2011年04月06日
日本経済に大きなダメージを与えた東日本大震災。今後、企業の資金繰り支援や顧客・従業員の安全の問題など多岐にわたる法律問題の発生が予想される。それらの問題への法務対応の是非は、その企業の帰趨を左右しかねない。柴原多弁護士が、予想される問題点を整理し、どのような点に注意すべきか、解説する。
東日本大震災と法律問題
西村あさひ法律事務所
弁護士 柴原 多
■震災が経済活動に与える影響
今回の震災は、東北地方のみならず、広く日本全般に影響を与えている。
これは東北地方に本店・支店・工場・営業所等がある会社だけでなく、東北地方に取引先のある会社の事業計画にも大きな影響を与えている。
また、東北地方に直接の関係がない会社でも、東京電力の計画停電による工場の一時操業停止などは、各社の事業計画に影響を及ぼしかねない。
さらに、計画停電は、電力需要がピークに達する夏場にも実施されかねず、仮に実施された場合には夏場に集客が見込まれる事業にも大きな影響を与える可能性がある。
このような状況を踏まえて、企業の資金繰り、復興又は代替策の構築に必要な資金調達、さらには企業法務の実務がどのように動くかは注目すべき課題である。本稿では、これらの点につき、考えてみることとしたい。
■資金繰りに関する金融庁の要請など
まず、資金繰りに関しては、既に金融庁から各金融機関に対して要請が出されている(http://www.fsa.go.jp/news/22/sonota/20110323-2.html)。
具体的には、金融機関による適切かつ積極的な金融仲介機能が重要であることから、(1)手形交換所において、今回の災害のため不渡りとなった手形について、不渡り報告への掲載などを猶予することとなったことを踏まえ、災害時における手形の不渡り処分について配慮すること、(2)今回の災害の影響を直接、間接に受けている顧客から、返済猶予などの申込みがあった場合には、中小企業金融円滑化法の趣旨を踏まえ、できる限りこれに応じるよう努めること、(3)上記(1)及び(2)を含む当局からの要請内容やこれに関連する各金融機関の対応方針などについて、可能な限り顧客に対し広く周知するよう努めること、が要請されている。
また経済産業省においても、中小企業の資金繰りが厳しい状況にあることに伴い、リース事業者に対して、リースの支払猶予について柔軟かつ適切な対応を要請している(http://www.meti.go.jp/press/2011/04/20110401007/20110401007.html)。
上記要請を踏まえ、金融機関には、被災した企業の資金繰り支援が期待されるが、企業の資金繰り改善には、金融機関のみならず、取引先などの協力も広く必要である。一方で、かかる取引先の協力には、その背後にいる利害関係先の理解もかかせない点に留意すべきであろう。
もっともかかる猶予措置は短期的な措置としては有用だとしても、最終的には被災した企業の負債の適正化をどのように行うのかという問題は残る。かかる適正化は、通常のように個々の企業と金融機関の間で行うのか、それとも集団的処理が行えるよう特殊な法的措置を構築するかは、今後の議論の推移を見守る必要があろう。
■新規の資金貸出しなどと留意点
また新規の資金貸出し(報道によると実際にも相当の資金調達の要請がなされているようである)についても従来と同様の対応でよいのかという問題もあるように思う。リスクマネーを提供する者(融資者ら)としては当然、善管注意義務に配慮する必要があるが、このような状況下で債務者に対して従来と同様のレベル感でデューデリジェンスや表明保証などを要求することが果たして適切なのかという問題があるようにも思う。
善管注意義務はその時々の状況によって判断されるものであるならば、国難ともいえるべきこの状況下において、企業が効率的かつ迅速に対応することが法的にも可能であるか検討されるべきであるようにも思う。
なお、中小企業庁も「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震等による災害の激甚災害の指定及び被災中小企業者対策について」というプレスリリース(http://www.chusho.meti.go.jp/earthquake2011/110313TohokuGekijinShitei.htm)を出しており、災害復旧貸付・災害関係保証などの被災中小企業向け措置を講ずることを発表している。
■定時株主総会対応など
法務省も定時株主総会の開催時期に関するコメント(同地震の影響により、当初予定した時期に定時株主総会を開催することができない状況が生じている場合には、そのような状況が解消され、開催が可能となった時点で定時株主総会を開催することとすれば、会社法296条1項の規定に違反することにはならないと考えられる旨)を(http://www.moj.go.jp/hisho/kouhou/saigai0011.html)出しており、実務上の対応の参考となる。
■その他の法律問題などと特例措置
このほかにも、(1)かかる状況下では、問題を抱えた企業に対して(サポートする能力のある)企業を金融機関や商社などが仲介・紹介機能を強く発揮できるかが期待されること、(2)建設業を始めとする復興産業などの協力への期待とそれに関係する法律問題、(3)震災による会社の資金繰り悪化と労働問題、(4)短期的なサービスの低下と債務不履行の関係など、様々な法的問題などが生じ得ることが想定される。
特に(4)の問題は、顧客や従業員に対する安全配慮義務とも関係する問題である。被災地やその周辺では通常のサービス内容を提供できなくなる可能性がある一方、通常では問題になりにくい事項(二次災害など)に対する配慮までも要求される可能性がある。また、そのような難しさがあるからといって、企業が一律に顧客らに特殊な免責を求めることは消費者契約法などの関係でも問題が生じ得る点に留意されたい。
今後は、このような震災に起因した様々な法的問題が紛争に発展することも想定されるが、かかる紛争については、裁判上の手続のみならず、紛争の類型に即して、仲裁・調停といった裁判外紛争解決手続など、これを公平且つ迅速に処理する紛争解決手続の活用も期待されるところである。また日本弁護士連合会等も各種の相談体制を敷いている(http://www.nichibenren.or.jp/ja/special_theme/saigaihhukou.html)。
なお、これらの点に関しては「特定非常災害の被害者の権利利益の保全等を図るための特別措置に関する法律」及びこれに関する政令(平成23年東北地方太平洋沖地震による災害についての特定非常災害及びこれに対し適用すべき措置の指定に関する政令)に留意する必要がある(http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01gyokan04_01000007.html)。
同法は具体的には、
(ア)同法3条は、特定非常災害の被害者の行政上の権利利益(特定権利利益)であってその存続期間が満了前であるものを保全し、又はその存続期間が既に満了したものを回復させるため必要があると認めるときは、満了日を延長する措置をとることができる、
(イ)同法4条は、特定非常災害発生日以後に履行期限が到来する義務であって、特定非常災害により当該期限到来までに履行されなかったものについて、その不履行に係る行政上及び刑事上の責任が問われることを猶予する必要があるときは、政令で、特定義務の不履行についての免責に係る期限を定めることができる、
(ウ)同法5条は、特定非常災害により債務超過となった法人に関して、支払不能等の場合を除き(当該債務超過を理由する)法人に対する破産宣告の留保、をそれぞれ規定している。
■小括
以上述べたほかにも震災に関する法律問題は多岐に亘るが、企業法務における震災対応は、企業の帰趨を大きく左右するため、実務の集積と深化、さらには、特別措置法の立法ほかの立法的解決が望まれる。
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