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「前田君、頼むな。君に与えられたミッションだからな」《最高検検証結果報告書全文》

奥山 俊宏

 村木厚子・元厚生労働省障害保健福祉部企画課長が無罪になった虚偽公文書事件の捜査に大阪地検特捜部が着手する直前の昨年4月下旬ごろ、大坪弘道・特捜部長(当時)が部下の前田恒彦検事(同)に対して、村木氏を名前を挙げて、「前田君、頼むな。これが君に与えられたミッションだからな」と言っていた――。そんなエピソードが、この事件の捜査や公判に関する最高検の検証結果報告書に記されていた。また、問題の公文書と同一のデータが2004年6月1日午前1時19分にプリントアウトされた形跡がフロッピーディスクに残っていたにもかかわらず、村木さんを逮捕・起訴した際の捜査では、だれもそれを調べることすら思いつかなかったことも明らかにされた。

  ▽筆者:奥山俊宏

  ▽関連資料:最高検が公表した検証結果報告書の全文

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 検証結果報告書は45ページの本文に55ページの別紙がついており、合計100ページ。24日に発表された。厚労省の課長だった村木さんについて「A氏」という符号で表現し、その名義で虚偽の公文書が発行され、2004年6月10日ごろに日本橋郵便局に提出された事件の捜査や公判の経緯を詳述し、その問題点を分析している。

 ■「強いプレッシャー」

 その報告書によると、昨年4月下旬ごろ、前田検事(当時)はこの事件の主任検事に選ばれ、大坪部長から「何とかA氏までやりたい」などと言われた、という。前田検事は、村木氏の検挙について「最低限の使命であり、これを必ず達成しなければならない」と感じたという。

拡大会見する最高検の伊藤鉄男・次長検事=24日午後3時46分、東京・霞が関、竹谷俊之撮影
 5月26日、村木氏の部下だった元係長を逮捕したが、その元係長は当初、「村木氏の指示ではなく、独断で文書を作成した」と供述した。それを大阪高検検事長らに報告したところ、「元係長が独断で作成するとは考えられない」と指摘されたという。

 検証結果報告書は「これら一連の事実が、前田検事に上司の意向に沿う成果を挙げなければならないとの強いプレッシャーを与えた」と推測。前田検事が証拠品のフロッピーディスクのデータを改ざんしたとされる事件の背景として「このプレッシャーがあった可能性もただちには否定できるものではないであろう」と検証結果報告書は指摘した。

 ■虚偽文書のデータが作成されたのはいつか

 フロッピーディスクは昨年5月26日、厚労省元係長宅の捜索で差し押さえられた。翌27日ごろ、元係長の取り調べを担当していた検事が問題の文書と同一のデータがフロッピーディスクに保存されていることに気づき、その内容をプリントアウトして前田検事に渡した。このデータの作成日時は2004年6月1日午前1時14分、更新日時は同1時20分だった。

 問題の文書が日本橋郵便局に提出されたのは2004年6月10日ごろのことで、当時の前田検事の見立てでは、「村木課長が係長に指示して文書を作成させたのは、2004年6月8日ころから10日ころまでの間である」と想定されていたが、それとは整合しなかった。しかし、前田検事は「このデータが必ずしも問題の文書の元となったデータとは断言できない」「仮にこのデータが元だったとしても、6月1日はデータを作成した日であり、これを印刷した日またはそれに公印を押して文書を完成させた日とは異なる可能性もある」と考え、特捜部長や副部長ら上司に報告しなかった。

 最高検の検証結果報告書はこれについて「関係者を取り調べる検察官が、このような問題点の認識を共有するとともに、検事正、次席検事および特捜部長らも含めて、これらの点を十分に検討・協議し、上級庁に対しても、速やかに、この点を報告して協議した上で、引き続き関係者を詳細に取り調べるなど、更に必要な捜査を尽くした上で、A氏の逮捕の可否・要否について慎重な検討を行うのが相当であった」と指摘し、「その意味で、A氏の逮捕の判断には、問題があったものと言わざるを得ない」とした。元係長らを逮捕した際の着手報告書では「6月8日頃」「6月10日頃」などと日付が明示されて記載されていたが、村木さんを逮捕した際の着手報告書では「6月10日」を除いて、すべて「6月上旬頃」となっていた。

 ■虚偽文書のデータが印刷されたのはいつか

 最高検の検証結果報告書によると、実は、問題の文書と同一内容のデータの「前回印刷日時」は「2004年6月1日1時19分」で、データを作成したのと同じ日だった。つまり、前田検事がつじつまを合わせるために考えたストーリーの少なくとも一つ(「データが作成された日とそれが印刷された日は異なる」というストーリー)はそれによって否定されるはずだったが、当時はそこに気づかなかったという。というのは

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筆者

奥山 俊宏

奥山 俊宏(おくやま・としひろ) 

 1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部卒、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部、特別報道部などで記者。2013年から朝日新聞編集委員。2022年から上智大学教授(文学部新聞学科)。『法と経済のジャーナル Asahi Judiciary』の編集も担当。近刊の著書に『内部告発のケーススタディから読み解く組織の現実 改正公益通報者保護法で何が変わるのか』(朝日新聞出版、2022年4月)。
 著書『秘密解除 ロッキード事件  田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)で第21回司馬遼太郎賞(2017年度)を受賞。同書に加え、福島第一原発事故やパナマ文書の報道も含め、日本記者クラブ賞(2018年度)を受賞。 「後世に引き継ぐべき著名・重要な訴訟記録が多数廃棄されていた実態とその是正の必要性を明らかにした一連の報道」でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞を受賞。
 そのほかの著書として『パラダイス文書 連鎖する内部告発、パナマ文書を経て「調査報道」がいま暴く』(朝日新聞出版、2017年11月)、『ルポ 東京電力 原発危機1カ月』(朝日新書、2011年6月)、『内部告発の力 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年4月)がある。共著に『バブル経済事件の深層』(岩波新書、2019年4月)、『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社、2019年4月)、 『検証 東電テレビ会議』(朝日新聞出版、2012年12月)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』(同、2008年9月)、『偽装請負』(朝日新書、2007年5月)など。
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※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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