笠間検察に求められるもの
2011年01月01日
▽筆者:村山治
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■改革の決意
「特捜検察で証拠物改竄などの不祥事があった。検察の組織文化が抱える問題がそこに顕(あらわ)れている。それを改革軌道に乗せるのが私に課せられた使命。前任時代の最高検は12月24日に原因の究明、再発防止策を打ち出した。一方、法務大臣の下に置かれた在り方検討会議で、検察の在り方について議論が始まっている。とりあえず、最高検の再発防止策を具体化して早急に実施に移すこと、在り方検討会議に協力することだと思っている」
「こういう言い方をすると、不遜だと思われるかもしれないが、特捜部にいたがゆえにどこに欠陥があるかは承知している。わりと改革もしやすいと思う。残る検察人生、社会と検察へのお返しのつもりでがんばりたい」
■村木事件の検証報告―問題の本質
――12月24日公表の最高検の村木事件に対する検証結果についてどう見ていますか。
「村木事件は無罪になり、捜査・公判で証拠隠滅などの事件もあったが、もとになった郵便不正事件はいい事件だった。虚偽証明書から厚労省の不透明な土壌に斬り込もうとしたことも、目のつけどころは悪くなかった。FDのプロパティー情報の問題を深刻に受け止めなかったなどの問題はあった」
――「事実の詰め」だけでなく、検事の「ものを見る力」が劣化しているのではないでしょうか。社会常識と、ものごとを的確に判断する情報能力(インテリジェンス)の欠如です。
「野党時代の民主党議員から口利きがあって、厚労省が即、虚偽の文書を作成するものなのか。半年も前の法案の関係で、野党議員に迎合するものか。厚生省と労働省が合体した役所で、議員の口利きの窓口になった部長と証明書を作成した係長は厚生省系。村木さんは労働省出身だった。今回の証明書発行は外部の圧力に弱い厚生省側の『身内の恥』のようなもの。そういうことを別の役所出身者に言うものか。霞が関(中央官庁)のことを知らないから、そういうものだと思い込むのかも知れない」
■特捜検察の体質
――前田元検事は、大坪弘道・前大阪地検特捜部長から「何とか村木氏までやりたい」「これが君に与えられたミッションだからな」と言われ、強いプレッシャーを受けて萎縮し、自ら描いた事件のストーリーにそぐわないFDデータの存在を前部長に報告できず、最後はFDの改ざんまで行った、と最高検の報告書は指摘しています。
「前田元検事は、大坪前部長の話を深く受け止めすぎたのだと思う。ただ、特捜検察では、上からいわれると、深刻に受け止めるという体質が昔からある。上の指示がおかしい、と思っても、口に出しにくい雰囲気がある。それが、特捜検察の文化、土壌になっている面はある」
「かつて(ヒラ検事だったときに)担当したある事件で、検察幹部に、『副部長が、おかしな指示をしている』と進言したことがある。ところが、副部長から事情を聞いて改善を指示するどころか、『実績もない者が何をいうか。副部長とお前とどっちが実績があると思っているんだ』と怒鳴られた。実績と合理的な捜査とは違う、と反発を覚えたが、黙って引き下がった」
「そういう場合、多くの検事は、その副部長の指示には面従腹背で対応し、指示通りの捜査をしないものだ。そういう事情もあって、ものにならなかった事件があったと思う。上司に言われたからプレッシャーを感じて事件を摘発するのはおかしい」
「結果的に無罪となるような、証拠の必ずしも十分でない事件について、あくまでも捜査を推し進めるというのは好ましくはないが、かといって、嫌疑があるのに、事件の捜査がきちんと行われないのも困る。きちんと、下が上に意見を言って、それが組織全体の意思決定に反映できるような形にしないといけない」
――朝日新聞の「ひと」欄の記事で「勇ましい意見が正論で、消極論は意気地なしとされる風潮はおかしい」と発言されました。見立てと証拠が合わない時、立件を急ぐ上司にも「引くべきだ」と進言したら「諦めが良すぎる」と嫌みを言われた、とも。あれは、どの事件を指しているのでしょう。
「具体的な事件のことは、関係者もご存命で、迷惑がかかるので話すのは遠慮しましょう」
■立件を見送った事件
笠間氏は口を閉ざすが、筆者(村山)の取材によれば、笠間氏が消極論を唱えて、立件が見送られた事件がいくつか存在する。
ひとつは、1987年の明電工事件だ。株式市場を舞台にした巨額脱税事件だった。当時、東京特捜部の中堅検事だった笠間検事はこの捜査を担当し、明電工経営者による賄賂提供の相手、金額について、ある程度の供述を得たが、賄賂の趣旨が曖昧で、また、何よりも賄賂の原資の特定が困難だった。
笠間検事は利益の提供を受けた政治家の職務権限や経営者の請託の有無を検討した結果、贈収賄は成立しないと判断。検察幹部にその旨を伝えた。その幹部は了解し、贈収賄での立件を見送った。
そのことを知った他の幹部が笠間検事に「撤退だけは一人前だね」と嫌みを言った。当時の特捜部は、政界疑惑があると、食いついて放さない検事が優秀だと評価される傾向があった。
もうひとつは、笠間検事が96年から翌97年にかけて特捜部副部長として捜査指揮した石油商の事件だ。元資源エネルギー庁長官が、石油商から石油会社幹部同席で数回接待を受け、電力会社への重油納入の便宜を図ったーという図式が浮かんだ。元長官は石油会社のために電力会社に働きかけていた。
石油商は、スポーツ選手や芸能人、財界人に接待を繰り返し、その間に、官僚の宴席も設けていた。笠間副部長は、接待を入り口に贈収賄での摘発を検討した。しかし、結局、賄賂となる金品の授受が出てこなかったため立件を見送った。
現金授受の証拠が出る見込みがなかったのが、撤退のポイントだった。
■取り調べこそ検察問題の本質
――大林前総長は退任会見で「村木事件では、客観的事実と矛盾する供述調書を作り、捜査すべきものをしていなかった。改ざんが無くても、無罪という結果を生じた可能性が非常に強い。決裁のあり方、証拠の扱い方についての認識の問題など、全検察的に改革しないとまたこういう問題を発生させてしまう。調書の取り方、捜査の仕方は大阪だけの特殊な問題ではないと思う」と述べました。本質を衝いた指摘です。取り調べの問題をどう捉えていますか。
「検察捜査では、人から供述を得ることが大事だ。検事は、相手のいうことに虚心坦懐に耳をかたむけなければならない。相手が全部本当のことをいう保証はないが、虚心坦懐に弁解を聞くこと、真摯な供述を得ることができれば、はなから捜査の方向性を間違うようなことは相当防げる。そのことを第一線の検察官はしっかり考えてほしい」
「ただ、特捜部は、強いプレッシャーにさらされている。私は、現場で取り調べを担当した時は、無理な取調べをせず、真相を引き出すよう、神経を使ってきたつもりだ。特捜部の副部長、部長になってからは、部下にもそういう指導をしてきた。ただ、なかなか、うまくいかないこともある」
「その話が事実かどうか、言えないが、抽象的にいうと、幹部がそういう方針を出しても、中間管理職が現場の検事に『そういうこと言っている人がいるが、そうはいかねえよな』ぐらい、の感じで伝えていたのかもしれない。特捜部というのは、トップが方針を決めても、その意向が十分、浸透せず、捜査目的のために暴走しがちになる組織ではある。前田元検事と同じように、何とか事件を摘発しなきゃ、という思いで凝り固まっている検事が出てくる。それだけ、特捜部というプレッシャーが強いということだ」
――ただ、それは、検察側の問題だけではないと思います。裁判所が供述調書を重く見る調書裁判の構造がまずありきでしょう。裁判所は戦後、長い間、法律の構成要件に合うような供述調書を作成するよう求めてきた。検察側が、裁判所のそういう要請に応えるのが仕事だと思っても無理はない。生の事実が法律の構成要件にぴたり当てはまることはあまりない。勢い、検事は、事実について違う認識を持つ相手を説き伏せて供述調書を作成することになる。それが行き過ぎると、法廷で問題になってきた。今回の村木事件でも、供述証拠の多くが不採用になり、無罪となりました。
「検事は、特捜部に入ると、精神的に追い込まれる。何とかしなきゃと思う。教育も大事だが、教育だけでは片づかない。無理な取り調べでなく、心を通わせて、と、平場で聞くと、いい話だった、と思う。しかし、いったん、特捜部に放り込まれたら、もう供述を取るのに必死になって、頭の隅で『こういうことやっていて、いいんだろうか』と思っても、やってしまう。人の問題もあるが、そういう仕組みそのものがよくない」
■改革の道筋―システムチェックで十分か
――就任の記者会見では「見立てを決めて暴走するという時に、それができなくするシステムを構築するというのが大阪の事件の教訓だと思う」と話されました。それが、従来、検事正以下の決裁で運用してきた特捜事件に対するチェックを、上位機関の高検の検事長の指揮に変えるシステムの導入ですね。起訴前に、高検の特捜係検事が地検の収集した証拠をすべてチェックし、起訴するかどうか検事長に進言し、OKが出れば、地検の主任検事が起訴する、という仕組みですが、逮捕段階では高検に相談しないのですか。
「特捜事件の捜査は、逮捕の時が一番大事。そこからちゃんと見るようになると思う」
――結果的に無罪になるような事件の捜査に対するチェックとしては効果を発揮するかもしれませんが、検察全体から見ると、一種の管理強化です。現場の士気が落ちる心配はありませんか。
「確かに、現場は動きにくくなるでしょう。それはそれでいい、と考えている。自由におやりください、というわけにはいかない。最近の特捜部は何をやるか分からないと感じさせる案件も散見された。昔はもっと自制的だったと思う」
――再発防止策では、特捜事件の取り調べ可視化試行も打ち出しました。「一部可視化」の文言は落ちていますが、当初は、供述調書ができあがった後に、取り調べ段階の任意性の有無を供述者に確認する録音録画案だったようですね。弁護士会などからは、検察側の「アリバイづくり」でしかない、やはり、全面可視化でないとだめだ、との意見が出ています。
「当面、最高検が打ち出した再発防止策の線で録音録画を試行していく。そのやり方を、試行錯誤しながら工夫していきたい」
「全面録画にするかどうかは、法務省内会議や検察の在り方検討会議が、新しい捜査手法導入も含め多角的に検討中の課題だ。最高検が口を挟める問題ではないと考えている」
■特捜検察ニーズー冤罪防止だけではない
――今回の不祥事をきっかけに、特捜部廃止論が出ています。
「私個人で言えば、特捜部は従前、贈収賄、やっかいな経済事犯を摘発してきた実績がある。今後そういうものがないかというとそうではないと思う。特捜部はあった方がいいと思う」
――ロッキード事件やリクルート事件を摘発しているときに、特捜部不要論が出るはずがありません。
「自分の経験でいうと、特捜部長時代、いくつか事件を摘発したが、非常にしっかりした情報が得られて事件ができた。無理筋を追わなくても、証拠がついてきた。当時、特捜部長の着任会見で、捜査機関がやらないといけない事件、国民もやらないといけないと思っている事件、やられる側もこれをやられたらしょうがないと納得する事件をやりたいと言った。よい情報に基づいてきちっとした捜査をすることが理想だ」
「その、よい情報は、国民に提供してもらうのを待つのではなく、我々が努力して入手しなければならない。よい情報はいろんな人に接触して、ハラを割って話をできる関係を樹立して、初めて取れる。急な成果じゃなく、いろんな方と、打算ではなく、心から話しあえる付き合いをするよう、検事は努力しないといけない」
――結局は、特捜検察がうまく機能するかどうかは、筋のいい捜査の端緒情報をどうやって獲得するか、ということに尽きると思います。リクルート事件をともに捜査した先輩の佐渡賢一・証券取引等監視委員会委員長が、検察の捜査のあり方について、検察は公訴権を適切に行使して警察の捜査や、調査機関の刑事告発で寄せられる情報を糾合、調整し、より本質的で深い問題を掘り起こすべきだ、という「検察コーディネート論」を唱えています。国税当局や監視委の持つ情報は、検察にとって宝の山、ワルとの知恵比べを通じて、経済社会の歪みの本質が見えている、巨悪はそういうところに潜んでいる、との見方です。
「佐渡さんのいう通りだ。昔から私もそういう考え方だ。
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