2010年12月30日
IR型株主総会の工夫と今後
~~株主のための株主総会
弁護士 沼田洋祐
はじめに
IR型株主総会という言葉は、市場で公開している株式会社にとっては既にある程度浸透したものとなっている。しかし、その形態は、未だ発展の途中の段階である。IRを重視する会社は、今後も、より充実したIRの形態を発展させ続けることで、株主総会を通じた株主参加が、一層活発なものとなろう。
そこで、本寄稿は、株主を重視したIR型株主総会についての総論と、各論たる具体的なIR型株主総会のための方策を検討するものである。
第1 IRの定義
全米IR協会(NIRI)のIRの定義によれば、IRすなわちインベスターリレーションズは、次のとおり定義されている。
「インベスター・リレーションズは、企業の証券が公正な価値評価を受けることを最終目標とするものであり、企業と金融コミュニティやその他のステークホルダーとの間に最も効果的な双方的コミュニケーションを実現するため、財務活動やコミュニケーション、マーケティング、そして証券関係法の下でのコンプライアンス活動を統合した、戦略的な経営責務である。」
この定義によれば、結局、IRとは、一つの企業の戦略的な経営責務である。企業は、戦略的にこの責務を全うしなければならない。
第2 IR型株主総会が重視されるに至った経緯
本来、株主総会の主役は、会社の実質的所有者である株主であるべきであった。
しかし、総会屋がはびこり、株主総会の議事が混乱させられることが多かった時代には、経営陣は、株主総会の議事及び決議を無事に乗り越えることで精一杯であった。出席株主数はできるだけ少ない方がよいとされ、株主の質問、意見の発言はできるだけ少ない方がよいとされた。社員株主が前列を占め、決議時には「賛成、異議なし」と大声を張り上げ、経営陣はシナリオを読み上げるだけで、議事開始から終了まで10分か20分程度しかなかった。いわゆるシャンシャン総会である。
しかし、商法改正による利益供与の規制と捜査当局による総会屋摘発によって、企業の総会屋との絶縁が進み、総会屋が退潮した。また、住友商事決議取消訴訟判決(大阪高裁平10.11.10)の影響で、シャンシャン総会が見直されるようになった。これらにより、正常な株主総会を開催する土壌がととのい、一般株主の株主総会の出席数が徐々に増え、中には物言う株主も現れるようになった。
それに加え、金融機関等が不良債権処理に苦しんで保有株式を大量に売却し、株式の持ち合いが解消された。持ち合い解消後に株価が低迷しつづけていれば、その会社は、敵対的買収にあう危険性にさらされる。会社とすれば、持ち合いに代わる新たな安定株主を確保する必要があった。折しもインターネット取引等で株式売買手数料が割安になり、小口でも株式を持つ個人株主が増えたが、相場に影響される短期保有目的の株主では、株価を適正に安定させることが困難である。そこで、個人株主が安定株主となるように、株主の関心を得ることが重要であると考える会社が増えてきた。
以上のような経緯から、IR型株主総会が重視されるようになったのである。
第3 IRの双方向性
IRには、大きく分けると2つに分類される。
1つは、会社から株主などの投資家に向けた情報発信である。そして、もう一つは、株主から会社への質問や意見の吸い上げである。
1つ目の、会社から株主への情報発信は、多くの会社がIRに取り組む際に、最初に行われることである。後述の具体的方法で述べるビジュアル化の試みなどは、この分類に属する。会社の状況を株主に情報発信するのは、会社の説明責任の第一歩というべきである。
ところで、会社のIR担当者は、この会社からの情報発信だけで満足してしまうケースがある。株主総会でプロジェクターを用い、カラーやグラフを採り入れて説明し、株主通信等の印刷物やホームページでも、広告業者が作成したかのような美しく見栄えのするものが作られ、それで満足してしまうのである。
しかし、それだけではIRは足りない。2つ目にあげた、株主から会社への質問や意見の吸い上げが必要である。上記のNIRIの定義にもあるように、IRは双方的コミュニケーションでなければならないからである。会社が説明義務を果たす前提として株主からの質問を吸い上げ、また株主の意見に耳を傾け、有益な意見を採り入れることが、経営陣に求められるのである。
そして、IRが最も実現されるべきは、株主総会においてである。IR型株主総会とは、双方向性の株主総会すなわち株主参加型のものであり、株主参加により株主総会は活性化され充実したものとなる。
第4 経営トップの意識
ところで、IRの普及と質の向上を目指して活動している日本IR協議会という団体があるが、この日本IR協議会では、毎年、IR優良企業賞として該当企業名を発表している。そのIR優良企業賞で最近大賞を取った会社は次のとおりである。
2008年度 アステラス製薬
2009年度 キリン・ホールディングス
2010年度 コマツ
いずれも、経営トップが、IRに対して明確な方針を持ち、積極的に取り組んでいる企業である。
IR型株主総会を充実させるには、経営トップが、会社の所有者が株主であることを改めて認識し、積極的に株主を株主総会に呼び込もうとする意識を持たなければ成功しない。
第5 IR型株主総会の具体的方策
では、株主参加型として株主総会を活性化させるには、どのようにすればよいのかについて、具体的な方策を検討する。
1 ビジュアル化
このビジュアル化は、一定程度、既に多くの会社に採り入れられているようである。
例えば、株主総会での事業報告、計算書類等の報告の際に、プロジェクターを用いたり、貸借対照表や損益計算書の説明や過去からの推移などをグラフで示すなど、株主が容易に理解できるための工夫がなされている会社が増加しつつある。
また、事業報告書や株主通信等も、カラーでとても綺麗に印刷された冊子で、株主に郵送されることが多く行われている。
ただ、株主総会の招集通知は、未だに白黒で、グラフ等も用いられず、従来の形式をそのまま踏襲した書式のままであることが、多くの会社で見られる。招集通知に限っては、ビジュアル化からはほど遠い状況にある。しかし、IR型株主総会を重視している会社には、この招集通知もビジュアル化している会社が散見される。招集通知こそが、株主が株主総会で質問や意見を述べ、議決権を行使するための、最も直接的な資料となりうる。招集通知についても、株主の理解を容易にするビジュアル化を採り入れるべきであろう。もともと会社法上必要的でない事業報告書や株主通信を株主総会後に送るくらいなら、ビジュアル化された招集通知を送るべきである。
そして、招集通知には、株主の疑問に思うであろうことを予めQ&Aなどの形式で説明しておく方法もある。Q&Aという形式により、株主が、会社の直面する問題点とそれに対する経営陣の説明について、容易に理解できるようになる。
2 有価証券報告書等の開示時期
有価証券報告書は、各事業年度の3カ月以内に金融庁に提出される。丁度、株主総会が開かれるのと同時期であるが、株主総会開催直後に有価証券報告書を提出し開示する会社がほとんどである。しかし、通常は、株主の招集通知よりも詳しく会社の状況が記載されているのであるから、株主総会を充実させるためには、株主総会開催よりも前に有価証券報告書を提出、開示することにより、株主は、招集通知に加えて有価証券報告書をも参考にした上で、株主総会で質問や意見を行うことが可能となる。
たしかに有価証券報告書の提出義務のない株式会社においては、株主総会後遅滞なく計算書類を公告することが求められているが(会社法440条1項)、有価証券報告書の提出義務のある株式会社は、公告をする必要はない(同上4項)。株主総会直後に有価証券報告書を提出する会社が多い理由は、株主総会後に計算書類の公告をする会社に倣ってのことであろうが、法律上は、敢えて、株主総会後に提出しなければならない理由はない。IR型株主総会を充実させるために、予め株主総会に先だって有価証券報告書を提出するべきである。
3 取締役、監査役の選任手続き
株主総会において取締役や監査役の選任決議が行われる際に、従来ほとんどのケースにおいて、取締役及び監査役の紹介のためにされることは、招集通知にその経歴が記載されるに過ぎない。選任された取締役、監査役が株主に向かって話すことは、決議後一言だけの挨拶だけというケースもある。株主は、候補者がどのような人材であり、会社が何を期待して候補者として選んでいるのか、全く分からないまま役員を選任させられてきた。
これは、役員選任が会社内の選挙であるという意識を持っている会社が少ないことから起こる。株主は、株主総会での決議事項以外については取締役に委任するのであるから、どのような取締役が選任されるのかは、株主にとって極めて重要なことである。
経営陣は、役員候補者を推薦するにあたって、当該候補者に何を求めるのかを明らかにしなければならない。そして、その前提として、経営陣の考える今後の会社の方針を明らかにし、その方針実現のためにどのような人材が役員として適任であるのか、当該候補者が、どのような過去の実績、成功例をもち当該ポストに適任であるかを株主に説明しなければならない。
実際、IRを重視する一部の会社では、経営陣が、候補者を推薦した理由を具体的に説明した上、候補者自らが、役員として何を行いたいのか等具体的に株主の前でスピーチを行い、株主の質問に回答するということが実践されている。
4 開催日
従来は、総会屋対策のために、多くの公開会社の株主総会の開催日は、いわゆる集中日(6月最終木曜日)に一斉に行われていた。しかし、株主参加を目指す株主総会では、その開催日は、あえて集中日を外されるようになった。会社法施行規則63条1号は、公開会社が、他の公開会社の株主総会の集中日に総会を開催する場合には、招集通知においてその理由を説明することを義務付けており、集中日開催に一定の歯止めが掛けられた。
ただ、集中日を外したとしても多くの公開会社が、未だにウィークディの午前10時から開始というケースが多い。
当該会社の個人株主の種類にもよるが、例えば、個人株主としての株主数が増えているサラリーマンを株主総会に呼び込むには、土日の午後などに開催することも考えられる。家族も参加可能な株主懇親会やアトラクションを同時に開催することで、家族持ちのサラリーマンが、土日に家族サービスをしながら、株主総会に出席するというケースも考えられるところである。
5 事業報告
株主総会において事業報告の仕方は、各社様々であるが、IRを重視していない会社は、未だに、招集通知の事業報告を社長又は役員がそのまま読み上げるか、録音された音声を流すところもある。
しかし、招集通知に記載された文章をそのまま読み上げたところで、出席した株主は、経営陣から、招集通知以上に何も情報を得ることはない。招集通知に記載されている内容と同じことであっても、経営陣が自らの言葉でかみ砕いて株主に話すからこそ、株主は、その経営陣のやる気や勢い、ひいては人柄を感じるものである。経営陣は、これまでの事業の状況とこれからの会社の方針を、株主にプレゼンするつもりで、報告しなければならない。
なお、もちろん、経営陣は、口頭で話すからといって、インサイダー情報を話してはならないし、企業秘密についても、然りである。
6 社員株主
従来、社員株主は、総会屋対策として、前列を占め、「異議なし、賛成」と大声で発言していた。しかし、これでは、一般株主の参加は困難であった。
しかし、株主参加型の株主総会では、一般株主に威圧を与えないように注意されている。社員株主は、できるだけ数を少なくすべきであるし、社員株主が株主総会に参加する場合にも、私服で目立たないようにしなければならない。会場警備は、警備員に任せるべきであって、社員株主が警備をしてはならない。
7 ホームページの活用
ほとんどの会社は、自社のホームページを持っている。IRを重視する会社は、ホームページにおいて、招集通知、事業報告書、株主通信等を公開している。これらをホームページで公開することは、現在の株主だけでなく、一般の投資家すなわち将来の株主に対しても、IRを行うことが可能となる。
また、招集通知などは、英語に翻訳したものも公開している会社もある。英語に翻訳された招集通知を公開することによって、海外投資家に対してもIRが可能となる。また、海外投資家の資金を呼び込みやすくなる。海外投資家の存在は、徐々にではあろうが、コンプライアンスや説明責任などにおいて、日本的基準に凝り固まらないグローバル基準の導入が期待できる。
8 株主総会のインターネットの利用
招集通知や議決権行使について、電磁的方法を採用することができ(会社法299条3項、312条)、実際に採用する会社は急激に増えつつある。
さらに、インターネットを利用すれば、株主総会の様子を、動画又は音声によって世界中で同時中継することも可能である。そして、株主の事前質問をインターネットで受け付けることも可能である。株主の事前質問の回答を、株主総会直後にホームページで公開することもできる。
9 株主提案権行使に対する対応
株主参加型株主総会において、株主が議案を提案した場合には、フェアな対応が求められる。
ところが、議決権行使書に、株主が賛否を表示しなかった場合の取扱について、「表示のないものは、取締役会提案については、賛、株主提案については否の表示があったものとして取り扱います」と記載されることが多い。
しかし、フェアな対応のためには、こうした慣行は改め、白票は別個に集計すべきであろう。
また、株主提案に至らない株主の単なる意見であっても、大いに参考にすべきであって、ホームページやメールなどで、株主の意見を吸い上げる意見箱の設置等も期待できる。
10 議決権の代理行使
議決権の代理行使について、定款で、代理人を会社の議決権を有する株主に限定されている場合、その定款に形式的に従えば、株主は、株主でない弁護士や公認会計士などの専門家を代理人として議決権を行使することはできないことになろう。
しかし、株主参加型株主総会を充実させるためには、総会屋などのおそれのない場合には、代理人を限定し過ぎるべきでない。株主でなくても、総会屋などのおそれのない弁護士や公認会計士などの専門家は、代理人として認める運用が望ましい。
11 想定問答集の作成及び一部事前開示
ほぼ全ての会社が、株主総会での株主からの質問に対する想定問答集を作成している。その項目数は、100を超える会社も多い。
この想定問答集の作成時には、会社内全てにおいて各部署ごとに、問題点を検討することが必要である。各部署が、問題点と説明内容を、まず部署内で検討することで、会社をあげて株主総会に取り組む姿勢ができる。そして、取締役が、株主総会での説明のために、各部署から持ち上げられた問題点について検討することは、取締役が担当部内の問題点を把握し、取締役によるコンプライアンス体制の一助ともなる。
ただ、この想定問答集は、総会乗り切りだけを目的とするべきではない。想定問答集作成で検討した項目のうち、議案に関する重要な項目や重大な不祥事に関する項目などについてはその問題点を、招集通知やホームページなどで事前にQ&A形式で株主に通知しておくことが望ましい。これらの項目については、会社として十分な説明責任を果たすべきだからである。それにより、より充実した株主総会での審議が期待できる。
第6 結語
IR型株主総会を目指せば、それまで会社を
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