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(1) 億万長者になった「スパイ」、病院チェーンの不正請求を政府に

奥山 俊宏

 1997年7月16日午前9時。米連邦捜査局(FBI)捜査官たちの一群がジョン・シリングさん(46)の職場に現れた。

 「みんな、自分のコンピューターから離れるんだ!」

 高く上げた手にバッジをかざして、捜査官が叫ぶ。事務所の建物の中を迷うことなく動き回る捜査官たちに、職場の同僚らから驚きと戸惑いの声が漏れる。あわせるように、シリングさんはあえて驚くふりをしてみせる。

 実際には前夜、強制捜査着手の予定を知らされていた。朝から気を高ぶらせながらその瞬間を待っていた。スムーズに捜査官が展開できるように職場の平面図を描いてFBIに渡したのもシリングさんだった。

ジョン・シリングさんジョン・シリングさん

 アメリカには、内部告発のおかげで政府への不正請求を摘発できた際に、回収した公金の15~30%を内部告発者に報奨金として渡す制度がある。南北戦争の時代に制定され、1986年に抜本改正された「不正請求法」という法律に基づく。

 シリングさんは96年2月、この制度を利用。勤務先だった大手病院チェーンの健康保険不正請求を内部告発する訴状を裁判所に提出した。提訴の事実は極秘にされ、シリングさんはFBIの内偵捜査に協力。FBIの求めで、職場に復帰。FBIのために同僚との会話を録音したこともある。いわばスパイだった。

 2003年6月26日、米司法省は「史上最大の保健医療詐欺事件の捜査で総計17億ドル(2千億円弱)を回収」と記者発表した。その発表文の中にシリングさんの名前があった。もう1人の元社員とともに「和解金のうち報奨金として計1億ドルを受け取る」とあった。「過去9年間に及ぶ捜査と訴訟における内部告発者(ホイッスルブロワー)たちの助けに感謝する」との司法長官補のコメントが添えられていた。

 内部告発者シリングさんは億万長者になった。

  ▽筆者:奥山俊宏

  ▽この記事は2008年9月30日の朝日新聞朝刊に掲載された原稿に加筆したものです。

  ▽内部告発 in アメリカ(2):  公金1兆3千億円を回収、内部告発者の協力で