2010年07月21日
●事件の概要
鳩山の政治資金管理団体「友愛政経懇話会」をめぐる偽装献金事件を簡単に振り返っておこう。
発端は2009年6月16日付朝日新聞朝刊の記事「鳩山代表献金に故人名 5人、120万円分 遺族知らず資金団体へ」だった。当時、鳩山は野党第一党の民主党代表で、次期総選挙で政権の座に着くことが有力視されていた。「友愛」の2003-07年分の政治資金収支報告書に、亡くなった人が個人献金者として記載されていることが分かった、という衝撃的な話だった。
鳩山は2週間後の6月30日、虚偽記載を認め、経理を担当した元公設秘書の勝場啓二が独断で行ったと発表。虚偽献金の原資は「鳩山本人の資金」と説明した。
都内の団体が、鳩山、勝場と会計責任者の元政策秘書の3人を、政治資金規正法違反(虚偽記載など)の疑いで東京地検特捜部に告発。特捜部は、8月の総選挙、9月の鳩山内閣発足を待って捜査を開始した。
特捜部の捜査で、鳩山側に母親から年間1億8千万円、鳩山保有のブリヂストン株の配当金約8千万円など毎年3億円ほどが流れ込んでいることが明らかになった。5年間でそのうち約4億円が「友愛」関係の支出にあてられ、勝場はそれを隠すため、故人などからの献金があったと偽装していたとされる。
●上申書決着
鳩山と実母は特捜部に上申書を提出した。
上申書で、鳩山は「母からの資金提供についてはまったく知らなかった。資金管理は秘書に一任し、虚偽記載も知らなかった」などと主張したとされ、実母は「資金は提供したが、子どもを支援しただけで、使途や処理方法は関知していない」などと主張したとされる。
特捜部は2人の取り調べをすることなく捜査を終えた。09年12月24日、鳩山本人については虚偽記載への関与があるとは認められないとして嫌疑不十分で不起訴処分とし、勝場だけを、計約4億円分の虚偽記載をした罪で在宅起訴した。
元政策秘書は、虚偽記載を見過ごしたとして略式起訴され、即日、罰金30万円、公民権停止3年の略式命令を受けてその後、確定した。
勝場は10年4月23日、東京地裁で禁固2年執行猶予3年(求刑禁固2年)を言い渡され、その後、確定した。
鳩山は検察の不起訴処分を受けて、02年以降の母親からの資金提供が12億6千万円に上ることを公表。贈与だったと認め6億円以上を納税すると表明した。
鳩山と会計責任者らを告発した団体は、特捜部の不起訴処分を不服として検察審査会に審査を申し立てた。東京第4検察審査会は3ヶ月にわたる審査を経て10年4月26日、鳩山と元政策秘書に対する検察の不起訴処分について「不起訴相当」と議決し、事件は完全に終結した。
しかし、議決書は「鳩山が母からの莫大な資金が使われていることも全く知らなかったというのは、素朴な国民感情として考えがたい。鳩山に対して検察官の取り調べがなされなかったこともあり、鳩山の一方的な言い分にすぎない上申書の内容そのものに疑問を投げかける声が少なからずあった」と異例の付言をし、間接的ながらも検察の捜査に対する不信をにじませた。
●どんぶり勘定
鳩山の「財布」はどんぶり勘定だった。
「友愛」の献金偽装に問われた勝場は、鳩山由紀夫家の「番頭」だった。東京・永田町の鳩山の個人事務所の金庫にプールした現金の管理を一手に任され、政治向きから個人的なものまで、鳩山が使うカネの多くは勝場が出金していたとされる。
勝場は、出金の必要があると金庫から現金を持ち出し、残金が少なくなると、鳩山の署名のある指示書をもとに、鳩山家の資産管理会社「六幸商会」から現金を届けさせていた。やりとりは現金なので記録はほとんどなく、「入り」と「出」のヒモをつけるのは勝場自身でも困難だったとされる。
そのため、勝場は、実際に使ったカネから逆算して「友愛」の収支報告書を作成していた。「友愛」の経費とせざるを得ないカネがいくらあったかを仕分けし、その金額を「友愛」の「支出」と「収入」に記入してきたという。
特捜部は、まず、収支報告書や会計帳簿をもとに勝場に鳩山関係で動かしたカネの「出」を説明させた。その結果、「出」に比べて「入り」が圧倒的に少ないことがわかった。特捜部の追及を受けた勝場は、鳩山の実母から年間1億8千万円の「子ども手当」をもらっていたことを認めたという。
鳩山の資金使途は、大きく分けると(1)資金管理団体としての政治活動(2)鳩山個人の政治活動(3)鳩山や妻の個人的支出――の3つだった。(1)は政治資金規正法で報告義務があるが、(3)は、報告義務がない。(2)については、報告義務の有無について専門家の間で見解がわかれている。勝場は(2)と(3)については未整理のまま放置していた。
勝場の供述などから、検察は、勝場が、鳩山の実母から流入した「子ども手当」などの出所を隠すため献金偽装を行ったものと判断した。
鳩山は、「友愛」の支出の一部を「子ども手当」で賄っていたとされる。カネは政治資金なのか、個人の収入なのか。捜査のポイントは、9億円のカネの性質をどう見るか、に絞られた。
●量的制限違反と脱税の疑い
検察部内では、鳩山側に9億円の資金を提供した実母が政治資金規正法の量的制限に抵触している疑いが指摘されていた。
政治資金規正法は、資金管理団体に1年間に献金できる上限は政治家本人が1千万円、一般の個人が150万円と定めている。違反した場合は、1年以下の禁固または50万円以下の罰金に処せられる。
鳩山は弁護士などを通じ「実母からカネが来ていることを知らなかった」と検察に説明したが、それを鵜呑みにする特捜検事はいなかった。
仮に、9億円のカネについて、息子の資金管理団体の「友愛」に寄付する意図が実母にあった場合は、この規定に抵触する可能性が大なのだ。また、鳩山本人が実母に「友愛」への寄付を依頼していた場合は、鳩山も実母との共犯に問われる可能性があった。
一方、仮に、実母のカネをいったん鳩山が自ら受け取った上で、「友愛」に入れたとすると、1千万円以上の寄付をした量的制限違反の疑いが鳩山自身に生じる。鳩山自身、自分の個人資産を「友愛」に移し、政治活動に使っている。疑惑発覚後に国会で「貸し付けになっているものと思った」と弁明したが、それも同じ違反に当たる可能性がある。
また、税法の観点からすると、一般的に、息子が親からまとまったカネをもらえば、相続税法に基づき納税義務が発生する。鳩山の「知らない」という主張は、普通、税務当局には通用しない。カネが政治資金と認定されれば課税は免れるが、そうでなければ、今度は、9億円もの贈与を受けながら納税しなかった脱税容疑が生じるのだ。
その際、仮装隠蔽(いんぺい)などの不正があれば、5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金に処せられる(ほ脱罪)。不正がない場合でも正当な理由なく税務申告をしなかっただけで、1年以下の懲役または20万円以下の罰金に処せられる(単純無申告)。
●「知らなかった」に対する国会の批判
「母親からの巨額資金提供を知らなかった」との鳩山の主張は「常識では考えられない」と国会で野党の集中砲火を浴びた。
10年2月12日の衆院予算委員会。質問に立った与謝野馨(自民、その後離党し、たちあがれ日本)は「知っていたか知らなかったかは関係ない。申告を出しているんでしょう。脱税なんです。平成に入ってこんなに多額の脱税をした人はいない。まさに平成の脱税王だ」と、厳しく指弾した。
これに対し、鳩山は「事実はひとつしかない。全く知らなかった。そんな風に真実を申し上げている。資金提供を受けていたことは、検察によって事実が判明したわけで、私としては、それを贈与だと理解して、申告して納税をしているんです」とむきになって答弁した。
このとき、鳩山は母からの資金提供を「贈与だと理解した」と表現した。
2月17日の両院国家基本政策委員会でのクエスチョンタイムでは、自民党総裁の谷垣禎一の質問に答え「過ちで納税というものが、大変、納税に漏れているということがわかったときに、大変遅ればせではあるけれども、遡って納税をするということが許されるのも法律で、わかった以上、平成14年(02年)に遡ってそこからの納税を申告してお支払いした」とし、「私が全く知らない話であるならば、当然貸与ということであるはずがないだけに、贈与とみなすべきではないかという判断になった」と答えた。
●検察の困惑と決断
もし、鳩山が実母からの「子ども手当」の存在を知っていたとすると、鳩山は政治資金規正法違反(量的制限違反)か税法違反、あるいは両方の罪に問われる可能性があった。
しかし、逆に、鳩山が「子ども手当」の存在を知らなかった、という前提に立つと、カネの趣旨と性格は法律的に曖昧になり、どちらの容疑の対象にもならなくなる。
カネが資金管理団体への寄付だという認識が鳩山と実母になければ、政治資金規正法の量的制限違反は成立しない。また、カネの提供時点で贈与を受けた認識がなかったことにすれば、脱税容疑も成立しないのだ。
鳩山側が、2つの容疑に問われる危険を免れるキーワードは「知らない」だった。
特捜部は、鳩山側に入った9億円について、入金のあった年ごとにカネの性格を特定し、鳩山がそれについて認識があったかどうか客観的に詰める作業を進めていた。
ところが、鳩山の「知らない」に合わせるかのように、勝場も元政策秘書ら周辺関係者は、「鳩山にはカネが来ていることを言っていない」「鳩山は何も知らないはず」などと供述したとされる。捜査は行き詰まった。
知っている、知らない、は内心の問題だ。それを事実に即して明らかにするには、カネの使途先捜査などを尽くし、本人から聴取するしかない。そこで、検察は決断を迫られた。首相を被疑者として取り調べるかどうか――。
結局、検察は、鳩山を取り調べず、「知らない」の主張を受け入れ、それを前提にカネの性格を決めた。
●「仮受金」という魔法
「仮受金」という会計用語をご存じだろうか。
どういった費目で区分するか、あるいは、どのくらいの金額になるのかがはっきりと確定していない場合に、一時的に処理する際に用いる勘定の一つ。たとえば、高速道路事業等会計規則という国土交通省令では「帰属すべき科目又は金額が確定しない受入金」と定義されている。
検察は、「子ども手当」の法的性格を、この「仮受金」だと判断した。
その結果、9億円は法律的に宙ぶらりんの状態になった。
「子ども手当」が仮受金だとすれば、鳩山側は、以下のような説明が可能となる。
検察の指摘で、初めて「子ども手当」の存在を知った。過去には、まったく知らなかったが、知った以上、そのカネは贈与として受け入れる。そう宣言すれば、そこで、法律上「仮受金」状態だったカネは「贈与」になる。贈与は政治資金規正法の対象外となり、実母と鳩山の量的制限違反は成立しない。
贈与だから税金を払う。贈与は本来、民事契約で、渡す側ともらう側の認識が一致しなくてはいけないが、「仮受金」だったとすれば、知った時点で贈与になったと理解しても不合理ではない。税金をちゃんと払うのだから、どこからも文句はあるまい――。
鳩山の不起訴処分に対する東京第4検察審査会の議決は、「子ども手当」について「その資金の性質はその時点では一義的には定まらない『仮受金』的な性質を有するものと見るのが妥当と思われる」としている。
議決のこの判断は「子ども手当」に対する検察の判断を下敷きにしたものだ。
検察は、9億円の「子ども手当」は「仮受金」というどっちつかずのカネであり、少なくとも政治献金ではなかった、と判断し、鳩山と実母の量的制限違反の立件を見送った。
●取り調べ見送りの不可解
ここで問題となるのは、なぜ、検察は、鳩山側の一方的な言い分を述べたにすぎない上申書を受け入れて、それ以上の真相究明を放棄したか、である。
特捜検察は、ターゲットが容疑を否認したら、ああそうですか、とあっさり引き下がるようなところではない。それは、小沢一郎・前民主党幹事長周辺に対する捜査を見れば明らかだろう。
もし、普通の大金持ちが、鳩山と同じようなケースで同様の弁解をした場合は、どうか。特捜部はまず、本人に出頭を求め、「本当のことをいいなさい」と追及する。それでも「知らない」と抵抗すると、銀行調査と周辺への捜査でカネの流れを徹底的に洗い、カネが何に使われたかを特定する。
使途が明らかになると、その原資について何も知らないという弁解はしにくいものだ。そのうえで、再度、大金持ちを追及する。たいていの人はここで「すみません。実は知っていました」と頭を下げる。
仮に、それでも突っ張れば、逮捕してさらに詰め、否認のままでも、たいてい起訴する。検察は法廷で客観的な証拠を積み上げて、裁判所に被告の「もらった認識」を認めてもらう――これが通常の検察の捜査の手法だ。
鳩山の実母は正直な人だという。高齢で病院施設に入っているが、頭脳は明晰(めいせき)だとされる。検察が聴取すれば、鳩山ファミリーマネーの実態や由紀夫、邦夫らへの出金、鳩山家周辺への支出を知る限り、語った可能性も十分あったのではないか。由紀夫へのカネの性質もはっきりしただろう。
鳩山本人も、検察の取調べに平気でウソをつくほど度胸があるとは思えない。国会答
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