2011年03月14日
相場操縦の審査と東証COMLEC 売買審査の仕事
東京証券取引所自主規制法人
常任理事 武田 太老
■自主規制業務における売買審査
売買審査の目的は、金融商品取引所における有価証券の売買等に関し、法令または取引所の諸規則に違反する行為やそのおそれのある行為を発見するとともに、これら行為に関与した証券会社等に対して必要な措置を講じることで、これらの行為を防止するとともに、信用を確保し公益または投資者保護に資することにあります。
売買審査業務は不公正取引の有無について売買の内容等の審査を行うことでありますが、東証自主規制法人売買審査部では、相場操縦、インサイダー取引またはその両方に関係する取引等の不公正取引全般を対象として、これらの不公正取引の観点から疑いのある取引を幅広く抽出し、その中から不公正取引と疑われる取引を絞り込んでいく方法により行っています。
■相場操縦に対する売買審査
東証における売買審査は、株価・売買高等の動向、証券会社等の売買手口等に関して初動的な分析を行う「調査」、調査実施後、委託者の属性や売買状況等について詳細な分析を行う「審査」、そして、審査結果を踏まえた「処理」を行うという流れになっています。
調査銘柄への抽出に当たっては、主に株価や売買高等の動向に不自然な形態として認められる取引をシステムにより抽出するほか、マーケット部門などの関連部署や外部からの情報提供を端緒としています。そのあと、抽出した銘柄について、株価・売買高の推移、売買手口の偏向性の有無について分析を行い、必要に応じて証券会社を対象に委託者に関するヒアリングを実施しています。
この調査の結果、より詳細な分析が必要と認められる事案については、審査銘柄へ抽出します。そして、証券会社に対して注文の受託・執行の経緯や委託者のより詳細な情報について照会を行うなどした上で、これらの情報を総合的に分析して、不公正取引またはそのおそれのある取引がないか判断を行っています。
審査の結果、証券会社に法令もしくは取引所の諸規則に違反する行為またはそのおそれのある行為が認められた場合、東証及び東証自主規制法人の規則に基づいて、当該証券会社に対して処分または注意の喚起等を行います。
また「審査」を実施した全ての事案については、その結果を証券取引等監視委員会に報告しています。
■ある相場操縦の事例 審査の現場から
審査を進めていく中で、A社株式の売買に特定の委託者が関与していたことが確認されました。この委託者は、大口の売注文を直前の約定値段よりも高く、約定可能性の低い株価で発注し、売注文が多く入っているように見せることで、他の投資者から直前の約定値段よりも低い価格の売注文を誘引し、株価を下落させたところでA社株式を買い付けました。
その後、この委託者は先に発注した売注文を取り消す一方で、直前の約定値段よりも低く、約定可能性の低い株価で大口の買注文を発注し、買注文が多く入っているように見せることで、他の投資者から直前の約定値段よりも高い価格での買注文を誘引し、株価を上昇させたところでA社株式を売り付けるとともに、A社株式売却後は先に発注した買注文を取り消すといった一連の取引を反復して行っていたことが判明しました。
この委託者はこうした取引を約1ヶ月にわたり継続する一方で、他の複数銘柄でも同様の手法により「見せ玉」的な取引を行っていたことが判明しました。こうした状況を受け売買審査部では、この委託者からの発注の受託に関与した証券会社に対して注意を促すため、売買管理を徹底するよう求めるとともに、本件について証券取引等監視委員会へ報告いたしました。
■関係機関・部署との連携に対する取組み
売買審査部では、上場会社が関係する事案については上場管理部や上場部と連携するほか、日々の取引を管理する株式部や証券会社の考査を行う考査部などとも常に情報交換や連携を行っています。市場に最も近い立場である市場開設者であることを強みとして生かして、自らの規律によって規則・制度を整備し、市場から不公正取引を排除するとともに、不公正取引の未然防止を図っています。
また、売買審査部が売買審査を適切に遂行するためには、市場のゲートキーパーである証券会社との間で緊密な連携体制を構築・維持することが大変重要です。売買審査の過程では、証券会社の売買管理部門との間で売買記録のデータを受け渡ししたり、売買審査部から証券会社に委託者情報について照会を行ったりするとともに、必要に応じて、売買審査部から証券会社に注意を促すため売買実態の説明を行うこともあり、審査に関する情報の共有を可能な範囲で行っています。
一方、効率的かつ実効性の高い売買審査を実施するため、国内の他の証券取引所の売買審査部門との間で、問題意識や審査事例などの情報共有を図ることを目的に定期的に連絡会を開催するなど積極的に連携を図っています。
また、日本証券業協会との間でも、証券会社の売買管理に関する諸制度について、その構築や見直し等に関する議論に参画し、証券界全体で公正で透明性の高い市場の構築に努めているところです。
さらに、前述のとおり、当売買審査部では審査として取り上げた事案のすべてについて、その結果を、証券取引等監視委員会に報告しており、証券取引等監視委員会においては、この審査結果を参考にしてさらに調査が行われ、課徴金納付命令勧告または告発等が行われています。証券取引等監視委員会との間では、市場の公正性確保という共通の目標のもと、審査結果の報告のほか、様々な課題などについて、随時または定期的に報告・意見交換を行い情報を共有することで、緊密な連携を図っています。
■公正な市場の確立に向けて
東証自主規制法人としては、法令又は取引所の諸規則に違反する行為及びそのおそれのある行為の有無について審査を行うことに加え、公正な市場を確立していくため、これらの行為を未然に防止するための活動も重要な業務の一つとして位置づけています。そこで、売買審査部では以前から、証券会社や上場会社等からの取引相談に応じるなど、法令等に関する理解促進のための啓発活動に取り組んできましたが、こうした取組みを強化するため、平成20年6月に東証Rコンプライアンス研修センター「東証COMLEC」(コムレック:Compliance Learning Center)を設立いたしました。
東証COMLECでは証券会社及び上場会社におけるコンプライアンス支援を推進するとともに、投資者を含め全ての市場参加者に対して金融商品取引に係る法令等に関する知識習得の機会を提供することにより、市場の公正性確保に貢献することを目的とし、具体的な取組みとしては、以下のようなセミナーや各種研修コンテンツを提供しています。
・ 企業担当者のためのインサイダー取引規制セミナー
主に上場会社の方々を対象として、インサイダー取引の未然防止を推進する観点から、インサイダー取引規制の解説や最近の事例を紹介するセミナーを定期的に開催しています。
・ 上場会社コンプライアンス・フォーラム
上場会社、証券会社等の役員及び情報管理担当者等を対象として、企業法務に詳しい弁護士や当局者による講演、上場会社等の有識者によるパネルディスカッションを通じて、コンプライアンスに関係するテーマについて考えるフォーラムを開催しています。
・ 取引参加者コンプライアンス・ミーティング
東証の取引参加者である証券会社のコンプライアンス責任者を対象として、証券市場が直面しているコンプライアンス上の課題等をテーマに、有識者による講演会の開催や相互の交流並びに意見交換の場を設けております。
・ 社内研修への講師派遣
上場会社や証券会社等における金融商品取引に関するコンプライアンス体制の構築を支援するため、インサイダー取引や相場操縦などの不公正取引や証券会社の社内管理態勢の構築等について解説する講師を社内研修に派遣しています。
・ eラーニング研修サービス
インターネットを利用したeラーニングを提供することにより、遠隔地や多忙な役職員への研修を可能とすることに加え、受講者の学習状況を確認することができる教育ツールを提供するものです。インサイダー取引規制、相場操縦に関する規制及び証券会社の社内管理態勢の構築に係るコンテンツがあります。
・ コンプライアンス関係の各種刊行物の出版
上場会社・証券会社の役職員や広く一般投資者の方々に対して、金融商品取引に関するコンプライアンス関連の知識を習得していただくために、「こんぷらくんのインサイダー取引規制Q&A」等の刊行物を提供しています。
このように東証COMLECでは、今後とも市場に最も近い立場にあるからこそ提供できるサービスを通じて、積極的に市場参加者のコンプライアンス支援を推進していきます。是非ご利用いただければと考えております。
武田 太老(たけだ・たろう)
東京証券取引所自主規制法人
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