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海上保安庁、事件証拠ビデオ公開の前例、「国民への説明」と比較衡量

奥山 俊宏

 海上保安庁が撮影し、刑事事件の証拠となったビデオについて、過去には一部が公開された例がある。捜査段階では「捜査等への支障」と「事件の内容を国民に説明するという公益上の必要性」について比較衡量をした上でビデオの一部を限定的に公表し、不起訴処分後に還付されてきた段階で、情報公開法に基づき範囲を広げて一部開示決定が行われていた。刑事事件の証拠品だったビデオの一部が公表されたことになるが、海上保安庁は「守秘義務違反にあたらない」と説明していた。


 ビデオは2001年12月22日、九州南西海域で、不審船の違法行為を証拠化するため海上保安官の手で撮影された。

2001年12月22日の鹿児島県奄美大島沖の不審船事件、海上保安庁提供の画像拡大2001年12月22日の鹿児島県奄美大島沖の不審船事件、海上保安庁提供の画像
 のちに内閣府の情報公開・個人情報保護審査会に海上保安庁が説明したところによれば、同日午前1時10分、防衛庁から海上保安庁に不審船情報が伝えられ、同庁は巡視船と航空機、特殊警備隊を現場に向かわせた。同日午後、不審船に追いついた巡視船は不審船に停船を求めたが、不審船は逃走を開始。同日午後10時9分、不審船が自動小銃とロケットランチャーで反撃してきたため、巡視船側も応射した。4分後、不審船は爆発の末に沈没した。この結果、海上保安官3人が負傷。不審船の乗組員3人が遺体で発見された。

 海上保安庁では、長官らが対策本部の一室に詰めて事件に対応しており、その過程で12月22日から24日にかけて、長官の指示により、送信されてきた映像を抜粋・編集する形で6本の「広報ビデオ」を作成し、記者クラブ幹事社を通じて各報道機関に提供した。それらのビデオの中には、情報公開法が秘密扱いを認める「不開示情報」にあたると海上保安庁が考えるシーンも含まれていたが、それについても同庁は「公益的観点から最小限の範囲で開示した」という(情報公開・個人情報保護審査会が「海上保安庁が撮影した九州南西海域不審船に関するビデオの一部開示決定に関する件」などについて2005年12月16日に出した答申書(平成17年度(行情)答申第486、489号))。

 広報ビデオ提供の目的について、海上保安庁はのちに情報公開・個人情報保護審査会に次のように説明していた。

 「海上保安庁では、その主な活動の場が、海上という国民の耳目に触れ難い場所であることから、積極的な広報により、国民の理解と協力を得て海上保安業務を遂行するよう努めている。特に、事件、事故等に係る広報にあっては、捜査上の支障の有無をも考慮しながら、再発防止や防犯効果も期待して行っているところである。このため、広報の実施に当たっては、広報文を配布するほか、より効果的であると考えられる場合には、ビデオ等の映像提供も積極的に実施しているところである」(情報公開・個人情報保護審査会が「広報ビデオ作成に関する事務処理関連文書の不開示決定(不存在)に関する件」について2005年2月14日に出した答申書(平成17年度(行情)答申第543号))

拡大不審船(左下)から銃撃される巡視船「あまみ」=海上保安庁提供の画像
 このビデオ一部公表について本来は海上保安庁内部で決裁文書が作成されるべきだったが、その手続きは省かれていた。このため、「職員が組織の決定に基づかず公表することは、秘密漏洩に該当し、国家公務員法に違反する」という指摘もあったが、これに対して、海上保安庁はのちに次のように反論していた。

 「捜査機関である海上保安庁が最終的に長官の判断を得、組織的に意思決定したもので、公益上の目的をもったものであることから公務員の守秘義務違反には当たらないと考えている」(情報公開・個人情報保護審査会が「海上保安庁が撮影した九州南西海域不審船に関するビデオの一部公開を決定したことに関する起案・合議・審査・決裁に関する全文書の不開示決定(不存在)に関する件」について2005年12月16日に出した答申書(平成17年度(行情)答申第487号)。

 ビデオは事件の3日後の2001年12月25日、司法警察職員である海上保安官によって領置・押収され、2003年3月14日、不審船乗組員10人が被疑者死亡のまま殺人未遂と漁業法違反(検査忌避)の疑いで書類送致された際に証拠品として鹿児島地検に送られた。

 しかし、その後、鹿児島地検はこれら10人全員を不起訴処分とし、ビデオは海保側に還付された。この結果、ビデオは「押収物」ではなく、情報公開法の適用を受ける「行政文書」となった。このため、情報公開法に基づく外部の請求に応じる形で、2004年3月30日、一部開示決定が出された。

 「出動した海上保安庁の巡視船の

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筆者

奥山 俊宏

奥山 俊宏(おくやま・としひろ) 

 1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部卒、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部、特別報道部などで記者。2013年から朝日新聞編集委員。2022年から上智大学教授(文学部新聞学科)。『法と経済のジャーナル Asahi Judiciary』の編集も担当。近刊の著書に『内部告発のケーススタディから読み解く組織の現実 改正公益通報者保護法で何が変わるのか』(朝日新聞出版、2022年4月)。
 著書『秘密解除 ロッキード事件  田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)で第21回司馬遼太郎賞(2017年度)を受賞。同書に加え、福島第一原発事故やパナマ文書の報道も含め、日本記者クラブ賞(2018年度)を受賞。 「後世に引き継ぐべき著名・重要な訴訟記録が多数廃棄されていた実態とその是正の必要性を明らかにした一連の報道」でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞を受賞。
 そのほかの著書として『パラダイス文書 連鎖する内部告発、パナマ文書を経て「調査報道」がいま暴く』(朝日新聞出版、2017年11月)、『ルポ 東京電力 原発危機1カ月』(朝日新書、2011年6月)、『内部告発の力 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年4月)がある。共著に『バブル経済事件の深層』(岩波新書、2019年4月)、『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社、2019年4月)、 『検証 東電テレビ会議』(朝日新聞出版、2012年12月)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』(同、2008年9月)、『偽装請負』(朝日新書、2007年5月)など。
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※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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