2011年03月01日
日中企業間での事業提携の法務問題
アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 中川 裕茂
2011年1月、NECとレノボの提携が発表された。
今回の提携は、NECとレノボが日本で合弁事業を経営するという形でまず一歩を踏み出すことになった。今後は、NECがレノボの数%の株式を取得する予定であると発表されている。
これまで多くの日中の提携案件が日本企業の中国企業に対する出資という形をとってきた。しかし、最近は、中国企業の日本企業への出資による事業展開を狙う案件や、中国企業と日本企業の日本での合弁事業等の形をとる案件が増えてきている。そうした中で、筆者は日本企業を代理することもあるし、中国企業を代理することもある。双方の視点で法的問題の分析を行う機会が増えている。
日中提携の今後の法的問題点を弁護士の目で洗い出してみたい。
1.日本側事業の再編
日本企業の事業を切り出した上で中国企業との共同運営とするケースでは、特に知的財産と労働者の扱いで難しい問題が生じやすい。
事業を切り出して日中合弁会社を新設する場合や中国企業の日本子会社に事業を吸収させる場合には、中国企業が日本企業に直接出資する場合とは異なり、日本側労働者の転籍が行われる。そして、その転籍には基本的に労働者本人の同意が必要である。中国企業の人事体系は、日本のそれとは異なり、より成果主義的であり、長期的な雇用を前提としないシステムが採用されているのが通常である。これを買収対象の事業に属する日本の労働者にも適用させようとすることが多い。また、そもそも「中国企業」というイメージの問題もあり、どれだけの従業員が転籍に応じるのか見通せないまま契約交渉を進めざるを得ないことがある。そのような場合には、転籍に応じない従業員が相当程度存在することを仮定した条件交渉が必要である。
知財の問題は更に複雑である。ハイテク産業では、第三者企業とのライセンスを基礎として生産が行われることが多いが、そうしたライセンス契約(特に欧米企業との間の契約)には一般的にChange of Control条項が入っていることが多く、契約が解除されたり、あるいは自動終了したりすることもあり得ることを仮定した条件交渉が必要である。一般的にはロイヤルティーの金額等の条件次第で契約継続の合意が得られる場合があるし、また、クロスライセンス契約で相手方にライセンスしている権利が重要であれば同意が得られることが多い。しかし、中国企業の従業員の知的財産に対する意識・モラルの問題、中国企業に対する警戒心から、ライセンス契約の継続についてライセンサーが同意しないことも十分にあり得る。その場合には既存製品の生産を継続できなくなる。
2.日中企業間での相互の出資
中国企業としては、日本企業に対する出資をセットとする提携を行うことにより、日本企業への影響力・支配力を確保した上で日本での事業構築が可能になる。一方、日本企業側としては、中国企業との提携では中国市場での売上拡大を目指すことが多く、中国企業に対して出資を行い技術や製品を提供し、中国企業の有する販路を十分に利用できる体制を構築することが肝要になる。
中国から日本に対する出資においては、中国の「対外投資手続き」の履行が提携スケジュールに大きく影響を与える。中国企業が外国に投資を行うためには、国家発展改革委員会の認可と、商務部又はその地方政府機関の認可の双方を取得する必要がある。この手続きは法定のスケジュールの通りならばあわせて1ヶ月程度のものであるが、実務上は各段階で半年ないし1年近くかかることもあり、当初想定された事業提携スケジュールを狂わせることがある。最近は以前に比べ、これらの手続きは容易になりつつあって、1ヶ月程度の短期間で全てが完了したケースもあり、また、最終的に中国の国益を損なうようなものでもない限り認可が出ないというリスクは低くなったといえる。
一方、日本から中国に対する出資においても、中国の商務部又はその地方政府機関等の認可を取得する必要がある。この認可は上記の対外投資手続きとは異なり、相当程度正確にスケジュールが読める。この点、中国の安全保障の観点から、主として外国企業による中国企業に対する買収に適用される法令として、2011年2月14日に「国務院弁公庁の外国投資者の国内企業安全審査制度の導入に関する通知」(国弁発 [2011]6号)が発表された。これは、「重要なエネルギー及び資源、重要なインフラストラクチャー、重要な運輸サービス、重要な技術、重大な装備の製造等の企業」について支配権を取得する形での買収を行う場合には、商務部による安全保障上の別途の認可を必要とするというものである。いかなる企業が上記の定義に該当するのかは不明確であり、実務に混乱が生じることが懸念される。
3.中国企業に対する技術の供与
日中事業提携案件では日本企業の有する技術が中国企業に供与されることが多い。これまでは、日本企業の中国企業に対するライセンスという形が多かったが、近時では、日本の事業子会社そのものの中国企業に対する売却、日本企業の技術をベースとした共同開発等、いろいろな形が採られるようになった。いずれの場合であっても、技術の流出という、古くて新しい問題と対峙しなければならない。
この点は提携の排他性を合意するのか、また、競業禁止条項を設けるのかという点と密接に関わる。中国企業からの技術の流出の防止は、単に秘密保持条項を設ければよいというものではなく、例えば当該技術が使用されることになる関連会社にも監視が及ぶようにしなければならない。また、他の同業他社と幅広く提携を行う中国企業への技術供与では、当該同業他社との提携でも応用技術が使われる可能性も考慮に入れなければならない。さらには、技術者の流動性が高い中国企業では、退職した従業員が同業他社に移籍する可能性も想定しなければならない。契約の条件交渉では、日本企業としては自らの首を絞めるような排他的条項は回避する必要があるが、一方で技術の秘匿性を保持するためにこれらの事態に対処できるような実効的な契約条件を設ける必要がある。
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