過程と結果を2回に分けて報告したい。最初は警察と検察に対する取材について述べる。

特別養護老人ホーム「あずみの里」
 この事件で起訴された准看護師(以下、Yさんと言う)に対し、長野地裁松本支部は2019年3月25日、検察側の求刑通り罰金20万円の有罪判決を言い渡した。大きな争点であった利用者の女性(以下、Kさんと言う)の死因(心肺停止の原因)については検察側が主張した「窒息」であると認定し、検察側が主張したYさんの二つの過失のうち、食事中のKさんの動静を注視する義務を怠った過失(主位的訴因)は認めず、おやつがゼリー系に変更されていたことを確認すべき義務を怠った過失(予備的訴因)によって有罪判決を言い渡した。Kさんの心肺停止の原因は脳梗塞の可能性が高いとしてYさんの無罪を主張する弁護側は控訴審で、脳神経外科の専門医らの意見書を証拠請求し、Kさんの死因をしっかり調べるよう、東京高裁に求めた。

 しかし、東京高裁は弁護側が証拠請求した意見書のほとんどを却下し、1回の審理で公判を結審させた。弁護側の二度にわたる弁論再開申し立てにも応じなかった。2020年7月28日、東京高裁は一審判決を破棄し、Yさんには提供すべきおやつの形態を確認する注意義務があったとは言えないという理由で無罪を言い渡した。だが、大きな争点だった死因については認定せず、ドーナツをのどに詰まらせたことによる窒息(=事故死)なのか、脳梗塞(=病死)なのかを曖昧にしたままだった。

 公判の間も「あずみの里」で働き続けてきたYさんは、無罪が確定してから約1年後の2021年7月に出版された記録集『逆転無罪-特養あずみの里刑事裁判の6年7カ月』(特養あずみの里業務上過失致死事件裁判で無罪を勝ち取る会発行)への寄稿で、仕事を失うのではないかと不安を抱えていたことや、「被告人」と称されるたびにいたたまれない気持ちになっていたことなどを振り返りながら、支援してくれた人たちへの感謝の言葉を述べた。

 この記録集が出版される直前、Yさんは筆者の取材に応じた。裁判でKさんの死因が大きな争点になったことや、Kさんの解剖が行われていなかったことをどう受け止めているか尋ねると、Yさんは次のように答えた。

 解剖して死因を詳しく調べなくても起訴にもっていける、そんな理不尽なことがまかり通るのだということを自分の裁判を通して知りました。そういうことが正されていかないと、自分のような辛い思いをする人がまた出るのではないかと心配しています。警察、検察は同じ過ちを繰り返さないようにしてほしいです。

 本シリーズの第1回第4回で紹介したように、パロマ社製ガス湯沸かし器の一酸化炭素中毒事故などをきっかけに、2012年6月、「死因究明等の推進に関する法律」(死因究明等推進法)と「警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律」(死因・身元調査法)が成立した。死因・身元調査法が制定されたのは、死因を究明するための解剖の重要性が認識された結果であり、「事件性なし」と判断されて司法解剖を行わない死体についても死因を調べるために警察署長の権限で解剖(調査法解剖)を行うことができるようになった。検視などでいったんは「事件性なし」と判断して調査法解剖を実施し、その後事件による死亡の疑いが出てきて司法解剖に切り替えられることもある。長野県警は死因・身元調査法が施行されてから9カ月後の2014年1月に亡くなったKさんの遺体の解剖を行わなかった。Kさんの死亡前から捜査を始めていたにもかかわらず、何を根拠に「解剖は不要」と判断したのだろうか。筆者は2021年8月、長野県警に対し書面で取材を申し入れた。

長野県警が入る庁舎
 取材依頼文に記した質問の概要は以下のとおりである。

  1.  Kさんが「あずみの里」でのおやつの最中に意識を失い、心肺停止状態となって松本協立病院に救急搬送された情報をいつ、どのような経緯で把握したか。
  2.  Kさんの遺体をどのように調べたか。
  3.  Kさんの遺体に対し、司法解剖もしくは死因・身元調査法に基づく解剖を行うことを検討したか否か。
  4.  Kさんの遺体に対し、司法解剖や死因・身元調査法に基づく解剖を実施しなかった理由、不要と判断した理由は何か。
  5.  Kさんの遺体の解剖の要否に関して検察庁と協議したか否か、協議したのであれば検察庁からいかなる意見が出たか、協議していないのであればその理由は何か。
  6.  Kさんの治療医がKさんの死後に頭部CT画像を撮影した事実をいつ、どのような経緯で把握したか。
  7.  捜査の過程で、Kさんの死後の頭部CT画像について「死亡時画像診断」を専門とする医師や脳神経外科医に読影を依頼し、意見を求めたか。意見を求めているのであれば、専門分野ごとの人数とそれぞれの医師の所属先、各医師の意見の概要を、意見を求めていないのであれば、その理由を教えてほしい。
  8.  「あずみの里事件」で長野県警もしくは警察庁が「警察捜査の問題点」を自ら検証しているか否か。検証しているのであれば、その結果を、検証していないのであれば、その理由を教えてほしい。

 この取材依頼に対し、長野県警刑事部捜査第一課検視官室は2021年9月9日付の文書で「お尋ねについては、個別の事件に関する事柄であり、回答は差し控えさせていただきます」と回答した。

 筆者は長野県警への取材申し込みと同時に、長野地方検察庁の古谷伸彦検事正(当時)にも取材を申し入れた。

 取材依頼文に記した質問の概要は以下のとおりである。

  1.  Kさんの死亡前から捜査を始めていた長野県警はKさんの遺体の司法解剖や死因・身元調査法に基づく解剖を実施しなかったが、司法解剖等の要否について長野県警から長野地検に相談があったか否か。もし相談があったとしたら、長野県警に対しどのような指示、助言をしたか。
  2.  長野県警から司法解剖等の要否について相談を受けたものの長野地検として「解剖は不要」と判断したのであれば、その理由は何か。
  3.  長野地検として埼玉医科大学国際医療センター救命救急センター長の根本学教授に鑑定を依頼した理由は何か。
  4.  長野地検としてYさんを起訴するか否かを判断するにあたって、信州大学の救急部門の医師や、同じく信州大学の嚥下障害に詳しい医師に意見を聴いたか否か。
  5.  Kさんの治療医はKさんの死後、頭部のCT画像を撮影しているが、長野地検としてYさんを起訴するか否かを判断するにあたって、上記CT画像について「死亡時画像診断」を専門とする医師や脳神経外科医に読影を依頼し、意見を求めているか否か。意見を求めているのであれば、依頼した医師の専門分野ごとの人数と所属先、各医師の意見の概要を教えてほしい。意見を求めていないのであれば、その理由を教えてほしい。
  6.  現時点で振り返ってみて、長野県警、長野地検によるKさんの死因確認は十分であったと考えるか。理由も含めて、見解を示してほしい。
  7.  一審の有罪判決を破棄し、Yさんに無罪を言い渡した東京高裁の判決を、Yさんを起訴した長野地検はどのように受け止めたか教えてほしい。
  8.  「あずみの里事件」は全国の介護現場に大きな衝撃を与え、Yさんの起訴と一審有罪判決が介護現場で高齢者を支える職員の萎縮を招き、職員が刑事責任を問われないよう安全を重視するあまり、高齢者の食の楽しみが奪われるような状況が生まれたとも言われている。このような事態を招いたことについて、起訴を判断した長野地検のトップとしてどのように受け止めているか。起訴が適正であったか否かも含め、見解を示してほしい。
  9.  長野地裁松本支部における一審において、検察官は二度にわたって訴因変更を請求した。最終的には裁判所から許可されたが、審理が進んだ段階での訴因変更は被告の防御権の行使を妨げ、迅速な裁判を受ける権利に反するものであるとして、弁護団だけでなく刑事法の専門家からも批判や疑問の声が上がった。なぜ二度も訴因変更が必要になったのか、その理由を教えてほしい。「あずみの里事件」の捜査が行われていた2014年は、大阪地検の証拠改ざん事件を機に、法務大臣から捜査・公判の在り方の見直しについて諮問を受けた法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」が3年余りに及ぶ議論を終え、答申をした年であり、捜査の在り方に対して社会の厳しい目が注がれていた。このような時期であるにもかかわらず、「あずみの里事件」の捜査や、Yさんの起訴を判断する際の検討が不十分だったことが、二度にわたる訴因変更請求の原因になったとは言えないか。この点についても見解を示してほしい。
  10.  Kさんの治療医は、警察で事情聴取を受けた際にKさんの心肺停止の原因として脳梗塞と心室細動について説明し、供述調書の内容を確認して署名、押印する際にはその説明内容が調書に記されていたのに、後で供述調書に記載されていないことを知り、驚いたという趣旨の証言を、一審の第11回公判でしている。法廷で検察官から「後から調書がすり替えられたということか」と尋ねられたこの医師は「可能性はあるんじゃないかと思っている」という趣旨の証言をした。事情聴取を受けた人が署名、押印した調書の一部が後日差し替えられているかもしれないということが公開の法廷で証人の口から語られたことで、捜査の適正さに疑念を抱いた傍聴者もいたかもしれない。差し替えを防ぐためには、事情聴取をした人に供述調書のすべてのページに署名、押印をしてもらうといったやり方もありえると思うが、導入を検討される考えはあるか。
  11.  「あずみの里事件」で検察庁が「捜査・公判活動の問題点」を自ら検証しているか否か、教えてほしい。検証しているのであれば、その結果を、検証していないのであれば、その理由を教えてほしい。

長野地検が入る庁舎
 この取材依頼に対し、長野地検は「貴殿から送付された取材のお願いと題する書面を拝見しましたが、御要望には添いかねますので、送付された書面及び返信用封筒を返戻いたします」と記した書面(2021年8月26日付)とともに取材依頼文を返送してきた。

 長野地検検事正に対する取材依頼で筆者がとくに知りたかったのは、「捜査・公判活動の問題点」を検証したか否か、という点である。最高検察庁は近年、冤罪事件の捜査の問題点を自ら検証し、その結果を公表するようになっている。「いわゆる氷見事件及び志布志事件における捜査・公判活動の問題点等について」(2007年8月)、「いわゆる足利事件における捜査・公判活動の問題点等について」(2010年4月)、「いわゆる厚労省元局長無罪事件における捜査・公判活動の問題点等について」(同年12月)がそれに当たる(注1)

 組織内部での検証には自ずと限界があるが、過去に起きた数多くの冤罪事件からわかるように、誤って行使された場合には個人の生活と人権に取り返しのつかない打撃を与える強大な権限を持つ検察庁が、自らの過ちについて検証を行うことは重要なことであり、筆者としてはこのような取り組みは前向きに評価すべきであると考える。

 長野地検検事正が取材に応じなかったので、無罪が確定した事件について検察庁がどのように検証をしているかを知りたいと考え、林眞琴検事総長(当時)に取材を申し込むことにした。

最高検が入る庁舎=東京・霞が関
 取材を依頼するに当たって、最高検察庁のホームページを閲覧すると、あずみの里事件の控訴審判決が出る直前の2020年7月17日に検事総長に就任した林氏の挨拶が掲載されていた。その中に次のような一文があった。

 「検察の使命を全うするためには、職員一人一人が、常に検察の理念に立ち返り、検察権の行使が国民の信頼という基盤に支えられていることを意識しつつ、公正誠実さ、あるいはフェアネスといった点を重視した適正な検察権の行使に努めていかなければならないと思っております」

 これを読んだ筆者は、林氏への取材依頼文に「高齢者介護はこの国に住むすべての人にとって避けては通れない課題です。その高齢者介護の現場は、人材難や低賃金に苦しみながらも、介護事業者や介護従事者の懸命の努力で支えられています。そうした介護事業者や介護従事者、ひいては介護サービスを利用する高齢者に深刻な影響を与えた『あずみの里事件』で、検察庁の主張は退けられました。この際、捜査と公判の過程を検証し、その結果を社会に向かって説明し、国民が今回の事件に対して抱いている疑問や不信に答えれば、『検察権の行使』の『基盤』であると林様がおっしゃる『国民の信頼』はさらに高まると思うのですが、いかがでしょうか」と記したうえで、以下の3点を尋ねた。

  1.  検察庁は無罪判決が確定した事件の捜査・公判について検証し、その結果を組織全体で共有していますか。
  2.  検証と検証結果の共有をしているとしたら、それは無罪確定事件のすべてなのか、一部なのかを教えていただけませんか。一部であるとしたら、検証する事件の選定基準を教えてください。また、検証結果を組織全体で共有する際の方法も合わせて教えてください。検証も検証結果の共有もしていないならその理由を教えてください。
  3.  無罪確定事件についてその検証結果を公表する際の基準を作成していますか。作成しているならその公表基準を、作成していないならその理由を教えてください。

 この取材依頼に対し、最高検察庁から2021年10月14日付で以下のような文書回答があった。

 御指摘いただいているように、「職員一人一人が、常に検察の理念に立ち返り、検察権の行使が国民の信頼という基盤に支えられていることを意識しつつ、公正誠実さ、あるいはフェアネスといった点を重視した適正な検察権の行使に努めていかなければならない」という点は、検察活動の基本であるものと認識しております。また、「国民の信頼」という観点において、国民に対する説明は重要であると思っております。

 さて、今般の書面においては、特定の事件の捜査・公判活動に関する疑問を示していただいております。しかしながら、具体的な事件に関する検察官の活動に関する事項、あるいは、証拠関係にわたる事柄については、事件関係者の名誉・プライバシーや今後の捜査・公判への支障等の観点から、基本的にお答えを差し控えざるを得ないことを御理解いただきたく存じます。

 その上で、御質問にありました点につき言及しますと、検察庁においては、一般に、無罪判決があった場合は、当該事件における捜査・公判の問題点に関する検討を行うなどしており、必要に応じ、問題意識を共有するとともに、反省すべきところがある場合は反省し、その後の捜査・公判の教訓としております。

 そうした検討や問題意識の共有は、事案の内容・性質に応じて様々な方法で行われますが、検察内部での検討状況については、当該事件の関係者のプライバシーや具体的な捜査手法等にも関わるものですので、基本的に公表することを予定しておらず、事案に応じて適切に対処しているものです。

 終わりに、検察が国民の信頼という基盤に支えられる上で、どのような姿勢や感覚が必要かということについて、前向きに御指摘いただいた諸点につきましては、真摯に受け止めさせていただきます。

 「無罪判決があった場合は、当該事件における捜査・公判の問題点に関する検討を行」い、「反省すべきところがある場合は反省し、その後の捜査・公判の教訓として」いるとする一方で、「検察内部での検討状況については、当該事件の関係者のプライバシーや具体的な捜査手法等にも関わる」から、「基本的に公表することを予定して」いない、という回答を読んで、以下のような疑問が浮かんだ。

 氷見事件、志布志事件、足利事件、厚労省元局長無罪事件の捜査・公判の問題点の検証結果を公表したのはなぜなのか?

 検証する無罪事件の選定、検証の実施方法、検証結果の公表範囲などについて、最高検が基準を作成しているのではないか?

 こうした疑問を確かめるため、最高検からの回答が届いてからほどなく、筆者は情報公開法に基づき、再審を含めて刑事裁判で無罪判決が確定し、検察庁として捜査・公判の問題点等について検証を行う際の対象事件の選定、検証の方法、検証結果の組織内での共有、検証結果の公表などについて定めた規程を記した文書などを開示するよう、2021年10月に最高検に請求した。

 開示請求文書には、あずみの里事件のほか、「福島県立大野病院事件」(2006年に業務上過失致死罪と医師法違反で起訴された医師に対し福島地裁が2008年に無罪を言い渡した判決が確定)、「湖東記念病院事件」(入院患者の人工呼吸器を外したとして殺人罪で有罪判決を受け服役した滋賀県内の病院の元看護助手の再審請求が認められ、2020年の大津地裁の再審無罪判決が確定)、「布川事件」(1967年に茨城県で発生した強盗殺人事件で服役した2人の再審請求が認められ、2011年に水戸地裁土浦支部が言い渡した再審無罪判決が確定)、「東住吉事件」(1995年に大阪市東住吉区で放火により娘を殺害したとして殺人罪などで有罪判決を受け服役した母親と内縁の夫の再審請求が認められ、2016年に大阪地裁が言い渡した再審無罪判決が確定)の計五つの無罪確定事件について検察庁が捜査・公判について検証した結果をまとめた文書や、検証の実施を決定するまでの庁内での検討や法務省との協議の過程、検証方法、検証担当者の人数・所属部局名・役職について記した文書と関連の決裁文書を含めた。

 このうち、湖東記念病院事件、布川事件、東住吉事件はいずれも、いったん確定した有罪判決によって長期間服役した冤罪被害者が再審を求め、最終的に無罪を勝ち取った事件であり、冤罪の再発防止の観点から検証が不可欠な事件といえる。産婦人科医が逮捕された福島県立大野病院事件は全国の医師を震撼させ、医療事故調査制度の創設に向けた議論にも大きな影響を与えたことで知られる。事件の当事者に限らず、同様の職責を担う全国の専門職に広く衝撃を与えたという点で、あずみの里事件と共通点がある。筆者は、このような社会的広がりをもった事件で自らの主張が認められなかった場合、検察には過ちの原因を検証し、社会に対し説明責任を果たす義務

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