2010年08月02日
報酬の額については私の意見は3人のなかでは橘木氏に近いが、彼を含め3人とも、今回義務化された個別開示の意義については触れていない。というより、インタビューした記者の関心も報酬額の評価にあって、開示の意義にはない。
金融庁の説明にあるように、今回の個別報酬開示は、上場会社のコーポレート・ガバナンス(企業統治)に関する開示内容の充実の一環である。1億円以上の上位クラスに限られているとはいえ、これまで秘密にされてきた役員の個別報酬が明らかにされたことで、株主総会は役員報酬の決め方や額の大きさについて初めてチェックすることができるようになった。これによって株主は総会の最大の使命である役員の選任も、報酬の多寡をふまえて判断することが可能になった。
日本において企業と株主の関係のあり方がコーポレート・ガバナンスという外来語で語られ始めたのは1990年代半ばである。しかし、これまではその核心に関わる肝心の情報は秘密にされてきた。とすれば、経営トップの報酬が実名で開示された今年は、報酬開示元年であるだけでなく、コーポレート・ガバナンス元年でもあるといえる。これが今回見えてきたことの一つである。
株主オンブズマンは2002年から2008年まで7年間にわたって、ソニーの株主総会に際して役員報酬の個別開示を求める株主提案を行ってきた。投票結果における賛成株数の比率は、
2002年 27.2%、
2003年 30.2%、
2004年 31.2%、
2005年 38.8%、
2006年 41.9%、
2007年 44.3%
と高まってきた。2008年は39.7%に下がったが、これには会社側が2008年の総会前に機関投資家などに役員報酬の計算方法を説明して、株主提案への反対工作をしたことが影響している疑いがある(4月23日「東京新聞」)。
このように株主のあいだで役員報酬の個別開示を求める声が大きく広がってきたにもかかわらず、ソニーは「外国人株主の声であって、日本の株主の声とは言えない」(2005年、真崎晃郎副社長)、「報酬を個別開示しないことは日本の企業文化であって尊重したい」(2008年、ハワード・ストリンガー会長)という理由で、個別開示を拒みつづけてきた。
これまでも、ソニーに限らず、上場企業はやる意思さえあれば、役員報酬の個別開示を行えたはずである。しかし、2009年までにそれを実行したのは数社にとどまる。今回の改正内閣府令の趣旨から言えば、個別報酬開示は、1億円以上の取得者に限らず、取締役、監査役、執行役を含む全役員(ただし社外取締役および社外監査役は除く)についてなされるのが望ましい。にもかかわらず、いまのところそれを実行した企業はない。役員報酬のディスクロージャーが世界の流れになっていても、法令によって義務化されなければ拒み続ける。これはソニーだけの姿勢ではなく、日本の財界における役員報酬についての秘密主義と横並び体質を象徴するものである。これも今回見えてきたことの一つである。
7月5日の「読売新聞」によれば、今回の個別開示で、2009年度に1億円以上の報酬を受け取った役員は165社、283人に上る。この報酬には基本報酬、賞与、退職慰労金のほかに、連結子会社の報酬やストックオプション(新株予約権)の額が含まれる。
高額報酬では日産のカルロス・ゴーン社長の8億9100万円、ソニーのストリンガー会長兼社長の8億1450万円、大日本印刷の北島義俊社長の7億8700万円、東北新社(映像制作)の植村伴次郎最高顧問の6億7500万円、武田薬品のアラン・マッケンジー前取締役の5億5300万円などが目につく。
ここから外国人経営者の報酬が際だって高いということだけに目を奪われてはならない。より重要なことに、「戦後最長の景気拡大」があった2002年から2007年の間をとれば、少数の外国人経営者を除いても、大企業の役員1人あたりの報酬は顕著に高くなってきた。
この背景には、日本の証券市場における海外機関投資家や投資ファンドなどのシェアが著しく高まり、その圧力の下で、大企業は人員削減と雇用の非正規化を進め、人件費を抑えて、収益を増やし、配当を引き上げて株価をつり上げる、「株主資本主義」とでもいうべき経営手法を強めてきたという事情がある(「週刊エコノミスト」7月20号、筆者インタビューを参照)。結局、外国人経営者と日本人経営者の別を問わず、日本企業の役員報酬額を引き上げてきたのは、近年における株主資本主義の推進力だと言ってよい。今回の報酬開示で見えてきた最大のポイントもこの点にほかならない。
森岡 孝二(もりおか・こうじ)
関西大学経済学部教授。NPO法人「株主オンブズマン」代表。1944年3月生まれ。大分県出身。1966年
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