2011年04月01日
▽筆者:村山治
■インテリジェンスの手法を仕事に使う
筆者の北岡元氏は、外務省国際情報局や内閣情報調査室の枢要ポストを歴任した有数の「インテリジェンス」の専門家であり、研究者である。日本では、「インテリジェンス」といえば、国際スパイや破壊工作のイメージが強いが、本書は、国際的な諜報の舞台裏を暴くような「際物」の本ではない。
欧米では、インテリジェンスの社会心理学的分析機能をビジネスに応用する研究が盛んだ。本書は、それらの研究成果をもとに、ビジネスマンや学生、家庭の主婦でも簡単にインテリジェンスを使いこなせるよう講義したインテリジェンス活用術である。
■誤解が誤解を生むケース
米国で実際にあった話。
美人の弁護士が上司からセクハラ被害を受け、事務所を代わった。新たな事務所の上司は、彼女の仕事ぶりを高く評価し、親切だった。ところが、この上司の衣服が次第に派手になり、香水もきつくなった。
彼女は、上司が自分に好意を持つようになったのではないか、と疑い、上司との距離を置いた。その結果、仕事はうまくいかず、勤務評定は並みの評価だった。彼女は、自分はセクハラから逃れられない運命なのか、と嘆く。
実は、その上司は、同性愛者だった。派手な衣服などはパートナーの好みだった。仕事では彼女を高く評価していた。彼女を酷評する別の上司に弁明さえしてくれていた。
ちょっとした誤解でコミュニケーションがなくなり、さらに大きな誤解につながり、人間関係がこじれる。職場ではよくあることだ。
多くの人が、思い当たるところがあるはずだ。
■心理学的要素を分析し、意識して行動する
北岡氏は、この失敗の原因には以下の4つの心理学的要素があると指摘する。
「プライミング効果」(曖昧なインフォメーションを確定的に解釈する)、「性格・状況混同のエラー」(好きな人が立派なことをしたときは、その人の性格が原因だと無意識に考える)、「自己中心のバイアス」(他の人の行動の原因が、自分にあると思い込む)、「バランス逸脱のバイアス」(他の人の意図を、その人が自分の目の前で費やした金や時間のみから推測する)――である。
同じような状況にぶつかったとき、これらの要素をひとつひとつ意識して自らの行動や考え方を見直すと、自分の中で、最適行動を取るためのインテリジェンス機能=インテリジェンス・サイクルが働き始め、失敗を回避できる――。
本書では、米国のハーバード・ビジネススクールなどの研究で明らかになった、こういう企業活動や日常生活で起きる具体的な20のケースの分析をわかりやすく紹介し、覚えておくべき要素の言葉と、言葉にまつわる「トリビア」を記述している。
■インテリジェンスの定義とインテリジェンス・サイクル
日本の代表的な辞書である広辞苑(2008年1月)で「インテリジェンス」を引くと、「(1)知能、知性、理知(2)情報」と定義されている。一方、「情報」を見ると、その英訳は「information(インフォメーション)」となっている。
「インテリジェンス」と「インフォメーション」を同じ「情報」で表現している。これは、日本人が「知能、知性、理知」と「情報」を曖昧に使い分けることに慣れてきた反映ともいえるだろう。
北岡氏は、インテリジェンスをインフォメーションと峻別し、「判断・行動のために必要な知識」と定義する。そして、インフォメーションをインテリジェンスに高め、判断・行動に結びつけるプロセス「インテリジェンス・サイクル」を、インテリジェンスの神髄とする。
政府でいえば、政府が政策を立案するため情報機関に対して情報要求を出し、情報機関側が情報を収集・分析し、政府側にフィードバックする。政府側は必要があれば新たな情報要求を出す。こういうサイクルを繰り返すことで、政府は目的(国益)を実現していくわけだ。
■直感ー無意識を科学する
もっとも、インテリジェンス・サイクルは、国家の専売特許ではない。物事を成し遂げるために、我々は情報を収集・分析して戦略を立て戦術を練る。企業や個人が行う経済活動、報道機関の記者たちによる調査報道でも、日常的に行っている。ただ、その多くは、科学的裏付けのない直感や経験による「ノウハウ」の場合が多い。
それを、科学的に整理し、言葉で定義付けしたのがこの本だといっていい。
北岡氏は、物事をうまく進められないのは、
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