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グリーンピース鯨肉持ち出しに青森地裁が有罪《資料も》

 環境NGO「グリーンピース・ジャパン」(GPJ)のメンバー2人が青森市内の運送会社から鯨肉を持ち出し逮捕された窃盗事件。青森地裁は9月6日、2人に執行猶予付き有罪の判決を下した。「横領」を告発するという目的によって、窃盗が正当行為と認められるか。法廷を白熱させた裁判は、判決を不服とする被告側の控訴で第2ラウンドに引き継がれる。

  ▽筆者:藤原慎一、別宮潤一、有近隆史

  ▽この記事は2010年9月7日の朝日新聞の社会面や青森版に掲載された原稿を再構成したものです。

  ▽関連資料:   青森地裁判決の要旨

  ▽関連資料:弁護人の弁論

  ▽関連資料:   青森地検の論告の要旨

  ▽関連資料:鯨肉の業務上横領容疑の不起訴を相当とした東京第一検察審査会の議決要旨

  ▽関連資料:グリーンピース・ジャパンが公表した「市民の声」


 ■判決言い渡し

 判決言い渡し20分前の午後1時40分、青森地裁前に佐藤潤一(33)と鈴木徹(43)両被告が黒いスーツ姿で姿を現した。

 「知る権利はゆずれない」と書いたGPJの横断幕の前で佐藤被告は「知る権利を守り、市民が自由にものを言える社会になるかの岐路になる裁判」と約40人の報道陣に話し、地裁の建物に入った。

 「主文」。午後2時、小川賢司裁判長が2人に懲役1年執行猶予3年の有罪判決を言い渡した瞬間、報道関係者や国内外のGPのメンバーらが傍聴席を埋めた法廷内はしんと静まり返った。2人も身動き一つせず、約20分間、判決理由に聴き入った。

 

 ■判決の概要

 判決によると、GPJメンバーの両被告は2008年4月16日、青森市の西濃運輸青森支店の配送所に侵入し、塩漬けの「ウネス」と呼ばれる鯨肉(23.1キロ)が入った段ボール箱を盗んだ。

 GPJ側は鯨肉を持ち出した事実は認めたが「船員が鯨肉を無断で持ち帰る『横領行為』を告発するための正当行為」と主張。「NGOの調査活動はジャーナリストの取材と同様、国際人権規約や憲法21条で保障された表現の自由」として無罪を訴えた。

 判決は、両被告が箱を開けて肉を取り出したことを「所有者でなければできない利用・処分」として、不法に自分のものにする意思があったと認定。「公益目的の正当なものでも、刑罰法令に触れて他人の権利を侵すことは是認できない」と断じた。「表現の自由」については「他者の権利や公の秩序、道徳の保護のため一定の制限を課せられる」と述べ、GPJ側の主張を退けた。

 GPJが主張する「船員による鯨肉の横領」をめぐっては、GPJ側の証人として調査捕鯨船の船員や元船員らが公判で証言。ある船員が「鯨肉を別の船員に譲った」と述べた相手の船員が「もらっていない」と言うなど、証言に食い違いが見られ、土産の量も証人によって差があった。判決で小川裁判長は鯨肉の取り扱いについて「一部不明朗な点があったのは確か」と指摘。「本件の鯨肉の存在を公表したのを契機に、取り扱いが見直された」と述べた。

 

 ■判決後

判決後、記者会見場で不当判決と訴える(左から)グリーンピース・インターナショナルのクミ・ナイドゥ事務局長、佐藤潤一被告、鈴木徹被告=6日、青森市長島1丁目
 判決後、青森市内であった記者会見で佐藤被告は「不当な判決。不正を指摘する人の権利を保障する社会が、私たちの求める民主主義」と淡々と語り、鈴木被告は「裁判所が十分に我々の主張を検討したとは思えない」と力を込めた。

 佐藤被告は「鯨肉に不正な点があったと裁判所が認めたことは評価する」と述べたが「不正を指摘した人を厳罰に処するのは不公正。知る権利を侵す不当な判決」と批判した。

 同席したGPインターナショナルのクミ・ナイドゥ事務局長も2人の行為を「正義のため」と弁護。被告側は判決を不服として、仙台高裁に即日控訴した。

 一方、青森地検の新河隆志次席検事は「検察側の主張が認められた」と判決を支持した。「検察側としては船員による鯨肉の横領があったかどうかではなく、建造物侵入と窃盗の罪が成立するかが問題」とし、有罪を認めた裁判所の判断を「尊重したい」と述べた。

 

 ■国際的な関心高く

 事件をめぐっては、国連人権理事会の「恣意(しい)的拘禁に関するワーキンググループ」が「メンバー2人の逮捕・勾留(こうりゅう)は人権侵害」との意見を日本政府に伝えたほか、5月に来日したピレイ国連人権高等弁務官が朝日新聞の取材に「言論と結社の自由の問題だ」と懸念を表明するなど、国際的にも注目されていた。

 青森地裁には9月6日、米英独仏、イラン、南アフリカなどからGPの関係者約20人が被告の支援のため訪れ、捕鯨問題に関心の高いオーストラリアの国営放送ABCの取材クルーが被告らの表情や言動を追いかけるなど、国際色豊かな取材現場となった。

 ABC放送は本国からの記者が地裁前からリポートしたのをはじめ、全豪向けにテレビ、ラジオで大々的に報じた。このほかフリー記者や、東京で活動するドキュメンタリー映画監督の佐々木芽生さんらも。佐々木さんは「国際捕鯨問題を題材にした作品を作りたい。青森での裁判は象徴的な事例として扱いたい」と話した。

 ■「公益のための触法」許される余地は?

 GPJのメンバー2被告が控訴したため、2人が肉を持ち出した行為が公益目的に照らして正当行為かどうかの論争は、高裁に舞台を移すことになる。

  ▽筆者:中井大助、有近隆史


 公益目的を理由に、本来なら法に触れる行為が認められる余地はあるのか。今回の判決で青森地裁は、「調査活動がいかに公益を目的とした正当なものであっても、許容される限度を逸脱しており、強い非難は免れず、刑事責任は軽視できない」と述べ、被告側の主張を退けている。

 こうした司法判断とは角度を変えて、政治哲学の世界ではどんな読み方が可能だろうか。

 「正義」を論じ合う授業が話題のマイケル・サンデル米ハーバード大教授とも交流がある小林正弥・千葉大教授(政治哲学)は「法律論ではなく、正義にかなうのかという側面から考えると、非常に興味深い問いかけを含む問題」と指摘する。

 小林教授は「グリーンピース側が主張する通りに鯨肉の横領があり、社会の共通の善が侵害されている場合は、窃盗より横領に対する告発の方が善として優先される可能性もある。形式的に有罪でも正義にかなう、ということはあり得る」と語る。

 さらに「法律は社会を運用するためのルールだが、すべてをカバーできるというわけではない。問題となった行動が本当に正義であれば、起訴をしないという選択肢もある」とも話した。

 視点を海外に移し、欧州人権条約を批准する各国が加盟する欧州人権裁判所を持つ欧州ではどうだろうか。

 NGOやジャーナリストが自国の裁判で有罪となった判決が欧州人権裁判所で取り消されることもある、とGPJ側証人として出廷したベルギーのデレク・フォルホーフ教授は証言している。

 同教授によると、ラトビアの環境NGOが市長の名誉を傷つけたとして有罪判決を受け、賠償支払いを命じられた件がある。欧州人権裁判所は告発の真実性が十分に証明されたと判断。公共性の高い分野での告発だったことを踏まえ「有罪は欧州人権条約に反する」と認めたという。

 目的のために手段は正当化されるのか。この裁判は、古くて新しい問題を社会に投げかけている。

 

 <調査捕鯨の鯨肉>
 調査捕鯨は日本鯨類研究所(鯨研)が政府の許可と補助金を受けて1987年から実施し、共同船舶(本社・東京)が請け負う。クジラの耳あかや胃の内容物などから生態を調べる。「副産物」として得られる年約4千トンの鯨肉は、共同船舶が国内の加工業者などに販売。高級部位のウネスは15キロ当たり5万円以上という。販売分と別に、船員向けの「土産」という鯨肉が船員約200人に1人約4キロ、計800キロが無償で渡され、共同船舶が鯨研に鯨肉代を支払う。水産庁は「長く行われてきた慣例」と説明している。