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(上) 最近の独禁法違反事件の特徴と独禁法遵守への企業の姿勢の変化

 日本の独占禁止法は、どのような要請に基づいて生まれ、育ち、いま、どの方向への途上にあるのか。住友化学の法務部長や代表取締役専務、日本経団連の競争法部会長などを歴任し、現在は大江橋法律事務所で弁護士を務める諸石光煕氏がAJ編集部の依頼に応じ、『独禁法はこれからどうなっていくか――独禁法冬の時代との決別と今後の方向』と題してAJに寄稿した。以下、3回に分けて連載する。(ここまでの文責はAJ編集部)

■事件の内容・性格が昔とはかなり違う

諸石光熙弁護士諸石 光熙(もろいし・みつひろ)
 弁護士法人大江橋法律事務所 弁護士。1959年に司法試験合格、60年に東京大学法学部を卒業。同年住友化学入社。80年に弁護士登録。同社法務部部長、取締役、常務取締役を経て、98年同社代表取締役専務。2004年から07年まで同社特別顧問。2005年から大江橋法律事務所所属。立命館大学法学部客員教授、公益財団法人公正取引協会評議員、財団法人矯正協会評議員。著書に『危機管理役員手控帖』(日本監査役協会)。
 毎朝の新聞紙面を見ると、独禁法違反事件関連の記事がしばしば見受けられる。公取委が納付命令を出した独禁法違反に対する課徴金の総額は、平成19年度で113億円だったが、平成20年度には270億円に増え、平成21年度には360億円に達している。このような記事に接する読者は、企業の独禁法軽視の姿勢は昔から全く変わっていないのではないかという、怒りと諦めの気持ちになるかもしれない。

 しかし、記事の内容を子細に読むと、紙面で取り上げられている事件の内容・性格は、昔とはかなり違っていることが分かる。

 ここで去年と今年中に、公取委から年間で最高額の課徴金納付を命じられた亜鉛メッキ鋼板カルテル事件と光ファイバーカルテル事件の二つの事件を取り上げてやや詳しくみてみよう。二つの事件はどちらも、課徴金が高額であることと、カルテル参加企業からの自主申告が摘発の発端になったという点で、時代の流れを象徴している。

建材用亜鉛めっき鋼板の価格カルテル事件で、捜索のため日鉄住金鋼板本社のエレベーターに乗り込む東京地検の係官ら=2008年11月12日午前10時1分、東京都中央区日本橋2丁目、杉本康弘撮影建材用亜鉛めっき鋼板の価格カルテル事件で、捜索のため日鉄住金鋼板本社のエレベーターに乗り込む東京地検の係官ら=2008年11月12日午前10時1分、東京都中央区日本橋2丁目、杉本康弘撮影
 亜鉛メッキ鋼板カルテル事件というのは、日鉄住金鋼板、日新製鋼、淀川製鋼の3社が、平成14年以降、会合を重ね、建材用の小口顧客向け亜鉛メッキ鋼板の値上げを決めたり、顧客の要請を受けた場合の値引きの限度額を決めたりしていたというもので、昨年8月に、3社に対して総額155億円の課徴金納付命令が発せられたものである。このカルテルには、上記3社のほかにJFE鋼板が参加していたことが認定されたが、同社は違反事実を事前に申告していたので、課徴金は免除された。また日鉄住金鋼板と日新製鋼とは、調査着手後に自主申告をして、30%の課徴金の減額を得ている。この事件で日鉄住金鋼板、日新製鋼、淀川製鋼の3社と、3社の営業担当役員・幹部6名が公取委から刑事告発され、昨年9月に東京地裁で、3社にはそれぞれ1億6千万円から1億8千万円の罰金、個人被告6人には1年から10月の懲役、執行猶予3年の有罪判決が言い渡された。自主申告をしたJFE鋼板と同社幹部は、告発を免れた。

 光ファイバーカルテル事件というのは、住友電工、古河電工、フジクラ、昭和電線ケーブルシステム、住友スリーエムの5社が、平成17年から21年にわたって、NTT東日本、西日本向けの光ケーブルについて見積価格の調整と受注企業の決定を行っていたというもので、昨年6月に公取委が立入調査を行い、今年6月に5社に対して総額160億円の課徴金納付命令を発したものである。このカルテルには、上記5社のほかに日立電線が出資するアドバンストケーブルシステムが参加していたことが認定されたが、同社は違反事実を事前に申告していたので、課徴金は免除された。

■社内風土の変化と相次ぐ自主申告

 これらの事件から、最近の企業と公取委との関係についてどのような変化がうかがわれるのだろうか。

 一つは、もし企業が独禁法違反をして摘発されると、高額な課徴金はもとより、企業イメージや経営幹部の責任問題を含めて、企業に対して致命的な打撃を与えることである。これに備えて、各企業は独禁法違反行為の根絶に必死の努力を払うようになり、ここ数年の間に内部統制組織の拡充、役職員に対する行動規範・倫理規定の策定に走った。その結果、大きな流れとしては企業の独禁法違反行為は着実に減り、独禁法違反を必要悪として見過ごすような社内風土は明らかな変質を遂げてきた。(しかしその努力が必ずしも100%成功しているわけでないこともまた事実であるが。)

 二つ目には、平成17年の独禁法改正によって自主申告制度が採用された際には、日本でこれが活用されるかどうか疑いの目で見る向きが多かったが、結果的には、多くの大企業では社内調査で独禁法違反行為の存在を認知すると積極的に自主申告を実行する行動が相次いだことである。その結果、カルテル行為に参加している企業集団の内部で疑心暗鬼が高まり、カルテル行為という危険な選択肢を忌避する風潮が強まるとともに、発覚の恐れを感じたら躊躇なく自主申告の途を選び自社だけが罪を免れるという行為が、普通の合理的企業行動として市民権を得るに至った。

 三つ目には、このような企業の行動が、公取委の違反行為摘発のパターンを大きく変え、これまでは、長期にわたる内偵や、企業内部の不満分子の密告等しか摘発の端緒が得られなかったのが、容易にカルテル参加者中の一部企業の自主申告を引き出せる体制ができてきたことである。これによって公取委の独禁法違反行為摘発の蓋然性が著しく高まった。

■独禁法違反は「ペイしない選択肢」に

 こうして独禁法違反行為は、今ではほとんど確実に発覚する、企業にとってペイしない選択肢となり、経営者は企業と自分自身の身を守るために、本気で独禁法違反行為の発生を予防することに取り組まざるを得ない社会的状況が出来上がってきたのである。

 しかし、このような状況が出現したのは、日本の戦後史の中では比較的最近のことであり、それまでは長年にわたって「独禁法の冬の時代」と呼ばれて、日本中で独禁法の実効性は著しく制約されていた時代が続いた。

 それがどのような経緯を経て今日の状況にまで変化してきたのか、次回は、独禁法を巡る歴史の流れを振り返ってみよう。(次回につづく

 諸石 光熙(もろいし・みつひろ)
 弁護士法人大江橋法律事務所 弁護士。1959年

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