2010年08月04日
(朝日新聞編集委員・村山治)
■課徴金の光と影
――行政処分に目を転じましょう。まず、課徴金から。インサイダー取引や相場操縦、風説の流布などの不公正取引は、かつては刑事罰で制裁してきましたが、04年の旧証券取引法の改正で、それらの不公正取引と開示義務違反なども課徴金で制裁できるようになりました。成果は上がっていますか。
「課徴金は使えるね。特に、インサイダー取引では効果を発揮した。課徴金で済ませる事件は、基本的に刑事罰ほど重厚な証拠収集をしなくても、ある程度、事実が固まれば制裁できる。市場で不自然、不合理な取引を見つけると検査、調査を発動し、それにかかわった違反者を特定する。使い勝手がいいから、小さな不正の疑いでも次々追いかける。ふたを開けたら、公認会計士、銀行員、証券マンから報道関係者まで次々と出てきた」
「特捜部や警察の捜査2課、4課のように、多くは容疑者が最初から特定されている捜査と違って嫌疑者は最後までわからない。意外性があっておもしろい。現実の市場で企業の『重要事実』情報がどういうふうに流れているのかも非常によく見えてきた」
「迅速で効率的な処理が持ち味だ。課徴金・開示検査課が、工夫を重ねて摘発件数も急増している。市場監視で課徴金は極めて有効だ。刑事告発という『大砲』だけでなく、制裁は小さいのも大きいのも混ぜることがいいことだと思っている」
――課徴金事案は、公認会計士など市場インフラにかかわる公的な業務分野にまで摘発が広がったのが印象的です。特に、NHK記者のインサイダー取引事件は、同業者としてショックでした。
「NHKの記者の摘発は、課徴金課が調査に自信をつけた最初の事件といってよいと思う。調査の方法をあれこれ探っていた時分であり、僕の目からはデスクワークに近く、静かなものに見えていた。そこで、課徴金調査は、警察官が地域を警邏し不審者に職務質問をし、地域の安全に心を砕くように、市場を警邏する気持ちで外に出よう、それが市場監視だと発破をかけていた。たまたまカッパ社の株式の売買手口からNHK職員3名が探知され、これに関する重要事実がNHKの特ダネとわかったことから、本格的な調査に入った。(報道機関に対する摘発だから)失敗が許されない重大案件だったので監視委部内には緊張感が走った。これが成功してからの課徴金課の活躍は目覚ましい」
――課徴金については、成果を上げている半面、法曹界の一部から「不当利得の剥奪という課徴金の曖昧な性格が、課徴金の運用を制約している。制裁的性格にして、監視委に裁量権を付与して弾力的な運用をすべきだ」との意見が出ています。これは、独占禁止法違反に課す公正取引委員会の課徴金にも通じる議論です。制裁強化の面では効果があるかもしれませんが、業界の反対も根強い。刑事罰金との二重処罰の問題がクローズアップされて、法律上の迷路に入る恐れもありますね。
「弾力的運用もそうだが、うちが扱う課徴金については、むしろ金融庁の審判制度の方により問題があるように思う。家電量販店のビックカメラの元会長に対する課徴金勧告について、つい先日、金融庁の審判所は『違反事実を認めることができない』として納付命令を出さないことを決めた。うちの課徴金納付勧告がはねられたのは初めてだ。あれは問題だ」
――ビックカメラの元会長が、同社の不動産売却をめぐり、同社の不正な会計処理を知りながら、同社株8万株を60億円で売却した、として、監視委が金融商品取引法違反(虚偽記載)の疑いで、約1億2千万円の課徴金納付を勧告した事件ですね。
「法人としてのビックカメラには課徴金をかけて確定している。元会長だけが、知らなかったと抗弁していた。同社の事務のトップがいろんなことを元会長に報告したが、この点だけは報告していなかった、というんだ。最初の立ち入り調査の際に元会長は、うちの職員に、素直に容疑を認める供述をした。ところがその後、『深く思い起こすとそうじゃない』と否認に転じた」
――審判は「記憶が十分に喚起された上での供述であるか疑問が残る」と判定しています。
「行政処分である課徴金調査は、刑事事件のようにぎりぎり詰めて証拠を固めるわけではない。後で口裏合わせなどをされてしまえば詰め切れない。特に内心の問題はそうだ。こんなことでは満足な課徴金運用はできない。現場には萎縮するな、といっている」
――ただ、役所も間違えることや、容疑の証明が不十分なことはある。そういう場合は、はねられても仕方がないのでは。
「ビックカメラの件は、法のたてつけがそうなっている以上は、残念だが、受け入れるほかない。問題は、個別の事件への評価ではなく、審判制度の仕組みにあると思っている。課徴金に対する審判といっても、うちの審判は、公取委の審判とは根本的に異なっている。公取委の審判は、公取委の審査にもとづき決定した課徴金処分に対し、業者が不服申し立てをし、審判官が審査するものだ。さらに、審判に不服があれば業者は裁判所に提訴できる」
「うちの課徴金納付勧告に対する審判は、行政庁が行政処分を出すまでの過程に入れられた審判なんだ。行政手続でいえば聴聞の段階だろう。行政機関である監視委の勧告を上位の行政機関である金融庁が、審判という形で審査するのは腑に落ちない」
「監視委と金融庁は、課徴金の運用にかかる種々の問題を率直に協議し日々研鑽しなければならない関係だと思う。課徴金の運用は大きな政策課題だろう」
「証拠評価の有り様も、制度の運用に対する根本的な考えの相違で自ずから変わってくる。そのような認識は一致させなければならない。責任ある一貫した考えを行政処分という形で打ち出していくべきだ。審判はその行政処分を争うように構成するのが筋だと思う。行政処分とは異なる別の司法判断に近い形にするべきものと思う」
――確かに公取委の方が合理的ですね。何で、こんな仕組みになったのですか。
「よくわからないが、監視委に課徴金制度をつくるときに、どうしても審判を入れざるを得なくなった事情があるらしい。こういう制度では、行政として、大胆な課徴金制度の運用ができない。それを危惧する」
――監視行政上の大きな問題ですね。もっとも、私は、いっそのこと、監視委を、米国の証券取引委員会のように、行政処分権や規則制定権まで持つ組織にした方がすっきりするのではないかと思っています。本来、市場監視の独立性という観点からは、監視委が金融庁の下に付属しているのは不自然で、むしろ監視委が金融庁の機能を取り込んだ方がいいのではないかと思います。
「それは、何ともいえないが、監視委として現状に不満はないし、力の発揮しやすい組織になっていると思う。監督と監視は別機関として、ほどよい緊張関係にあるのがよいと思う」
■開示検査の威力―第三者調査委員会
――開示検査はどうなんですか。
「開示検査は発展途上だが、実績は上がりつつある。犯則部門を扱う特別調査課と同じように、公認会計士をたくさん入れている。いま20人ぐらいいる。だから、企業会計に対する分析能力は高い。かれらの独自の分析から検査に入る事案が多くなっている」
「以前は、企業が開示義務違反があったと自ら訂正を申し立てしたのを受けて開示検査し課徴金をかけるケースが多かった。事実上の事後処理だった。いまはまったく違う。こちらが不正の端緒を見つけて企業側に指摘することが多くなった」
――不正をどうやって見つけるのですか。定期検査で帳簿をめくっていくのですか。
「定期の開示検査はない。独自に端緒情報を得た場合は抜き打ちでいく。向こうで発表すれば、それを受けて検査に入る」
――企業会計の内容は、深いところまで見られるのですか。
「適切な時期に開示しているか、開示内容が正しいかどうか、を受忍義務のある任意検査でチェックする。だから企業活動の全部は見られない。そういう仕事ではない」
――開示から刑事告発や課徴金勧告にいたる事案はあるのですか。
「大きいのはIHI、ビクター。あまり報道されていないが、うちの開示検査をきっかけに、企業が外部の弁護士や会計士らの専門家による第三者委員会を立ち上げて自ら調査し報告書で違反事実を明らかにし、有価証券報告書や決算発表を訂正するのはいっぱいある。いまは、検査、調査が入ると、すぐ第三者委員会を立ち上げる。その委員会がしっかりしてくれば、こちらの調査活動もスムーズになるのだが」
――ここ数年の企業コンプライアンス強化キャンペーンが効いて、第三者委員会、外部調査委員会ブームですね。しかし、第三者委員会の調査報告書は玉石混淆だとの批判も聞こえています。
「つい最近、外部調査委員会の調査報告書を公表したコンサルタント会社のシニアコミュニケーション(東証マザーズ上場)の場合は、市場で大騒ぎになったね。外部調査委員会の調査報告にもとづき、経営陣が粉飾決算を認め、社長が交代し、有価証券報告書の訂正などをすると公表した、まではいいんだが、報告書が詳しすぎて『粉飾の手口を教えているようなもの』と評判になっている」
「その一方で、うちの検査による『粉飾』の見立てに抵抗し、会社が委託した外部調査委員会が、会社側に立った報告書を公表した例もある。会社はうちの見立てに同調した監査人をクビにした。うちがウソの記載があると判定した調査報告書も数件あった」
――外部調査委員会の報告書が信用できないとなると、市場の自治も何もあったものではないですね。外部調査委員会は概ね弁護士を中心に構成されています。日本弁護士会連合会が「第三者委員会」のガイドラインを策定しましたが、そういう会社側の「お手盛り」を排し、第三者委員会の調査の質を高めるねらいなんですね。
「あれは動きが速かった。こちらが、そういう問題意識を持って、前から接点のある弁護士さんにアプローチしたら、弁護士会ですぐガイドラインを作るための作業が始まった。企業コンプライアンスに詳しい国広正、久保利英明弁護士らが中心だ」
「これまで、弁護士は依頼者の利益のためを最優先に考えることが彼らの倫理だった。しかし、第三者委員会は、企業が市場から信頼を回復するため市場に向かって調査結果を情報発信する。委員会の調査結果は、市場に大きな影響を及ぼす。弁護士も、その点で、従来の『依頼者の利益』にもとづく依頼企業に対する責任だけではない、違う責任があるだろうと思っている。ガイドラインもそれを踏まえたものになったのではないか」
――ガイドライン策定はいい話ですね。しかし、最終的に第三者委員会にカネを出すのは企業側です。第三者委員会がガイドラインに沿って正確な事実にもとづく品質の高い調査結果を公表できるようにするためには、企業側に何らかのインセンティブを与えることが必要では。例えば、ガイドラインを遵守した調査の場合は、監視委の同種の調査を免除するとか、ペナルティを軽減するとか。
「それは簡単ではないが、市場の現場では、日々、運用が変化している。自発的に違反を申告した場合は、課徴金が減額される。この前の法改正で入った。公取委のように談合仲間を告発する減免制度ではなく、自分から『間違ってました』といってくれば、まけてやる、というものだ。第三者委員会のガイドラインに対するインセンティブも検討課題だね」
■証券検査
――証券検査の成果は、なかなか見えにくいが、昨年秋のBNPパリバ証券の東京支店に対する行政処分の勧告はそうなんでしょ。
「あれは、08年8月に破綻した不動産会社アーバンコーポレイションの資金調達をめぐる開示上の問題があり、まず金融庁が報告命令をかけた。弁護士らによる外部調査委員会ができ、その調査にもとづいて報告が提出されたが、その内容に不適切なものがあった。それに対し、内部告発的申し立てがあって、証券検査を入れた」
「その結果、アーバンの関係の報告が一部不適切だったことを明らかにし、さらに、ソフトバンク株をめぐり、トレーダーによる不正取引の事実もわかった。業務停止という重い処分につながった」
――一部の外資に対しては、日本の市場関係者の間で「金儲けのために手段を選ばない」「えげつない」と評判が悪い。摘発には喝采が上がりましたね。
「アーバンの資金調達、ソフトバンク株の株価固定とも極めて難しい案件だった。パリバ側はいろいろと抗弁を出して争ってきたが、こちらも以前に比べて勉強しているからことごとく論破したね。パリバ側が完全に容疑を認めたわけではないが、処分できると自信を持って勧告した。パリバは香港でも処分を受けている。日本の監視当局を甘く見てはいけない。処分は世界中に発信され、外資に対するいい警告になったのではないか」
――パリバ以外にも、一部の外資について、非合法とまでいえないが、倫理上、問題視される取引に手を染めているのではないか、例えば、顧客との取引でのポジション取りが不透明だ、などの指摘が以前からなされてきました。ようやくそれらの一端が見え始めてきている、ということでしょうか。
「外資の取引は複雑だから検査も大変だ。大量の株や資金が動くのを見ていく能力を高めることが努力目標だった。最近は、外資でのトレーダー経験のある人が途中採用で監視委に入り、そういう分析にかかわるようになった。ある程度情報があれば、外資であろうと経理や取引の分析が可能になった。かれらはすごく熱心だ」
――外資での勤務経験者は、外資の急所を知っている。これは大きな戦力になりますね。
「証券検査は、よくがんばっている。リスク管理という新しい分野もある。野村証券を筆頭にする証券大手から外資からファンドまでものすごい数の業者が対象だ。検査体制を作るのだけで大変。それを120、130人で全部やるわけだから。外からいろいろいわれるかもしれないが、昨年暮れのコスモ証券(大阪市)が、不適切な勧誘で投資信託を頻繁に買い替えさせる「回転売買」を組織的にしていた事件の行政処分勧告など着実なものも上げている。あの規模クラスの証券会社が非常に苦しい。そういう中で投資信託の回転売買などに走りがちになる」
■積極的情報発信のわけ
――検察との関係整理と並ぶ、佐渡委員会のもうひとつの「革命」は、情報戦略ですね。佐渡さん以下、監視委幹部がいろんなチャンネルで市場や関係業界に情報発信しています。法執行機関が積極的に打って出る、というのは、従来とイメージが変わりました。
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