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第三者割当増資の問題点を事前に指摘 上場管理の仕事

 東京証券取引所自主規制法人では、証券市場の健全性や公平性を確保するための自主規制業務を専門に行っています。この連載では、その中から、上場会社の企業行動に対して審査を行う上場管理業務と、株価操縦やインサイダー取引などの不公正取引に対して審査を行う売買審査業務について、実例なども交えながらその概要を紹介していきたいと思います。今回はその第2回として、第三者割当を巡る問題点や東証の上場制度について解説します。

 

不適切な第三者割当増資への対応

東京証券取引所自主規制法人
常任理事 土本 清幸

 ■第三者割当に係る上場制度の概要

土本 清幸(つちもと・きよゆき)
 東京証券取引所自主規制法人常任理事
 愛知県出身。1982年 東京証券取引所入社、2000年秘書役、2004年上場部長、2007年執行役員。2007年10月、東京証券取引所自主規制法人設立に伴い常任理事に就任、現在に至る。
 前回は、虚偽記載を行った上場会社に対する東証の審査実務についてご紹介させていただきましたが、今回のテーマは第三者割当増資です。

 昨今、第三者割当は、機動的な資金調達手段として、上場会社による利用が顕著に増加してきています。その一方で、この第三者割当を巡って、株主・投資者の側からは、既存株主の議決権の希薄化や上場会社の経営者による大株主の選択といったコーポレート・ガバナンス上の重要な問題点を内包していることが指摘されているほか、一部では、市場の公正性や上場会社の企業経営の健全性に対する信頼を損なうような事例も生じているところです。

 こうした事情を踏まえ、東証では、平成21年8月に、株主・投資者が安心して投資できる市場環境を整備するため、以下のような第三者割当に係る上場制度の整備を実施しました。

(1)  希薄化率が300%を超えることとなる第三者割当を実施する場合は、上場廃止


(2)  第三者割当により支配株主が異動した場合において、3年以内に支配株主との取引に関する健全性が著しく毀損されていると認められる場合は、上場廃止


(3)  希薄化率が25%以上となるときや支配株主が異動することとなる場合には、経営者から一定程度独立した者による当該第三者割当の必要性及び相当性に関する意見を入手したり、当該第三者割当に係る株主総会の決議などの株主の意思確認手続きを実施したりすることを、企業行動規範として義務づけ


(4)  第三者割当の割当先と反社会的勢力との関係がないことを示す確認書の提出


(5)  割当先の払込みに要する財産の存在について確認した内容や、払込金額の算定根拠などについての開示

 また、このような上場制度の整備に加えて、運用面においても、個別事案の実態にあわせた対応を強化しました。具体的には、上場会社に対して、第三者割当に係る決議・決定の前に十分な期間を設けて東証に事前相談するよう要請するとともに、事前相談時には、上場会社が第三者割当の必要性及び相当性、資金使途の合理性、発行条件等の合理性、割当予定先の適切性等の観点から十分な検討を行ったかの確認を実施しています。

 ■第三者割当に係る事前相談事例

 以上のような第三者割当に係る制度面の整備及び運用面の強化の開始から約1年半が経過しました。この間に行われた事前相談において、東証では、個別事案の実態にあわせて上記のような観点からより慎重かつ適切な検討を行うよう、各上場会社に対して様々な指摘を行ってきました。

 以下では、第三者割当に係る東証の着眼点を明示するとともに、実際の事前相談で東証が指摘を行った事例の一部を、東証の考え方とともに紹介いたします。

 事例1 調達金額や資金使途の合理性を欠くケース

 【事例】
 A社は、第三者割当による調達金額について、割当予定先からの要請等を受けて、本来必要となる資金額を大幅に超える金額を第三者割当によって調達しようとしていたため、必要となる資金を超える部分についてはその必要性を説明することができず、結果として、資金繰りに必要な範囲内についてのみ第三者割当によって資金調達を行うことにしました。
 また、B社は、資金使途について、「シナジー効果が見込まれる不動産賃貸に関する新規事業への投資」とのみ記載していましたが、それについて東証から指摘を受けるまで新規事業に係る計画について具体的な検討はしておらず、見込まれるシナジー効果や発生する費用・利益など企業業績に与える影響について検討した根拠資料も作成していませんでした。

 【考え方】
 上場会社としては、企業価値を向上させるための事業計画や資金計画を具体的に検討・立案し、その実現のための資金調達の手段として、様々な方法がある中で第三者割当を選択する必要性及び相当性を慎重に検討する必要があります。
 東証は、上場会社に対し、事業計画表や資金繰り表、返済計画表など、第三者割当について社内で検討した内容が分かる資料の提出を求め、他の資金調達方法と比較して第三者割当を選択する必要性及び相当性、資金使途の具体的内容や資金の充当時期等の説明を求めるとともに、それらの内容についての具体的かつ分かりやすい開示を要請します。

 事例2 現物出資に係る資産の評価に関する検討がなされなかったケース

 【事例】
 C社は、新たな収益源としてゴルフ場の経営を検討した結果、現物出資によりゴルフ場の譲渡を受け、その対価として当社株式を発行する第三者割当を実施することとなりました。
 当該ゴルフ場は以前から赤字が続いていましたが、割当予定先によると、今後は黒字への転換が予想されているとのことでした。同社としてはゴルフ場の経営状況についての資料の内容を特段検証していませんでした。東証から、当該ゴルフ場についての最近の経営状況や今後の利益計画など資産の算定根拠について説明を求められたところ、同社は、ゴルフ場の今後の黒字化の根拠や資産の評価の合理性について説明をすることができなかったため、自社で再度調査してみることとしました。その結果、割当予定先が前提としていたゴルフ場の経営黒字化のシナリオには具体的な根拠がないことが判明したこと等から、当該第三者割当の実施を断念しました。

 【考え方】
 上場会社が現物出資による第三者割当を実施する場合には、現物出資の目的となる資産の実態や将来計画を自ら検証したうえで、評価の合理性について自ら株主へ説明する責任があります。第三者評価機関や専門家の意見は、その資産の評価額の決定過程における恣意性を排除し、公正性・正確性を確保するために収集する情報の一つに過ぎず、それらを入手しその内容を開示することのみをもって株主への説明責任が果たされるということにはなりません。
 東証は、上場会社に対し、現物出資の目的となる資産の評価に係る算定書の提出を求め、現物出資の対象となる資産の評価の合理性について説明を求めるとともに、資産の評価の内容及び算定根拠についての具体的かつ分かりやすい開示を要請します。

 事例3 第三者割当が中止・失権となったケース

 【事例】
 D社は、運転資金の確保のため、X社を割当予定先とする第三者割当の実施を計画しました。X社は同社監査役の友人から割当予定先として紹介を受けたため、同社は、X社の引受実績や失権の有無について何ら調査を行わず、「確実に払い込みます」とのX社の説明のみを信頼していました。しかし、東証からの指摘を受け、自ら調査したところ、X社は、過去に他社の第三者割当を引き受けたものの失権していたことが、第三者割当の決議直前に判明しました。X社は割当予定先から除外されました。
 また、E社は、Y社を割当予定先とする第三者割当の実施を決議し開示しましたが、払込期日にY社から払込みがなく、失権が生じました。払い込まなかった理由を問い合わせたところ、同社への取締役派遣や業務提携といった払込みの前提条件が成就しなかったためとのことでした。E社としては、これらの事項については、払込み後に協議を進めていくもので前提条件ではないと理解していました。事前の協議が不十分であり、認識に齟齬があったようでした。

 【考え方】

 第三者割当の実施を決議し開示したにもかかわらず中止・失権に至ることは流通市場を混乱させるおそれがあるほか、故意に株価を操作するために悪用されるおそれがあるため、第三者割当実施の条件を割当予定先と事前に十分に確認する必要があります。
 また、割当予定先が他社の第三者割当の割当先となったことがある場合には、失権の有無を含む引受実績を確認することが必要といえます。
 東証は、割当予定先が過去に失権を生じさせている場合や過去に第三者割当の中止・失権を生じさせた上場会社が新たに第三者割当を実施する場合には、前回の第三者割当について中止・失権を生じさせた問題点、具体的な解消・改善策及びその後の解消・改善状況について説明を求め、それらの内容についての具体的かつ分かりやすい開示を要請することがあります。

 事例4 割当予定先がインサイダー取引を行っている可能性があるケース

 【事例】
 F社は、有利子負債を圧縮し財務内容を改善するため、第三者割当を実施することを計画しました。しかしながら、割当予定先によるF社株売買状況について確認するよう東証から指摘を受け、割当予定先にF社株式の最近の売買の有無を照会しました。その結果、割当予定先がF社株式を売却している事実が認められたため、第三者割当の実施を中止しました。

 【考え方】
 割当予定先が、上場会社との間で第三者割当の条件交渉等を行っている最中に当該上場会社の株式を売買するのは、インサイダー取引にあたる可能性が高いと見込まれます。上場会社は、第三者割当を実施する際に、割当予定先に対して、当該上場会社株式の保有状況、売買の有無等について照会したり、大量保有報告書・変更報告書を随時確認したりすることが必要です。もし売買があったときには、当該売買について、インサイダー取引規制に違反していないことの確証が得られた場合を除き、当該売買状況を東証及び証券取引等監視委員会に連絡するとともに、第三者割当の実施を再考すべきであると考えます。
 第三者割当の事前相談においては、開示に係る規則等に基づく審査を実施する上場管理部のほか、上場会社の開示サポートを担う上場部及び不公正取引の監視を実施する売買審査部が、情報を共有し、連携しています。

 なお、本稿で紹介しました事例はごく一部であり、上場管理部では、第三者割当をテーマとした事例集を作成し公表しておりますので、こちらも併せてご覧いただければと思います。

 ■実効性のあるガバナンスの重要性

 上記で紹介した事例の内容は、今後、上場会社が第三者割当の実施を検討する際に有益な情報になるものと考えられるとともに、上場会社による第三者割当の適切な実施は、市場の公正性の確保や上場会社の企業経営の健全性に対する信頼の向上に役立つものと考えます。

 上場会社においては、第三者割当を実施する際にはここで紹介するような指摘を受けることにならないよう、主体性をもって、慎重かつ適切に検討していただき、上場会社が行う第三者割当が、合理的な使途をもって調達された必要資金が有効に活用され、将来的な収益向上やバランスシート改善など当該上場会社の既存株主にとっても合理性がある「適切な第三者割当」として実施されていくことを期待します。

 加えて、第三者割当に絡む不公正ファイナンスの問題や事例4で紹介しましたインサイダー取引の問題に関しては、株主及び投資者保護や証券市場の信頼性維持の観点から、上場会社における実効性のあるコーポレート・ガバナンスの態勢整備が強く求められるところであり、法令遵守態勢やファイナンス関連の内部統制、情報管理態勢などの点については今一度検証していただくことを強く期待したいところです。

 ▽東証自主規制法人の現場から(1) 虚偽記載の審査と上場廃止まで 上場管理の仕事

 土本 清幸(つちもと・きよゆき)
 東京証券取引所自主規制法人常任理事
 愛知県出身。1982年 東京証券取引所入社、2000年秘書役、2004年上場部長、2007年執行役員。2007年10月、東京証券取引所自主規制法人設立に伴い常任理事に就任、現在に至る。