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全世界の「食物による窒息死」の33%が日本で報告される「異常事態」はなぜ?

老人ホームのおやつ提供で過失責任を問われた看護職員(21)完

出河 雅彦

 長野県安曇野市にある特別養護老人ホーム「あずみの里」で、利用者におやつのドーナツを提供し、のどに詰まらせて窒息死させたとして、ホームの職員である准看護師が業務上過失致死罪に問われた事件を検証する本シリーズの最終回では、弁護側の依頼で鑑定書を作成し、日本では「食物による窒息」が過剰に診断されている、と指摘した福村直毅医師のインタビューを紹介する。

特別養護老人ホーム「あずみの里」
 あずみの里事件で起訴された准看護師(以下、Yさんと言う)に対し、長野地裁松本支部が2019年3月25日、検察側の求刑通り罰金20万円の有罪判決を言い渡した。大きな争点であった利用者の女性(以下、Kさんと言う)の死因(心肺停止の原因)については検察側が主張した「窒息」であると認定した。Kさんの心肺停止の原因は脳梗塞の可能性が高いとしてYさんの無罪を主張する弁護側は、控訴審で脳神経外科の専門医らの意見書を証拠請求し、Kさんの死因をしっかり調べるよう、東京高裁に求めた。しかし、高裁は弁護側が請求した証拠のほとんどを却下して1回の審理で公判を結審させ、2020年7月28日、一審判決を破棄し、Yさんに無罪を言い渡した。大きな争点だった死因については認定せず、ドーナツをのどに詰まらせたことによる窒息(=事故死)なのか、脳梗塞(病死)なのかは曖昧にされたまま無罪判決が確定し、裁判は終わった。

 東京高裁が判決で、介護施設における食品提供、特におやつ提供の意義を認めたことは、介護関係者から高く評価された。だが、Kさんの死因が曖昧にされた結果、事件が介護現場に与えた萎縮効果は完全には払拭されていない可能性があると筆者は考えている。

福村直毅医師が世界保健機関(WHO)の2016年のデータを抽出して作った「窒息死亡数の国際比較」。日本が世界全体の33%を占めている=福村医師提供
福村直毅医師=本人提供
 Yさんの裁判で福村医師が述べた意見は本シリーズの第11回で紹介した。福村医師は、食べ物をうまく食べることができない摂食嚥下障害のリハビリテーションを専門とする医師である。法廷では、全世界の「食物による窒息死」の33%が、人口が全世界の2%にすぎない日本で起きていることを、各国から世界保健機関(WHO)に報告されたデータに基づいて説明した。福村医師はこのことを「異常事態」と呼び、その大きな要因は「食物誤嚥による窒息に診断基準がなく、現場の医師の主観に委ねられていることではないか」と述べた。つまり、日本では食物による窒息でない事例の相当数が「窒息」と誤って判断されている可能性が高いというのである。

 介護施設において窒息でない事例が窒息と診断されれば、施設側と利用者家族との間のトラブルに発展し、場合によっては、食事介助にあたる介護職員の責任が追及されることもある。日本ではなぜ窒息が過剰に診断されていると考えられるのか。その背景と対策について聞くため、筆者は2021年6月、福村医師に取材した。その一問一答は以下のとおりである。

 ――「あずみの里事件」で弁護側の依頼を引き受けて鑑定書を作成した理由を教えてください。

 福村医師 私の専門が嚥下障害治療であり、地域の施設で嚥下診察をしてきています。そのため施設で窒息事案が生じたときに相談を受け、実際には窒息と考えられないケースが多発していることがわかりました。山形県鶴岡市で仕事をしていた時には、「窒息ではない」という意見を述べたことが複数回ありました。

 具体的には、介護施設での食事後3時間経っていて嘔吐などもなかった人が、突然心停止で発見され、病院に搬送したら「窒息」と言われた、といった事例です。食物誤嚥による窒息では、窒息の原因となりうる食物(塞栓子)が気道内にとどまっていることが証拠になるので、こうしたケースでは、食後の口腔ケアはされたのか、食後に間食をしていた可能性はないかなど、外から塞栓子が入った可能性の有無を確認します。

 吐しゃ物によって窒息が起こることもありますが、その診断も単純ではありません。介護施設の食物は細かく調理されていたり、食事の時に細かく咀嚼されたりしているので、誤嚥(=食物が喉頭の先の気管に入り込むこと)した物が多量であるとか、胃酸による化学的な障害により粘膜が急速に浮腫を起こしているといった点が診断には必要です。

 窒息と判断できる証拠があるかどうかを確認し、窒息とするには矛盾点がある場合は、「窒息とは判断できない」という意見を述べてきました。「そういう意見があるなら窒息(=事故)としての報告は不要」と自治体に判断してもらった事例もあります。

 また、救急科の医師とともに窒息に関する学習と臨床分析を進め、あずみの里事件が起こる前から窒息に関する講演会を開いてきました。講演会では、窒息をさせない食事方法、万一の窒息時の救命方法を説明しました。もともと窒息は誤解が多いこと、施設で大きな問題になっていることを感じてかかわってきたわけです。

 あずみの里事件は、これまで山形県で遭遇してきた窒息誤診事例に比べても、窒息とするには明らかな矛盾点があります。具体的には、①アクシデント発生後意識消失までの時間が短すぎること、②心停止までの時間が短すぎること、③気道内に塞栓子が確認されていないこと、などです。ですから、「窒息の可能性はない」と証明できる、と考えました。

 ――施設関係者が窒息についてどのような誤解をしているのか、窒息が施設の運営上、どのような問題になっているのか、教えてください。

 福村医師 誤解しているのは施設だけでなく、医師をはじめとした関係者全員です。窒息のメカニズムを適切に理解していないことが根本的な原因です。そして、窒息が診断できないという現状を理解せず、窒息を事故として処理するシステムだけが先行するという社会システムの問題があります。つまり窒息かどうかもあいまいなまま、事故であると決めつけて、責任追及を進めてきてしまったのです。嚥下など人体の動きにかかわる分析の専門家であるリハビリテーション医も積極的に介入しようとしてこなかった。これはリハビリテーション医が「救急は自分たちの専門外」と思い込んでいた結果です。

 施設関係者は窒息にかかわる医療、福祉、行政の矛盾と混乱を作ってきた当事者であると同時にスケープゴートでもあります。施設内で起きた事案で窒息と診断された場合、責任は施設にあるとみなされ、糾弾されます。かかわった職員の精神的ストレスは計り知れません。仕事を続けられなくなる人もいます。自治体への報告義務、入所者家族への説明と謝罪、賠償、職場での反省と業務変更、職員のメンタルヘルスケア、他入所者と家族への説明など施設に多大な負荷がかかります。

 ――日本の窒息死亡数が国際的に見て多いことを鑑定書や法廷証言の中で指摘され、その理由について「食物誤嚥による窒息に診断基準がないこと」と述べておられます。このような指摘をされた後、関係学会や行政機関が窒息の診断基準作りに着手するなどの動きがあれば教えてください。

 福村医師 おそらく食物誤嚥による窒息に診断基準が作られることはないと思います。診断基準とは、専門性を持たない医師が患者の条件をあてはめるだけで、ある程度の確率で正しい診断ができるようにするためのものです。救急で呼吸停止患者に対応する場合、分単位で死が迫っていることから、まず気道(=呼吸時に空気が通過するところで、口腔、鼻腔、咽頭、喉頭などと、喉頭から先の気管を含む)の確保を優先します。実際に窒息であったときの救命率を高めるため、あらかじめ決めておいた手順に従うのです。その救急現場に「窒息の診断基準」を導入すると、まず窒息かどうかを判断してから救命処置をすることになり、救命率を下げてしまうことが懸念されます。窒息の診断基準の導入が難しい理由としては、その他に、①食物が気道を閉塞しているところが体の内部にあるため、直接観察するのが難しい、②嚥下障害や窒息を正しく診断するために必要な情報が多岐にわたる、ことが挙げられます。したがっ

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