建設会社社長が証言 陸山会事件公判
2011年05月16日
小沢氏の元秘書への裏金提供の場面を公判で証言したのは、川村元社長に続いて2人目。一方、小沢氏と元秘書側は受け取りを完全に否定している。
川村元社長は4月27日の公判で、小沢氏の地元の「胆沢ダム」(岩手県奥州市)工事を下請けで受注するため、2004年10月15日に元秘書の衆院議員・石川知裕被告=同=に5千万円、05年4月中旬に大久保元秘書に5千万円を渡したと証言。2回目の授受に取引先の山本社長が同席していたとしていた。
検察側の質問に答えた山本社長の証言によると、05年4月19日午前、川村元社長と一緒に東京・赤坂のホテル喫茶店に入った。川村元社長は茶色い紙包みが詰まった紙袋を持っており、「これを(大久保元秘書に)渡すので目立たないところがいい」と言って、階段の陰になる場所に座ったという。
大久保元秘書は笑顔で現れ、「体に良いものを飲みましょう」と言ってヨーグルト飲料を注文。その後、川村元社長は、紙袋をテーブルの下で滑らすようにして大久保元秘書に渡し、大久保元秘書は「ありがとうございます」と言って受け取ったという。
大久保元秘書と別れた後、川村元社長は「税金みたいなもんや」と言ったといい、山本社長は「お金を渡したんだなと思った」と振り返った。
「05年4月19日」という授受の日時は、会社の経費で精算した喫茶店の領収書などが残っていたため、特定できたという。
また、06年に水谷建設元会長が脱税容疑で逮捕された時に大久保元秘書から電話があり、「水谷建設が大変ですね。水谷建設からちょうだいしたお金はあなたに返したことにしたい」と頼んできたという。実際に返金されたことはなかったという。
山本社長は、自らも胆沢ダムの関連工事を2次下請けで受注するため、大久保元秘書に「有利な形で受注できるよう、元請けゼネコンに推薦して頂きたい」と依頼。大久保元秘書は「分かりました。ちゃんとやります」と返事をし、実際に受注に成功したという。
山本社長は「業界では、胆沢ダム工事の業者選定には小沢先生がお力をお持ちになっているということだった」とも話した。
一方で山本社長は、最初に東京地検特捜部の調べを受けた段階では、05年4月に大久保元秘書とホテルで会ったことを忘れていたが、検事に記憶を喚起されて思い出したと説明した。
これに対して裁判官は「なぜ記憶が失せていたのか」「相手は国会議員の秘書。そこにお金が渡ったのに検察官に聞かれて喚起するまでに時間があったのはなぜか」などと繰り返し質問。山本社長は「自分が渡したわけではないのが一番だと思う」などと答えた。
裁判官から記憶を喚起した過程を問われると、「検察官から、大久保元秘書と議員会館以外の場所で会ったことがないか何度も聞かれた。特捜部に提出していた複数のホテルの伝票を見ていく中で、そのホテルのことをたまたま思い出した」と述べた。
別の裁判官は「これは公共工事。なぜ小沢事務所の力が出てくるのか」とも質問した。山本社長はしばらく沈黙し、「どうしてかはよく分からない。胆沢ダムについて、大久保さんから元請けに『うちを考えてやってほしい』と言ってもらって、参入できたという結果です」と答えた。
その一問一答のポイントを記者のメモから再現する。
■検事と山本社長のやりとり
――大久保被告と初めて面識を持ったのは。
平成6年ごろ、私が所属していた公益法人の事業で釜石支部を訪れた際に大久保さんに会った。その後は付き合いはなかったが、衆院議員会館の小沢事務所で再会した。
――再会の経緯は。
岩手県で胆沢ダムが発注されると知り、原石山材料採取工事の発破工事を有利に受注するため、東北地方とりわけ岩手県の工事受注には力のある小沢事務所にアプローチした。最初話したのが石川(知裕)さんで、「担当者がいるので後で紹介する」と紹介されたのが大久保さんだった。
――原石山材料採取工事をどのように受注したいと?
発破工事を、可能なら単独で、複数ならJVのスポンサー、幹事会社として。ゼネコンの下請けで。
――なぜ小沢事務所にアプローチを?
業界では、その工事に小沢先生が業者選定にお力をお持ちになっているということだったから。元請け業者に、単独かJVスポンサーとして推薦して頂きたいということ。
――平成17年3月に原石山材料採取工事の第一期工事入札があったが、大久保被告とは再会したのはいつ?
平成14年か15年ごろ。大久保さんが秘書になっているとは知らなかったので、偶然の再会を喜んだ。「工事受注への力を貸して頂きたい」「胆沢ダムの原石山材料工事の発破工事を有利な形で受注させてほしい」とお願いした。大久保さんは「分かりました。ちゃんとやります」と返事された。
仕事のお願いをした時の返事には3種類あり、最上級のAランクが「分かりました。ちゃんとやります」、Bランクが「ご意向はうかがいました。努力します」、最低のCランクが「ご意向は賜りました」。大久保さんからは最上級のAランクの返事を頂いたので、きっと力を貸して頂けると思った。
――水谷建設との取引について。
水谷建設はゼネコンから重機土木工事と一緒に発破工事を受注することが多く、水谷建設から発破工事を受注させて頂いていた。昭和45年の創業当時から取引がある。
――川村社長を大久保被告に紹介したことがある?
はい。社長に就任されてすぐの平成15年11月ごろ。胆沢ダムの工事営業について、水谷功会長と話をする機会があった。「水谷建設は小沢事務所へのアプローチとして高橋秘書にお願いしているが、はかばかしくない。お前のところはどうしてるんだ?」と聞かれた。「大久保という秘書に力を貸して頂いている」と答えると、功会長は「水谷建設に大久保さんを紹介してもらえるか?」と。それで、大久保さんに電話して「水谷建設が紹介してほしいと言っているが、いかがか」と問い合わせたところ、大久保さんは「高橋のところに行っている業者ですよね。分かりました。お会いしましょう」と。
――大久保被告に川村社長を紹介した時の様子を。
議員会館の小沢事務所に川村社長をお連れした。大久保さんから最初に一言、「ちょっと遅かったですね」と。大久保さんのところに水谷建設が挨拶に行くのが遅かったと受け止めた。あとは通常のお願いの話だった。
――川村社長は何をお願いした?
提体盛り立てと原石山材料採取の重機土木工事の2つ。単独かJVスポンサーとしてお願いしていた。大久保さんは「ご意向は賜りました。努力致します」と。
――大久保被告の反応は発破技研のお願いに比べてどう?
発破に比べて重機の会社が多いのもあるが、Bランクの返事だと思った。
――その後も2人で小沢事務所を訪問?
2ヶ月に一度訪ねた。川村社長の方から「そろそろご挨拶にうかがいたい」と持ちかけてきた。訪問を重ねるごとに反応はよくなるというより、同じくらいの返事。
――常に同席していた?
3、4回してから私に席を外すように言われるようになった。平成16年夏頃から外すようになった。
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