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粉飾企業の上場阻止へ向けた特効薬はあるか?

不正経理に手を染める社長と有能な部下の心理と論理 その処方箋

 ■繰り返される粉飾決算企業の株式上場

山口利昭弁護士山口 利昭(やまぐち・としあき)
 弁護士。ブログ「ビジネス法務の部屋」主宰。大阪大学法学部卒業。1990年、司法修習(42期)を終えて、弁護士登録。大阪弁護士会所属。日弁連業務改革委員会コンプライアンスPT委員、日本内部統制研究学会理事、日本公認不正検査士協会理事など。最新の著書に『内部告発・内部通報-その光と影-』(2010年7月、経済産業調査会)。
 東京証券取引所は8月24日、シニア向け市場に特化したコンサルティングを展開している株式会社シニアコミュニケーション(東証マザーズ 2463)の株式につき、9月25日付で上場廃止とすることを決定した。同社の中核事業である企業サポート事業について、平成17年3月期から同22年3月期まで、継続的に架空売上が計上され、またこれを隠すために極めて悪質な不正会計処理が組織ぐるみで行われていたことが発覚したことによるものである。

 シニア社は「高齢者を対象とした事業をサポートする」というまさに時流に乗った事業展開で注目され、平成17年12月に東証マザーズ市場に上場を果たした。企業向け事業展開は苦戦していたものの、経費節減による効果が出るのではないかと予想されていた今年3月、シニア社は証券取引等監視委員会による調査を受け、直後に立ち上げられた社外第三者委員会による報告書において、上場前から継続して粉飾を重ねていた事実が公表された。上場準備段階から会計不正があったとされるプロデュース社、エフ・オー・アイ社と同様、投資家を欺いて新規上場を果たした企業といえよう。こういった事件が報道されるたびに、粉飾決算は上場前の監査によって発見することはできなかったのか、また上場審査の段階で粉飾を見抜くことはできなかったのか、という素朴な疑問が湧く。そしてこのような粉飾決算事件が浮上するたびに、我が国の資本市場の健全性確保の必要性が叫ばれ、新規株式公開を目指す企業に対する厳格な規制や審査体制が検討される。

 しかし一方において、あまりに厳しい規制の網をかぶせることは、新規に株式公開を目指す新興企業の費用負担を増加させ、業績向上のための足かせとなってしまうおそれがある。とりわけリーマンショック以降の証券市場の低迷により、新規に株式を公開する企業の数は激減しているなかでの規制強化策には反対の声も根強い。実際にも規制の緩い海外の取引所で資金調達を検討する企業も増えている。

 そこで株式公開を目指す企業に一律に過度の規制を及ぼすことなく、投資家を欺く悪質な企業をピンポイントで早期に発見し市場への参入を阻止できるような対応策が求められることになる。しかし抽象的にはこのように対応策が理想的ではあるが、実際にどのような対応策が考えられるか、ということになると具体策はなかなか思い浮かばない。

 筆者はシニア社と同様、上場前後の長期間にわたって架空循環取引を繰り返し、粉飾決算の発覚直後に倒産したアイ・エックス・アイ社(IXI、ソフト開発会社 東証二部 平成19年2月上場廃止)の監査責任訴訟の代理人を務めた経験があるが、本件シニア社の粉飾決算事例とアイ・エックス・アイ社の事例とでは「組織ぐるみの粉飾決算事件」として多くの面で酷似している。新興企業は粉飾決算を繰り返してまでなにゆえ株式公開を目指すのか、詳細に検証するなかで、効果的かつ効率的な対応策を模索してみたい。(なお、シニア社の事例を検討するにあたっては、同社の外部調査委員会による調査報告書を参考にした。)

 ■IXI社の粉飾事例との共通項

 ・会社設立時から「ハコ利用」の意図を有しているわけではない

 このような悪質な粉飾事例が報道されると、経営者は会社設立当初から粉飾に手を染めていたのではないかと誰もが推測するところである。たしかに上場企業を錬金術の手段に用いて一般投資家を食い物にする、いわゆる「ハコ企業」の経営者が存在することは事実である。しかし、シニア社、IXI社の経営者に共通するところは、来るべき日本の高齢化社会において、高齢者福祉に役立つための事業を目指すという高い志をもって事業を開始した点にある。たとえばIXI社の場合、高齢者がどこにいてもすぐに所在が判明するような位置情報端末の開発・普及を目指していたのであり、業界でも高い評価を得ていた。シニア社の場合も、有価証券報告書「大株主の状況」の記載からもわかるように、事業モデルは大手企業からも一定の評価を得ていたのである。会社設立当初は、どの経営者も「世の中の役に立ちたい、大きな企業になって社会的責任を果たせる企業に成長させたい」という高邁な気持ちを抱き、企業規模を拡大させていくのではなかろうか。そのような経営者の姿勢と事業モデルが一定の評価を得るからこそ、公開企業への道を歩むようになる。

 ・どこで歯車が狂い始めるのか

 しかし経営者は上場を目指すうちに、新規株式公開を目指す企業を取り巻く経営環境の現実に直面することになる。「株式上場」は、経営者自ら目標としている事業のための「手段」であるはずだったのが、いつしか「目的」に変わってしまうのである。たとえばベンチャー・キャピタルから求められる厳しい管理体制が挙げられる。ベンチャー・キャピタルは上場時の株式売却益によって投下資本を回収するのであるから、無事に支援企業が上場を果たし、一般投資家からも高い評価を得るための体制を監視することは当然である。しかし経営者にとってはこれが上場を間近に控えるほど重荷に感じる。「なんとしてでも、上場を果たさねばならない」という気持ちが強まる。株式売却に関する追加条項の要求、社外取締役選任の要望、業績報告の厳格化など、経営管理は厳しさを増し、もはや後戻りはできない状況に至る。また上場予定2期ないし3期前頃より監査法人による監査が開始される。ここでも「少しずつでも業績を伸ばしていかねばならない」「決して赤字を出してはいけない」というプレッシャーが強まる。

 このようなプレッシャーのなかで、これまでのように業績を伸ばし続けていける企業であれば問題はない。しかし上場を目指す企業の経営者には「落とし穴」が待ち受けている。企業財産の「公私混同」である。これまで業績を伸ばしてきた背景には、たとえば経営者親族による支援があり、自身で蓄えた私財の投入があり、共同経営者の有形無形の資産があった。しかし公開企業の会計に公私混同はご法度である。「ここまで会社を大きくしたのは自分の力だ」と信じている経営者にとっては(このように信じることは決して悪いことではないが)、これは頭ではわかっていても、行動ではすぐには切り替えられない。新規上場を支援する者から、上場会社の資産と個人資産との区別の必要性を指摘され、これにうなずきながらも、心のどこかに「自分の会社の会計処理は自分のルールで決める」という気持ちが残ってしまうのである。ここで上場が「手段」から「目的」と変わり、歯車が狂い始めるのである。

 ・粉飾決算を容認する経営者の「正当化根拠」

 たとえばIXI事件における経営者の刑事記録によると、IXI社の売上の8割から9割は架空循環取引によるもの、つまり売上高の大半が架空売上によるものであった。4期以上にわたり粉飾を重ねたことは驚くべきことである。しかし架空循環取引を始めるにあたり、経営者は粉飾を長年にわたって継続する意図はなく、これはシニア社においても同様である。とくに上場を目前にして粉飾決算に手を染める一番の動機は「急場しのぎの意識」である。経営者としては「架空計上は業績が悪化している現状を食い止める緊急措置」「上場によって創業者利益が入れば、穴埋めできる」「いまは評価されていない商品だが、そのうち市場で評価され、売上が向上すれば利益で相殺できる」といった気持ちで粉飾を正当化する。そして次第に「粉飾は多かれ少なかれ、上場時にはどこの企業でもやっている」という確信に変わっていく。上場が目的となった経営者にとって、その目的達成のために社会人としての常識が歪み、思考にバイアスがかかってしまい、合理的な理由もないままに自らの行動を正当化してしまうのである。これはおそらく会計不正事件に向かう経営者に共通の意識ではないだろうか。

 ・なぜ有能な社員が粉飾決算に巻き込まれるのか

 シニア社のケースも、またIXI社のケースでも粉飾決算が長年にわたって発覚しなかった背後に社内で有能と言われた社員の関与がある。たとえば架空売上の計上事例では、これを隠すために、さらに別の不正な会計処理を繰り返す必要がある。当初の思惑とは反対に、架空取引による影響額は膨れ上がり、経営トップだけでは隠しきれないものとなる。そこで経理部や営業部の有能な社員を粉飾に巻き込まざるをえなくなる。つまり粉飾事件の特徴として、規模が大きくなればなるほど、社員の関与は必須の条件となるのである。

しかし有能な社員がなぜ粉飾への関与を拒絶できないのだろうか。たとえば3年にわたり架空循環取引の処理に携わったIXI社の某社員は、架空循環取引発覚時に懲戒解雇処分を受けることになるが、そのとき「あぁ、これでやっと普通の生活に戻れるんだ」といった解放感で胸がいっぱいになったと供述している。

 もちろん、社長や担当取締役から直接「不正への関与」を依頼され、これを拒絶することに対する制裁への恐怖心もあるかもしれない。しかし筆者がみるかぎり、もっと根深いものがあるように感じられる。そこにはやはり社員の「正当化根拠」がある。最初は誰でも粉飾を手伝うことへの躊躇がある。しかし社長や上司による「これは一時的なことであって、会社の業績が上がれば後で笑って話せるようなもの」という言葉を信じるのである。また意外にも社員の心にある「個人的な恩義」というものも見受けられる。苦しいときに「中途採用」で救ってくれた、結婚式の仲人をしてくれた、会社に迷惑をかけたときに一緒に取引先に頭を下げに行ってくれた、という極めて個人的な事情である。(これもひょっとすると、社員なりの「正当化根拠」なのかもしれない。)忘れてはならないことは、粉飾決算の首謀者ではないにしても、犯罪行為に加担することは共犯として刑事処分の対象となることである。たとえ社員が起訴される事態は免れえても、経営者の供述のウラをとるために、逮捕勾留の対象となることは十分に予想される。社員の関与はあまりにも代償が大きい。

 ・外部監査、監査役監査は粉飾決算を見抜けないのか

 このような粉飾決算事件が発覚するたびに問われるのが外部監査、内部監査の機能である。「会計士は何を監査していたのか」「内部監査、監査役監査は何のためにあるのか」と、その実効性に関する疑問が呈される。とりわけ粉飾額が大きい場合、粉飾決算を継続していた期間が長い場合には監査人の過失が法的に問われる場面も想定される。

 シニア社の件は、会計監査人による監査を想定して、異常なほど用意周到な隠ぺい工作がなされている。たとえば会計監査人が取引先に発送した郵便物を、シニア社の社員が郵便局員から返却を受け、これを取引先企業が確認して返送したかのように装う、ということまで偽装された場合、おそらく会計監査人としては通常の監査手続きのなかで粉飾を疑うことはむずかしいと思われる。

 また、監査役監査にしても、多くの不正リスクのなかから、架空取引に関するリスクだけを優先して監査することは、なんらかの異常な兆候が見いだせなければ困難と思われる。ちなみにIXI社の事件では、監査役ら3名は架空循環取引が行われていた時期において、ソフトウエア開発会社に適用される会計基準の変更に伴う自社の会計処理を注視していたのである。不適切な会計処理が発生するリスクとしては、架空循環取引よりもそちらのほうが高いものと判断していたのであり、人的物的資源に乏しい監査役としては監査の限界であったといえる。シニア社の監査役についても同様であり、けっして何もしていなかった、というわけではない。

 なおシニア社の場合も、IXI社の場合も、経営者は監査役監査を相当に恐れていたことは事実である。粉飾決算に関する協議は、いずれの事件でも監査役が出席しない少人数の経営会議でなされていたのであり、監査役からの指摘を嫌っていたことが窺われる。

 ・社外の第三者委員会も騙されていた

 不適切な会計処理が発覚した場合に外部の専門家を中心とした第三者委員会による調査および報告がなされることは、最近の会計不正事案の傾向である。本年7月には日本弁護士連合会より「第三者委員会ガイドライン」も公表され、企業をとりまくステークホルダーに向けて、不祥事を発生させてしまった企業の信頼回復に向けてベストプラクティスが提案されている。第三者委員会報告書の信頼性が今後高まることが期待されている。

 しかし、そのように期待される第三者委員会でも、組織ぐるみの粉飾決算を起こした企業の経営者から騙されることもあることに留意する必要がある。

 シニア社のケースでは、第三者委員会の調査に対しても、調査対象となる書類を改ざんし、またヒアリングに対しても「口裏合わせ」が行われたようである。これを知った第三者委員会は、とりわけ社員に対して誠実な対応を要請し、特定の社員を通じて実態を把握していったのである。またIXI社の事例でも、架空循環取引を隠しきれないと悟った直後から、第三者委員会を立ち上げ(第三者委員を選任し)、担当役員や一部社員による単独の不正であるかのような説明を繰り返し、その旨の報告書作成を意図していたのである。

 ■新規株式公開の健全性向上への対応策

 粉飾決算企業の上場が繰り返されるなかで上場を目指す企業の健全性を確保するためには、本来ならば内部統制システムのさらなる構築、証券会社や証券取引所における審査の厳格化、そして上場を目指す企業の資金調達方法の監督などを通じて対応することも考えられよう。しかしいくら形式的なチェックを重層化しても、これまでみてきたとおり、粉飾に至る事情は新規に株式公開を目指す企業の統制環境そのものに起因するケースが多いのであり、健全性を阻害する要因はどの企業にも一律なものとは言えない。つまり規制や審査の厳格化には効果的にも効率的にも限界がある。財務分析等によって異常な兆候が発見されたとしても、所詮それは外部第三者からみた疑問であり、もっともらしい会社側からの説明がなされれば、それ以上に不正を解明することは外部第三者には困難である。

 また不正な方法で上場した企業および企業役員へのサンクション(制裁)の厳格化、という方法も検討される。たしかに有価証券届出書や報告書の虚偽記載につき、刑事罰を引き上げ、実際の刑事裁判でも経営者に実刑判決が下るということになると、不正予防効果は一定程度高まることは予想される。ただし株式が多数の一般投資家に売却される前の時点であれば問題はないが、すでに企業経営に多数の利害関係人が存在するなかでのサンクションの厳格化は、おそらく多くのステークホルダーに損害を与えることになるため、摘発にあたり慎重にならざるをえないように思える。むしろ社内の目によって、企業の健全性を監視検証することで不正を未然に防止し、または早期に発見していく以外に方法はないものと思われる。

 本年8月、東京証券取引所自主規制法人は「上場管理業務について(虚偽記載審査の解説)」と題する小冊子を発行し、上場会社が有価証券報告書等に虚偽記載を行った場合の審査実務について、その概要を公表した(小冊子の内容は東京証券取引所自主規制法人のホームページより全文閲覧できる)。ここでは虚偽記載審査を受ける上場会社の対応について予測可能性を高め、不幸にも虚偽記載が疑われる事態となった会社自身が、適切に自浄能力を発揮することが求められている。以下は私見であるが、組織ぐるみによる粉飾決算に手を染めてしまった上場会社がいかにして自社で不正を早期に発見しこれに対処すべきか、具体的な試論を述べる。またこのような統制環境を備えることが、ひいては組織ぐるみによる粉飾決算を思いとどまらせるための予防対策にもなりうるものと考える。

 ・会計監査と業務監査の一体性の認識(会計監査人と監査役の協調連携の発展)

 一般に会計監査人設置会社(通常は上場会社や大規模な株式会社)では、一次的には会計監査は監査法人(公認会計士)が、そして業務監査は監査役が担当している。これまでの監査実務においては、会計監査と業務監査が有機的一体となって実施されてこなかったように思われる。しかし会計不正の予防だけでなく、会計不正の早期発見をも監査の使命と考えた場合、会計監査と業務監査は表裏一体の関係にある。なぜなら粉飾決算の疑惑を示す「異常な兆候」を発見する、または異常な兆候から粉飾決算の事実を示す確証を得るためには、会計監査人と監査役監査の連携、協調が不可欠だからである。とくに「組織ぐるみによる会計不正事件」となれば、会計監査人が発見した「異常な兆候」を監査役に伝え、そこから深度ある業務監査に移行しなければ会計不正の確証は得られない。また監査役が日常の業務監査で知り得た疑問を会計専門家たる会計監査人に伝え、それが通常の会計処理ではありえない「異常な兆候」であることを発見する場合もある。監査役監査に期待が高まるなか、会計監査人と監査役との連携は、とくに会計不正事件を早期に発見する場面においては欠かせないものとなるであろう。

 ・CO(コンプライアンス・オフィサー)的社員の育成

 一般にコンプライアンス・オフィサーとは、企業価値の維持・向上のために社内で行うコンプライアンス実践活動の責任者を指す。縦割りの部署を超越して、社内横断的な活動に基づき情報の偏在やリスクの偏在を是正する。全社的な対応が必要な場面に備えて、リスク情報はしかるべき責任者(たとえば経営者や監査役)と共有する。コンプライアンス経営の視点からみた場合、企業不正に直結するのは「社内の常識」よりも「部署内の常識」「支店、子会社の常識」である。企業がM&Aを繰り返すなかで、今でこそひとつの部署や支店、子会社となっているが昔は独立した別会社であった、というケースにおいて、当該部署や支店、子会社において従来の社内慣行が生き続けていることは多い。また内部統制システムの一環としての「ローテーション制度」(不正が容易に発覚するよう、責任者が同じ職場にとどまらずに異動するシステム)と言いながら、実態は以前のまま地方支所のトップが長年君臨し続けている部署、子会社もある。また親会社の経営者が、こういった社内慣行を利用して、不正をごく一部の子会社や支店に集約して継続しているケースもある。

 不正と言えるかどうか疑わしい「グレー」な企業行動の存在に気付き、また本部では把握できない支部での不正を発見することは、こういった「横串的に」社内を歩き回れる社員の存在なしでは不可能である。たとえばコンプライアンス・オフィサー的な業務を行う社員を監査役スタッフ(監査役補助使用人)として監査役の直轄下に置き、そこで集約された情報は監査役や社外取締役が管理分析するような体制が必要である。

 ・内部通報制度の充実

 IXI事件においても、シニア社の事例においても、粉飾決算に関与するよう指示された社員は数年にわたり苦悩の日々を送っていた。会計監査人への虚偽報告、また請求書や納品書、残高証明書等の偽装工作を行いながら、「このようなことがいつまで続くのか」と自問自答していたのである。

 不正関与の苦悩から逃れる方法として、彼らは金融庁やマスコミに対する内部告発の道は選択できなかったのだろうか? しかし内部告発には危険が伴う。ひとつ間違えれば経営者だけでなく、同僚からも「裏切り者」との評価が下る。もちろん匿名での告発も可能であろうが、不正に関与している社員の数が少ないほど、告発者の特定は容易であろう。公益通報者保護法によって告発者が保護される要件も、なかなかわかりにくいのが現状である。

 たとえば社内で内部通報制度が充実していたとすればどうだろうか。もっと早期に不正は明るみに出ていたのではないだろうか。また、不正を公表すべきかどうかは会社内部の責任者が判断することである。

 たしかに不正が組織ぐるみで行われている以上、内部通報によって会社の自浄能力が発揮されることは期待できないかもしれない。しかし持続的な成長が上場会社に与えられた使命である以上、また当該企業に有益なビジネスモデルが存在する以上は、経営者の交代によって企業の存続を図る道は残る。企業が自ら不正を公表することによって、行政当局による処分についても犯則処理ではなく、課徴金処分が選択され、また取引所の判断が変わる可能性もある。

 さらには、そもそも内部通報制度が充実していれば、経営者が粉飾に手を染めることもなかったかもしれないのである。通報制度が有効に機能する、という意識があれば、経営者は不正の機会を喪失する。つまり粉飾決算によって業績悪化を糊塗することは、そもそも経営者が意図しないであろう。

 ただし内部通報を行う社員に対しては、企業による報復人事など、不利益的な取扱いが問題となることも事実である。最後は結局

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