2011年02月28日
弁護士 塚田 朋子
第1 課徴金減免制度(リーニエンシー)とは何か
1 リーニエンシーの導入
企業が違法なカルテルを行った際、独占禁止法が定める規制手法の一つに課徴金納付命令(独禁法7条の2。以下特に記載がなければ、独禁法を指す。)があります。違反企業が、対象商品等の売上高に応じて算出された課徴金を、国庫に対して支払うという行政処分です。
同手法は、カルテルの抑止効果を狙って昭和52年の独禁法改正で導入され、その後も課徴金額の引き上げが行われました(文献1・98頁参照)。
しかし、カルテルは秘密裏に行われ、証拠も乏しいため、そもそも発見自体が難しく、これだけでは規制の目的を十分に実現することができませんでした。
そこで、さらなる抑止力強化を目指して平成17年に課徴金制度の大改正が行われましたが、この際新たに導入されたのが、課徴金減免制度(リーニエンシー)です。その後、平成21年改正により同制度はさらに拡大されました(法7条の2・10項以下)。
2 リーニエンシーの概要
リーニエンシーを簡単に説明すれば「企業が自ら関与したカルテル・入札談合について公正取引委員会に報告し、調査に協力すれば、報告の順位に応じて課徴金を免除ないし減額する制度」ということになります(文献2)。一番乗りで同制度を利用した企業は、課徴金の免除のみならず、刑事告発を免れるという恩恵に与ることも出来ます(「独占禁止法違反に対する刑事告発及び犯則事件の調査に関する公正取引委員会の方針」(平成17年10月7日 公正取引委員会)参照)。
巧妙化するカルテルを効果的に摘発する、リーニエンシー利用に対するカルテル参加者のインセンティブを高め、カルテルからの早期離脱を促すとともに事業者の法令遵守体制(コンプライアンス)を促進する、といった目的のもとで導入された制度ですが、当初は、「早い者勝ち」「他社出し抜き」ではないか、我が国の風土に合わないのではないかと危惧されたようです。
しかし、平成18年1月に制度の運用が始まって以来、平成21年3月までの間に30の事件、74の事業者(公表分)が同制度を利用しているとのことであり(文献3・22頁)、現時点において、制度導入は成功を収めているというのが大方の評価と思われます(文献3、文献6)。
第2 リーニエンシーの内容
1 リーニエンシーの適用条件と、課徴金減免の程度
リーニエンシー制度の適用条件と減免の程度を、少し詳しく見ていきましょう。適用の条件は、申請が調査開始前になされたか、調査開始後になされたかに大別することができます。
1)調査開始前(立入検査前)
[1] 1番目に、
ア 公正取引委員会に対して違反行為に関する事実の報告及び資料の提出(これを以下では「申請」といいます。)を行った者で、
イ 調査開始後に違反行為をしていない者
→課徴金免除(法7条の2・10項)
[2] 2番目に、
ア 違反行為に関する申請を行った者で
イ 調査開始後に違反行為をしていない者
→課徴金50%免除(法7条の2・11項1号、同4号)
[3] 3番目に、
ア 違反行為に関する申請を行った者で
イ 調査開始後に違反行為をしていない者
→課徴金30%免除(法7条の2・11項2号、同4号)
[4] 4番目、5番目に
ア 「公正取引委員会が把握していない」違反行為に関する申請を行った者で、
イ 調査開始後に違反行為をしていない者
→課徴金30%免除(法7条の2・11項3号、同4号)
となっています。
平成17年独禁法改正の際には、先着3社が減免対象とされていましたが、平成21年改正において、対象事業者が5社まで拡大されました。対象事業者数を多くすることにより、公正取引委員会に多くの情報を集中させ、カルテルなどの違反行為解明を容易にすることが狙いですが(文献3・23頁)、有用な情報確保の必要性を損なわないため、4番目、5番目の事業者に関しては要件が加重されています。
2)調査開始後(立入検査後)
リーニエンシー制度は原則として調査開始前の申請が想定されていますが、調査開始前の申請者が5社に満たない場合には、調査開始後であっても、調査開始前と調査開始後の申請者が合計5社になるまで制度の利用を認めています。ただし、いち早く情報提供を行うインセンティブを損なわないよう、調査開始後の申請による減免対象者は最大3社までと限定しています(文献3・23頁)。従って、仮に、調査開始前の申請者が1社のみであったとしても、調査開始後の申請者が4社認められる訳ではありません。
調査開始後の申請による減免の要件は、
ア 調査開始日から20日以内(課徴金の減免に係る報告及び資料の提出に関する規則)までに、
イ 「公正取引委員会が把握していない」違反行為に関する申請を行った者で、
ウ 申請後に違反行為をしていない者(法7条の2・12項)、
とされ、上述の4番目、5番目の申請者同様に要件が加重されています。
適用が認められた場合には、課徴金が30%減免されます。
3)共同申請
平成21年度の改正において、同一企業グループ内の複数事業者が共同でリーニエンシーの申請を行うことが認められるようになりました。共同申請者には、同一の順位が割り当てられます。
2 リーニエンシー申請手続
1)申請手続
リーニエンシーの申請手続きに関しては、「課徴金の減免に係る報告及び資料の提出に関する規則」に細かい定めがあります(申請手続の概要につき、文献2参照)。
調査開始の前後を問わず、申請は、公正取引委員会に対して所定の様式による報告書をファクシミリ送信するところから始まります(ただし、調査開始の前後により、報告書の書式は異なります)。その後は、公正取引委員会からの協力要請(法7条の2・16項参照)に誠実に対応し、全面的に協力することによって、ようやく課徴金減免が認められます。
2)減免が認められない場合
報告者が行った報告や資料に虚偽の内容が含まれていたり、求められた報告、資料の提出をしなかったり、他の事業者に対して妨害行為を行ったりした場合には、申請にもかかわらず、減免が認められないことがあります(法7条の2・17項)。
平成21年5月、シャッター販売をめぐるカルテルに関し、公正取引委員会は、調査(立入検査)開始後に違反を申告した文化シヤッターに対し、申告に虚偽があったとして課徴金の減額を認めませんでした(同年5月4日付新聞報道など)。平成18年1月の適用開始以来、初めてのケースです。
第3 リーニエンシー制度と内部統制システム
1 リーニエンシー制度を念頭においた、内部統制システム構築の必要性
リーニエンシー制度の導入が、公正取引委員会のカルテルの把握、証拠の収集を容易にしたことは間違いなく、カルテル事件に対する法的措置の件数は年々増加傾向にあります(文献4)。そして、数次の独禁法改正を経て課徴金は高額化し、平成21年度の課徴金納付命令総額は360億円超と過去最高額を記録しました(入札談合も含む。「平成21年度公正取引委員会年次報告について」)。
課徴金納付命令にもとづく高額の支払いは、企業にとってすなわち損失です。しかも、違反行為を繰り返した、あるいは違反行為に主導的役割を果たした場合には課徴金額が5割増し(重複は10割増し)されますから、損失はさらに拡大します(法7条の2・7項から9項)。
他方、違反企業がリーニエンシー制度を利用して課徴金の減免を受ければ、損失を抑えることができます。特に、一番乗りで利用した企業は課徴金免除のみならず刑事処分も免れる扱いになっていますから(上述)、その恩恵は非常に大きいものです。
このような状況において、企業としては、カルテルに伴うリスク(既に述べた独禁法上の課徴金や刑事処分のみならず、社会的信用の失墜、取締役個人に対する責任追及など、カルテルには多種多様なリスクが存在します。)を除去・管理するため、
[1] カルテル(独禁法違反行為)を予防することのみならず、
[2] 違反行為を早期に発見すること、
[3] 違反行為が発覚した後は、リーニエンシー制度の早期利用を可能とすべく、速やかに事実を把握し、意思決定を行いうる体制を整えておくこと、
までを念頭において、内部統制システムを構築する必要があります。
(カルテルに関する内部統制システムのあり方に関して、文献4:経済産業省が平成22年1月に発表した「競争法コンプライアンス体制に関する研究会報告書」にまとめられています。以下でも、同報告書の内容を踏まえて整理していきます。)
大会社、委員会設置会社においては内部統制システム体制の構築に際し取締役(会)の決定が義務づけられ(大会社について会社法348条4項、同365条5項、委員会設置会社について同416条2項)、その細目について会社法施行規則が定めていますが(同規則98条、100条、112条参照)、それ以外の企業であっても、独禁法の適用が想定される限りリスクを免れませんので、実情に応じて、出来る限りの体制を整備することが強く要請されます。
2 カルテルに関する内部統制システム
1)カルテルを発生させない予防体制の構築
そもそも、カルテルを行わなければ違反のリスクも発生しないわけですから、まずは、カルテルを発生させない体制を構築させることが大切です(自己防衛の観点より、カルテルに参加していると疑われる状況を作出しない体制の構築も同時に求められています。文献4)。
具体的な予防体制としては、以下のとおりが考えられます(文献4参照)。
[1] 取締役の職務執行に関するもの
ア 取締役ら経営陣の意識改革、及び遵法意識の浸透
カルテルが「会社の利益のための必要悪」という意識を、全面的に改め、社内の遵法精神を高める必要があります。
そのために、経営陣はカルテルのリスクを十分認識し、率先して「カルテルによる利益は不要である」という姿勢を打ち出すことが必要です。
イ コンプライアンス担当部署の整備
責任の所在を明確にするため、コンプライアンス担当部署を整備することが求められます。部署の長は取締役とし、担当部署が把握した情報が、経営陣に迅速に伝達するルートを確保することが望ましいとされています。
[2] 社員(使用人)の職務執行の適法性に関するもの
ア コンプライアンス規程の整備
カルテルのリスクを社員にも十分認識させ(社員個人が刑事訴追の対象になる可能性があります。)、実効性のあるコンプライアンス・ルールを作成することが必要です。当然、時流の変化に対応した見直しも行います。禁止行為を明示したうえ、競合他社ないし事業者団体との接触、情報保存・文書作成のルールを明確に定めることが望ましいと言えるでしょう。
また、懲戒手続を明確に定めたうえで、社員がルールに背いて違反行為を行った場合には断固とした処分を下し、ルールの遵守を強く求める姿勢を打ち出すべきです。
イ マニュアルの作成・研修の実施
社内にルールの内容を浸透させるためには、職分に応じた分かりやすいマニュアルを作成して理解を助けたり、社員研修を繰り返し行うことも有用とされます(文献4、文献5・139頁)。
2)カルテルの早期発見を可能とする体制の構築
我が国におけるカルテルの根深い歴史、カルテル発覚後に予想される事態の深刻さに鑑みれば、「カルテルに関する内部統制は予防体制だけで必要十分」とはとても言えません。
カルテルはどんな企業でも発生しうる、すなわちリスクは常に存在するというシビアな事実認識を元に、リスク管理の一環として、企業内においても決して発見が容易ではないとされるカルテルをいかに早期発見し、除去するかに向けた体制を構築することが必須です。
また、ひとたびカルテルを発見した場合には、リーニエンシー制度の利用を検討する必要がありますが、既に述べたとおり、リーニエンシー申請が早ければ早いほど受けられる恩恵は大きくなります。特に、公取委の調査開始前の申請であれば、制度利用の意思決定、事実確認や事前相談等の準備にあたっても、調査開始後の申請に比していくばくかの時間的余裕を持って進めることが出来ます。そうした意味でも、カルテルの早期発見を目的とした体制を構築することは合理的といえるのです。
ここでは、社員(使用人)の職務執行の適法性を如何に確保するか、及び、リスクを如何に管理するかという観点から、内部監査制度、内部通報制度、社内リーニエンシー制度の整備を行うことなどが考えられます(文献4)。
[1] 内部監査制度
最低でも、価格決定権があり、競合他社と接触する機会のある営業部門等の部署については内部監査を行うことが望ましいとされています。その手法については、各企業の工夫によりますが、書類調査、メール調査、社員(使用人)への聞き取り調査、経営陣との面談などが例示されています。
[2] 内部通報制度
既に、多くの企業がコンプライアンス窓口を設けていますが、コンプライアンス担当部署による社内窓口、及び、弁護士等外部専門家による社外窓口を設置することが要請されます。また、通報制度を実効性のあるものにするために、経営陣による呼びかけ、社内報などによる広報の徹底も望まれるところです。
[3] 社内リーニエンシー
公正取引委員会が、リーニエンシーを活用してカルテルを把握するのと同様、企業内においても早期にカルテルを発見するための方策として、社員の自己申告制度(社内リーニエンシー)を導入する事が考えられます。 法令遵守の観点からは、違反社員に対して断固たる態度で臨むことが要求されますが、自己申告と引き替えに懲戒処分の程度について考慮し社員のインセンティブとするという考えです。両者のバランスを如何に図るかが課題でしょう。
3)カルテル発覚後、速やかな意思決定を可能とする体制の構築
社内でカルテルが発見された場合(上記2)、あるいは公正取引委員会の立入調査によってカルテルが発覚した場合、企業は、早急に事実確認を行い、リーニエンシー制度の利用の有無を含めた意思決定を迫られます。
特に、立入調査によりカルテルが発覚した場合、立入調査後のリーニエンシー申請は最大3社しか認められませんから、決断は文字通り一刻を争うことになります(文献5・132頁参照)。取締役ら経営陣は、限られた時間、限られた情報の中で決断を下さなければなりません。一刻の遅れは、そのまま課徴金減免制度の不適用、すなわち自社の損失に直結しかねないのです。
従って、企業はあらかじめ、こうした「有事の場合」(文献4)に備えた危機管理体制の整備を行う必要があります。
カルテルが発見された場合、事実の把握と意思決定によって損失を最小限に抑えなければなりませんから、以下のような体制が必要と考えられます。
[1] 迅速な社内調査体制の設置
あらかじめ社内の調査体制を整備し、早期に被疑事実の確認を行わなければなりません。担当社員からの聴取、証拠書類の収集といった調査を、効率的に行うための体制が求められるところだと思います。公取委の立入検査が入った場合の備えも必要です。
[2] 迅速な意思決定を可能とする体制の整備
社内の連絡網、経営陣への報告プロセスなど、対応方法に関するマニュアルを作成し、それを周知することが考えられます。
その上で、早急にリーニエンシーの利用を決断しなければなりません。
第4 内部統制システムと取締役の責任
1 内部統制システム構築義務違反と取締役の責任
大会社、委員会設置会社において内部統制システム構築義務は取締役(会)の決定事項として義務化されています(会社法348条4項、同365条5項、同416条2項)。また、それ以外の会社であっても、会社の実情に応じた内部統制システムの整備を行うことは、取締役の善管注意義務(会社法330条参照)の一環として要求されています。
従って、取締役は、取締役会の構成員として、また、代表取締役または業務担当取締役として内部統制システムを構築する義務を負い、さらに、代表取締役及び業務担当取締役が内部統制システムを構築すべき義務を履行しているか否かを監視する義務を負うと解され(参考判例:大阪地裁平成12年9月20日判決)、これに違反すれば任務懈怠の責任を問われることになります。
もちろん、ここにいう内部統制システムは、違反行為の抑制、リスク管理について実効性を有することが大前提であり、「内部統制システムが存在する」だけでは足りません。
2 リーニエンシー制度の利用に関する取締役の責任
リーニエンシー制度の適用開始に伴い、同制度の早期申請を可能とするための内部統制システム構築は、基本方針である「損失の危険の管理」(会社法施行規則100条など)にかかるものとして理解されるべきであり、その不履行は取締役の任務懈怠として追及の対象となります。
また、仮に迅速な意思決定に向けたシステムが存在したとしても、それを活用することなくリーニエンシー制度の恩恵に与れなかったとき、かかる事態が[1]事実認識の重要かつ不注意な誤りに起因して、あるいは、[2]経営陣の意思決定の過程、及び内容の不合理・不適切さに起因してもたらされたのであれば、それを招いた経営判断それ自体が過失とされる余地は十分あると考えられるべきでしょう(経営判断の原則の限界について、文献6・7頁)。
▽参考文献
1 独占禁止法入門(厚谷襄児著・日経文庫)
2 公正取引委員会ホームページ:
課徴金減免制度(http://www.jftc.go.jp/dk/genmen/index.html)
3 逐条解説・平成21年度改正独占禁止法(藤井宣明、稲熊克紀著・商事法務)
4 競争法コンプライアンス体制に関する研究会報告書(経済産業省)
5 弁護士研修専門講座・独占禁止法の知識と実務
(東京弁護士会弁護士研修センター運営委員会編・ぎょうせい)
6 新株主代表訴訟対応マニュアル〔改訂版〕(経済法友会マニュアル等作成委員会編・商事法務)
塚田 朋子(つかだ・ともこ)
弁護士
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