2011年04月23日
外国法事務弁護士・米NY州弁護士
スティーブン・ギブンズ(Stephen Givens)
日本の大手渉外法律事務所は、ここ数年じわじわと海外進出を始めている。ニューヨーク、上海、ホーチミン等に日本人弁護士を1~2人、現地スタッフを2~3人という小規模なやり方だ。代表的な英米大手ロー・ファームはロンドンやニューヨークの本部に500~600人、海外の主たる都市にそれぞれ20~50人のローヤーを配していることを考えると、海外での日本の法律事務所の存在感はまだ極めて薄い。しかも、将来的に英米系の法律事務所のように、組織と人材の大部分を本国以外に設けることはまずないだろう。日本の法律事務所が英米系のグローバルファームの東京支店として吸収合併されることは実際に起きているしこれからも十分あり得るが、逆のシナリオ、つまり日本の法律事務所が大規模なグローバルファームを構築することは想像しにくい。
なぜか? 日本の法律事務所がグローバルになるのはなぜ無理なのか?
もっと興味深い問題がある。野村証券をはじめ、日本の金融機関がグローバルな舞台でゴールドマンサックスと対等に競争する夢はどうか?
実は、ローファームとファイナンシャルサービス業の成功のカギは非常に似ている。
日本の法律事務所も証券会社も海外において次の三つの障害にはばまれる:(1)言語問題、(2)日本型資本主義のやり方は国外で通用しないこと、(3)優秀な外国人を採用し、組織に取りこむ困難さ、である。
言語問題については、日本の法律事務所のウェブサイトに掲載されている海外支店の情報を見ると一目瞭然だ。海外支店に関する情報は日本語版のみなのである。対照的に日本国内のサービスに関しては英語版がある。ということは、最初から海外では日本の法律事務所は日本企業の顧客しか想定せず、外国企業の顧客の獲得を断念しているのである。結局、海外支店に所属する日本人弁護士の存在価値は、自信のない日本企業と地元の法律家との間の橋渡しぐらいに限られている。使用言語が日本語でない顧客には全く価値のないサービスだ。逆にいえば、海外勤務している日本企業のサラリーマンにもっと英語や中国語の能力があれば、間に入る日本人弁護士を飛ばして、直接、地元の法律家と相談できるはずだ。
ところで、日本の銀行、保険会社、商社の今までの海外ビジネスの内容が何だったのかというと、日本の法律事務所の海外支店と全く同じだ。すなわち言語に自信のない日本のメーカー企業を顧客として地元の官庁、取引先等とのコミュニケーションをお手伝いすることである。最近になって日本の金融機関は海外で日本企業のサポートサービス以外にも、直接地元のマーケットに銀行口座、生命保険、投資顧問サービスを売り込もうとしているが、海外支店の日本人弁護士と同じように、地元の顧客が地元のプロバイダー(サービス提供者)に比べてそれら(日本の金融機関が提供するサービス)に魅力やメリットを感じるかというと、それは疑問である。
日本の人口の半分しかない、日本と同じ島国であるイギリスは2番目の障害を象徴している。英国の経済力は日本よりはるかに小さいのに、イギリスのビッグファームはなぜヨーロッパとアジアの主たる都市に大規模な支店を構えることができるのか? その理由は英語が国際取引と契約の使用言語になっていること以前のことにある。つまり、近代資本主義の基礎であるマーケット(証券、社債、外為、その他と取引場)、ディール(取引)及び契約の仕組みと技術が18世紀のロンドンに生まれたことと関係していよう。当時のアメリカはその知識と文化を直接受け継いだ。この技術によって、株、社債、会社そのものが匿名でお互いを知らない者同士の間で24時間売買されることが可能になった。ロンドンのシティーにはいまだにその無形資産である知識が生き続けているのだ。
対照的に、日本型資本主義は極めて特異であり、不透明である。それは日本人同士のウェットな人間関係と信頼関係を前提にする、日本国外では存在し得ない現象なのである。日本企業の固定株主・政策投資制度、株の持ち合いの存在、敵対的M&Aの不存在、企業間の契約・訴訟・弁護士の役割の弱さは全て特異な制度であり、日本の文化の特色そのものだ。日本型資本主義が染み付いている日本弁護士も日本金融機関も、国外で全く違うルールが適用されている環境の中で、日本人以外の顧客を獲得することはあまり現実的ではないのかもしれない。
日本の法律事務所(または金融機関)が優秀な外国人を組織に組み込むことができれば、以上の二つの問題はかなり解決できるはずだ。しかし、外国人パートナーを入れている日本の大手法律事務所を私は一つも知らない(逆に、グローバルファームが日本人パートナーを入れている例は沢山ある)。野村証券がリーマンブラザーズを買収した後の元リーマン外国人バンカーの他社への脱出を見ると、優秀な外国人が、日本型資本主義の染みついた日本型組織に働きたくないことは明らかだ。外国人が日本の組織のインサイダーになることは不可能に近いからだ。
日本語、日本型資本主義、日本型組織――。この三つは勿論つながっている。最終的にただ一つの現象の三つの側面である。日本国内の日本人同士の間では力になるが、日本国外で異文化との間の複雑な取引とコミュニケーションを中心とする分野において決定的な弱みだ。
▼ギブンズ氏の記事
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Stephen Givens(スティーブン・ギブンズ)
外国法事務弁護士、米ニューヨーク州弁護士。ギ
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