2011年02月20日
▽聞き手:奥山俊宏
▽関連記事: 真の第三者委とは? 「経営者に不利なことも書く」と日弁連ガイドライン
▽関連記事: 株式会社商事法務の「NBL編集倫理に関する第三者委員会」の事例
▽関連資料: 「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」に関する日弁連の発表
「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」は日本弁護士連合会の正式の文書として、2010年7月15日に公表された。
日本弁護士連合会の「法的サービス企画推進センター」(現在は弁護士業務改革委員会に引き継いでいる)の中に「企業の社会的責任と内部統制に関するプロジェクトチーム」があり、斉藤弁護士はその座長を務める。その下に2009年7月、「企業不祥事等に関する第三者委員会に関する検討チーム」が設けられ、久保利弁護士が座長を引き受けて、同年12月に第1回の会合が開かれた。國廣弁護士や野村修也弁護士(中央大学法科大学院教授)らが参加した。
インタビューは2010年8月31日、東京都千代田区有楽町にある久保利弁護士の事務所で行われた。
■久保利氏 第三者委員会では今までの弁護士のやり方を変える必要
――久保利先生がこの検討チームを始めようと思った問題意識はもともとおありだったんですか?
久保利氏:第三者委員会というのが、弁護士のまともな業務として認知されて、かつ、社会的な役割を果たすためには、弁護士がこれは何なのかということを正確に認識しないままであってはならない。
弁護士というのは、だれかが依頼者で、その依頼者のために仕事をする。犯罪容疑者が依頼者だった場合はその犯罪容疑者を無罪にするのが弁護士の役割。民事事件の依頼者がいる場合はその依頼者にもっとも有利な解決をする。そうことばっかり弁護士は考えるわけですよ。
ところが、第三者委員会というのは、だれが依頼者なのかというと、お金を払ってくれる社長さんが依頼者というわけではなくて、むしろオール・ステークホルダー(株主、従業員、取引先、顧客、地域などを含め、企業を取り巻くすべての利害関係者)が大切な依頼者である。ですから、場合によっては、いまだ株主でさえもなくて、これから投資をしようか検討している人も(「依頼者」の概念の中に)含まれるかもしれない。あるいは、日本の証券市場を信用していいかどうかと考えている外国の投資家たち、こういう人たちも(第三者委員会の「依頼者」として)かなりの重きを置かれるべき存在ではないのか。
はじめはとてつもなく急いで、今年(2010年)の2月くらいにはできちゃうっていう話で。そうしないと間に合わない。どんどんどんどん事件は起きていく。それらの事件をこなしていくためにも早くこれを出すべきだとおっしゃった。
具体的な中身については、國廣さんが苦労しながらガイドラインをどんどん作り、はしがき部分は野村先生が名文を作った。
それを日弁連のいろんな委員会や理事会とか、こういう仕事を全くやったことがないような各地の弁護士さんたちから、とんちんかんな注文をつけられながら、斉藤先生が一生懸命根回しをしてここに至ったというのが全体の流れですね。
ぼくはもともと日弁連の副会長の経験もありますので、「日弁連という官僚組織はかなりのろいところで、あれやこれやで、なかなかできませんぜ」というふうに言ったら、斉藤さんは「いやいや、やります」と日弁連の執行部にねじを巻き、理事会を通し、いろんなことをおやりになって、やっとできあがった。
こっちとしてはとっくの昔に作ったつもりになってるんで、それをベースにしたやり方で現実に、その後、株式会社商事法務のNBLという雑誌について依頼があったときに、この方式で現実に進めてやってみて、「非常にやりやすい」と思った。そういう考え方(第三者委員会ガイドラインの考え方)というのは、立派なクライアントには受け入れられないわけでは決してないんだということがよく分かりました。ですので、それではどんどん行ってくださいということでやってきてここに至ったという感じですね。
■久保利氏 「真の依頼者」と「名目上の依頼者」
――ガイドラインのはしがきに「真の依頼者」と「名目上の依頼者」ということが書いてあるんですけど、この「名目上の依頼者」というのは会社の社長さん?
久保利氏:会社の社長ということなんだけど、では、第三者委員会が厳しい報告書を書いたら会社が上場廃止になるかもしれないというときにどうするか。
僕は「厳しい報告書を書くべきだ」と考える。それを書くのが本当の意味での第三者委員会だと考える。
そうすると、名目上の依頼者である会社からお金をもらっているのに、その会社が上場廃止になるかもしれない意見を書くということは、いったい何なのか。それは、名目上の依頼者というのは会社だけれども、真の依頼者というのは投資家を含めたステークホルダー全体である。そうであるとすれば、そんな上場廃止にすべき会社を何とか弁護することによって上場廃止にならないようにするというのは、少なくとも第三者委員会の正当な業務のやり方ではないでしょうということで、ワーキンググループのメンバー全員がそこで一致できたんです。
ですが、なぜこのガイドラインが必要かというところで考えたように、日本の弁護士たちというのは、だれか依頼者がいて、カネをくれた人が依頼者で、カネをくれた人にもっとも忠実に弁護をすることが弁護士の忠実義務であると思ってらっしゃる。ですので、我々が「このガイドラインが必要だ」と思った通りの反応が日弁連の中枢部分から返ってきたということですよね。それを説得しながらやっと理解をしていただいて、――なかなか大変ではあったんですけど、斉藤先生が苦労して説得して理解をしていただいて――、やっとこれが日の目を見るに至った。
そうである以上は、大半の弁護士たちはこのことを正確に理解をしていないかもしれないので、しかも、これは弁護士だけがそう思えばいいということではなくて、それこそ自主規制組織としての証券取引所、あるいは証券取引等監視委員会、こういうところとタイアップしながら、全弁護士と全企業に理解をしてもらっていこうということで、きょう奥山さんとお会いしているというのも、そういう意味で少しでも啓蒙活動ということになれば意味があるのではないかと思ってみんな集まってきている。こういうことですけども。
――このガイドラインを作る過程そのものが日弁連の執行部における啓蒙活動だったということですか?
そうなんです、全くそうなんです。
■國廣氏 上場企業というのは公的な存在である
國廣氏:従来型の弁護士は、弁護士の守秘義務、忠実義務から始まるんですね。
一方、いま久保利先生がおっしゃったように、この仕事(第三者委員会の委員を務めること)というのはある意味「公益的」な仕事、真実究明なんですね。
不祥事を隠すと、「隠蔽」ということでよりダメージが大きくなり、本来助かるべき企業が倒産するということもあるわけです。そうなると取引先の連鎖倒産、従業員の解雇というように悪影響が広がる。このように、企業というのは単なる私益を図る存在ではないのです。特に上場企業は、たくさんの株主、将来の株主、消費者、取引先、従業員というステークホルダーに囲まれている公的な存在なんです。その公的な存在が不祥事をしっかり自らの力で克服していく。第三者委員会による調査はこういうプロセスなのです。このような関係を我々は「ステークホルダーのために」という言葉でこのガイドラインのなかでは表現しているわけです。それがこの第三者委員会の基本理念です。つまり従来型の弁護士業務とは違う。
公認会計士がしっかりと監査をして、会計処理が適切かどうか、企業の思惑に左右されず中立公正に監査意見を書くというのと類似する面があります。
ところが、これを理解する弁護士が少ないんですね。だから、この点の理解を弁護士会の内部で得ることに多大な労力を要した。これは斉藤先生がご苦労されたことですが、ガイドラインは2月にはできていたのに、日弁連での承認は7月までかかったのです。
■國廣氏 不良第三者委員会が多くなってきている危機感も
國廣氏:企業の不祥事が大きく報道されているときには、経営陣は苦しいので、「第三者に調査してもらいます」と、有名な人を第三者委員会で並べて、世間に期待感を持たせるわけです。でも、ずるずると時間を稼いで、最終的には調査報告書の公表もせずにごまかす例があるのです。あるいは、自分自身であまり調査をしているとも思えない著名な弁護士にサイン料みたいな感じでお金を払い、「悪いのは現場だけです。経営陣は関係ありません」というようなルーズな報告書を書いてもらう。そういう不良第三者委員会というものが最近は目につきます。そういう中での危機意識もあって、やはりガイドラインが必要だと思うようになりました。
私の経験では、我々第三者委員会が本気で徹底調査をしていくと、経営陣のガバナンスが全然効いていないとか、コンプライアンスに対する意識が欠けているなど、根源的な経営の問題に行き当たることが多いのです。これを我々がきちんと調査報告書に書こうとすると、「やめてくれ」と経営陣に言われることがあるのです。「そこまで頼んだ覚えはない」などど言い始めるんです。「公表は約束してない」とか、「あなたには守秘義務がある」とか、極端な話、昔の話ですけども、「これを公表したら懲戒にかけるぞ」と言われたこともあります。つまり、不祥事が起こった当初は外に対するポーズとして本来の姿の第三者委員会を作るかのごとくアナウンスをしておきながら、その後、「人の噂も75日」的に逃げようとする企業もあるのです。
そういうところで苦労して私たちはやってきたわけです。社長に何日間も夜中まで「膿(うみ)を出し切らないと会社は助かりません。本当の社長の役目は、自分ではなく会社を守ることでしょう!」と説得して納得してもらう。そういう作業プロセスが一件一件必要だったわけです。
だから、第三者委員会は企業のステークホルダーのために調査を行うのであって、経営陣に不利であっても企業のために事実を究明するという原理原則を明記したガイドラインが公表されるということは、本来の第三者委員会のプラクティスを確立するために非常に意味があるだろうと。
具体的には、ガイドラインの中の、例えば「第三者委員会の中立性、独立性についての指針」の第2の2ですね。
「第三者委員会は、調査により判明した事実とその評価を、企業等の現在の経営陣に不利となる場合であっても、調査報告書に記載する」
ここなんです。
それから「基本原則」の第2「第三者委員会の独立性、中立性」では、「第三者委員会は、依頼の形式にかかわらず、企業等から独立した立場で、企業等のステークホルダーのために、中立・公正で客観的な調査を行う」と定めています。
ここに今、私が述べた問題意識が明記されています。
――はしがきにある「厳正な調査を実施するための『盾』として、本ガイドラインが活用されることが望まれる」というところですか?
まさにそこですね。
■斉藤氏 公認会計士など他でも広く使ってほしい
斉藤氏:弁護士がいろんな意味でいろんな役割を果たしているわけですよね。なのに、それに対して、ちゃんと示すものがない。ガイドラインがなかった。「法と経済のジャーナル」に8月6日に掲載された佐々木清隆氏(証券取引等監視委員会事務局の前総務課長)の原稿「証券市場に広がる弁護士の役割 中には『不良弁護士』も」にそのあたりが端的に表わされている。
実は(ガイドラインを作る過程で)いろんな方々からヒアリングしました。東京証券取引所の斉藤惇社長に来てもらったり、あるいは、担当の上場管理の課長に数時間も話を聞いて、そういったなかでこのガイドラインが作られたということでですね。斉藤社長からも「画期的なこと」という評価をいただきまして、まさにこれを作っただけの意味はあるなと思っています。
日弁連が作ったものですけれども、やはりガイドラインとしては、自画自賛ですけど良くできてるんで、他の公認会計士や監査法人、そういった方々についても広く共有されるということを期待されている、そういうことも思っています。
――日弁連の理事会も通した。そこで苦労された?
斉藤氏:そうですね。正副会長会でも苦労しましたけど。
一時は危ぶまれたんですが、國廣先生も出席して説明しました。やはり旧来型の中から非常に強力な反対意見が出たりして、かなりすったもんだしたんですけども。
■國廣氏 旧来の発想から来る強い反対意見を説得した
國廣氏:弁護士というのは、依頼者(弁護士と契約する人)のために働くことが任務であると。それはその通りなんですけども、じゃあ、それしかないのか? 別の場面もあるのではないかという発想のない人たちを相手にするのが大変だったのが1つ。
もうひとつ、このようなガイドラインを作ることは弁護士の行動の自由を拘束するものであって弁護士自治を侵害するなどという、とんちんかんで、一般の人にはとても理解できないような反論をされたわけです。弁護士が自らを規律するガイドラインを作るのは、まさに自治そのものだと思うんですけども。
そういう誤解を1つ1つクリアしていって、ようやく日弁連のガイドラインとして承認されるまでに半年以上かかったということなんです。
久保利氏:だから、このガイドラインが必要である理由は今のやりとりでお分かりのように、逆にやっぱりこれは必要だったんだと。こういうものがなければ、今までの人たちは、従来型の業務の延長の中でおやりになるから、これは監視委員会や証券取引所から怒られても仕方ないようなものがいっぱい出てくるよねと。それを直すためにこのガイドラインがやっぱり必要だということが逆に分かったいうことですね。すすすと出ちゃえば(ガイドラインの案が日弁連内部ですんなりと承認されれば)逆にみんな分かってるんだからいいか(第三者委員会のあるべき姿がすでによく理解されているからガイドラインは必要ないか)という思いにもなったんですけども。「分かってない」ということがよく分かりました。
■久保利氏 「根源的」という意味でラディカル
――先ほど、久保利先生、「上場廃止になるかもしれない不祥事であっても調査報告書にそれを書く」とおっしゃった。将来の株主、潜在的な株主を含めて、ステークホルダーを考えるとおっしゃったが、それは非常にラディカルな考え方ですよね?
久保利氏:ラディカルかもしれないけれども、逆にいうと、証券取引所というのは株主総会とは違って、証券マーケットの信頼というものを考えているわけですよね。当然、金融庁も監視委員会も、証券マーケットというものが信頼に値するかということを考えている。そういうときに、第三者委員会もその一部分のものとして、証券マーケットに対してメッセージを出す、情報を提供する、そういう役割が欠かせない。そういう意味でステークホルダーというのは、既存の、会社がどうなるこうなるということで直ちに利害関係を持つ人と、その会社とは利害関係を持たないけれども、日本のマーケットと利害関係を持つ人たち、――それは投資家だと思いますけど、これは外人であれ日本人であれですね――。そういう人たちのために存在する第三者委員会というものが一番大事なものなんだろう。それはラディカルかもしれないけれども、まさに本来のラディカルという意味で根源的、――急進的というよりはむしろ根源的な問題意識――という意味では皆さん一致してそう考えられましたですね。
■國廣氏 企業がなくなってしまう極限の段階と危機管理の段階と
――それを日弁連全体の意思として書き込むことができてよかったと?
國廣氏: いま久保利先生がおっしゃった根源的という意味でのラディカルという理念は、「ステークホルダーのために」というところで表現されています。第三者委員会がこの「根源的」な問題に直面するのは、たとえば、調査の結果判明した真実を書くと上場廃止になるかもしれない、というような場面で、本当にそれを書くのか、書かないのかという極限的な状況です。第三者委員会は、上場廃止にすることを目的にして事実をより悪く書くわけではないんですよ。しかし、真実を書く結果として上場廃止になるというようことがもしあるとしても、勇気をもって書くというのが第三者委員会。
最近のマザーズやジャスダック市場などの不正会計の例をみると、そういう場面が結構あるように思います。最近の例ではシニアコミュニケーション(マザーズ上場)。あそこの第三者委員会の調査報告書は優れたものだと思いますけど、その結果、上場廃止になりましたよね。まさにそれが先ほど久保利先生がお話になった根源的なシチュエーションなんだろうと。だからといって第三者委員会が真実を隠したら、いずれつぶれるものが長くマーケットに残って、そして被害者が増えていくということになるわけです。
そうなると日本のマーケット自体が信用されなくなって、まともな上場企業のステータスまで低下してしまい、ひいては日本経済全体にマイナスの影響を与えることになる。そういう事態を防ぐというのがまさに第三者委員会の公益的な目的なのです。
シニアコミュニケーションのように真実を描くことによってただちに上場廃止になるという究極的な場合もあるんですが、多くの場合は、しっかりと原因究明をやることによって企業は助かる。言ってみれば第三者委員会による調査は、外科手術ですね、――とても痛くて大変なんだけども、企業が健康に生まれ変わるためにやる。そういう意味では、現在の株主と将来の株主の利益が相反するわけではない。多くの場合はまさに現在の株主のためでもあり、将来の株主のためでもあり、従業員や取引先のためでもある。そういう意味では危機管理的な機能というのでしょうか、ごまかして危機を管理するのではなくて、根源的な病巣を取り去るという意味での正しい危機管理が第三者委員会の機能なのです。ただ、それすらやりたがらない経営者が多いから、ガイドラインでは「不利な事実があってもしっかり書くぞ」「ステークホルダーのためだぞ」と、そこを言っている。
だから段階があると思います。外科手術で企業を再生させる企業のための危機管理の段階と、市場にとどまるべきではない企業に死亡宣告をするという市場のための危機管理の段階と。でも、理念はどちらも同じです。
――今のお話を聞いてまして、たとえば、弁護士法1条の正義の追求とかありますけど、そういうものの実現ということも意図していますか? (弁護士法1条1項は「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」と定めている)
國廣氏:まさに社会正義の実現だと思います。正義というのはいろんな正義があって、刑事弁護人としての正義の追求もあれば、いくつもの正義の実現のやり方がある。いま我々がやろうとしている正義の実現のやり方というのは、これまではなかった新しい形だと。そういう意味だと思います。
■斉藤氏 政府や自治体の不祥事でも使える
――このガイドラインは企業に焦点を当ててますけども、国の役所も自治体も対象になる?
久保利氏:全部同じです。自治体も。
斉藤氏:タイトルを「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」としたのはそういう意味で、「企業等」の「等」の中に全部入っています。
斉藤氏:国民です。
久保利氏:全国民です。
■消費者被害の事件にも
國廣氏:第三者委員会が設置される場合の1つは、大きなインサイダー取引が起きたときとか、会計不正が行われたときとか、資本市場の問題、証券取引等監視委員会や東証も関係する事件です。しかし、必ずしもそれだけではなくて、消費者を偽る大きな偽装が行われた事件や欠陥隠しとかリコール隠しとか、そういう問題も起こるわけです。そういったところも含めて、第三者委員会が機能する場面というのは実はかなり広い。消費者を偽り、被害を与えたというような消費者にかかわる事件の第三者委員会というのもこれから増えていくのではないか。そういう関係で我々は消費者庁・消費者委員会の松本恒雄委員長にもヒアリングをしています。
■顧問弁護士は第三者委員会に入れない
――テクニカルな話ですが、顧問弁護士が委員になるのはもってのほかということになるわけですね?
はい。
――このガイドラインは明確にそれを言ってますよね。実際の運用上は顧問弁護士がなるケースが多いような気がするのですが。
久保利氏:今まではけっこう多いですね。
斉藤氏:けっこう抵抗ありましたもの。「なぜだ?」っていう。「実情を分かってるから顧問弁護士が一番いいんだ」と、けっこう抵抗あったんですよね。
久保利氏:要するに、やはり顧問先の会社というのは、弁護士にとってある意味で依頼者、お得意さん、いわば取引業者であると。取引業者(顧問弁護士)が自分の地位を考えてその会社のために良かれと思うことが、結果的にステークホルダーのためにならないということがよくあるから。例外的に立派な人がこうでこうでということはあるかもしれないけど、一般論として考えたら、それは不適格だと。日本に弁護士がその人(顧問弁護士)しかいないならしょうがないけど、どんどん新しい弁護士が出てきて、もうちょっと法曹人口を増やそうよと言ってるときに、何の関係もない弁護士さんを探すことはそんな不可能なことだとは思えないんですね。(顧問弁護士ではない外部の弁護士を)見つけることは可能であるし、その人にお願いするほうが独立性の担保は高いわけです。
――これは実務には影響あるでしょうね。たぶん「ガイドラインに違反する」と批判されるようなことはできなくなるでしょうからね。
久保利氏:たぶん(顧問弁護士を入れると第三者委員会の)信用力が落ちますね。
斉藤氏:疑問符がふされる。
久保利氏:極端にいうと、証券取引所は、問題があったときに顧問弁護士さんを使ってやった「第三者委員会」と称するものから報告書が上がってきたら、それに対して非常に厳しい目で見るかもしれない。要するに、「この会社は本当にステークホルダーのために調査をする、真実究明をする覚悟はないのかな?」と、「ということは、この会社は危ない」と、「そういう点ではコンプライアンスを本気でやろうとする姿勢に欠ける」と、「ほんとの独立性の高い第三者委員会が厳しくやってきたらば、罪一等減じて上場廃止にはしないというケースであっても、こんな危ないやつは困るから上場廃止にしてしまえ」ということだって大いにあり得るわけなんで。そういう意味では一つの判断基準になる。弁護士がそう思うだけではなく、依頼者がそう思うだけでなく、監督官庁を含め、証券取引所も含めて、みな、そういう価値判断基準を統一していきましょうと。
現にもともと証券取引所は「顧問弁護士があまり適格ではない」ということを言っていて、社内調査委員会であったとしても、IHIのケースのように顧問弁護士さんが中心になってやったケースについては、「これでは本当に根底から考え直そうとする姿勢がない」と言って、廃止にはしませんでしたけども中二階作ってそこに放りこんだというケースがありましたですよね。
そういう意味では社会的に認知されてくれば、非常に意味を持ってくるだろうと思っています。
斉藤氏:我々も、「顧問弁護士だから」ではなくて、「企業等と利害関係を有する者」と、そこにメルクマールを作りましたんで、それに顧問弁護士も当たる。
久保利氏:顧問じゃないけど継続的にいっぱいお仕事もらっているというのも同じことなんだよね。利害関係ですよ。
■調査報告書の公表
――もう一つテクニカルなことで、調査報告書の公表の部分なんですけど、それは企業側ではなくて第三者委員会でコントロールできるようにするというところですね。
久保利氏:中身をね。
國廣氏:公表自体は企業がやるんですよ。しかし、第三者委員会が報告書を提出したときに、企業がそれに手を加えることはできない。もうひとつ、企業が第三者委員会の設置をアナウンスする際には、報告書を公表するのかしないのか、するならいつするのか、そういうことを明らかにしてくださいと。公表しないなら「しない」と最初から言えよ、という話です。
久保利氏:「しない」と言った瞬間に、その第三者委員会というのはたぶん隠れ蓑とか時間稼ぎの効果がなくなるわけなんで。正直に最初から言えば、「そんな程度のものなんだ」と、「なんか小さな薄べったい変なもの作っただけだね」と、「それじゃ、やはりもっと責任追及しようじゃないか」という動きになるでしょうし。逆に、「徹底的に調査してもらってその通りのものを出しますよ」というふうに言って、あとでそれを裏切ったらあらゆる信用をもっと失うわけですから、それはちゃんとやるだろうと。
だから、公表しないとだめだとか、公表しないとうんぬんだというペナルティを課しているわけではない。それにかかわった弁護士は懲戒の対象になるとかそういうことを言ってるわけでは全然ないんです。世の中の信用感を得るためには、これくらいしないと信用は取り戻せないよね、ということを書いてるだけなんです。
國廣氏:ところで、第三者委員会の設置や報告書の公表は、不祥事を起こした企業の義務ではなく、あくまで企業側の判断です。たとえば、「久保利病院」という外科医が頼まれもしないのに(患者のところに)押しかけていって手術するんじゃないんですよ。「公開手術をしてください」と頼まれればやりますよということです。公開手術をしないからといって「それはだめだ」と言うものでは全くない。ただ、一つのメニューとして、ガイドラインに沿った第三者委員会が存在している。それを使う、使わないというところで、不祥事に対応する企業の姿勢が見える。それを社会がどう評価するかという問題なのだろうと思います。
■情報を集める手立て
――ホットライン、あるいは従業員の自主的な申告を促進する対応、例えば処分の減免などが望ましいと書いてあります。これも第三者委員会を作る時に会社との間でそういう約束を取り交わすことが望ましいということですか。
斉藤氏:そうです。
――これは今まで、NHKの調査なんかで実際そういうものが役に立ったというご経験からですか?
久保利氏:ですね。結局よくあるのは、「我々は弁護士なんで、強制的な調査権限持っているわけではない」ということをよく言うんですけども、しかし逆に、東京地検特捜部は自白をさせる権限持ってるのかと、拷問をする権利があるのかというと、実はそんなものないわけでありまして。そういう意味では結局、検察には勾留する権限があるというだけで、そこで自白をさせる権限はないわけですよね。そういう意味で考えていくと、勾留する権利は持っていないけれども、弁護士だって、どうやったら情報が集まるかについては工夫を最大限蓄積する必要があるだろうし。そのノウハウとして、内部では有名な話、だけどトップは知らなかった、社会には漏れていなかったというのはしばしばあるので、そういうものを集めることによってその会社の企業風土が浮かび上がってくる。表面に出たAという事件、Bという事件だけではなくて、そのAとBの通奏低音のように根底を流れているそのものが一番の企業の問題で、それを探さないと第三者委員会としては「A事件はこうして起きた」「B事件はだれとだれがやってこうなった」というだけでは不十分ではないか。そのためにはファンダメンタルズとなるような情報を幅広く集めたい。そうすると組織の一員なり社員なりというのはそういうことをたくさん知ってるわけですから、そういうものを集める工夫をしましょうねと。それはやはり社保庁のときもそうでしたし、NHKのときもそうでしたし、あるいはカブドットコム証券のときもそうでしたし、たぶん國廣先生が関与されている多くの事件がみんなそうだと思うんですが、決してだれかをとっ捕まえてきて、鞭でひっぱたいて自白させたなんていうのはないわけですから。
國廣氏:第三者委員会の目的は、誰かを処分することではなくて、不祥事の実態を会社の組織風土まで含めて調査することです。そのためには有益な資料が集まらなければいけない。しかし、関係者が第三者委員会に協力して証言したら、第三者委員会が終わった後にその証言内容が会社に引き渡されて、あとで処分に使われるとか、いじめに使われるとかいうことになれば、協力した人の第三者委員会に対する信頼が崩れます。ひいては今後の第三者委員会への関係者の協力が得られなくなる。ですから、大事なのは「第三者委員会に証言したことや、調査で答えてくれたことは、第三者委員会の調査報告書という成果物を作る目的以外には使いませんよ」という約束とその実行です。この約束と実行が、正しい情報を得るための信頼のために必要だと思います。
現にNHKの調査のとき、全職員に株取引の申告をしてもらったんです。中には拒否した人もいましたが大部分の人が協力してくれた。その資料をもとにデータベースを作って、「勤務時間中に株取引やっていたと思われる職員が○○名いた」という調査結果を個人名は特定せずに公表しました。しかし、その原データをNHKに引き渡すと、「おまえ、勤務時間中に株取引してただろう」ということで処罰されるおそれがあり、第三者委員会に対する職員からの信用性がなくなります。ということで、我々第三者委員会はNHKの一部の人に「引き渡せ」と言われたんですが、それを拒否してすべて廃棄しました。
第三者委員会による調査は、事実を把握して組織風土を究明することが目的であって、違反者を見つけて処罰するという目的は明確に否定することで、より真実に迫ることができるのです。そうではなくて、もし処罰目的の調査であるのなら、最初から「調査結果は処罰にも用いるぞ」と対象者に知らせなければフェアではありません。
■商事法務「NBL」の編集倫理に関する第三者委員会
――このガイドラインを実際に使ってみたのがこのNBLの調査報告書、久保利先生が委員長されたということですね。ここに書いてあるいろんな条件はまさにこのガイドラインに従って……。
國廣氏:この調査が行われた時点では、まだ日弁連でもたついていたので、正式にガイドラインにはなってませんでしたけども、実質的にはガイドラインに従って行われたものだと思います。
――これの自己評価としては「うまくいった」というものですか?
久保利氏:社長がむしろ発起人で、社長自身が、雑誌の信用性いうのが何より大事だと、それを回復するような調査をして、悪かったものは「悪かった」と言ってくれということだったので。第三者委員会というのはそれこそいろんなレベル、――社内調査に近いものからいろいろ――あるわけですが、「一番ごりごりしたものでやってくれ」と。それだったらガイドラインが一番いいなと。正式にガイドラインになっていたわけではないけれども、タスクフォース(第三者委員会に関する検討チーム)で一生懸命検討して、(ガイドラインの案は)おおむね固まっていましたから、じゃあ、これでやろうということでスタートして完成したのがこのケースですね。
國廣氏:この問題は商事法務だけじゃなくて、同じようなケースが同業他社でもあったと聞いています。そのなかで商事法務が一番ちゃんとやったということだった。
久保利氏:徹底的に第三者委員会をやって、結果を報告・公表したのは商事法務だけなんです。他の2社は編集長を代えたとか、小さな広告でお詫びが出た程度でしたね。だから本当に第三者委員会を使って、お金もコストも使ってやったのは商事法務だけだったと。
――私どもにとっても教訓的な話です。確かに読者を欺く行為ですよね。一方で情報源の秘匿という問題もあって難しい問題ですけども、「これは明らかにアウトだな」と私も思いますけども、ただ実際、こういう問題っていうのはほかにも、――スポンサーがいるのかいないのか分からないような、広告だかなんだか分からないようなものも――ありますから。
國廣氏:今後、第三者委員会が設置される場面としては、マスコミの不祥事というものが増えるかもしれない。関西テレビの「あるある大事典」の問題では、第三者委員会が設置されて詳細な調査報告書が公表されました。
久保利氏:人を叩く商売であるが故に、逆に、人から言われるリスクは非常に高いわけで、その分だけ透明性を持ってやらないと視聴者の満足が得られない。民放の場合は(視聴者から)お金取ってないからというのがありますけど、NHKのインサイダー事件の場合は視聴者からの料金滞納にえらくつながったわけですよね、だから不祥事というのはそういうふうになっていくという意味では、有料で出しているメディアというのは非常に大変だなと。そうすると、これから電子情報になってきて、課金をしていくとなるともろに影響してくると思います。
NBLのケースも、ある意味では消費者問題なんですよね。読者という消費者がNBLという雑誌を信用しなくなるということであり、もう一つはメディアとしての編集倫理の問題であり、非常に僕らも難しいし面白い事件だと思いました。
國廣氏:結果として、「NBLは間違えることもあったけど、間違えたときにはここまで徹底して自浄作用を果たすことができるんだね」ということで、むしろNBLの信頼が高まると思うんですよ。まさにこれが第三者委員会の目的だと思います。
■第三者委員会の歴史
――國廣さん、最近のご著書『それでも企業不祥事が起こる理由』にも書かれていますけど、山一証券の社内調査委員会に
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください