2010年07月21日
「みんな、自分のコンピューターから離れるんだ!」
高く上げた手にバッジをかざして、捜査官が叫ぶ。事務所の建物の中を迷うことなく動き回る捜査官たちに、職場の同僚らから驚きと戸惑いの声が漏れる。あわせるように、シリングさんはあえて驚くふりをしてみせる。
実際には前夜、強制捜査着手の予定を知らされていた。朝から気を高ぶらせながらその瞬間を待っていた。スムーズに捜査官が展開できるように職場の平面図を描いてFBIに渡したのもシリングさんだった。
アメリカには、内部告発のおかげで政府への不正請求を摘発できた際に、回収した公金の15~30%を内部告発者に報奨金として渡す制度がある。南北戦争の時代に制定され、1986年に抜本改正された「不正請求法」という法律に基づく。
シリングさんは96年2月、この制度を利用。勤務先だった大手病院チェーンの健康保険不正請求を内部告発する訴状を裁判所に提出した。提訴の事実は極秘にされ、シリングさんはFBIの内偵捜査に協力。FBIの求めで、職場に復帰。FBIのために同僚との会話を録音したこともある。いわばスパイだった。
2003年6月26日、米司法省は「史上最大の保健医療詐欺事件の捜査で総計17億ドル(2千億円弱)を回収」と記者発表した。その発表文の中にシリングさんの名前があった。もう1人の元社員とともに「和解金のうち報奨金として計1億ドルを受け取る」とあった。「過去9年間に及ぶ捜査と訴訟における内部告発者(ホイッスルブロワー)たちの助けに感謝する」との司法長官補のコメントが添えられていた。
内部告発者シリングさんは億万長者になった。
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください