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英語助手と話せぬ先生 指揮命令は「偽装請負」 指示・打ち合わせダメ

 英語を教える外国語指導助手(ALT)と日本人教員は授業中、会話をしてはいけない――。そんな事態が小中学校の現場で起きている。多くの教育委員会がALTを直接雇用せず、費用を抑えようと業務委託(請負)で雇っている。そうした契約で2人が協力して授業に取り組むと、労働者派遣法違反の「偽装請負」とみなされてしまうからだ。ルールを守れずに労働局から是正指導を受ける教委が相次ぎ、教育現場に混乱が続いている。偽装請負トラブルの火種を抱えたまま、多くの教委が来春、小学校の英語必修化を迎えることになる。

  ▽筆者:山田佳奈、清川卓史

  ▽この記事は2010年8月4日の朝日新聞朝刊に掲載されたものです。

 

 ■労働局の指導が次々

 「先生、英語ばっかりでわからへん」。関西のある小学校。子どもたちが教室の端で待機していた担任を振り返って騒ぎ出した。外国人の女性指導助手は早口の英語で授業を始めた。本人は、日本語はほとんど理解できなかった。

 「日本語がわかる人が来ると思っていたので驚いた」と担任。助け舟を出したくても口を出せない。「先生じゃなくてALTさんに言って」と子どもに伝えたが、騒々しさは増すばかり。ルール違反を承知で、通訳して一緒に授業を進めるしかなかった。

 千葉県柏市では、労働局から4月に偽装請負の是正指導を受け、外国人講師の授業が7月初旬までストップする事態に陥った。

 「授業中に口ははさめません」「レッスンプランの打ち合わせはできません」――。授業再開を前に、各校からの質問が殺到し、柏市教委が作った一問一答集の項目は100を超え、現場の混乱への対応に追われた。

 業務委託が適法かどうかの分かれ目は、教員が「指揮命令しないこと」にかかる。指導助手の授業に問題があっても直接言わず、請負業者から改善指導してもらうようにする。

 指導助手の契約は(1)自治体(教委)の直接雇用(2)労働者派遣(3)業者への業務委託の3通りある。一定の教委は、コストの抑制や人材の安定確保などのため(3)を選ぶ。業務委託の場合は法律上、教員と打ち合わせをしたり、指導助手に指示したりすることができない。

 文部科学省は昨年8月、各都道府県・指定市教委に、ALTが教員を補助する一般的なチームティーチング(TT)は請負ではできない、と通知。問題があれば契約を見直すよう求めた。

 文科省国際教育課は「文科省としては、担任と指導助手が打ち合わせをしたり、担任から指示をしたりできるほうが語学教育上は望ましいと考えている。しかし、学校教育関係法令で業務委託を禁ずる規定はない。労働局の指導を受けたのは残念であり、昨年の通知にそって適正な実施、契約の見直しを指導したい」としている。

 ■請負、11都県で半数超

 多くの教委が外国語指導助手(ALT)の業務委託(請負)を続ける背景には、自治体の厳しい財政事情や人材確保の難しさがある。

 大阪府吹田市(6月)、千葉県柏市(4月)、愛知県東海市(3月)――。業務委託のALTが労働者派遣法違反(偽装請負)だとして、労働局から是正指導を受ける自治体が相次ぐ。

 滋賀県では5月、教職員の労組が大津市のALTは偽装請負だと労働局に訴えた。福岡県、新潟県ではALTが加入する労組が、教委や労働局に偽装請負状態の解消を要求するなど、各地でトラブルが表面化している。

 一歩間違うと偽装請負になるのに、業務委託(請負)を選ぶ教委は多い。文部科学省調査(2010年度)によると、市区町村教委(指定市除く)では、東京都(78・7%)、愛知県(57・1%)、福岡県(58・5%)など11都県で業務委託が半数を超す。

 直接雇用から請負への切り替えを進める県教委は「3年契約の総コストがALT1人あたりで約100万円違う。民間委託を進める行革方針にもあう」と言う。「人材確保に不安がある」(北関東の市教委)との声も。労務管理や生活支援がいらないことも大きい。「派遣」には最長3年間という期間制限があるが、請負にはない。

 「業者が指揮命令をして適正に実施している」。業務委託の教委はこう説明する。「ALTが独立して授業することで生きた英語に多く触れられる」(西日本の指定市教委)など、請負方式の教育効果を強調する意見もある。

 2千人を超すALTを擁する最大手の業者は「(偽装請負防止のため)学校向けマニュアルも配り、教員への説明会も開くようお願いしている」と話し、法令順守の徹底ぶりを強調する。

 一方、偽装請負は不可避という証言も。「生徒の反応を見ながら指導方法を変えていくのが授業。生徒を生かし、最大限の効果が上がるように意見交換も欠かせない。現場の実感では話し合いなしに授業を進めるのは不可能なので、直接雇用してほしい」。偽装請負の是正を労働局に求めた「全教大津教職員組合」(滋賀県)の執行委員長で、中学校の英語教諭でもある福田香里さんは言い切る。

 「適正な請負」にも批判がある。中央教育審議会外国語専門部会委員を務めた上智大学外国語学部の吉田研作教授(応用言語学)は懸念する。「ネーティブスピーカーの発音を聞かせるだけなら、DVDを使えば事足りる。英語を使って担任の先生がALTとコミュニケーションする姿を見せることが大切であり、学習の動機づけにもなる。業務委託で日本人教員と一緒に授業を組み立てられなくなるのは、英語教育の観点から非常に問題がある」

 ■「突然失職」、相次ぐ相談

 外国人の相談を受ける労働組合には、ALTが続々と駆け込む。

 英語で相談に乗る労働組合「ゼネラルユニオン」(大阪市)には今春、「突然職を失った」など外国語指導助手からの相談が連日押し寄せた。

労働組合「ゼネラルユニオン」の担当者に相談する元外国語指導助手の米国人男性(手前)。3月下旬、「4月からは仕事がない」と通告されたという=7月12日、大阪市内労働組合「ゼネラルユニオン」の担当者に相談する元外国語指導助手の米国人男性(手前)。3月下旬、「4月からは仕事がない」と通告されたという=7月12日、大阪市内

 大阪府内の中学校で業務委託のALTをしていた米国人男性(29)もその一人。3月下旬、雇用先の大手業者から「契約が取れなかったので、4月以降の仕事はない」と言い渡され、途方に暮れた。

 来日5年。ずっとALTだったが、契約は「自治体の直接雇用」から「派遣」「業務委託(請負)業者の社員」に移り変わった。直接雇用では月給は額面30万円あり、貯金もできた。しかし労働条件はだんだん悪化したという。

 ゼネラルユニオンなど各地の労組によると、請負業者のALTの多くは有期雇用(1年契約)。業者が業務の入札

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