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厚労省が内部告発を放置 違反者に告発者名を知らせる

奥山 俊宏

 厚生労働省の監督下にある自動車共済(損害保険)に不正があると指摘する内部告発が同省に寄せられたのに、同省が、1年4カ月にわたってこれを放置し、違法行為の是正が遅れていたことが朝日新聞の報道で明るみに出た。同省は告発者の名前を共済に知らせ、その後、告発者は解雇されていた。内部告発者を保護するための公益通報者保護制度が2006年から運用されているが、このケースではそれが機能しておらず、今後、こうしたことが起こらないように制度を改正すべきだという意見も出ている。

  ▽筆者:奥山俊宏

  ▽取材:岩崎賢一、出河雅彦、奥山俊宏

 

 ■勤務先に通報した後、厚労省に通報

 問題の共済は、地方自治体の職員らでつくる全日本自治体労働者共済生活協同組合(自治労共済、君島一宇理事長、東京都千代田区六番町)の運営する自動車共済。生活協同組合法の員外利用規制に違反して非組合員を共済に加入させたり、自動車共済未加入の組合員の起こした交通事故に給付金を払ったりする問題事例があった。

 自治労共済本部によると、こうした問題について、2007年10月、同共済島根県支部の嘱託職員から報告があった。同本部は同年12月、員外利用について全国の支部に問題点を通知し、「是正の取り組みに着手」したという。給付金の不正支払いについては、調査の上で、2008年9月、不正に払われた給付金を返還させ、関係者を処分したという。

拡大厚生労働省の入る合同庁舎
 しかし、生協法に違反する員外利用はその後も解消されなかった。嘱託職員は2008年10月、東京・霞が関の厚労省に出向き、そこで、自治労共済を監督する社会・援護局の担当室に問題点を報告した。厚労省の担当官はその翌日、自治労共済本部に事実関係を尋ねた。しかし、指導には乗り出さなかった。一方で、職員の名前と報告内容を自治労共済本部に知らせていた。

 翌2009年、この職員は「内部情報を不正に取得したこと」を理由に解雇された。自治労共済本部によると、職員は、自治労共済島根県支部を相手取って、労働者としての地位の確認などを求める訴訟を起こし、現在、「原告の職場における情報の取得行為が解雇事由となるか」「取得行為が公益通報のためであったか」が争点になっているという。

 厚労省はこの間、生協法に違反する員外利用を放置していた。これについて朝日新聞の記者が2010年2月18日に厚労省を取材。その後の3月3日になって同省は初めて自治労共済本部に是正を指導した。朝日新聞は3月12日の朝刊で「自治労共済 不適切契約」と報道。自治労共済は同日付で「コンプライアンス(法令遵守)の観点から深く反省いたします」とのコメントをホームページに掲載した。

 ■不手際な対応、これまでもたびたび問題に

 内部告発への役所の不手際な対応はこれまでも繰り返し問題となってきた。

 東京電力が原子炉のひび割れを隠していた事件では、通産省(現・経産省)が調査の過程で内部告発者(申告者)の氏名を当の東電に知らせた上、事実の解明に2年以上を要し、「『官民もたれ合い』の構図そのもの」などと激しく批判された。告発者は事前に東電への氏名の通知を了解していたが、告発者の氏名がなくても、その気になれば調査は可能だった。政府は2002年11月、「申告者の氏名など、調査の指示に必ずしも必要ではない情報を東電に示したのは適切ではなかった」と反省する見解をまとめた。

 ミートホープのミンチ肉偽装事件では、農林水産省や北海道庁が内部告発を受けたのに、長期にわたって不正を見逃し続けていた。同省の検証チームは2007年7月、「早急に対応が必要との認識が乏しく初動対応は適切を欠いていた」と反省する調査報告書をまとめた。

 厚生労働省でも2003年7月、社会保険庁職員が監督下の健康保険組合から接待や商品券などの利益提供を受けた事実を指摘する実名の手紙が保険局保険課の書類箱の中で放置されていたことが朝日新聞の調べで発覚した。当時の保険課長は「文書管理について反省すべき点はある」と述べた。

 これら「反省」にもかかわらず、今回の厚労省社会・援護局のケースでは、またしても「古典的なパターン」(公益通報者保護法に詳しい弁護士)が繰り返された。すなわち、厚労省は、監督下の組合の不正に関する内部告発を受けたのに、作るべき書類を作らず、事実確認に不可欠とは思われないのに告発者の氏名を調査対象の組織に伝え、不正を放置し、その間に通報者は解雇に追い込まれた。

 公益通報者保護法やそのガイドラインは、こうした事態が起こらないように制定されたはずだった。それなのに、今回のケースではそれが機能しなかった。

 ■公益通報者保護法改正の論議に

 2006年4月に施行された公益通報者保護法は、その附則で施行後5年(来年3月末)をめどに見直すことになっており、政府はこの夏、消費者委員会に公益通報者保護専門調査会を設け、現在、議論を進めている。

内閣府消費者委員会の専門調査会では厚労省の担当者からも事情を聴いた=2010年9月13日午後拡大内閣府消費者委員会の専門調査会では厚労省の担当者からも事情を聴いた=2010年9月13日午後4時5分
 現行の公益通報者保護法は、公益通報を受けた行政機関の対応について、「必要な調査を行い、当該公益通報に係る通報対象事実があると認めるときは、法令に基づく措置その他適当な措置をとらなければならない」と定め
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筆者

奥山 俊宏

奥山 俊宏(おくやま・としひろ) 

 朝日新聞編集委員。
 1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部卒、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部、特別報道部などで記者。『法と経済のジャーナル Asahi Judiciary』の編集も担当。
 著書『秘密解除 ロッキード事件  田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)で第21回司馬遼太郎賞(2017年度)を受賞。同書に加え、福島第一原発事故やパナマ文書の報道も含め、日本記者クラブ賞(2018年度)を受賞。 「後世に引き継ぐべき著名・重要な訴訟記録が多数廃棄されていた実態とその是正の必要性を明らかにした一連の報道」でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞を受賞。 近刊の共著書に『バブル経済事件の深層』(岩波新書、2019年4月)。
 そのほかの著書として『パラダイス文書 連鎖する内部告発、パナマ文書を経て「調査報道」がいま暴く』(朝日新聞出版、2017年11月)、『ルポ 東京電力 原発危機1カ月』(朝日新書、2011年6月)、『内部告発の力 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年4月)がある。共著に 『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社、2019年4月)、 『検証 東電テレビ会議』(朝日新聞出版、2012年12月)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』(同、2008年9月)、『偽装請負』(朝日新書、2007年5月)など。
 ツイッターはhttps://twitter.com/okuyamatoshi
 ご連絡は okuyama-t@protonmail.comに。メールの内容を暗号化する場合はPGPで。パブリックキーのIDは7D2BAD43550EAD96

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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