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虚偽記載の審査と上場廃止まで 上場管理の仕事

 東京証券取引所自主規制法人では、証券市場の健全性や公平性を確保するための自主規制業務を専門に行っています。この連載では、その中から、上場会社の企業行動に対して審査を行う上場管理業務と、株価操縦やインサイダー取引などの不公正取引に対して審査を行う売買審査業務について、実例なども交えながらその概要を紹介していきたいと思います。今回はその第1回として、上場会社が有価証券報告書等に虚偽記載を行った場合の審査実務などについて解説します。

虚偽記載審査の実務

東京証券取引所自主規制法人
常任理事 土本 清幸

 ■東京証券取引所自主規制法人とは

土本 清幸(つちもと・きよゆき)
 東京証券取引所自主規制法人常任理事
 愛知県出身。1982年 東京証券取引所入社、2000年秘書役、2004年上場部長、2007年執行役員。2007年10月、東京証券取引所自主規制法人設立に伴い常任理事に就任、現在に至る。
 東京証券取引所は、証券取引所の自主規制の独立性を高め、東証市場の信頼性を確保するために、平成19年11月、持株会社である株式会社東京証券取引所グループの下に、金融商品市場の運営を行う株式会社東京証券取引所と、同市場の健全性・公平性を確保するための自主規制業務を専門的に行う東京証券取引所自主規制法人を並列に置いた現在の組織体制となりました。株式会社東京証券取引所は金融商品市場の運営を行い、自主規制法人は同市場の健全性・公平性を確保するための自主規制業務を専門的に行います。

 自主規制法人における業務は、

 会社の上場に際し財務や経営の健全性等を審査する「上場審査」及び上場廃止基準への該当性の審査等を行う「上場管理」からなる上場関連業務と、

 東証市場における売買の執行及び決済の担い手である取引参加者の健全性や信頼性を確保するための「考査」及び相場操縦やインサイダー取引等の不公正取引を監視する「売買審査」からなるコンプライアンス業務の

2つの柱から構成され、これら2つの業務はそれぞれ、自主規制法人内に置かれた上場部門(上場審査部、上場管理部)とコンプライアンス部門(考査部、売買審査部)が担っており、各部が相互に密接に協力・連携しながら業務を行っています。

 ■虚偽記載に関する審査

 東京証券取引所自主規制法人の上場管理部は、金融商品市場に株券等の有価証券を上場する上場会社等による会社情報の適時開示やコーポレートアクション等を監視し、必要な場合に、上場関係諸規則に基づき、上場廃止その他の措置の判断を行うことをその主たる業務としています。

 このうち、上場会社が有価証券報告書等に虚偽記載を行った場合、その影響の重大性に鑑みて、上場廃止その他の措置を実施します。

 上場会社に対して上場廃止その他の措置がとられる際には、当該上場会社のみならず、その既存株主にも大きな影響を与えるうえに、その判断においては客観的で公正な立場からの判断が確保される必要があることから、市場運営会社である株式会社東京証券取引所からは独立した自主規制法人である当法人が審査を行っています。

 本稿では、上場会社による虚偽記載に関して上場管理部が行う上場廃止に係る審査の概要について紹介したいと思います。

 ■虚偽記載審査の流れ

 一般的には、上場会社において過年度の不適切な会計処理のおそれ等が発覚した場合は、遅くともその概要を把握した段階で、東証への事前相談が行われます。

 上場管理部では、虚偽記載を行った上場会社からの事前相談の内容や上場会社が行う適時開示の内容から、上場廃止のおそれがあると認められる場合には、【監理銘柄(審査中)】へ指定し、虚偽記載に係る上場廃止その他の措置に係る要件該当性等についての審査(以下「虚偽記載審査」といいます。)を行うことになります。

 ただし、上場会社が虚偽記載に係る適時開示を行ったときであっても、事前相談での内容などから、その時点において既に判明している事実等に基づいて、虚偽記載の影響が重大なものとはいえないことが明らかな場合には、【監理銘柄(審査中)】への指定は行われません。このような取扱いを受けるためには、上場会社としては、適時開示を行うまでに、公表すべき訂正金額の予測額のみならず、訂正に至る経緯や訂正の原因及びこれらに対応した再発防止策についても速やかに調査や検討を行い、上場管理部に説明し、その審査手続きを経る必要があります。
 なお、この取扱いは、上場会社が、かかる取扱いを受けるために、適時開示を遅らせることを許容するものではありません。

 【監理銘柄(審査中)】に指定されてからの虚偽記載審査は、虚偽記載の内容や虚偽記載に至った経緯、原因等についての回答を基に行いますので、上場会社は、関係者等に対する事実関係の確認を含め必要な調査を行ったうえで、正確に、かつ速やかに回答ないし対応することが求められます。
 また、上場管理部は、単に上場会社からの説明を受けるだけでなく、調査内容や調査結果の妥当性を確認するため、上場会社が調査に利用した帳票や調査データ等について提出を求めることもあります。

 かかる虚偽記載審査の具体的な手続きの流れは以下のとおりです。

(1) 虚偽記載の内容、経緯、原因等の説明
上場管理部は、上場会社に対して、虚偽記載の内容、経緯、原因等について書面による照会を行います。また、必要に応じて、資料の提出も求めます。


(2) ヒアリング
(1)の照会に係る回答書に基づき、より詳細な事実関係の確認のためのヒアリングを実施します。
ヒアリングの対象者は、主として、虚偽記載の事案に関与した役員及び従業員ですが、必要に応じて、代表者、監査役、監査を担当する監査法人の公認会計士などに行うこともあります。


(3) 実地調査
必要に応じて現地調査を行う場合があります。


 これらの手続きを経て行われる虚偽記載審査の結果、虚偽記載の影響が重大であると認められる場合には、上場廃止の判断を行うことになります。

 ■上場廃止等の判断

 虚偽記載審査において勘案される主な要素としては、数値的な影響度合いのほかに、虚偽記載の手法、関与者、各関与者の目的や動機、虚偽記載についての認識の有無、内部管理体制上の問題の有無などが挙げられます。

 虚偽記載審査において、上場会社から受領した回答書や資料、ヒアリングの内容等に基づき、虚偽記載の内容や経緯、原因などを総合的に勘案した結果、虚偽記載の影響が重大であると認められる場合、上場廃止決定及び整理銘柄への指定を行い、原則その1か月後に上場廃止となります。

 他方、虚偽記載の影響が重大であるとは認められず上場廃止とは判断されなかった場合においても、他の措置がとられることがあります。例えば、審査の結果、当該上場会社の内部管理体制等について改善の必要性が高いと判断された場合には特設注意市場銘柄へ指定したり、そこまでの改善の必要性は認められないとしても適時開示を適切に行うための体制等について改善すべき事項が認められた場合には改善報告書を徴求したりすることがあります。また、上場契約違約金の徴求や公表措置を行う場合もあります。

 ■第三者委員会

 上場管理部の虚偽記載審査の概要は以上のとおりですが、これに関連する話題として、昨今、上場会社による虚偽記載などの不祥事が発覚した際には、いわゆる第三者委員会が設置され、調査及び結果公表を行うという実務慣行が定着しつつあります。

 第三者委員会は、社内調査の結果を検証するものから第三者委員会自らが調査し再発防止策の提案を行うものまで、第三者委員会の役割や目的、事案によって様々ですが、第三者委員会による調査内容や調査結果が、適時開示され、また、上場管理部による虚偽記載審査においても、上場会社の回答として提出され、上場廃止その他の措置に係る要件該当性等を判断するに際して考慮すべき重要な要素となることを踏まえますと、上場会社としては、第三者委員会を設置する際には、以下の事項に十分に留意する必要があるといえます。

(1) 第三者委員会による調査は、株主・投資者などのステークホルダーのために行われるものであり、中立・公正に客観的な調査が行われることが求められます。

(2) 上場会社は第三者委員会の調査に全面的に協力することが求められます。また、第三者委員会による調査結果は、上場管理部の虚偽記載審査においても考慮すべき重要な要素となることから、第三者委員会と適切なコミュニケーションをとることは有用であるため、上場会社においては、第三者委員会を設置するに際し、上場管理部からの協力要請に応じることを委託の範囲に明示的に含めておくことが望まれます。

(3) 上場会社は、虚偽記載に関する調査内容や調査結果を開示することが求められます。第三者委員会を設置する際には、第三者委員会の調査内容や調査結果を開示することについて第三者委員会の了解を得ておくことが必要となります。

(4) マーケットからの信頼を回復するだけの十分に納得のいく調査結果が求められます。また、上場会社は、第三者委員会による調査内容や調査結果について、投資者への説明責任を負います。よって、上場会社は、第三者委員会による調査内容や、事実認定、評価等の調査結果を、第三者委員会から十分に聴取し、理解する必要があります。

 ■虚偽記載が判明した事例を踏まえた留意事項

 ここで、最近において虚偽記載が明るみになった事例から、その背景など特に留意を要する点についていくつかご紹介します。

 まず一つ目に、虚偽記載の舞台となる部門についてですが、

 本業との関連性が薄いノンコア事業部門若しくはノンコア事業を専門とする子会社や、

 海外の子会社や上記のようなノンコア事業部門など、ビジネスモデルや商慣習が特殊な子会社又は事業部門

など、コア事業を前提とする内部統制が機能しにくい(及びにくい)事業部門や子会社において起こっているケースが多く見られます。

 また、

 売掛金の回収サイトが長期化している子会社又は事業部門

 売上に比して、棚卸資産の金額が大きい子会社又は事業部門

などにおいては、結果としてそれが不適切な会計処理によって生じたものであることが判明するという事態も生じています。

 その他の特徴としては、

 長期にわたり人事異動が行われていない子会社又は事業部門

 特定の者の職務権限が著しく強い子会社又は事業部門

など、結果として不正が長期にわたり発見しづらい社内(部門)体制が一つの原因となっていると考えられる場合なども見受けられます。

 このような事例に当てはまる状況が見られるようであれば、各上場会社の規模やビジネスモデル等に応じた経営監視機能の強化や実効性のある内部統制の構築・社内体制の整備など、不正の未然防止・早期発見に向けた必要な対応を速やかに実行していくことが必要であろうと考えられます。

 ■企業不祥事の未然防止に向けた取組みの重要性

 虚偽記載をはじめとしたいわゆる企業不祥事は、そのようなことが明るみになれば、株主や投資者などのステークホルダーに対し多大な損害を与えることになるとともに、市場全体の信頼性確保の観点からも大きな問題となります。このような問題を起こさないためには、企業不祥事の未然防止といった観点が非常に重要であり、日ごろから社内におけるコンプライアンス意識の醸成や実効性のあるコーポレート・ガバナンスの態勢整備に向けた継続的かつ真摯な取組みを行うことが大切であると考えます。

 

 土本 清幸(つちもと・きよゆき)
 東京証券取引所自主規制法人常任理事
 愛知県出身。1982年 東京証券取引所入社、2000年秘書役、2004年上場部長、2007年執行役員。2007年10月、東京証券取引所自主規制法人設立に伴い常任理事に就任、現在に至る。