2010年12月03日
▽筆者:波多野陽
▽関連資料:佐賀商工共済協同組合被害の求償をめぐって佐賀県が前知事を相手取って起こした訴訟の佐賀地裁判決(AJ購読者)
▽関連資料:佐賀商工共済協同組合の被害者が佐賀県を相手取って起こした国家賠償請求訴訟の佐賀地裁判決(AJ購読者)
■粉飾経理を放置
破綻で預入金が戻らなくなった元組合員たちは監督官庁の佐賀県の責任を追及して提訴した。敗訴した県は計11億3800万円を賠償。この損失を埋めるため、古川康・現知事は破綻を招いた元組合幹部らだけでなく、井本前知事にも負担を求め、08年8月に提訴に踏み切った。根拠は国家賠償法。国や自治体が公務員に負担を求めること(求償)ができると定めている。ただ、求償はその公務員に故意か重大な過失がある場合に限られる。
■求償へ高いハードル
県の判断は異例と言える。なぜなら、それまでの求償は、刑事責任を問われかねない悪質な行為が対象だったからだ。
例えば96年の浦和地裁判決。埼玉県旧騎西町の税務課長が発行した虚偽の証明書をうのみにして損害を受けた不動産会社に賠償金を支払った町が、課長に求償することを認めた。課長は虚偽有印公文書作成罪で有罪が確定している。「故意」で証明書を発行したのは明白で、それが土地取引に使われ損害を生むことも「重大な過失」と認めるに議論の余地はなかった。また、訴訟ではないが、鹿児島県警の違法捜査が明らかになった「志布志事件」で、取り調べ相手に踏み字を迫った警部補に対し、同県が07年10月に約50万円を求償した最近の例もある。警部補も特別公務員暴行陵虐罪で有罪判決が確定した。
井本前知事は事情が違う。刑事訴追を受けていないばかりか、求償の根拠は、粉飾決算や経営悪化に何も手を打たなかった、という不作為だ。積極的に何かをした責任を問われてはいない。佐賀県も当初、求償に否定的だった。組合員が県を訴えた訴訟では、前知事個人の過失の程度は争点にならず、その判決もそこに言及しなかった。その判決は、県が意図的に破綻を見逃したともみなさなかった。古川知事は判決直後の記者会見で、「今回の判決は、わざとやったという事実認定はされなかった。法的な求償権はないと考えている」と述べていた。
■専門家の意見も二分
元県幹部への求償について、県が意見を求めた行政法の2人の専門家も意見が割れた。
小早川光郎・東大教授(当時)は県の求償権を否定した。小早川教授は「国賠法の重過失は判例上、明らかではない」としながら、失火責任法など重過失の定めがある他の法律の用例に準ずるべきとし、「重過失が認められるのは、相当な注意を怠っただけでなく、ほんのわずかな注意さえ保っていれば結果を予見できたのに注意を欠いた場合であることを要する。井本前知事や他の県職員について、重過失があったとは言えない」と結論づけた。
宇賀克也・東大教授は違った。他の法律での重過失を参考にすることについて、「先例としては適切ではない」とし、「粉飾経理がある以上、業務改善命令を出すべきであり、監督強化の指示も出さず、具体的な対応を部下に任せたのは、故意があったとまでいえないが、権限不行使について重大な過失があったと認定されてもやむを得ない」という意見書を提出した。
県議会は当時の県幹部の求償を求める決議を全会一致で採択。県は求償に踏み切った。
■ふみこんだ佐賀地裁判決
井本前知事の不作為は重過失になるのか。訴訟の争点はそこだった。地裁(野尻純夫裁判長)の判決は、「粉飾経理により財務状況を隠したまま事業継続を放置すれば、破綻する可能性が高いことを認識していたか、容易に認識できた。それにもかかわらず、根拠のない安易な見通しに基づき、監督権限を行使することなく、これを放置したのであり、重大な過失があったというべき」とし、井本前知事に支払いを命じた。前知事は控訴し、福岡高裁で11月9日に第1回弁論があり、重過失を巡る争いも続いている。
専修大学の白藤博行教授(行政法)は佐賀地裁判決について、「国賠訴訟で不作為に過失を認めること自体が難しいのに、求償権訴訟とは言え、重過失を認めたことは異例だろう」と話す。ただ、「求償の要件に重過失が求めらている趣旨が公務員の萎縮の防止にもあることからすれば、重過失の認定には厳密な審理が不可欠で、公務員叩きに乗って安易な求償権行使につながるような判断は好ましくない」と述べ、国や自治体による求償権の乱用に釘を刺す。
■国は求償制度の運用厳格化へ
全国で国や自治体を相手取った国賠訴訟の件数についてデータはないが、法務省が国会対応のため、07年1月~
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