2011年04月07日
▽筆者:朝日新聞編集委員 村山治
■国民の視点からの分析と提言
検討会議は、大阪地検特捜部の証拠改ざんなどの事件を受けて昨年10月6日、当時の柳田稔法相が、検察組織のあり方を見直すため、外部の有識者を入れて法相の諮問機関として設置した。
メンバーは、裁判所、検察庁、弁護士会の法曹三者の関係者や、元警察幹部や学者、ジャーナリストなど各界の15人。刑事司法の運営にかかわる法曹三者と警察については、元日本弁護士連合会会長、元高裁長官、元検事総長、元警察庁長官ら組織のトップ経験者が起用された。個人参加ではあるが、それぞれの組織の利害をも代弁する形となった。
昨年11月から15回の会議を開催。無罪判決を受けた厚労省元局長の村木厚子さんら関係者から聴取したほか、全検事1444人に対する意識調査や、取り調べの録音録画を導入している韓国の実情視察なども行った。
検討会議は、最高検が昨年暮れに公表した一連の事件の検証結果をもとに問題の所在を分析した。その結果、いったん強制捜査に着手したら、立ち止まれない特捜部の体質や歪んだエリート意識が事件の背景にあった、と認定。さらに、検察の捜査、特に、取り調べに重大な問題があった、と判断した。
そのため、特捜部の存廃も含め、検察再生のための体質改善と検察捜査の在り方を議論することにし、問題点を、「検察の使命と役割」「検察官の倫理および人事・教育の在り方」「検察の組織とチェック体制の在り方」「取り調べをはじめとする検察における捜査・公判の在り方」の4つに整理。それぞれについて、あるべき姿とそれを実現するための提言を行った。
最も議論が白熱したのは、「捜査・公判の在り方」の中の、「取り調べの可視化(録音・録画)」をめぐる問題だった。
日本弁護士連合会を背景とする委員らが「取り調べの全面可視化が、冤罪の再発防止の決め手」などと主張したのに対し、検察、警察の側に立つ委員がこれに反対し、「自白を得られなくなり、真相解明の役割を果たせなくなる」と抵抗。両者は激しく対立し、最後まで溝が埋まることはなく、議論は、新たな制度改革の場に移されることになった。
■検察に厳しい反省を求める
提言は、まず冒頭、村木さんが無罪となった事件や同事件の捜査主任検事による証拠隠滅事件など一連の事件について、「巨悪を眠らせず、公正な社会の実現に向けた役割を期待されてきた特捜部に対する信頼を根底から失墜させた」「刑事司法の重要な一翼を担う検察の捜査・公判活動全体への不信を招くことにもなった」と厳しく指弾した。
そのうえで、検察の体質改善のための方策として、
(1)冤罪(えんざい)を防止し、真犯人の適切な処罰を実現するという使命・役割を、検察官は改めて自覚するべきである。
(2)同僚や部下からも幅広く情報収集するなどし、より適切な人事評価とこれにもとづいた幹部人事を行い、幅広い人材の採用や女性職員の幹部登用の促進などで人材の多様化を図り、全国的な見地での人事配置を検討するべきである。
(3)検察内部に違法・不適正行為の監察を担当する部署を設置し、内外を問わず申立てを受け付け、同部署の活動状況について外部の有識者らから意見・助言を得る仕組みを整備するべきである。
(4)検察運営全般について外部の有識者らに報告するとともに、社会・経済情勢の変化、国民意識の変化などを踏まえた検察運営の在り方に関し適切な意見・助言を得られるような仕組みを構築するべきである。
――などを挙げた。
特捜部の存廃については「政官財の各界の犯罪を積極的に摘発する機能は必要で、廃止の必要はない」という意見が大勢を占めた。その上で提言は「捜査能力の向上とチェック機能の強化などを図るため、名称、組織体制・編成、人員配置を含め、特捜部の組織の在り方を見直すための検討を行うべきである」と指摘した。
最高検が昨年暮れの検証報告で打ち出した、地検特捜部の独自捜査を高検検事長が指揮するなどの「縦のチェック」の強化について、検討会議は、特捜部内部において捜査・処分が自己完結する体制を改め、地検内部の別部門が公訴官的な視点で捜査をチェック、起訴・不起訴を判断できる「横からのチェック」体制も構築するよう求めた。
■可視化の拡大を求める 全面可視化については両論併記
「取り調べの可視化」については、提言は「検察における取り調べの可視化の基本的な考え方」として、「被疑者の取り調べの録音・録画は、検察の運用及び法制度の整備を通じて、今後、より一層拡大するべきである」とした。
そのうえで、特捜部が3月18日から試行している取り調べの録音・録画について「取り調べのうち都合のよい一部を検事の裁量で行うもので、検事の恣意により消極的な運用がなされる恐れがある」との意見があったことを紹介し、できる限り、広範囲の録音・録画を行うよう努め、身柄拘束の初期段階や、主要供述調書の作成時の取り調べを原則、対象にすることを求めた。試行については、1年後をメドに検証を行い公表することも求めた。
さらに、特捜部に限らず、横浜、神戸、福岡などの各地検にある「特別刑事部」でも可視化の試行を求めたほか、知的障害でコミュニケーション能力に問題がある被疑者らの取り調べでも、録音・録画を試行すべき――などとした。
ただ、日本弁護士連合会などが主張する「全過程」可視化については、「今後の方向性として、全過程の録音・録画の実施を目指すべきであるとの意見も多くの委員の支持を得た」としながら、逆に「録音・録画の導入により、特捜部などが取り扱う汚職、企業犯罪捜査で重要な役割を果たしている取り調べの機能がそこなわれかねないとの懸念も十分に踏まえて検討すべきとの指摘も多くの委員からなされた」と記載。両論を併記した。
■「全面可視化」が悲願だった日弁連の不満
提言を受けて、宇都宮健児・日弁連会長は、「取調べの全過程の可視化が直ちに実施されず、先送りされたのは大変残念だ」と不満を表明した。日弁連にとって取り調べの全面可視化は長年の悲願だったからだ。
可視化導入をめぐる議論は、10年前の司法制度改革審議会で行われていた。2001年6月の同審議会の意見書は「刑事手続全体における被疑者の取調べの機能、役割との関係で慎重な配慮が必要である」とし、将来的な検討課題とした。
その後、司法制度改革関連法案を審議した国会の委員会附帯決議を受けて法務省、日弁連、最高裁による可視化導入の是非についての協議が04年から6年間行われたが、法務省側は「可視化するなら、検察には取り調べに代わる新たな捜査手法が必要だ」とする一方で、捜査手法についての具体的な提言はせず、協議は中断された。
2009年の裁判員裁判施行を前に、裁判員の判断材料の一助として06年8月から裁判員対象事件で一部可視化を始めた。この時も、日弁連側は、裁判員裁判対象事件以外の事件への拡大を求めたが、法務省側は応じなかった。
法務省側が可視化拡大に抵抗したのは、「特捜検察の取り調べに対する影響を回避するためだった。政官界汚職や大型経済事件など組織犯罪の摘発には、関係者の供述が必要だとする特捜現場の声を尊重した」(元法務省幹部)ためだ。
■千載一遇と意気込む「全面可視化」派
その特捜部の取り調べにかかわる不祥事を受けて設置された検討会議の場を、日弁連や同調するグループは、全面可視化を実現する千載一遇のチャンスととらえていたとみられる。世論は検察に厳しく、日弁連などの可視化要求を後押ししていた。
前日弁連会長の宮崎誠委員(弁護士)は、「捜査を実効的にチェックする仕組みとして取り調べ全過程の録画・録音の義務化が直ちに実現されなければならない。厚労省元局長の冤罪事件でも不適正な取り調べが明らかになった」(会議に提出した意見書)などとし、特捜事件だけでなく全刑事事件での取り調べの可視化を求めた。
ロッキード事件で田中角栄元首相、リクルート事件で江副浩正元同社会長の弁護人を務めた石田省三郎委員(弁護士)も「適正な取り調べを確保し、検証するためには、取り調べに際して弁護人の立ち会いや全過程の録音・録画を行うことが、最も有効な手段であることは、だれの目から見ても明らか」とこれを応援。ジャーナリストの江川紹子委員は、大阪府警の不祥事などを検討会議で取り上げ、密室の取り調べが冤罪の原因になっている、などと主張した。
検討会議では、警察の問題は、諮問対象外だとして正面からの議論は行われないはずだった。しかし、警察は検察と同じ刑事手続きで捜査をしている。必然的に「全面可視化」の議論は、特捜事件から、それ以外の事件=警察の取り調べにまで及んだ。
■「全面可視化」反対派の反論
これに噛みついたのが元警察庁長官の佐藤英彦委員だった。佐藤委員は知能犯を摘発する警視庁捜査2課長や同刑事部長を歴任。警察きっての捜査のプロといわれた。
佐藤委員は、「事案の真相を明らかにして刑罰法令を適正かつ迅速に適用実現するには、被疑者の取り調べによって真実の供述を得ることが不可欠。全面可視化すれば、自白を得るのは不可能で、秩序維持システム脆弱化の危険がある」(意見書)などとし、(1)刑法などを改正し、犯罪構成要件から主観的要素を排除する(2)取り調べに代わる捜査手法の立法(3)被疑者の特定・犯罪証明のための捜査手法の導入――などが全面可視化の絶対条件だと主張した。
経済界の意見を代表する元日本経済団体連合会競争法部会長の諸石光煕委員(弁護士)も「取り調べの可視・可聴化は、周到な制度設計のもとで実行すると大きな効果が期待されるが、刑事司法制度全般にわたる改革を置き去りにすると、検察の捜査能力が低下し、国民の不信を招く」(意見書)と同調した。
刑法学者でも、一橋大学大学院教授の後藤昭委員が全面可視化を主張したのに対し、東大大学院教授の井上正仁委員が反対するなど、千葉座長を除く14委員が、それぞれの立場で議論を戦わせた。
■可視化方針をめぐる3つの議論
会議で表明された意見をもとに整理すると、委員の主張は概ね以下の3つに別れた。()は検討会議事務局の認定。
(1)冤罪の原因は、密室における不適正な取調べだ。可視化はその有効な防止策となる。供述の任意性・信用性を的確に評価するためにも有効だ。捜査への影響はないか、あるとしても僅かなもの。速やかに全過程の録音・録画を義務付けるべきだ。先進国で例を見ない密室の取調べをいつまでも続けることはもはや許されない。(宮崎、石田、江川、後藤委員)
(2)取調べの録音・録画を拡大するとしても、なお、録音・録画が取調べの機能に与える影響など精緻な検討を加えるべき論点が解決されないまま残されている。現状では全過程録音・録画を義務付けるべきなどの結論を出すことは相当でない。日本の刑事司法制度全体に関わる問題だ。関係諸機関の代表者を含むより専門的な場で刑事手続全体の在り方を踏まえ、なるべく広範な録音・録画が実施できるよう。制度設計を行うべきである。特捜部における録音・録画の試行などを通じて副作用の有無・程度を具体的に確認し、段階的に取調べの可視化を進めるべきだ。(井上委員ら4人)
(3)取調べの録音・録画を義務付ければ、取調べによって被疑者から真実の供述を得て事件の真相を解明することが著しく困難となるケースが生じることは明らかだ。取調べの可視化を先行させるべきでなく、同時に新たな捜査手法の導入や立証を容易にするための実体法の規定の見直しなどを行わなければならない。(佐藤委員ら4人)
原理的な対立の側面もあり、議論は膠着した。特に、(1)と(3)のグループの溝は深く、一時、「結論を出さず、解散すべきではないか」との意見も出た。
■「改革のチャンス」ととらえた検察改革派
検察は「まな板の上の鯉」だった。そうした中で、元検事総長の但木敬一委員(弁護士)や法務・検察幹部の一部は、この検討会議を「取り調べ・供述調書への過度の依存からの脱却の道筋をつける」最大のチャンスととらえていた。
但木委員は、法務省官房長、同事務次官として、裁判員裁判や法科大学院を実現した司法制度改革を推進した。同調するほかの法務・検察幹部の多くも、司法制度改革にかかわっていた。
但木委員らは、特捜部の取り調べ重視の捜査の限界を、かなり前から認識していた。取り調べにからむ不祥事で、特捜部の取り調べの可視化が避けられないなら、むしろ正面から議論し、取り調べの透明性を担保しつつ、うまく機能しなくなった取り調べを補完し、また、それに代わるべき捜査手法や捜査構造を追求すべきと考えた。
但木委員は、「調書裁判からの脱却」を全面に打ち出した。
「公判に真実の証拠を出すために公明・公正な証拠収集手段や仕組みが設けられるべき。取り調べ以外の新たな手段や仕組みにより信頼できる供述証拠や客観的な証拠が獲得できるようになれば、取調べが捜査に占めるウェートが相対的に下がり、潜在的危険を持つ取調べや供述調書に過度に依存する必要がなくなる」(但木委員の意見書)
そして、新たな捜査手法や仕組みになりうる例として、外国で採用されている捜査手法などを紹介した。
(1)電子媒体を含め通信・会話の傍受(2)捜査協力した被疑者に対する量刑減免、虚偽供述に対する制裁、司法取引を通じた捜査協力や自白獲得(3)有罪答弁をした被告人に対しては公判審理を要しないアレインメント(有罪答弁制度)(4)被告人も偽証罪の対象とする――などだ。
■可視化論議を枠内に取り込む抜本改革論
調書裁判からの脱却を果たす、ということは、裁判所が、検察側が作成した供述調書を通してではなく、法廷で直接事実を見聞きして有罪無罪の心証をとる公判中心主義に切り替えて行くことを意味する。
取り調べや供述調書だけでなく、刑事訴訟法全般について、また、勾留実務の運用などの全面見直しが必要となる。
それに比べると、可視化の議論は、取り調べという捜査の一過程をめぐる問題にすぎず、逆に、調書を重視する考え方ともいえる。公判中心主義に向けて刑事司法制度全体を見直す大きな議論の中では、相対化されることになる。
それでも、「調書裁判からの脱却」論は、裁判所はもちろん、弁護士も警察も、刑事司法に携わる人たちにとって反対のしようがない議論だった。
まず、裁判所を背景とする委員たちが賛同した。
「全面可視化」論の委員たちも、全面可視化の議論と調書裁判からの脱却の議論を合わせて行うことに同意した。
全面可視化派の委員たちは、取り調べ・供述調書の偏重が冤罪事件などの背景にあることは十分認識していたが、「司法制度改革以来、録音・録画の議論が法務・検察側の都合で棚上げにされてきた経緯があることから『調書裁判からの脱却』の議論が、先送りのための法務・検察側の戦術ではないか、との疑念を一部の委員が抱いていた」(弁護士の委員)。
しかし、但木委員の熱弁や、最高検が特捜部の録音・録画の試行に踏み切ることを宣言したことで、今回は、検察側が本気だ、と受け止める人も出てきた。さらに、可視化が実現した後、取り調べへの弁護人の立ち会い、長期の勾留で自白を得ようとする人質司法の解消などをその場で提起できるとの思惑もあり、「調書裁判からの脱却」の議論に加わることにした人もいるとみられる。
取り調べに代わる捜査の武器が整備されない限り、全面可視化には応じない姿勢だった委員たちも、最終的に同調した。調書裁判からの脱却のための議論では、当然、取り調べに代わる武器の議論も行われるとの計算も働いたと推測される。
全面可視化反対論に立つ委員の間にも、法務・検察が取り調べの可視化に本気で取り組んでいることが次第に浸透。「その流れで、検察がさらに可視化拡大に突き進むと、同じ捜査スタイルをとる警察が取り残された形になり、警察が国民の批判を受ける、との危惧もあった」と全面可視化反対の委員の一人はいう。
「調書裁判からの脱却」論は、全面可視化をめぐって鋭く対する意見の「最大公約数」として議論の「土台」となった。
千葉座長は、全面可視化をめぐり対立した検討会議の議論を、「調書裁判からの脱却のための法制度整備を出口とする」ことで集約し、会議の収束を図った。
検討会議の議論は、「同様の事態を二度と引き起こさないようにするためには、現在の刑事司法制度が抱える問題点に正面から取組み、多岐にわたる諸課題を検討して新たな刑事司法制度を構築していく必要」(提言)を強調し、そのための法制化を含めた本格的な議論の場を作る、との結論へと流れ込んでいった。
■取り調べ・供述調書偏重からの脱却をうたう
最終的に千葉座長は、全委員から一任をとりつけ、「新たな刑事司法制度の構築に向けた検討を開始する必要性」との柱を立てた。
その骨子は「取り調べ及び供述調書に過度に依存した捜査・公判の在り方を抜本的に見直し、制度としての取り調べの可視化を含む新たな刑事司法制度を構築するため、直ちに、国民の声と関係機関を含む専門家の知見を反映しつつ十分な検討を行う場を設け、検討を開始するべきである」というものだ。
提言は、「検察では、供述調書による立証・事実認定を重視するあまり、供述の信用性などの慎重な検討を軽視し、検事の心証に合う供述調書さえ作成できればよいという極端な取り調べ・供述調書偏重の風潮があり、それこそが日本の刑事司法の本質的、根元的な問題」だとした。
そのうえで、「人権意識や手続の透明性の要請が高まる中で、密室での追及的な取り調べと供述調書に過度に頼る捜査・公判を続けることは、時代の流れと乖離し、刑事司法における事実解明は困難で、国民の期待に応えられない」「国民の安全・安心を守りつつ、冤罪を生まない捜査・公判を行っていくために、追及的な取り調べによらずに供述や客観的証拠を収集できる仕組みを早急に整備しなければならない」とした。
そして、「このような捜査・公判の在り方の検討は、基本法令の大幅な見直しなどを伴うことが予想され、また、国民生活に影響する刑事司法全体の在り方に大きくかかわることから、広く国民の声を反映し、関係機関を含めた専門家による立ち入った検討が必要」と結んだ。
■司法制度改革で積み残した問題
「冤罪防止」と「真相解明」。その2つは、安心・安全を求める国民にとってはいずれも必要なものだ。現行の刑事司法ルールは、ともすると、その2つが対立することになってしまうところに問題があった。提言は、そういう現行ルールに見切りをつけ、今までとは全く違う新たな捜査・公判のルールの構築を求めたもの、といえる。 提言が求めたこの「新たな刑事司法制度」の構築は、1999年に始まった司法制度改革で積み残した問題だった。
司法制度改革審議会の意見書(2001年6月)は、「新たな時代に対応しうる捜査・公判手続の在り方」の1項を設け、「刑事免責制度等新たな捜査手法の導入については、憲法の人権保障の趣旨を踏まえながら、今後の我が国の社会・経済の変化やそれに伴う犯罪情勢・動向の変化等に応じた適切な制度の在り方を多角的な見地から検討すべきである」としていた。
当時は、裁判員裁判の導入や法科大学院などの法制化でエネルギーを費やし、具体的な論議に入らず、終わっていた。
捜査・公判ルールにかかわる刑事司法改革は、国民全員の利害にかかわる。いずれ、国民全体で取り組まねばならない問題だった。
■カギ握る警察
しかし、「次の舞台」は簡単ではない。提言を受け法制審での議論が始まる見通しとなったが、改革の対象となる論点は幅広く、それぞれ、意見の違いがある。論点をどう絞り込み、どの順番で法案化を議論するのか。法曹三者代表や警察は当然、議論に参加するにしろ、学者や国民の側の代表にだれを選ぶのか。
最大の課題は、警察がこの議論に前向きに協力するかどうか、だ。
2008年の検察統計年報では、交通事件を除く警察送致の刑法犯、特別法犯は42万4589件。一方、特捜部を含む検察が国税局や証券取引等監視委員会などの告発を受けて捜査する脱税、金融商品取引法(旧証券取引法)違反などは5168件。特捜部が独自捜査を行う贈収賄、政治資金規正法違反などは1890件。
警察の事件数は圧倒的に多い。捜査員の能力、作業量と人員などの関係で、警察は、取り調べに代わる捜査手法についての明確な見通しが確立するまでは、全面的な可視化については強硬に反対するのではないか、と検討会議の一部の委員は危ぶむ。
裁判員裁判などを導入した前回の司法制度改革は、法曹三者中心に議論が進められたため、警察は事実上「蚊帳の外」だった。今回は、刑事事件の大半を捜査する警察がむしろ、主役の面がある。警察が積極的に議論に加わらねば話は進まない。
■監獄法改正とのアナロジー
5年前、百年ぶりに改正された監獄法とのアナロジーが参考になる。
監獄法改正も、02年に起きた名古屋刑務所の刑務官による不祥事がきっかけで、法改正議論の主な当事者も、同じ法務省、日弁連と警察庁だった。
受刑者の処遇問題や未決被疑者らを収容する警察の「代用監獄」(留置場)の永続化批判が噴出したのを受け、法務省と警察庁は、1982年にそれぞれ、刑事施設法案と留置施設法案を国会に提出した。しかし、実質審議に入らないまま廃案となり、その後、2度にわたって修正案が出されたが、いずれも廃案となった。
法務省は事実上、法改正を断念。06年に改正されるまで長い間、受刑者の人権問題は棚上げされてきた。
法務省幹部によると、改正が難航したのは、日弁連などが、本来の拘置所の代わりに使う代用監獄撤廃を求めて強く法案に反対したこともあるが、法務省と警察庁の間で法案をめぐる調整がつかなかったのが直接の原因だった。「警察側は、法務省が刑事施設法案を先行させると、留置場法案が置き去りにされ、批判の矢面に立つことを恐れた」と同幹部はいう。
事態を一変させたのは
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