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中国競争法と民族ブランド保護・産業政策との相克

 日本の独占禁止法にあたる中国の競争法が施行されて2年が過ぎようとしている。競争を促進するという建前はあるものの、民族主義(ナショナリズム)を背景に、競争を制限するかのようにも見える実情があるという。その実態は? その背景は? 西村あさひ法律事務所の臼井隆行弁護士が最新の動向を分析する。(ここまでの文責はAJ編集部)

 

中国競争法と民族ブランド保護・産業政策との相克

西村あさひ法律事務所
弁護士  臼井 隆行

 ■民族主義、民族企業、民族ブランド

臼井隆行弁護士拡大臼井 隆行(うすい・たかゆき)
 弁護士。1993年、東京大学法学部第1類卒業。1998年、第二東京弁護士会登録(司法修習50期)。2003年、デューク大学スクール・オブ・ロー修了(LL.M)、2004年、アメリカ合衆国ニューヨーク州弁護士登録。現在、株式会社日本政策投資銀行嘱託。取扱業務分野はクロスボーダー(特にアメリカ合衆国・中華人民共和国)の金融・M&A、IT・消費者法。使用言語は日本語、英語、中国語(普通話)。

 中国競争法は2007年8月に公布され、2008年8月より施行されています。

 一般に、競争法には、自国経済の競争に影響のある企業買収や合併などの企業結合を競争政策的に審査し、それを認めない、あるいは条件つきで認めるといった企業結合審査が含まれるのがふつうであり、このことは中国でも同様です。

 しかし、中国の企業結合審査は、競争政策的というよりも、産業政策的に用いられている、と言われることがあります。かつての日本(60-70年代)では、国内産業育成のため、独禁法は「抜かずの刀」とさえ言われ、それをもって「産業政策的」と考えられていました。現在の中国の企業結合審査について「産業政策的」というとき、それは逆です。現在の中国では、自国国内産業保護のために、外資による合併や買収、更には中国域外で行われる企業結合(事業者集中)等に対して、中国競争法が積極的に用いられているというのです。通常、各国では、競争政策は産業政策官庁とは異なる組織で行われていることが多いのですが、中国では事業者集中審査は、貿易政策や産業政策を司る商務部で行われていることも、産業政策の影響を競争政策が受けやすい大きな理由となっています。

 同じ文脈で、中国の競争当局が下した決定が民族主義的だ、あるいは民族企業保護・民族ブランド保護などの臭いがする、と言われることがあります。中国にとっての民族企業とは、中国人がコントロールしており、中国国家としてこれに十分な影響力を及ぼすことができ、その企業経営が中国国家の全体利益にかなうような企業、といえます。民族ブランド(品牌)とは、民族企業のオリジナルで、その知的財産権も民族企業に帰属するようなブランド、といえます。このような民族企業や民族ブランドを外資から守ろうとするのが、中国競争法との関係でいわれるところの「民族主義」です。

 ■民族主義高揚の背景

 近年、中国で外資による合併や買収の場面で、民族主義の高揚が見られます。その背景としては、近年、以前は中国国内で著名であった「美加浄(Maxam)」「活力28」「楽百氏(Robust)」などの民族ブランドが外資に買収されて消失してしまったことや、「蘇泊爾(SUPOR)」「南孚電池(Nanfu)」「中華牙膏(Zhong Hua)」「小護士(MININURSE)」等のブランドが外資に買収されて戦線を大幅に縮小していることがあげられます。外資の買収等により、民族企業や民族ブランドがなくなっていくことを憂慮し、国家的経済安全自体の保障も難しくなるのではないかと懸念する声があります。

 ■仏ダノンと中国ワハハの企業間紛争

 外資による買収等に関して、民族企業側から、民族主義的な世論を味方につけようとすることがみられます。競争法制定の前後にそれが表立って行われた事件として、仏ダノンと中国ワハハの企業間紛争を挙げることができるでしょう。

 フランスのダノンと中国の民族系飲料メーカーである娃哈哈(ワハハ)は、仲介役の香港の証券会社との3社で、1996年にそれぞれ49%:35%:16%という比率で合弁会社を設立しましたが、その後、証券会社が経営破綻し、その株がダノンに渡ったため、(ワハハにとっては図らずも)ダノンが51%、ワハハ49%となってしまいました。つまり、ダノンが過半数を握る合弁に転換しました。

 ところで、合弁会社設立の時点で、ダノンとワハハ間には「ワハハ」という商標の使用権は合弁企業にある、とする内容の商標に関する契約がありました。しかし、ワハハが非合弁会社でも「ワハハ」の商標を使用するようになったため、看過できなくなったダノンは、ワハハによる契約違反を主張するようになりました。これに対し、ワハハの創業者である宗慶后氏は、「ワハハ」は民族ブランドとして保護されるべきである、ダノンが買収行為を強引に行ったのはすでに独占を構成する、等とその主張を公に展開しました。

 これを受けて、ある民間機関は、ダノンの行為が独占行為だと非難し、政府関連部門が競争法違反の審査をするよう呼びかけました。sina.comのある調査によれば、大部分のネットユーザーは宗慶后氏の行為に支持を表明し、またダノンの買収行為は中国の飲料市場を独占することを意図していると言いたてました。多くの地方政府もダノンに対する糾弾に参与し、さらには「最終的な勝利はワハハに属する」、「ワハハが民族ブランドを保護するのを支持する」等と書面で公に態度を表するものまで現れました。

 その後、双方の紛争は仲裁裁定の申し立てや訴訟に発展しましたが、2009年9月30日、ダノンとワハハは和解協定について合意に達し、協定内容の一部により、両社の合弁関係を解消することとなりました。

 競争法と民族主義の微妙な関係を映した事例といえるでしょう。

 ■「排除独立説」への傾斜

 では、実際に制定された中国競争法は、こうした民族主義やそれを反映する産業政策の受け皿となり得るものなのでしょうか。

 中国競争法第3条は、「本法の規定する独占行為には・・・(三)競争を排除又は制限する効果を有するか、有する可能性のある事業者の集中が含まれる」と規定しています。同条項に関しては「競争の『排除又は制限』と選択的に併記されていることから、競争制限をもたらさなくても競争者排除をもたらせばそうした事業者集中を禁止することができるとの解釈が成立する余地がある」とされます(川島富士雄氏「中国独占禁止法2006年草案の選択と今後の課題―改革と開放の現段階―」国際開発研究フォーラム34号115頁)。「排除独立説」と呼ばれます。

 現に、商務部条法司編の解説書中でも「この種のコントロールの目的は、企業の絶対規模を制限することではなく、市場に競争者があることを保証するためである」(商務部条法司編、尚明主編:《中華人民共和国壟断法》理解与適用、法律出版社、13頁)とされており、「排除独立説」の採用への傾斜を示しています。そうなると、同法は「外資企業による市場支配力の濫用、特に国内企業の市場からの排除に対する牽制手段として活用される可能性が高い」(川島氏「中国独占禁止法2006年草案の選択と今後の課題―改革と開放の現段階―」117頁)ものといえます。

 ■インベブによるアンハイザー・ブッシュ買収の件

 2008年6月、ベルギービール大手のインベブによる米ビール大手アンハイザー・ブッシュ買収の話が浮上しました。中国にとっては、外資同士の域外での買収です。

 これに対する中国における世論の反応は、概ね次のようなものでした。

 インベブとアンハイザー・ブッシュの両社はいずれも中国国内の多くのビールメーカーに出資しているので、もし買収が成功すれば、インベブが中国最大のビール・グループになる。外資の優勢な力により中国市場における発展の余地がさらに狭められる。国内三大巨頭であり、民族ブランドである華潤雪花、青島ビール、燕京ビールにとっても脅威となる。そうなると、中国ビール市場は外資の操る「影絵芝居」のようになってしまうのではないか。

 同年8月に当事者が商務部に事業者集中審査の申請をしました。商務部のスポークスマンの記者会見によれば、商務部は審査にあたり、多数のセミナー、シンポジウムおよび公聴会を開催して、関連政府部門、醸造業界団体や主要な国内ビールメーカーならびに仕入先および販売会社等の第三者の意見を聴取したようです。

 そして、商務部が同年11月に下した決定は、まさに上記のような世論の懸念点を予防する内容となっていました。すなわち:

(1) アンハイザー・ブッシュが青島ビールに対して現在保有する27%の持株比率を増加させてはならない。

(2) インベブの支配株主または当該支配株主の株主に変更が生じたら速やかに商務部に届け出なければならない。

(3) インベブが珠海ビールに対して現在保有する28.56%の持株比率を増加させてはならない。

(4) 華潤雪花と燕京ビールの株式の保有を求めてはならない。


 ■コカコーラによる匯源果汁買収の件

 2008年9月、コカコーラは、中国の民族系果汁メーカー匯源果汁の買収につき商務部に審査申請をしました。発表後、ネット上で議論が沸騰し、sina.comの調査によると、調査対象者の80%超が、「民族ブランドは自由に売ってはならない」としてこの買収に反対しました。反対の世論のあるものは、コカコーラの買収の意図は非常に明快で、この機に乗じて中国市場における強力な競争相手を消滅させ、自己が匯源の市場をコントロールし、合理的に商品構成を配分しようとするもの、と断じていました。

 商務部のスポークスマンによれば「審査の過程で商務部は大量の調査を行い、各種の方式で関連方面の意見と提案を求めて聴取し、それらを審査の参考にし」ました。

 2009年3月18日、商務部は当該買収を、競争法第28条に基づいて禁止する旨の決定を下しました。

 商務部のスポークスマンは記者会見で、「強調すべきは、審査の全過程において、商務部は厳格に法に基づいて独立して事案を処理し、競争法と無関係な要素の干渉も、一部外国メディアのいう民族情緒の影響も受けておらず、完全に競争法に照らして客観的に裁決した」「市場参入の問題は競争法審査において回答しなければならない問題の一つで、厳粛な競争問題であり、これとあなた(記者)が先ほど提示したいわゆる民族ブランドとは完全に異なる概念である。このため、匯源が民族ブランドか否かは独禁審査で考慮される必要のある要素ではなく、商務部がこの買収を禁止したのとは関係ない」とわざわざ強調しました。しかし、この案件では、果汁飲料市場での集中度はそれほど高いものとならないにもかかわらず、炭酸ソフトドリンク市場での支配的地位を理由に抱き合わせ販売の可能性を指摘して、その禁止の理由を正当化しています。抱き合わせ販売そのものは、独占的地位の濫用行為などとして、競争法で別途規制し得るものであり、こうした行為を理由に規制に踏み切ることには疑問があります。この案件は、世界金融危機の影響もあり、コカコーラが買収を断念しています。

 ■その他の案件

 なお、民族ブランドとは無関係ですが、この他にも、競争政策的に見ると不可思議な判断がいくつも見られます。日本企業が関係する案件を挙げておきます。

 三菱レイヨンによるルーサイト・インターナショナルの買収では、買収そのものは2009年4月24日に認められたものの、それに生産設備の売却などが条件として課され、それに加えて、商務部の事前の認可なく、買収後の5年間は、その関連市場の他の中国国内での競争事業者(生産者)の買収のみならず(類似の条件は、前記のインベブによるアンハイザー・ブッシュ買収の件でも見られます)、生産設備の新規建設すらも行わないことが条件となっているようです。生産設備の新規建設すら行わないというのは、反競争的な合意であって、こうした産業政策的な制約を競争政策の名の下に課すことは、皮肉としか言いようがありません。

 2009年10月30日に条件つきで承認されたものの、パナソニックと三洋電機との統合案件でも、パナソニックがトヨタ自動車との間で有していた合弁会社の社名からパナソニックの名称を除外するように求められたという話もあります。社名から名称をはずすことが競争政策的にどのような意味があるかは不明です。

 ■結語

 民族企業や民族ブランドの外資による買収等の際に、商務部が買収を制限したり禁止したりしている現状を目の当たりにすると、中国の競争当局は事業者集中の審査・決定にあたり、民族主義やそれを反映する産業政策の影響を受ける面があるのではないか、と思わざるを得ないものがあります。私たちはこれにどう対応すべきでしょうか。

 一つのあり方としては、競争法は「競争を保護するのであって、競争者を保護するのではない」として、民族主義に左右されることを糾弾することが考えられるかもしれません。これは、確かに一部のインテリの支持は得られるかもしれませんが、それで大衆の世論の動向が変わることはないでしょうし、商務部は、民族情緒の影響はないとわざわざ強調しているくらいなので、的外れな批判だとかわすだけとも考えられます。とはいえ、上記の三菱レイヨンの案件のように、世界の競争政策の観点から見れば、非常識な行為がまかり通っている現状は、世界各国の競争当局とともに、率直に批判をしていくことが必要でしょう。

 他方、リアリスティックに、中国競争法は「国際的市場統合の過程で目立ってきた外資による経済力濫用に急遽対応するための解放衝撃緩和政策」(川島氏「中国独占禁止法2006年草案の選択と今後の課題―改革と開放の現段階―」117頁)であるとの前提に立ち、それに基づいて民族企業や民族ブランドの保護が、(恐らくは公聴会や関連方面からの意見聴取等を通じて)独禁当局の様々な考慮要素の一として取り込まれることがあり得ると認識すべきという考えもあり得るでしょう。その上で、とりわけ中国で外資が民族企業を脅かしているとされているような業界(例えば、医療機械、コンピュータールーム・エアコン、エレベーターなど)では、事業者集中に際して、民族企業や民族ブランドを巡る軋轢を可及的に回避するよう努めるべきでしょう。その方法は事案ごとに千差万別でしょうが、中国社会への貢献を強調して世論を導いたり、(商務部の審査過程の公聴会などでも有利な意見等を述べてもらえるよう)買収相手の当該民族企業と調整したりすることはあり得るかもしれません。ただし、業界団体との調整を図り、買収計画の段階で制限的条件について合意して、折り合いをつけたりすることは、そもそも、そうした調整行為そのものが、反競争的ですし、カルテル等にも問われかねず、絶対に

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