2010年08月31日
弁護士
由良 尚文
1 談合を巡る株主代表訴訟における双方の主張
1-1 被告たる取締役らの主張
ここ数年、談合を行った企業について株主代表訴訟が相次いで提起されている。
2006年に全国各地の裁判所で相次いで提訴された橋梁談合事件に関する株主代表訴訟、2007年の五洋建設が行った談合に関する株主代表訴訟、2008年に提起された大林組が過去行った複数の談合に関する株主代表訴訟などが、それである。
これらの訴訟で被告となった取締役らは、いずれも「独占禁止法遵守コンプライアンスプログラムを策定し、談合に対して一定の内部統制を構築しているので過失はない」と主張する。
これら会社のコンプライアンスプログラムに共通していえることは、(1)談合は個人犯罪又は一部の営業部門が秘匿して行う犯罪であると考えていること、(2)そもそも談合をしていないことを前提にして従業員が談合に加担しないようにするプログラムであること、したがって、(3)従業員に研修や教育をすれば談合は防止できると安易に考えていることである。
つまり、被告となった取締役らは「談合は個人犯罪であるから、個人が談合行為に走らないよう一定の教育研修を行ってきた。それにもかかわらず、これに反して従業員が談合を行うことは予想できなかった」と主張するのである。
1-2 談合の実態
しかし、本当に談合は個人的犯罪なのであろうか。これは世間一般の社会常識からすれば、なかなか受け入れがたい主張であろう。経済界のトップですら、過去「談合は一種のワークシェアリング。全国津々浦々にある慣習のようなもの」と発言することもあったくらいであり、談合が会社ぐるみの組織犯罪であることは我が国の常識といえる。
談合とは、国、地方自治体等の公共発注機関が行う入札に際し、発注物件ごとに受注予定企業を決め、受注予定企業が落札価格(=契約金額)を決める権限を仲間内で与えられ、他の企業が、受注予定企業が決めた価格で受注できるように協力しあう犯罪である。したがって、談合企業には、必ず談合担当者が存在し、落札予定企業(チャンピオン)は詳細な積算をするが協力企業(サクラ)は積算しないという特徴がある。
談合組織に入ると、会社は競争しないで確実に落札することができるが(たたき合いの回避)、談合組織から脱退することは企業の損害と直結する。いったん談合組織に入ると、組織から抜けることは業界の他の企業を敵に回すことになり、様々な嫌がらせを受ける危険性がある。このように組織としての利益と危険に密接に結びついているのが、談合なのである。
1-3 原告たる株主側の主張
上記各株主代表訴訟において、株主らは、(1)談合は組織犯罪である、(2)そのため個人の力では脱退することは著しく困難である、(3)各会社の内部統制システムは談合を個人犯罪とみる点で根本的欠陥がある、(4)談合がなされていることを前提に、どうやって脱退するかを明らかにするものでなければ、真に有効なコンプライアンスプログラムとはいえない、など主張して争ってきた。
2 真に有効な談合防止コンプライアンスシステムとは何か
2-1 談合発見の容易性
実際、談合があるか否かを社内で発見することは容易である。
まず、談合がある場合とない場合とで、入札の際の企業内作業手順が異なる。談合がない場合は自由競争であるから、企業は発注機関に対して情報収集活動・営業活動を行い、発注先の年間発注見通しなどの情報をいち早く入手し、受注見込み、計画、対策を検討しなければならない。
ところが、談合組織ができている場合は、どれを受注するかは企業外の談合組織で決定されるため、企業がこのような努力をする必要はない。
また、談合がない場合、シビアな積算を行い、その積算結果をもとに、自社がどの金額で入札するかを綿密に決定しなければならない。ライバル企業の動向も読んで入札しなければならないので、最終判断は取締役らの決裁を得て決定されることも多い。
ところが、談合がある場合、チャンピオンの企業(落札予定企業)だけがいくらで入札するかを積算し、サクラの企業は、落札予定企業から入札金額の連絡を受けるので、正確な積算をする必要がない。そもそも積算すらしない場合もまま見受けられる。
談合がある場合、専任の担当者が相当長期間、談合組織との折衝にあたっている。したがって、これらの業界担当者を担当取締役において監視させれば、入札談合や談合担当者の存在は容易に判明する。また、談合がある場合、サクラ企業は、単に落札予定企業の指示により落札価格より高い金額で入札すればよいから、設計図書を見て費用と時間をかけて積算する必要がない(積算したという外形を作るため形式だけの積算をしている場合もある)。したがって、この積算過程に不自然な点があるかどうかを、担当取締役において調査させれば、談合の有無は容易に判明するはずである。
2-2 談合を発見するためのプログラムの内容
談合を早期に発見しようとすれば、その入札業務について談合の有無を調査するプログラムが必要である。例えば、(1)発注機関ごとの公共工事発注状況の把握と社内の対応を調査させる、(2)業界(談合)担当者が出席した他の企業との会合について報告書を提出させ、その内容を把握する、(3)積算部門が応札価格について本当に積算したかどうかをチェックし、積算したときの入札価格の妥当性について積算担当者から聴取する、(4)入札価格について、入札の経過と入札金額の根拠を入札担当者から聴取を行うべきである。裏を返せば、このような調査プログラムさえ講じて調査をすれば、容易に談合が発見できるはずである。
2-3 談合をやめたときの企業のリスクを明確にしたプログラム
また、談合組織からの途中脱退により生じるリスクを想定し、それに対する対応も含んだプログラムでなければならない。
例えば、(1)談合組織から脱退すれば、「たたきあい」により赤字受注になる可能性があるが、このようなリスクがあることを明確にし、このリスクが生じたとしても、あえて談合組織から脱退するということを明確にしなければならない、(2)談合が業界ぐるみで行われているのであるから、談合を中止した場合の業界ぐるみのリスクに対して会社としてどのように対処するのかも明らかにしなければならない、(3)官製談合の場合もあるので、談合から離脱したときに今後その発注機関から不利益取扱いを受けるリスクがあることを明確にした上で、あえて会社はこのリスクを受け入れることを明確にしなければならない。
さらに、現在は、独占禁止法違反の自主申告による課徴金減免制度があるから、むしろ談合から決別する方が、会社に対する課徴金を減額又は免除することにつながるとして、積極的に談合組織からの決別を勧めることを明確にしなければならない。
3 最近の和解の傾向
3-1 株主推薦委員の入った「談合防止コンプライアンス検証・提言委員会」
ところで、最近、上記各株主代表訴訟において、同種事件の再発防止を目的とした「談合防止コンプライアンス検証・提言委員会」を設置し、株主が推薦する外部委員(弁護士)が委員会に入るモデルの和解が相次いでいる。
実際に、ここ数年成立した和解条項をみると、いずれも、取締役らが会社に対して一定の解決金を支払うとともに、談合の再発防止を目的とした「談合防止コンプライアンス検証・提言委員会」を設置して、株主が推薦する外部委員が委員会に入ることを会社が認める内容になっている。
会社 | 地裁 | 和解期日 | 和解金額 | 被告役員 |
---|---|---|---|---|
五洋建設 | 東京 | 2008年5月30日 | 8800万円 | 6人 |
大林組 | 大阪 | 2009年6月1日 | 2億円 | 14人 |
日立造船 | 大阪 | 2009年12月21日 | 2億500万円 | 4人 |
神戸製鋼 | 神戸 | 2010年2月10日 | 8800万円 | 6人 |
住友金属 | 大阪 | 2010年3月30日 | 2億3千万円 | 14人 |
三菱重工 | 東京 | 2010年3月31日 | 1億6千万円 | 7人 |
IHI | 東京 | 2010年4月28日 | 1億4千万円 | 4人 |
住友重機 | 東京 | 2010年7月1日 | 9千万円 | 10人 |
三井造船 | 東京 | 2010年7月30日 | 8千万円 | 7人 |
3-2 委員会の目的・趣旨
本来は、会社が自浄作用を発揮し、今までも、談合が発生する都度、外部委員を入れて調査し、談合防止の改革・改善をすべきであった。ただ、これまでは外部委員とはいうものの、その外部委員は会社の顧問弁護士や企業側の人間であったりして、十分な自浄作用が発揮されたとはいいがたかった。株主推薦の外部委員が入る意味は、会社の自浄作用が十分に発揮されるために、株主推薦の外部委員(弁護士)が委員会に入り、透明性を保った外部委員会とするものである。
この委員会は、過去の談合事件を暴くことが目的ではないし、過去の役員や従業員の責任を追及する機関でもない。むしろ、彼らに真実を語らせるために責任追及をしないという免責を与え、過去の談合がなにゆえ長年継続してきたのか、組織の持つ病理現象を明らかにし、将来二度と同じ過ちを繰り返さない内部統制システムを作ることこそが目的である。
株主側としては、談合防止コンプライアンス検証・提言委員会の設置とその実行が誠実に履行されるなら、仮に過去の談合事件に関する役員の責任問題がこの委員会の調査で明らかになったとしても談合の責任追及はしない。それは過去の責任の問題より、役員たちに真実を語らせることが、将来の企業の談合防止に役立つと考えているからである。
3-3 委員会が行う調査
委員会では、談合の実態を調査し、なぜ談合組織から抜け出せなかったか担当者から聞き出し、なぜ会社のコンプライアンスがこれらの談合で機能しなかったのかを検討することになろう。
これを明らかにするため、真実を話しても一切不利益処分をしないという前提で、談合担当者や直接の担当役員から、なぜ談合組織から脱退できなかったのか、どうすれば談合組織から脱退ができたか、をヒアリングすることが考えられる。
また、会社の現行のコンプライアンス制度の実態を調査して検証し、談合担当者らに、談合をしていた当時、このようなコンプライアンスが敷かれていれば、どうなっていたか、談合と決別することができたかのヒアリングを行うことも有効であろう。
仮に万が一、この委員会の調査過程で役員の談合の関与実態やコンプライアンスの欠陥が判明し、新たな代表訴訟が発生する危険性がある場合も、委員会は役員の責任追及を目的とするものではないから、その公表を控えて専ら内部文書や弁護士作成文書にすることはやむを得ないであろう。
3-4 委員会が行う提言
このような調査を経て、委員会としては会社のコンプライアンス制度を検証し、その上で今後の再発防止策を提言する。
3-5 最後に
従来、株主代表訴訟は、株主が会社に代わって取締役らに損害賠償を求め、会社の損害を回復させるという目的のほかに、取締役らに多額の損害賠償を負担させることの威嚇力により違法行為を思いとどまらせる効果もあった。これはいわば善良な一般人が犯罪に走るのを思いとどまらせるという意味で、一般予防機能、違法行為抑止機能であったといえる。
今後、
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