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キヤノン偽装請負指導文書、厚労省が不開示取り消し一部開示

奥山 俊宏

 大手精密機械メーカーのキヤノンが労働者派遣法に違反して請負取引先の労働者を派遣労働者のように使用していた「偽装請負」問題で、厚生労働省の栃木労働局が2月、情報公開法に基づき関連の文書の一部を記者に開示した。厚労省はこれまで文書の存在そのものも認めてこなかったが、情報公開・個人情報保護審査会が「文書の存否を明らかにして改めて開示決定等をすべき」と答申したことを受けて、不開示決定を取り消した。キヤノンの偽装請負に関する政府の文書が第三者に公開されるのは初めてとみられる。

▽筆者:奥山俊宏

 開示された文書は二つあり、全部で7枚ある。

拡大栃木労働局が開示した文書
 「労働者派遣事業関係指導監督記録(甲)」と題する文書の1枚目には、事業主の名称として「キヤノン(株)」と明記され、違反事項として、

「キヤノンが発注し、〓〓が事業として行っていた請負については、キヤノンを派遣先、〓〓を派遣元事業主とする労働者派遣事業に該当するものであり、キヤノンは左記条項に違反する」

と記載されていた。「派遣元」である派遣会社(請負会社)の名前は黒塗りされていた。違反する条項として、労働者派遣法第26条と同法第3章第3節に規定する派遣先の講ずべき措置が挙げられていた。労働者派遣法違反と認定した理由として、文書には

「〓〓の請負労働者は、〓〓の派遣労働者と混在し、派遣労働者と同様にキヤノンから指揮命令を受けてキヤノンの労働に従事していた」

「業務処理について〓〓の労働者は随時キヤノンから指揮命令を受けてキヤノンの労働に従事していた」

の2点が掲げられていた。

 文書の2枚目には「是正のための措置」として、

「今回の違反事項に係る請負について、労働者の雇用の安定の措置を講ずることを前提に、不適正な状況を解消すること」

「全社にわたり、労働者派遣法又は職業安定法に照らして、請負に不適正な点がないか総点検を行い、不適正な状況があれば、雇用の安定の措置を講ずることを前提に、速やかに不適正な状況を解消すること」

をキヤノンに要求していた。

 キヤノンが社長名義で栃木労働局に提出した是正報告書も開示されたが、「労働者派遣法違反を指摘されました〓〓の請負取引につきましては、既に是正が完了しております」「当社は、是正指導書の受領後、ただちに以下の要領にて総点検を行いました」との部分は読み取れるものの、それ以外は大部分、黒塗りにされていた。

 キヤノンでは長年にわたって、労働者派遣法に違反する偽装請負を続け、非正規労働者を使用していたが、2006年夏にこれが問題として表面化。宇都宮光学機器事業所の請負労働者たちが同年10月に違反の実態を栃木労働局に申告してキヤノンに対する是正指導を求めた。栃木労働局は翌2007年9月、違反を事実と認定してキヤノンに是正を指導。請負労働者たちは同年10月1日、キヤノンに直接雇用されて、その「期間社員」となった。

 当時の舛添要一・厚生労働相は同年10月2日の記者会見で、記者との間で次のような問答をした。

 ――偽装請負に関連して、野党の方から、キヤノンの御手洗さんを、国会で参考人招致するという動きがありますけれども、キヤノン自体は、先月も含めて、厚生労働省から偽装請負についての是正指導を何度も受けているわけなんですけれども、大臣ご自身は、これだけの大企業がそういう偽装請負で指導を何度も受けているという現状については、どのようにお考えですか。

 大臣: その案件は承知しておりまして、問題があるところはきちんと指導したと、指導した結果、キヤノンはキヤノンできちんと対応したというのが今までの経緯です。ですから、いやしくもそういう指導を受けるようなことがあるということは、それは大企業として、私は、恥ずかしいことだと思いますから、今後きちんと襟を正してくださいということです。それから、国会での参考人招致云々は、これは国会の議院運営委員会で決める話ですから、これはもうそこにお任せするしかないと思っています。


 ――今後、偽装請負を防ぐために、派遣法の審議会も動いていますけれども、何らかの規制強化をしていくというようなお考えは、現時点ではいかがでしょうか。

 大臣: 今の枠組みの中で十分やれる話であって、あとは企業のモラルに期待するしかないので、全て法律作って、がんじがらめにやればいいかというと、これはまたそのバランスを考えないと。あんまりきつくした時に、やはり派遣のやり方でいい仕事もあるわけですね、だから、メリットを削ぐような形での規制は、私はあんまり賛成しないので、今の枠組みで十分やれると思っています。ただ、今後もっと同じようなケースが頻発するようであれば、それは考えないといけないというように思っています。


 偽装請負状態で働かされた末に「期間社員」としてキヤノンに採用された労働者たちはその後、2009年に職場を追われる結果となり、そのうち5人はキヤノンを相手に東京地裁に提訴し、今も

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筆者

奥山 俊宏

奥山 俊宏(おくやま・としひろ) 

 1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部卒、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部、特別報道部などで記者。2013年から朝日新聞編集委員。2022年から上智大学教授(文学部新聞学科)。2023年から「Atta!」編集人。

 著書『秘密解除 ロッキード事件  田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)で第21回司馬遼太郎賞(2017年度)を受賞。同書に加え、福島第一原発事故やパナマ文書の報道も含め、日本記者クラブ賞(2018年度)を受賞。 「後世に引き継ぐべき著名・重要な訴訟記録が多数廃棄されていた実態とその是正の必要性を明らかにした一連の報道」でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞を受賞。

 そのほかの著書として『内部告発のケーススタディから読み解く組織の現実 改正公益通報者保護法で何が変わるのか』(朝日新聞出版、2022年4月)、『パラダイス文書 連鎖する内部告発、パナマ文書を経て「調査報道」がいま暴く』(朝日新聞出版、2017年11月)、『ルポ 東京電力 原発危機1カ月』(朝日新書、2011年6月)、『内部告発の力 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年4月)がある。共著に『バブル経済事件の深層』(岩波新書、2019年4月)、『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社、2019年4月)、 『検証 東電テレビ会議』(朝日新聞出版、2012年12月)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』(同、2008年9月)、『偽装請負』(朝日新書、2007年5月)など。

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