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投資事業有限責任組合の新しいモデル契約を作成

石津 卓

 ベンチャー企業などに資金を供給する投資ファンドの形態として利用されることの多い「投資事業有限責任組合」について、新しい「モデル契約書」が、経済産業省の委託を受けた西村あさひ法律事務所で作成され、近く公表される見通しになっている。出資者(組合員)の一部についてその責任を出資金の範囲に限定することでリスクを減らし、資金を集めやすくする投資事業有限責任組合の仕組みについて、モデル契約作成に携わった石津卓弁護士が解説した。

投資事業有限責任組合
~新しいモデル契約の作成を契機として~

西村あさひ法律事務所
弁護士 石津  卓

石津 卓(いしず・たく)
弁護士。1995年東京大学法学部卒業、1998年弁護士登録。2003年ボストン大学ロースクールLL.M.修了。2007年より慶應義塾大学法科大学院非常勤講師。キャピタル・マーケッツ、買収ファイナンス、投資ファンド組成、バンキング、国際取引法務を主な業務分野とする。

 ■はじめに

 平成22年度産業金融システムの構築及び整備に係る調査委託事業「最近の投資事業組合を巡る事業環境の変化を反映した投資事業有限責任組合モデル契約書の作成」が経済産業省により実施され、西村あさひ法律事務所が委託先となり、新たな「投資事業有限責任組合モデル契約」が作成された。筆者は幸運にもこの新しいモデル契約の作成に参加する機会を得た。

 投資事業有限責任組合は、現在、日本における投資ファンドの1つの形態として重要な役割を担っている。新しいモデル契約については今後公表される予定であるが、これを契機に投資事業有限責任組合について考えてみたい。

 ■投資事業有限責任組合法の沿革

 従前より、余剰資金を有する投資家からリスクマネーを集め企業に対して資金を提供するビークル(器・媒体)としては、民法上の組合(投資事業組合)が存在していたが、組合員が無限責任を負うこと等の問題点が存在していた。そこで、平成10年に、日本においてベンチャー企業のような未公開企業への投資を促進することを目的として、民法上の組合の特則として、「中小企業等投資事業有限責任組合契約に関する法律」が制定された。もっとも、この法律においては当初、未公開企業への投資の促進という立法目的との関係で投資対象が限定されている等の問題点があった。その後、実務上の要請に応える形で、旧商法下の有限会社の持分、匿名組合契約への出資、信託受益権の取得、一定の要件を満たす事業再生中の企業への出資等、投資対象が拡大されていった。

 そして、平成16年に、上記法律を一般的な投資ファンド法制と位置付け、上場企業へのエクイティ投資や金銭債権の取得等さらなる投資対象の拡大を図る等これに対応する改正が行われた。法律の名称も現在の「投資事業有限責任組合契約に関する法律」(以下「投資事業有限責任組合法」)に変更された。この改正によって、海外のリミテッド・パートナーシップと類似した投資の受け皿(投資ビークル)が日本においても本格的に組成可能となったところである。もっとも、日本企業への投資を促進するという目的は依然として投資事業有限責任組合法の重要な柱となっているため、たとえば、外国法人の発行する株式等への投資は原則として出資総額の50%未満に限られている。

 ■投資ビークルとしての投資事業有限責任組合の性質

 投資事業有限責任組合法は、上記のとおり、投資ファンド法制を目指すものであり、投資事業有限責任組合は、日本におけるいわゆる投資ファンドと呼ばれるものの代表的な法形式の1つである。実務上、投資事業有限責任組合は、投資先企業の規模や公開非公開を問わず、様々な投資のためのビークルとして広く利用されている。ベンチャーキャピタル・ファンドやバイアウト・ファンドのようなプライベートエクイティ・ファンド(PEファンド)についても、投資事業有限責任組合を用いて投資ファンド組成が行われることが多い。

 投資事業有限責任組合は、無限責任組合員と有限責任組合員から構成される。無限責任組合員は、ファンド運営者であり、業務執行権限を有し、組合債務について無限責任を負う。他方、有限責任組合員は、業務執行権限を有さず、組合債務について出資の価額を限度として責任を負う組合員である。

 投資家は有限責任組合員としてその有する余剰資金を提供するのみであり、業務執行権限を有さず、投資事業有限責任組合の運営には参加しない。組合の運営に参加すると、有限責任の利益を享受できないことになるからである。どのような投資先に投資を行うか等の投資判断については、専らファンドの運営者、すなわち、組合の業務執行権限を有する無限責任組合員に委ねられることになる。つまり、投資事業有限責任組合は、組合員の共同事業であるという側面はありつつも、ファンド運営者の力量に信頼を寄せ資金を任せるパッシブな投資家と任された資金を使って投資家のために投資を行うアクティブなファンド運営者という構図で成り立っている。

 一方、ファンド運営者である無限責任組合員は、業務執行権限を有し、有限責任組合員に対して善管注意義務あるいは忠実義務を負いながら、裁量性をもって組合の運営を行うことになる。具体的には、無限責任組合員は有限責任組合員の利益を実現すべく投資先企業の選定を行い、場合によっては、投資先企業のバリューアップを図るための経営指導や技術指導等を行うことが期待されている。

 なお、投資事業有限責任組合はリスクマネーを集める「器」として一般的に機能し得るため、投資に関して専門的知識を有しない一般投資家が参加することも考えられる。そこで、金融商品取引法においては、組合持分の取得の勧誘についての開示規制とファンド運営者に関する業規制(いわゆる自己募集及び自己運用)が定められている。もっとも、PEファンドにおいては、同法所定の要件を充足することにより、このような厳格な開示規制や業規制の適用を受けない形で組合の運営がなされているケースが多いものと思われる。

 ■組合契約

 投資事業有限責任組合というと、組合という法的に独立した実体があたかも存在しているかのように見えるが、その法制が民法上の組合に関する法制の特則であることから分かるように、投資事業有限責任組合は、会社とは異なり、法的に独立の法人格を有するものではない。あくまで無限責任組合員と有限責任組合員との間で締結される組合契約によって組成されるものである。組合財産は法的には組合員の共有(合有)とされている。

 上記のとおり、ファンド運営者である無限責任組合員は裁量性をもって組合の運営を行うわけであるが、このような裁量も組合契約によって規律されることになる。具体的には、組合契約において、組合の運営に関する事項が詳細に定められることになる。すなわち、たとえば、有限責任組合員による出資の仕方、組合財産の投資方法(業種、一投資先への集中度)、組合と無限責任組合員との利益相反状況への対処、組合財産の分配、組合のガバナンス等が定められることになる。

 また、上記のとおり、投資家は有限責任組合員として業務執行権限を持たず、組合契約期間中パッシブな存在としてあるわけであるが、それ故に、その利益を守るための仕組みをあらかじめ組合契約において適切に定めておくことが重要となる。従って、組合契約の締結までには、無限責任組合員が得る管理報酬や成功報酬のような経済条件の点のみならず、上記に掲げた諸点について、ファンド運営者と投資家との間で組合契約の内容について交渉が展開されることになる。もっとも、ファンド運営者の力量に信頼を寄せ資金を任せるパッシブな投資家と任された資金を使って投資家のために投資を行うアクティブなファンド運営者という構図から著しく乖離することは、ファンド運営者による裁量性ある投資活動をその本分とする投資ファンドの存在意義を減殺することになり、さらには、有限責任組合員の有限責任性にも悪影響を及ぼすおそれがあることは念頭におく必要があろう。

 経済産業省は、従前より、投資ファンドによるリスクマネーの供給を促進するための一助として、ファンドビジネスに携わる実務者の便宜のために「投資事業有限責任組合モデル契約」を公開している。このモデル契約は、ファンドビジネスの契約実務においては、現在までのところ一つの標準として機能しているといえる。

 もっとも、直近のモデル契約は投資事業有限責任組合法の抜本改正が行われた平成16年に作成されたものであり、すでに6年が経過していた。そこで、冒頭に記載のとおり、経済産業省による新たなモデル契約の作成に係る委託事業が実施され、西村あさひ法律事務所が委託先となり、筆者を含むチームを中心に、新しいモデル契約の作成が行われた。

 新しいモデル契約の作成に当たっては、(1)平成16年以降の金融商品取引法等の法制の変化等に基づき形成されてきた実務の把握という観点、及び、(2)外国投資家にとっての投資環境の整備という観点、を大きな軸として、関連法令や実務の分析及び検討が行われ、それらを反映して、平成16年のモデル契約を改訂する形で新しいモデル契約が作成されたところである。また、新しいモデル契約の作成に際しては、ファンド・ビジネスに携わる国内外の複数の実務者に対する実務上の問題点やニーズに関するヒアリングが行われ、それらで得られた知見が新しいモデル契約には反映されている。

 新しいモデル契約の具体的内容であるが、当該モデル契約においては、平成16年のモデル契約の公表後に生じた金融商品取引法の施行等の法制の変更に対応する手当てが行われているのみならず、外国投資家が有限責任組合員として参加することを念頭に、後述する外国投資家に関する課税上の特例の適用を受けることが可能となるような手当てが行われている。さらに、外国投資家が慣れ親しんでいる海外のリミテッド・パートナーシップにおいて一般的に見られる条項が多数取り込まれている。例えば、出資の免除・除外条項、回収資金のリサイクル条項、組合による買収資金等の一時的な拠出を許容するブリッジ・ファイナンシング条項、出資義務等の不履行を行った不履行組合員の取扱いに関する条項等が新たに定められている。また、組合と無限責任組合員との間の利益相反についての対応の詳細化が図られている。なお、ファンドビジネスに携わる実務者の便宜のために、新しいモデル契約の英訳も作成されている。

 ■外国投資家に関する課税上の取扱い

 投資においては、税務上いかなる取扱いを受けるのかが、利用されるビークルの選択に大きな影響を与える。

 従前は、外国投資家(非居住者又は外国法人)が、投資事業有限責任組合の有限責任組合員として出資を行い、日本企業に投資を行う場合、その外国投資家は、我が国の課税上、国内に恒久的施設(PE)があるものとして取り扱われ、その結果、投資事業有限責任組合の事業から生じた所得について日本の税法に基づき所得税・法人税等の源泉徴収及び申告納税が必要になっていた。このような税務上の取扱いが障害となり、依然として外国投資家は海外のリミテッド・パートナーシップを通じて日本企業への投資を行うことが多く、投資事業有限責任組合を通じた外国投資家のリスクマネーの呼び込みがうまく機能していなかった側面があった。

 この点に関して、平成21年度税制改正により、一定の要件(組合事業の業務執行に関与しないこと等)を満たす非居住者又は外国法人については、国内に恒久的施設を有しない非居住者又は外国法人とみなして所得税法及び法人税法を適用するとの特例が設けられ、この特例の適用を受ける外国組合員は組合の事業から生じた所得について申告納税が不要となり、源泉徴収が行われないこととなった。ここに言う「業務執行」の意義については、経済産業省のウェブサイト(「外国組合員に対する課税の特例、恒久的施設を有しない外国組合員の課税所得の特例における『業務執行として政令で定める行為』について」)で詳細な解説がなされている。

 さらに、平成22年度税制改正により、自己取引及び運用財産相互間取引についての有限責任組合員の承認がこの「業務執行」から除外

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