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若狭勝弁護士「崖にたとえる危険管理・危機管理」

「企業不正と社会責任」をテーマに15周年特別記念シンポジウム

  日本経営倫理士協会創立15周年特別記念シンポジウムが3月1日、東京都渋谷区のこどもの城で開かれ、企業のコンプライアンスやCSRの担当者ら約100人が参加した。テーマは「企業不正と社会責任――経営リスクのビフォー&アフター」。東京地検の特捜部副部長や公安部長を歴任した若狭勝弁護士が基調講演。地検時代の経験にも触れながら危機管理の効果的実践方法などを話した。続くパネルディスカッションでは、立教大学大学院教授の池田耕一氏、日本経済新聞特別編集委員の森一夫氏、消費者コンサルタントの三浦佳子氏が、企業、マスコミ、消費者それぞれの視点で具体的な事例にも触れながら意見を述べた。

日本経営倫理士協会専務理事
千賀 瑛一

 ■「崖っぷち論」で企業の危機管理のあり方を説明

 基調講演で、若狭氏はまず「崖に例える危険管理・危機管理」というテーマで話した。企業の破滅を、崖から落ちて地表に激突することに例える「崖っぷち論」で説明。地表に衝突しないために崖に近付かないことが危険管理(リスク管理)、崖っぷちにいる時に落下しない方策や、落ちた場合、その速度を加速させない方策を、危機管理(クライシス・マネジメント)とした。大切なのは崖に近付かないことで、その方策として大事な視点は二つあるという。

講演する若狭勝氏

 一つは問題察知能力。法律違反という明らかな不正ではないが、社会の価値観が変わっている中、問題となる危険を発見する能力。「いつまでも同じコンプライアンス意識だけでは不十分。自分の会社や組織特有の潜在的問題を感じ取り、それに対応したリスク管理をすることが大切」と強調。また、昨年の大阪地検特捜部の事件の背景に、組織がもともと抱えていたリスクも関係している、などと、自身の経験に基づく考察も語った。

 危険管理でもう一つ重要なことは、崖に落ちないよう支える「命綱」のチェック、という。リスク対策を行っているはずが、いつの間にか緩み、先頃起きた遊園地のコースター転落事故のように、大事件を招くこともあるので、注意が必要とも。

 次に、崖から落ちてもダメージを小さくするためには「第一は隠蔽しないことと、マスコミ対応を最重視すること」をあげた。

 不正などを公表すれば、業績低下などが懸念される。一方、情報開示による信用の向上などのメリットも。「だから、組織の維持・存続をどう図るべきかは天秤思考で考えていくべき」。つまり「隠すべき」に傾きがちな分銅より、「公表すべき」と考える分銅を、より重くすることが危機管理につながる、と説明した。

 数年前、無認可の食品添加物使用が発覚した企業の株主代表訴訟で、隠蔽に関与した役員に100億円を超える損害賠償が求められ、高裁は53億円の賠償を命じた。このように役員の責任強化が進む中、それを避けようという「保身」の意識も、不正の隠蔽を防ぐための「天秤の分銅」になるのでは、という意見も添えた。

 ■グローバル化で経営環境が変化

 後半は、3人のパネリストが最初に一人10分程度のスピーチを行った。

右から池田耕一氏、森一夫氏、三浦佳子氏とコーディネータの若狭勝氏

 長くパナソニックに勤務し経営倫理室長などを歴任した池田耕一氏は、若狭氏が用いた「崖っぷち論」を引き継ぎ、「今、崖が近付いている」とコンプライアンスをめぐる企業の現状を分析。

 池田氏の話によれば、外部経営環境は急激に変化している。その原因はグローバル化の急速な進展だ。日本のもとにあるのは、話し合い、助け合いを大切にする農耕文化だが、米・英は狩猟文化で、競争によって負け組はできても全体が豊かになればよい、と考え、「自由競争」「公正」「透明性」を重視する。そういう物差しが入ってきたことで、企業への社会的要求や期待が変化してリスクも拡大、さらには内部経営環境も変化している、と説いた。

 日本経済新聞特別編集委員の森一夫氏は「問題が起きない企業はない。不正を防ぐには管理強化だけでは不十分。ルールも、守れないものを作っても駄目で、現場とコミュニケーションをとり、現場に即したルールを作るべき」と提言。また、「良い企業風土づくりも重要で、組織の風通しをよくし、個人の感性、判断を生かして、コンプライアンスを誘導するような人事をすべき」とも述べた。

 問題が起きた場合、トップは「良きに計らえ」ではなく、率先して対応、メディアへの情報開示も積極的に、とアドバイス。不正が発覚した企業の記者会見に多く出席した経験から「会見で企業の体質が出る。その時にきちんと対応できる企業は、問題が起きても大丈夫」ともアドバイスした。

 消費生活コンサルタントの三浦佳子氏は「今の消費者は、価値観が多様で関心・興味も異なる多層構造にあり、企業のあるべき姿についても、企業側と消費者側でギャップがある」と指摘。

 企業の不正行為が明らかになった場合、その情報の受け止め方もさまざまという。「それが自分や家族にどういう影響があるかが重要。ところが大量の情報が入ってきて受け手が混乱してしまう」「知らない、分からないことに甘え、責任を事業者にだけ押し付けているのではないか」と消費者に対する問い掛けもあった。

 ■テレビCM変更で「本気度」伝わる

 パネルディスカッションは、参加者から出された20件の質問を軸に展開した。

 池田氏がスピーチの際に、パナソニック時代に対応した石油温風機事故に触れたことから、その話題がまず取り上げられた。

シンポジウム「企業不正と社会責任」の会場

 池田氏によると、パナソニックでは当初、対応の遅れなどから信用が低下、売上が落ちた。その後、同社のテレビCMを全て、問題の製品の告知広告に変更する、などの大がかりな取り組みにより、会社の好感度が増し、業績も回復したという。「年末セールの重要なかき入れ時に各部門がテレビCM差し替えを了承した。これは、このままでは加速度的に崖下まで会社が落ちる、という危機感を共有できたから」と内部の様子を明らかにした。ほかにも、全国の全世帯に告知葉書を送るなど、二百数十億円を投入したという。

 これに対し、若狭氏は「どこの企業もあれだけできるわけではない」と指摘。森氏は「確かに『やりすぎ』と批判する企業などもあったが、とことんやらないと伝わらない面がある」、三浦氏も「確かに本気度は伝わった」と語った。

 次に、内部通報制度の意義と限界、という話題に移った。若狭氏は「導入当時は、日本を密告社会にするのか、といった意見も多かった。今では、企業不正防止の『最後のとりで』とも言われる」と指摘。池田氏は「通報する仕組みの構築は当たり前で、それをどう運用するかが問われている」。森氏も「会社が社員から信用される組織でないと、こういう仕組みは活かされない。社長が現場に行かないような会社では駄目」と言い、三浦氏も「通報して変わるかどうか、その中で働いている人が一番よく知っている。結局は経営者の倫理意識では」と話した。

 ■記者会見は理解を得るチャンスにも

 危機管理の観点から、マスコミ対応はどうあるべきかについて、池田氏は「世の中の問題意識はどんどん変化する。それを認識して、それに応じた情報発信をすべき」、さらに「広報対応は大きく構えて小さく収める、つまり必要以上のものを用意しておくこと。そうしないと、速い変化、広いニーズに付いていけない」

 森氏は「記者会見に出たくない、という人がいるが、逆に言えば自社を理解してもらうチャンス」。その際、「書いてあるものを読み上げるだけでは困る。記者におもねるのも避けたい。ここまでは分かっていて、ここの部分は分からない、という仕分けをして言うこと。そうしないと、不要な誤解を受ける」。

 三浦氏は「消費者に対しては、会見では隠さない、本当のことを言う、正しい調査結果を言う、これに勝るものはない。うそはうそとして伝わる」。

 最後に「危機管理について大事なことは」という若狭氏の質問に、森氏は「崖っぷちに近付かないためには、トップは業務のあり方に真剣に目を向け、気付くことがあれば、直ぐ改善されるようにバックアップすること」。また「もし崖から落ちたら、社会や消費者にとって何が大切か、というところに軸足を置くべきでは」とつけ加えた。

 三浦氏は「社内外のコミュニケーションの強化」を挙げ「組織の外でも異業種交流などを通して、どこでどんなことが起きて、どういう方法で解決しているか、知ることも大切」と助言。

 池田氏は「基本的には、マネジメント能力のある人を昇格させる。内外の経営環境の変化に応じられる人を部長、本部長、取締役、あるいは社長にしていく、ということが大事ではないか」と述べた。

 

 〈経営倫理士とは〉
 NPO法人日本経営倫理士協会が主催する資格講座(年間コース)を受講し、所定の試験、論文審査、面接を経ると、経営倫理士の資格を取得することができる。現在、経営倫理士協会で受講受け付け中

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