2011年05月05日
弁護士 杉村元章
第1 はじめに
和解は訴訟の終了原因の一つであり、株主代表訴訟においても和解により訴訟は終了する。和解による解決は、一般的に、請求の趣旨についてのみ認容・棄却の判断がなされる本案判決と対照的に、柔軟な事案解決を可能とするところに利点があるといえ、株主代表訴訟においても和解によって社内における監督体制の構築を義務付け、コンプライアンス体制を強化するなど、その活用が期待できるところである。
また、株主代表訴訟における原告株主は、勝訴した場合でも自身が直接利益を受けるものではなく、勝訴の場合でも、訴訟に要した費用の相当部分が会社から支払われるにすぎない(会社法852条1項)。原告株主が責任追及の続行を負担と感じるようになった場合にまで訴訟追行を強制するのは不合理であり(注1)、このことは、株主が会社のために原告となるという株主代表訴訟の性質に鑑みると一層明らかといえる。原告株主を早期に訴訟から解放できる点もまた、株主代表訴訟における和解の利点の一つといえる。
ところが、株主代表訴訟における和解については、和解に関する規定が明文化される以前、和解の可否自体について争いがあり、明文化された後もなお問題点が指摘されている。
以下では、取締役の責任追及を内容とする株主代表訴訟における和解について、従前(主に平成13年旧商法改正以前)の議論及び会社法の規定を概観し、その上で現行会社法上の問題点について述べる。
第2 従前の議論
1 問題の所在
株主代表訴訟における和解については、大きく分けて二点、細かく見ると3点の問題点が指摘されていたように思われる。各問題点を以下に挙げる。
(1) 原告株主による会社の権利処分の可否
一点目の問題は、原告株主は、自身の判断により当該株主代表訴訟の目的である会社の権利を処分できるか、という問題である(注2)。
原告株主は、会社および他の株主の手続保障が法的に担保されていることを根拠に取締役の責任を追及する訴訟の追行権限を得ている(注3)ものの、会社の授権を得たものではない。そのため、原告株主が和解により会社の権利を処分することの是非が問われることになる。
この問題点はさらに、[1]訴訟追行権しか認められていない株主に和解権限があるか、及び、[2]原告以外の株主へ代表訴訟提起の事実を通知・公告するだけで和解の効力が及ぶか、という二点の問題に細分化できるものと思われる。
(2) 総株主の同意の要否
二点目の問題は、取締役の責任免除規定との関係である。
旧商法266条5項は、取締役の責任免除をするために総株主の同意を必要としていたため、取締役の一部責任免除を内容とする和解を行うに際しても総株主の同意を要するのかが問題とされてきた。
(3) 小括
従前の議論をまとめると、指摘されてきた問題点は、[1]原告株主の和解権限、[2]原告以外の株主の手続保障及び[3]取締役の責任免除(軽減を含む)の三点であったといえる。
2 議論の概要
(1) 平成13年旧商法改正前の議論状況
後述する平成13年改正前には、上記の266条5項との関係から、会社が和解をなすことを責任免除と同視し、総株主の同意なしに和解することはできないとする見解も存在した(注4)。もっとも、株主代表訴訟の活性化に伴い、株主代表訴訟の和解を必要とする実質的な要請があるとして、平成13年改正前には既に、和解の公正さと他の株主の手続保障をいかに確保するのかという点に問題の中心は移っていたように思われる(注5)。上記の三点の問題点は、この議論の中で醸成されたものといえる(注6)。
(2) 和解の公正さと他の株主の手続保障に関する議論
和解の公正さと他の株主の手続保障に関しては、まず、原告以外の株主が代表訴訟の提起を知ってこれに参加する機会を有する場合(任意に通知・公告等がなされた場合)には、株主代表訴訟の提起があったことを知っているといえる株主に和解の効力が及び、実質的に和解内容につき裁判所の監督がある場合には、和解の効力は他の株主に及ぶ、とする見解が唱えられた。
しかし、この見解は、上記[1]ないし[3]の問題点があるとの批判を受け、この見解を批判する立場から、[1]ないし[3]の問題点を克服する以下のような見解が唱えられた。
すなわち、[1]及び[2]の解決として、本来の提訴権者である会社を利害関係人として和解に参加させることを提唱する(注7)。次いで[3]については、266条5項が総株主の同意を要求するのは、株主代表訴訟提起権を尊重すると同時に、実質的に責任免除によって株主の利益が害されることを防ごうとすることが目的であると解し、訴訟上の和解は裁判所によって総株主の利益に合致すると判断された結果であるので、同規定を適用する必要はない、とする(注8)。
(3) 平成13年旧商法改正
平成13年、会社が和解をする場合に旧商法266条5項を適用しないとする法改正が行われ、立法的に総株主の同意は不要とされた(法149号、旧商法268条5項)。これによって、和解の可否自体に関する議論は立法的に解決されたものといえる。
また、同改正は、会社に対する和解内容の通知(旧商法268条6項)をも新設した。[1]及び[2]の解決として会社の参加を提唱した上記見解に立つと、同改正は、[1]及び[2]の要請にも一定の範囲で応じたものということができよう。
(4) 平成13年商法改正後の問題点
しかしながら、平成13年改正は、[2]原告以外の株主への手続保障について、原告以外の株主に対する和解内容の通知につき、何らの規定も置いていない。会社への通知については規定が置かれたものの、これをもって株主そのものへの通知と同視できるかは疑問の残るところである。
また、同改正は、[3]取締役の責任軽減規定の潜脱を明文で禁止したものでもない。
そうすると、結局、平成13年改正の有する意義は、[1]原告株主の和解権限を確認するところにとどまるものであり、[2]原告以外の株主への手続保障及び[3]取締役の責任免除規定との関連については、なお問題を残したものと考えられる。
そこで以下、現行会社法の規定を概観した上で、会社法下における[2]及び[3]をはじめとする諸問題について述べる。
第3 [2]会社法の規定
1 明文規定
平成13年商法改正によって和解に関する規定が加えられたのに続き、会社法は和解の効力及び手続に関す規定を850条に置いている。
2 和解調書等の効力(850条1項)
株式会社が株主代表訴訟における和解の当事者でない場合には、当該訴訟の訴訟物について、民事訴訟法267条に定める和解調書の効力を生じない(850条1項本文)。和解調書が効力を生じない結果、会社や原告以外の株主は当該訴訟物につき再訴することができることとなる。
もっとも、会社が和解の当事者でない場合であっても、和解について株式会社の承認がある場合には和解調書の効力を生じる(850条1項但書)。
3 会社に対する和解内容の通知・承認(850条2項、3項)
上述のように、850条1項但書は、会社が和解の当事者でない場合で、和解について株式会社の承認がある場合について定めるものであるが、この承認につき定めた規定が850条2項、3項である。これらは、旧商法268条6項、7項の規定を引き継いだものである。
具体的な承認手続としては、原告株主と被告との間に和解が成立した場合には、裁判所は、会社に対し和解内容を通知し、かつ、当該和解に異議があるときは2週間以内に異議を述べる旨を催告する(850条2項)。
その上で、会社から同意があるか2週間以内に意義がない場合には、当該訴訟上の和解を承認したものとみなされる(同条3項)。
4 総株主の同意による免除規定の適用除外(850条4項)
850条4項は、前述した旧商法268条5項の規定を引き継ぎ、株主代表訴訟における和解の場合に総株主の同意を要しないことを定めている。
第4 会社法上の問題点
1 緒言
前述したように、平成13年商法改正により和解の可否については立法的に解決されたものの、[2]原告以外の株主への手続保障及び[3]取締役の責任免除規定との関連については、なお問題が残されているものと考えられる。
これらの他にも、裁判所から会社への和解内容の通知時期に関する問題点や、アメリカ法に倣って裁判所の許可要件を付与すべきか、といった点が指摘されている(注9)。
以下、各問題点について述べる。
2 [2]原告以外の株主への手続保障について
(1) 問題の所在
原告株主以外の株主も原告株主同様、会社の実質的所有者として、取締役の会社に対する責任の追及につき関心を有する地位にある。これらの株主は、和解内容につき独自の利害関係を有するというべきであろう。
また、損害回復機能と並ぶ株主代表訴訟の重要な機能として、取締役の違法行為に対する牽制機能を挙げることができる(注10)。違法行為の抑止という株主代表訴訟の機能に鑑みると、株主による充実した会社の監視・監督がなされることが好ましい。それゆえ、原告以外の株主に対しても和解に関する手続保障が行われるべきである。
しかしながら、会社法は、会社に対する和解内容の通知・承認を定める(850条2項)のみで、株主に対する通知については何らの規定も置いていない。
原告株主以外の株主が和解案に対する異議申立(注11)を行う前提として、株主が和解内容を把握できるための方策を確立することが課題である。
(2) 今後の方向性
立法論としては、和解の事実とその内容について、公告又は通知を行う旨の規定を置くことが必要であると思われる。
実務の対応としては、会社に対する通知・承認(850条2項)が、[2]株主に対する手続保障の一環としてなされることに鑑み、会社による自発的な公告・通知が期待されるところである。
3 [3]取締役の責任軽減規定との関連について
(1) 問題の所在
会社法下においても、取締役の責任を軽減させる目的で株主代表訴訟が提起される可能性が存在する。
具体的には、会社法は、取締役の故意・重過失による違法行為が存在する場合には責任軽減規定を適用することができず、善意・軽過失の場合においても、株主総会において一定数の株主の反対があれば、取締役の責任の一部免除はできない旨定めている(注12、注13)。
これに対し、株主代表訴訟における和解の場合、原告株主と取締役との間だけで合意することで、取締役の責任を軽減することが可能となる。
そのため、責任の軽減を求める取締役としては、あえて株主に代表訴訟を提起させて和解を行うことにより、法の定める厳格な責任軽減規定の適用を免れようとする可能性がある(注14)。
このような目的において行われる和解は、責任軽減規定の潜脱を認容することになるのみならず、株主代表訴訟の有する違法行為抑制機能を縮減することにもなりかねず(注15)、厳に排除すべきものと考えられる。
(2) 対処方法
ア 会社の視点から
前述したように、会社は、和解の当事者でない場合でも、裁判所から和解内容の通知を受け取り、和解内容に異議があるときは2週間以内に異議を述べることができる(850条2項)。
また、会社は、850条2項により通知の機会を得られることから、原告株主と取締役が会社の権利を害する目的をもって和解をしたときは、その効力を別訴で争うこともできると考えられる(注16)。
これに対し、会社が和解の当事者となっていた場合には、会社に対する手続保障がなされていたとみることができる。和解調書にも確定判決と同一の効力が生じる(850条1項)。
イ 原告株主以外の株主の視点から
前述のとおり、現行法上、原告以外の株主への通知等に関する規定は設けられていない。立法論・実務の対応共に、株主への和解内容の周知に関する対応が求められるところである。
4 裁判所から会社への和解内容の通知時期について
(1) 問題の所在
和解内容の通知は、和解内容の確定後になされる(850条2項)ものであるが、会社を拘束する和解内容につき、会社自身が和解案の段階から参画できないとするのは不適切であろう。
原告株主と取締役が共謀して会社に損害を生ぜしめるような和解を行おうとしているときなどには特に和解案の段階から会社の参画が認められるべきである。
(2) 今後の方向性
現行法上も可能な手段としては、会社が自ら訴訟参加することが挙げられる。
もっとも、会社が積極的に訴訟参加することは必ずしも期待できず、参加の有無により会社への和解案への関与が異なることにもなる。
今後の実務の運用及び立法論としては、和解案の段階に至った時点で会社の訴訟参加(注17)を促すことが望ましい。会社の訴訟参加には、訴訟の中で会社の内部統制の実情を明らかにし、もって実効性ある監督体制の構築に資するなど、会社に対する手続保障以上の異議も認められるなど、副次的な効果も期待できることになろう。
5 裁判所の許可要件を付与すべきか否かについて
(1) 問題の所在
これまで述べてきたような詐害的な和解を排除するために、裁判所のコントロールを活用すべきだとする見解がある。アメリカ合衆国においては、和解に裁判所の許可要件(承認)の付与が求められており、わが国にも同様の制度を導入するべきではないか、という問題である。
(2) 不要説(注18)
上のような裁判所の関与については、不要とすべきように思われる。
和解自体は契約自由の原則から双方当事者が合意すれば足りるものであり、あえて通常事件以上の裁判所の関与を認める必要はない。
反面、裁判所の関与によって、不適切な和解を排除することは可能であろうが、その役割は会社や原告株主以外の株主が担うことで足りると思われる。原告株主以外の株主にこのような機能を担わせる前提として、やはり株主に対する和解の公告・通知制度の立法化が期待される。
第5 まとめ
株主代表訴訟の和解に関する問題点につき概観したが、原告以外の一般株主が和解内容を把握できる制度ないし運用が最も重要であろう。
株主が和解内容を把握することにより、不適切な和解の排除が期待できることは上述したとおりであり(第4.5の問題点の克服)、この一内容として、取締役の責任軽減規定の潜脱排除も期待できる(第4.3の問題点の克服)。一般株主への通知が充実することとなれば、会社としても株主に対する説明義務を果たすべく、和解内容に積極的に関与することとなると思われる(第4.4の問題点の克服)。
原告以外の一般株主に対する和解内容の公告・通知に関する立法が求められるところである。
▽注1: 山田泰弘『別冊法学セミナー 新基本法コンメンタール 会社法3』(日本評論社、2009年)411頁。
▽注2: 山田泰弘『株主代表訴訟の法理-生成と展開-』(信山社、2000年)93頁、94頁
▽注3:
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