2010年09月03日
■金融検査の基本理念;金融機関の自己規律とコーポレート・ガバナンス
筆者は監視委に勤務する前に、1997年から2001年まで、大蔵省金融検査部(当時)、金融監督庁検査部(当時)、金融庁検査局において約4年勤務した。1997年秋の北海道拓殖銀行や山一證券の破綻などの金融危機、その後、筆者が勤務していた大蔵省金融検査部を中心とする接待汚職による混乱を経て、98年6月に発足した金融監督庁検査部では不良債権問題の把握のための銀行の集中検査や外資系金融機関の検査に関わる仕事をさせていただいた。
その過程で金融検査の実効性の向上、透明性の確保を目的に、「金融検査マニュアル」が策定され、コーポレート・ガバナンス、金融機関の自己責任、自己規律をベースとした内部管理態勢、リスク管理態勢の構築、その有効性を検証する実効的な外部監査を前提とした、金融検査の役割について基本的な考え方が整理された。その後、金融検査マニュアルは幾度の改訂を経ているが、金融機関の自己規律、コーポレート・ガバナンスを基本とするこのような思想は、現在の金融検査にも受け継がれているほか、グローバルにも金融検査・監督の基本になっている。
金融機関の検査・監督は、基本的に免許を受けた金融機関を金融庁が検査・監督するフレームワークであり、その限りでは「金融庁―金融機関」という単線的な関係としてみることもできる。証券市場監視のように、「監視委―証券会社」という関係以外にも、既にご紹介したとおり、上場企業、証券取引所や証券業協会等の自主規制機関、監査法人、弁護士、不動産鑑定士、税理士、その他「市場規律」の関係者に対して働きかける必要性は、金融検査の場合にはそれほど高くないのは事実である。現に検査局に異動になって業務の現状を認識するにつれ、全銀協等の検査・監督対象の金融機関等の諸団体との対話のチャンネルはあるのに対し、監視委勤務当時に連携を強化した証券取引所、公認会計士協会、日弁連、不動産鑑定協会、税理士会等とのコンタクトは希薄であると認識している。
しかしながら、金融検査マニュアルや現在のグローバルな金融検査・監督の基本理念である「金融機関の自己規律」を考える上で、「市場規律」の観点は極めて重要であると考えている。
■金融機関の自己規律と市場規律
既にご紹介したように、金融検査マニュアルの基本理念として金融機関の自己規律が盛り込まれているだけではなく、銀行の自己資本比率に関する国際的なルールである「バーゼル銀行監督委員会」による自己資本比率規制(いわゆる「バーゼルII」)においても、同様の考え方が盛り込まれている。バーゼルIIには3つの柱、つまり、
(1)金融機関による最低所要自己資本比率の充足、
(2)金融機関による統合的リスク管理態勢・自己資本管理態勢の構築と監督当局による検証、
(3)上記(1)、(2)に関する情報の開示を通じた市場規律
――が規定されているが、第3の柱では、市場参加者への情報の開示を通じた「市場規律」の考え方が採用されている。
また、金融機関は金融市場や証券市場で様々な取引、活動を行っており、市場における重要なプレーヤーであることは言を待たない。短期金融市場における日々の資金繰り、外国為替市場や証券市場における取引に代表されるとおり、金融機関は市場の参加者として、様々な市場の動向に影響される。格付けの低下により金融市場での流動性の確保が困難となり破綻した金融機関の事例、外国為替市場や証券化商品・仕組債等への投資により巨額の損失を計上した事例、ヘッジファンドや機関投資家等との業務の拡大など、金融機関と市場の密接な関係を通じて市場規律が重要な役割を持つ。このことは、金融検査の基本理念である金融機関の自己規律を考える上でも、様々な市場規律およびそれが金融機関に与える影響を考える必要があることを示している。
■金融検査における市場規律
このように金融機関の自己規律は、市場規律により大きな影響を受けるが、それ以外にも影響力を持つのが、金融検査・監督である。金融機関は、資金仲介や決済機能等の公共的な使命を期待されることから、その設立に際しては当局による免許が必要である(この点は日本に限らず世界共通である)。そして当局(金融庁)には検査・監督を通じて、円滑な資金の供給と金融機関の業務の健全性、適切性を確保することが求められている。金融機関の自己規律を基本としつつ、検査・監督を通じて金融機関の自己規律に働きかけることが期待されているわけである。
しかし、先ほど述べたとおり、当局以外にも、金融機関の自己規律に影響を与える様々な当事者、市場規律の担い手がいる。「金融機関―当局」、「検査・監督を受ける側―検査・監督をする側」という関係がベースではあるが、金融機関が市場の重要なプレーヤーであり、「市場規律」と密接であるという考えに立てば、より広い視点、複線的な観点から、金融検査を見ることができる。そうすれば、金融検査の実効性を高める上でも、金融機関の自己規律に働きかける立場にある様々な市場規律の当事者と金融検査が連携することが重要であると考えることができる。
次回では、先般公表した「検査基本方針」を参考に、このような考え方についてもう少し具体的にご紹介したい。
▽文中、意見にわたる部分は筆者の個人的見解である。
▽市場の規律を求めて(1) 多様な担い手を結びつけるのも監視委の役割
▽市場の規律を求めて(2) 証券取引所など自主規制機関とともに
▽市場の規律を求めて(3) 証券市場に広がる弁護士の役割
▽市場の規律を求めて(4) 監査役監査や内部監査に課題 公認会計士監査は厳格化
▽市場の規律を求めて(5) 不動産鑑定評価が適正か注視 鑑定士の不正加担が増加
▽市場の規律を求めて(6) 証券不公正取引への税理士の関与が増加
佐々木 清隆(ささき・きよたか)
東京都出身。1983年、東大法学部卒業後、大蔵省(当時)に入省。金融監督庁(現金融庁)検査局、OECD(経済協力開発機構)、IMF(国際通貨基金)など海外勤務を経て、2005年に証券取引等監視委員会事務局特別調査課長、2007年同総務課長。2010年7月30日より金融庁検査局総務課長。
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