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《時時刻刻》尖閣沖衝突 検察「不測の事態招く恐れ」 政権は「無関係」

 菅政権と検察の内部で何があったのか――。尖閣諸島沖で起きた中国漁船の衝突事故で、那覇地検は24日、中国人船長を処分保留で釈放すると発表した。「証拠はある」としながら起訴を避けた異例の措置。首相官邸は「検察独自の判断」を強調するが、日増しに強まる中国側の圧力を前にした突然の判断には、政権の思惑もにじむ。

  ▽この記事は2010年9月25日の朝日新聞に掲載されたものです。

  ▽関連記事:   海保巡視船衝突、中国船長を処分保留で釈放

 

 ■起訴に検察上層部で異論

手元の想定問答を何度も確認しながら記者の質問に答える那覇地検の鈴木亨次席検事=24日午後2時45分、那覇市手元の想定問答を何度も確認しながら記者の質問に答える那覇地検の鈴木亨次席検事=24日午後2時45分、那覇市
 24日午後2時半から急きょ行われた那覇地検の記者会見。鈴木亨次席検事は「日中関係」を口にしつつ、「諸事情の一つとして考慮したに過ぎない」と強調した。「法と証拠に基づいてという検察の立場との違和感がある」との質問には、「これ以上のお答えは差し控えます」と苦悩の表情を浮かべた。

 だが、最高検幹部はこの日、極めて異例の判断だったことをはっきり認めた。「起訴するだけの証拠はあったが、日中関係を考慮した。司法の手に負えない、ということだ」。別の幹部も悔しさをにじませる。「これから起こりうる不測の事態に、検察としては責任を負えない」

 東京・霞が関の最高検内では同日、検事総長以下、福岡高検次席検事、那覇地検検事正らが顔をそろえた。「一歩間違えば巡視船が危なかった」と捜査を進めた地検側は起訴を要望。だが、上層部からは異論が出た。数日前から起訴しない判断に傾き、最終的にこの「首脳会議」で確認したという。

 勾留期限は29日だったのに、なぜこのタイミングになったのか。法務省の幹部の一人はこう解説した。「首相が25日に帰国してからでは、それこそ政治介入があったと疑われてしまうからだろう」。政権と一定の距離を保ってきた検察として、この疑いだけは避けたい幹部は「検察が自ら判断した。官邸の意向は関係ない」と述べた。

 日ごと強まる中国の圧力を検察側は感じていた。「邦人4人が中国で拘束されたことも、心理的に影響した」と明かす検察幹部もいた。

 中国人船長が素直に容疑を認めていれば、罰金刑を求める略式起訴で済ませるという選択もあった。しかし、船長は、弁護士もついていない状態で否認のまま。「日本の刑事手続きに乗せれば、より日中関係をこじらせる可能性が高い」と苦渋の結論に至った。

 那覇地検の記者会見から3時間後、柳田稔法相は報道各社に対し、「地検が福岡高検、最高検と協議して決定したもの」などと、手にした紙を読み上げた。政権の意向が働いたことは認めなかった。

 国内で「弱腰」との批判も受けかねないことを心配する声も法務省内にはある。「これで良かったのかどうかは、議論があるだろう」

 別の幹部は「逮捕した以上、検察がすべての責任をかぶるのは当然」としつつ、「でも、そもそもだれが逮捕させたんですか」。前原誠司前国土交通相の判断を暗に批判した。

 一方、「処分保留で釈放」を聞いた海上保安庁幹部は「力が抜けてしまうが、検察さんの判断だからどうしようもない」とあきらめ顔だ。

 「船長の行為は危険で悪質」として逮捕に踏み切った同庁の職員には反発も渦巻く。ある職員は「これでは何のために仕事をしているのか分からなくなる」と吐き捨てるように言った。

 海保を所管する馬淵澄夫国交相は24日夕、報道陣に「最終的に検察当局の判断。あくまで国交省としては、領海・領土を所管する立場として、今後も厳粛に取り組んでいきたい」と述べた。ただ、「船長の違法操業についても厳正に対処する」との方針も示していた海保幹部は「まだ捜査が終わったわけではないが、公務執行妨害がこのような状況になった以上は成り立たないのではないか」と終結を示唆した。

 ■「政治主導」から逃げた政権 判断、検察に丸投げ

尖閣沖衝突事件を巡る日中の動き
 「検察官が総合的な判断のもと、身柄の釈放や処分をどうするか考えた」。24日午後、首相官邸で記者会見した仙谷由人官房長官は、船長釈放は、あくまで検察独自の判断だったとの見解を繰り返した。外交や安全保障にかかわる国益上の判断を、行政組織に過ぎない検察当局に丸投げしたに等しい言い分だ。

 菅政権が掲げる「政治主導」とは正反対の対応ぶりに、法務省幹部の一人は「そもそも逮捕という判断をしたのは内閣だ。内閣は自分で責任を取れ、という話だ」と憤る。外務省内からは「法務省が官邸に何らかの判断を仰いだかもしれない」(幹部)と、官邸の政治判断を推測する見方が出ている。しかし仙谷氏は完全否定を貫く姿勢だ。

 日本政府は当初、一貫して「粛々と国内法にのっとって対応する」(前原外相)との立場を貫いていた。

 「こちらが折れる必要はない」。船長が逮捕され、中国政府の反発が出始めた当初、首相は官邸に説明に来た外務省幹部らに、こんな檄(げき)を飛ばしていた。

 潮目を変えたのが、米ニューヨークを訪れた中国の温家宝(ウェン・チア・パオ)首相の21日の発言だ。

 温首相は「即時無条件」の釈放を公然と日本に要求したうえ、「さらなる行動を取る」と言明。外務省幹部は「温首相の姿勢をみて、検察も『これはまずい』と判断したのではないか」と話す。

 実際に中国側は、レアアース(希土類)の対日輸出を停止。経済界から局面打開を求める声も官邸に寄せられた。

 23日夜には中国政府が、中国河北省で準大手ゼネコン「フジタ」の関係者4人を拘束したことを伝達。「中国側の対抗措置ではないか」との見方が官邸内に広がった。

 強硬派だった首相自身も、周辺に「何とか着地点はないものか」と苦しい心中を漏らし始めていた。

 国交相として、海上保安庁に船長の逮捕を直接指示したとされる前原外相は23日、米ニューヨークでのクリントン米国務長官との会談で「外交問題として大局的な見地から取り組んでいきたい」と表明。仙谷氏も24日午前の記者会見で「ハイレベル会談も当然行われるはずだ」と語るなど事態収拾への期待を公然と語り出した。

 そうした中での検察当局の船長釈放の決定に、首相官邸の高官の一人は「これ以外の決着はない。これ以上の刑事手続きで守られる利益と、今回の決定を比べれば比較にならない」。少なくとも大きな国益の損失は食い止めたとの見方だ。官邸は早速、現地時間の24日早朝からニューヨークでの日中首脳会談の実現に動き出した。

 だが菅政権は、検察を政治判断の隠れみのにしたのではないかという疑惑や、中国に屈した「弱腰批判」を背負い込むことになった。

 批判は与党内からも噴出している。国民新党の亀井静香代表は語る。「事実上の指揮権発動だ。大阪地検の事件に続いて、今回の件で、日本の司法は死んだと思う」

 ■那覇地検記者会見の要旨

 鈴木亨・那覇地検次席検事の会見要旨は以下の通り。

 他の検察庁から応援をいただくなどして万全の捜

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