2010年11月24日
■1. 金融検査と内部監査
金融機関に対する金融庁の検査の基本的な目的は、金融機関の業務の健全性、適切性の実態を把握すること、そしてそれを通じて金融システムの安定性に与えるリスクを把握することである。そのために、金融検査では金融機関の内部管理態勢、特に金融機関の業務に伴う各種のリスクの管理態勢の実効性を検証することとしている。
現在の金融検査の基本的な考え方、フレームワークは、金融監督庁が1998年に発足した後に公認会計士や金融機関の実務家等外部の専門家も含めた検討を経て1999年に策定された金融検査マニュアルに盛り込まれており、この点は本連載の第7回目でも触れたところである。すなわち、まず、金融機関の自己責任、自己規律をベースとした内部管理態勢、リスク管理態勢が構築される必要があること、次にその有効性を検証する実効的な外部監査を前提として、金融検査が金融機関の内部管理態勢、リスク管理態勢を評価するというものである。
このように金融機関が構築する内部管理態勢の一環として、各リスク管理態勢の有効性を金融機関自らがまず検証するための内部監査態勢の構築が必要であり、この点は現在の検査マニュアルにおいて、「経営管理態勢」の一つとして盛り込まれているところである。そこではまず、内部監査の意義・役割についての的確な認識に立った内部監査態勢の構築(組織、人材、規定等)の上での取締役会等の役割、及び内部監査部門におけるリスクベースでの実効性ある内部監査のための各種規定、手法、内部監査計画等について、金融検査で検証することとされている。
また、内部監査の実効性は、金融検査に先立つリスクアセスメント、すなわち検査の対象・範囲を決める上で重要な要素の一つである。内部監査が有効に機能していると評価できる金融機関については、金融検査でのリスクアセスメントの上で内部監査の結果を参考にすることができるが、他方、内部監査が不十分である場合には、金融検査においてより広範な深度ある検証が必要とされることになる。
■2. 金融機関における内部監査の変化
しかしながら、現在の検査マニュアルに盛り込まれているような内容が1998年に策定された当初の検査マニュアルに盛り込まれていたわけではない。また金融機関における内部監査態勢の実態についてもこの10年余りの間に相当変化が生じている。
筆者が金融監督庁検査部に勤務していた1998年頃は、不良債権問題が深刻な時期ではあったが、まだ金融機関の統合が本格的に進展する前の時期であり、現在に比べてかなり多数の日本の金融機関が海外に拠点を展開していた。当時海外の監督当局は日本の金融機関の不良債権問題に相当神経質になっており、特に信用リスクや市場リスクの管理態勢の不十分さ、そして、それらリスク管理態勢の実効性を検証する内部監査態勢について厳しい見方をしていた。特に、米国のニューヨーク連銀、英国金融サービス機構(FSA)、シンガポール金融管理局(MAS)、香港金融管理局(HKMA)等からは、日本の金融機関の内部監査が、リスクベースの監査になっておらず、書類の記載不備等を中心とした事務不備検査である点について厳しい指摘を受けていた。
このような海外監督当局による指摘とは別に、金融監督庁発足後、先ほどのようにリスク管理態勢の検証を基本とするリスクベースの検査に転換した当局検査の中では、改めて金融機関の内部監査態勢の問題が認識されることとなった。特に、金融機関の経営陣、幹部が内部監査部門の重要性を認識していないこと、したがって内部監査部門(多くの場合金融機関では検査部、考査部、監査部と呼ばれる)の人材が質的にも量的にも不十分なこと、また監査を実施するうえでの規定や手法、監査計画がリスクベースの内部監査から程遠い状態であったことが上げられる。筆者も金融機関からのヒヤリングで、内部監査部門の職員の経歴、平均年齢、その後のポスト等を質問させていただくと、内部監査がいかに軽視されてきたかがよくわかったものである。
このような内部監査部門の現状を改め、リスクベースの内部監査態勢の構築を促すために、2000年に検査マニュアルを改定し、内部監査態勢に関するより詳細なチェック項目を盛り込むとともに、その後個別の金融検査の中でも内部監査態勢の実効性を検証する方向性を強化して行った。去る8月末に公表した「平成22検査事務年度検査基本方針」においても、この点を明確に盛り込んでいるところである。
■3. 金融機関における内部監査の課題
上記のような検査マニュアルの改訂、個別の金融検査での検証、さらに金融機関に限らず上場企業も含めた内部統制報告制度の導入等により、内部管理態勢、リスク管理態勢の実効性を検証する上での内部監査の重要についての認識、理解がかなり進展してきたことは評価できる。以前のように海外監督当局から、日本の金融機関の内部監査態勢について厳しい指摘を受けることもほとんどなくなった。しかしながら、金融検査による検証を通してみていると、依然として内部監査に課題があることも否定できない。
例えば、以前ほどではないにしても、金融機関の経営陣・幹部による内部監査の重要性についての認識が不十分な事例もまだ散見される。また、内部監査のアプローチが依然として事務不備の指摘中心でリスクベースになっていない点、内部監査部門が監査対象の業務に関与するなど内部監査の独立性に問題がある事例、金融機関の支店は内部監査の対象になってはいるが本社や本部が内部監査の対象とされていない事例などは、特に中小の金融機関に少なからず見られる。
このような課題に対し、より実効的な内部監査態勢の構築に向けて、金融庁検査局としては、検査マニュアルの改訂や個別検査での検証だけでなく、全銀協等金融関連団体や日本内部監査協会での講演や研修等を通じて、問題意識の発信や対話を現在推進しているところである。
▽文中、意見にわたる部分は筆者の個人的見解である。
▽市場の規律を求めて
(1) 多様な担い手を結びつけるのも監視委の役割
(2) 証券取引所など自主規制機関とともに
(3) 証券市場に広がる弁護士の役割
(4) 監査役監査や内部監査に課題 公認会計士監査は厳格化
(5) 不動産鑑定評価が適正か注視 鑑定士の不正加担が増加
(6) 証券不公正取引への税理士の関与が増加
(7) 市場のプレーヤーとしての金融機関、その自己規律と金融検査
(8) 金融検査で得られる情報や分析結果の複線的・レバレッジ活用
(9) 株式公開買付け(TOB)関連のインサイダー取引が増加
(10) 国際的な市場規律の強化:海外当局との連携 [1]
(11) 国際的な市場規律の強化:海外当局との連携 [2]
(12) 市場規律の進展;自主規制機関を巡る動き
▽証券取引等監視委員会のホームページ
▽金融庁のホームページ
佐々木 清隆(ささき・きよたか)
東京都出身。1983年、東大法学部卒業後、大蔵省(当時)に入省。金融監督庁(現金融庁)検査局、OECD(経済協力開発機構)、IMF(国際通貨基金)など海外勤務を経て、2005年に証券取引等監視委員会事務局特別調査課長、2007年同総務課長。2010年7月30日より金融庁検査局総務課長。
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