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格付け会社の規制始まる その副作用

 格付け会社に政府の規制が導入され、10月から順次運用が始まる。企業や国・自治体が資金調達のために発行する債券など様々な金融商品について、返済の見通しなど信用力に応じてランク(記号)をつけて、投資家に提供する格付け会社。債券を発行する企業から手数料を受け取って格付けを依頼されることもあり、欧米では、証券化商品などのずさんな格付けが金融危機の一因になったと議論されてきた。日本でも欧米に歩調を合わせて規制が導入されたが、そこには相当程度の問題点があるという。西村あさひ法律事務所の斎藤弁護士が「規制の副作用」を考察した。(ここまでの文責はAJ編集部)

 

金融規制と副作用
~格付会社規制を中心に~

西村あさひ法律事務所
弁護士 斎藤 創

 ■1 はじめに

斎藤創弁護士斎藤 創(さいとう・そう)
 1997年、東京大学法学部卒。司法修習(第51期)を経て、1999年に弁護士登録。2005年、ニューヨーク大学ロースクール(LL.M.)修了、2006年、ニューヨーク州弁護士登録。ニューヨークのDebevoise & Plimpton法律事務所勤務。現在、西村あさひ法律事務所パートナー。専門は、ストラクチャードファイナンス・CDS・BISファイナンス・イスラム金融等の金融取引、銀行法・金商法等の金融規制、金融紛争その他特殊争訟、中東関連取引。
 いわゆるサブプライム問題の発生以降、その原因とされる金融部門に対しては、本邦を含む全世界において膨大な数の新たな規制が検討され、導入されてきた。

 しかしながら、かかる新規制の中には、当初、想定された規制目的が充分には達成されず、コスト・ベネフィットの観点からは、むしろ副作用が生じる恐れの大きいと思われる規制が多く存在するように感じる。

 そのような規制は、その結果、市場全体の効率性を奪うのみならず、日本の金融部門の競争力を削ぐことになる可能性がある。

 本稿では、そのような副作用の可能性のある規制として、格付会社規制について述べる。

 ■2 格付会社規制の概要

 昨年6月に改正され、本年4月に施行された改正金融商品取引法により、本年4月以降、一定の要件を満たす格付会社については金融庁の登録を受けることが可能となった。

 登録格付会社については、(1)誠実義務、(2)利益相反防止や格付プロセスの公正性確保のためのローテーションルール等の体制整備義務(後述)、(3)格付方針の公表等の情報開示義務、(4)格付に関する一定の助言行為の禁止等、各種の義務が課される。また、(5)かかる規制に関するモニタリングのため、業務改善命令、業務停止命令・登録停止、報告聴取・立入検査等、各種の監督規定が置かれている。

 また、同規制は、無登録格付会社による格付付与や格付の利用自体は禁止していないが、無登録格付会社の格付(以下、単に「無登録格付」)の利用に際しては、金融商品取引業者は、(1)当該格付会社が登録を受けていないこと、(2)登録を受けていないことに伴い課されていない規制の概要、(3)無登録業者の名称・代表者・所在地、(4)無登録業者が格付付与に用いる方針及び方法の概要、(5)格付の前提、意義、限界を説明しなければならない、との一定の制限(一種のペナルティー)を課される。

 かかる新規制を受け、この夏、本邦の主要格付会社は、登録申請の準備に追われていたようだ。すなわち、4月に施行された改正金商法は準備期間を与えるため6ヶ月の猶与期間を置き、無登録格付の利用の制限については本年10月から順次開始される。金融庁による登録の標準的処理期間が2か月とされたことから、本年7月末が10月登録の事実上の期限とされたものである。その後、後述する外債問題等に対する各種批判を受け、一部規制の施行が2011年1月1日まで延期されたものの、現時点でも、主要格付会社や格付を利用する証券会社は、規制の準備対応に追われている状況にある。

 なお、かかる新格付規制が導入された経緯であるが、そもそもは、米国におけるサブプライム問題の原因の1つは格付に対する過度の信頼があり、(1)格付モデルの内容や妥当性について適切な検証・ディスクロージャーがなされていなかった、(2)格付会社が発行会社から格付手数料を受領するというモデル自体に利益相反状況があった、(3)投資家に対する格付の意義等の説明が不足していた、と議論されており、この点の再発防止のために、全世界的に格付規制の議論が始まり、同様の議論の中、日本でも世界的な規制との調和等の観点も踏まえ、新規制が導入されたようだ。

 ■3 格付会社の役割の重要性

 このような規制がかけられた格付会社であるが、そもそも、その役割は何か。

 一つに、格付会社は、情報を分析することにより市場全体としての情報分析コストを減少させる、という重要な役割を担っている。

 格付や格付会社が存在しない場合、投資家は投資家自身の力で金融商品の情報収集、分析、投資判断を行うことになる。しかしながら、投資家と販売サイドには情報量の格差があり、また、全ての投資家が情報収集や分析を適切に行う能力が充分にある訳ではない。更にそのような能力のある投資家であっても、投資家全員が一から自らの手で情報分析等を行うことは、コスト対比で効率的でない場合がある。

 格付会社は専門家として金融商品の信用リスクを分析し、(1)それを格付記号という単純な記号で示すこと、及び、(2)分析時の考えを格付レポート等の書面により市場に提供する、という行動を果たす。

 格付会社の分析は飽くまで格付会社の意見に過ぎず、投資家は、自らの判断により投資を行う必要がある。しかしながら、投資家は、格付を参考にすることにより、情報分析に要するコストを一定程度、減少させることができる。結果として、市場全体として情報分析に要するコストが減じられる、という効果がある。

 その他、格付の利用は、株券や債券の発行などで資金を調達する側の会社(発行会社)にとってもリスクプレミアムの削減等メリットがあるとも言われており、このような意味で、格付及び格付会社は市場において重要な役割を果たしていると言える。

 ■4 格付会社の役割の限定性

 他方、格付会社の役割は、相当程度に限定されているという側面もある。

 まず、投資家は格付会社の判断に依拠することは出来ず、情報の分析及び投資の判断は自らの手で行う必要がある。格付会社の提供する格付及び情報は、単なる参考情報に過ぎない。

 また、格付会社は単なる民間会社であり、格付は民間会社の単なる自由な意見の表明に過ぎない。

 仮にこれまで本邦の主要な格付会社が提供してきた格付に一定程度の信頼性が存在すると考えられていたとすれば、それは当該会社の努力により、信頼に足りる情報を継続的に提供してきたことが一つの理由であると考えられよう。

 ある格付会社が付与した格付が大きく誤っていた場合、投資家としては今後、その格付会社を信用しない自由があり、その結果、当該格付会社は市場から自動的に退出することが原則となる。

 ■5 あるべき規制の方向性

 格付会社に規制を及ぼす場合、上記のように格付会社が重要な役割を果たしていることから、当該役割をより果たせるよう「質の高い」格付が提供されるインセンティブを増加すべきであると考える。なお、かかる規制に際しては、本来、格付は民間ベースの意見表明に過ぎない限定されたものであり民間ベースでも一定程度の規律が働くという観点、また、仮にかかる規律を阻害する要因があるのであれば、規制を行うにしても、そのような規律を促進し回復させることにより市場をより効率的にする規制体系と出来るか、という考慮が必要であるように思われる。

 立法過程における議論においては一部、格付の利用や格付会社に対し、より強硬な規制を課すことを要求する声もあったようであるが、そのような規制が課されなかったこと自体は妥当であろう。

 他方、新しい格付会社規制は、相当程度のコストがかかるのにもかかわらず、それを正当化する充分なベネフィットが無く、他に、より制限的でない規制方式(例えば後述するプリンシパルベースの規制)もありうるのではないか、とも思われ、その結果、むしろ「質の悪い」格付が提供される可能性(副作用)が懸念される規制になっているようにも思える。

 ■6 新規制対応についてのコスト/副作用の可能性

 この点、新たな規制の導入には当然コストを要し、新格付規制についても相当程度のコスト負担が必要となり、その結果、副作用が生じる可能性が理論的には存在する。

 例えば、本邦の主要格付会社はこの夏、登録申請を行っていたが、かかる登録申請に際しては、格付付与の方針、提供の方針、使用人採用の方針、苦情処理の方法、秘密保持の方法等々、各種の業務処理体制を逐一書面化し、提出する必要があった。格付会社規制は全くの新規制であり、立法に際しての時間的制約も大きい。登録書類の要件、記載方法、金融庁の運用等に、不明瞭な部分も多く、格付会社にとって、登録準備に相当程度の労力・コストを要したようである。

 また、登録後も、提出書類については適宜のアップデートが必要となり、アナリストを一定年限以内に交代させるルール(ローテーションルール)等、今後、継続的に相応の規制対応コストを要することとなる。

 なお、本邦の規制とは直接には関係無いが、グローバルに活動する格付会社にとっては、本邦の規制のみが問題となる訳ではない。欧米において新たに導入された格付規制にも対応する必要があり、かかる各国の規制間の整合性を考えながらグローバルでの体制整備を考える必要があり、この点も労力・コストを大きく増大させる要因になりうる。

 そして、登録格付会社としては、規制対応に対するコスト増については、(1)自らコストカットを行うか、(2)発行会社や投資家等に転嫁する(格付フィーを上げる)か、2つの選択肢があり得る。

 格付会社としてはまずは(1)のコストカットを行う。他方、現在、格付会社は、サブプライム問題による新規格付案件の大幅減少・収益悪化により、そもそも大幅に人員カットを行っている。更なるコストカットの方法としては、例えば案件ごとの個別の分析を出来るだけ捨象する等、「質の悪い」格付を提供するインセンティブとなりうる。

 勿論、あまりに「質の悪い」格付を提供する格付会社は、投資家からの信頼を失い、いずれ市場からの退出を余儀なくされる。市場規律の観点からコストカットには一定の限界が存在する。

 他方、(2)のコストの外部への転嫁については、発行体等がコスト転嫁を許容するか、という問題となる。発行体等としては、従前2社に格付依頼していた案件を1社に減少させる、1社に依頼していた格付案件を無格付案件として組成する、という対応も考えられよう。

 コストカットもコスト転嫁も充分に行えない場合、格付会社は収益を確保できず営業を停止することとなる。

 ■7 規制導入のコストが正当化できるか

 もちろん、仮に新規制により何らかの副作用が生ずる理論的可能性があったとしても、それを超える規制のベネフィット・必要性があれば、そのようなコストは市場全体として負担すべきコストとして正当化されうる。

 既述のとおり、新規制導入に際しての、格付に対する問題点として、(1)格付モデルに関する検証・ディスクロージャー、(2)利益相反、(3)投資家に対する格付の意義等の説明、等の問題が指摘されていた。

 勿論、格付モデルに対して適切なディスクロージャーがなされること、適切な検証がなされること、利益相反が無いこと、格付の意義の説明がなされること、等は望ましいことであり、その目的自体には概ね異存はない。

 しかしながら、上記のような点は少なくとも本邦では従前から相当程度、市場規律のもと格付会社により自主的に行われてきた点であり、新たな規制コストをかけて行うべきか否かについては疑問が大きい。

 例えば、格付モデルのディスクロージャーについては、従前から格付会社は相当程度行っていた(ブラックボックスでは投資家は信頼しない)。サブプライム問題発生の原因は、このようなモデルの正確性が後知恵で考えれば間違っていた、ということであり、ディスクロージャー自体が問題であったものではない。モデルが後知恵で考えれば間違っていたことは確かに大きな問題であるが、新たな格付規制により、かかる問題が解消する訳ではない。

 また、利益相反に対応するために、アナリスト等を一定の年限毎に交代させるローテーション・ルールが採用されたが、サブプライム問題の際に指摘された問題点は、アナリストと格付の対象会社の癒着ではなく、発行体が格付費用を支払うというモデル(issuer-pay model)における格付会社自身と格付対象者との間の利益相反関係である。かかる問題の解決は困難であり(逆に格付利用者が費用を支払うモデルの場合、逆の利益相反が生じうると指摘されている)、そのため、ローテーション・ルールが採用された。しかし、ローテーション・ルールはissuer-pay modelの問題点を解消するものではなく、当初の規制目的と規制が合致していないように思われる。

 むしろ、同ルールはアナリストの知識・経験の蓄積機会を制限し格付の品質確保を阻害する可能性もあり、また、ローテーションのためのコストは特に小規模の特色ある格付会社の新たな参入を拒む参入障壁になる可能性が考えられる。小規模事務所については免除申請の特則が設けられているものの、今後、当該規定の実際の運用が問題となりえよう。

 そもそも当局による規制が行われた場合、民間としては規制遵守の安全サイドを考えて行動せざるを得ず、仮に市場がそこまでは必要としていない規律であっても、コストをかけて対応する必要がある。

 そのようなことを考えると、仮に規制を及ぼすとしても、微に入り細にわたる細かなルールを制定するのではなく、一定の原則を格付会社に求め、その原則の範囲内で、格付会社の自由を認める、より制限的ではない規制方法(プリンシパルベースの規制、なお立法段階ではそのような規制が意図されていたようだ)もあったのではないかと考えられる。

 ■8 現実に大きな副作用の可能性が存在

 なお、新規制のコストにより現に副作用が発生し、または、大きな副作用が発生する可能性が現に存在していた。

 例えば、グローバルに活動する格付会社の中には、グローバル規制に対するコストカットを図るため、従前は配慮していた各国ごとの個別事情を可能な限り考慮せず、全世界一律で格付を判断する、という決定を行った会社が存在する。勿論、このような各国ごとの個別事情を排除することが直ちに「質の悪い」格付となるかについては議論があり得るが、少なくとも、きめ細やかな分析、対応が出来なくなり、格付の信頼性が落ちる可能性が相当程度ありえよう。

 また、新規制のコスト・制限等を嫌い、今後、無登録での格付として提供される格付が現に相当程度、存在するようだ。

 例えば、少なくとも外国債券の本邦での販売については、無登録であることを前提に、一律に金商業者が無登録であることを説明する、という対応がとられる予定である(外債問題)。これは、外債については欧米系の格付会社が、本邦内の拠点ではなく、非登録の外国拠点で格付付与を行っており、従って、格付新規制上は、無登録格付として取り扱われることが理由である。

 また、例えば保険商品にのみ格付する格付会社等、専門化・細分化した格付会社の中には、今後、無登録での活動を行うことを予定している会社も存在すると聞く。

 無登録格付であることが直ちに「質の悪い」格付であるとは考えない。しかしながら、仮に無登録格付の利用に強い制限・コストをかけ、無登録格付の利用が困難となった場合、今後、欧米系の格付会社を中心に、日本市場における業務縮小・撤退等を行わざるを得ない可能性が考えられる。

 この夏に外債問題の存在が判明し、証券会社等の強い批判により、本年9月に無登録格付の利用に関する一部の規制の緩和及び一部規制の3ヶ月の延期が金融庁より発表された。かかる緊急の対応により、無登録格付に関する問題は一定程度は緩和されたものの、日本市場のガラパゴス化を避けるためには、今後も、格付登録のためのコスト、無登録格付の利用についてのコスト等について、充分な配慮が必要だと思われる。

 ■9 おわりに

 サブプライム問題発生後、数々の金融商品や金融業者に、新たな規制が導入された。

 特に欧米においては金融機関に多額の納税者の資金が使用されたことから、金融機関に対する風あたりが強く、また、サブプライム問題の影響の大きさを考えると、新たな規制の導入も政治的にはやむを得ない点が存在する。

 しかしながら、官公庁による規制は

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