メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

賠償ゼロ計上「資産超過」東電決算、監査法人「適正」意見の背景

奥山 俊宏

 福島第一原子力発電所の事故による損害の賠償債務を計上せず、債務超過転落を回避した東京電力の今年3月期決算について、同社の会計監査人である新日本有限責任監査法人が5月24日、「現時点では賠償額を合理的に見積もることができない」などとする追記をつけた上で、「無限定適正」の意見を表明する監査報告書を同社に差し入れた。これに対して、企業監視の市民団体「株主オンブズマン」会員の公認会計士は「東電が発表した決算は、東電の財務状況を正しく示しておらず、監査人は意見の表明を差し控えるべきだった」と主張し、5月28日、日本公認会計士協会に見解を求める書面を送った。

  ▽筆者:奥山俊宏

  ▽関連記事:  清水社長、震災発生時の話は「プライベート」

  ▽関連記事:  東京電力本店からの報告

 

 ■1兆円余の災害特別損失

 東日本大震災は3月11日に発生し、その日のうちに福島第一原発は制御不能に陥り、周辺住民に避難の指示が出された。3月中旬には特に多くの放射性物質が外部に放出され、決算期末の3月31日までには、避難者や農業者に相当の損害が発生した。このため、東電が3月31日時点の貸借対照表の負債の欄にこうした損害に対する賠償債務をどのように計上するかが注目されていた。一般的には会計上、賠償債務が確定している場合は「未払金」、未確定であっても合理的にその金額を見積もれる場合は「引当金」として負債に計上し、それにあわせて、昨年4月1日から今年3月31日までの損益の計算書に「損失」を計上することになる。

東京電力の新社長の西澤俊夫常務(右端)、清水現社長(右から2人目)、武井優副社長(同3人目)=5月20日午後3時50分、東京都千代田区内幸町の東電本店3階で

 5月20日、東京電力は今年3月期の決算を発表した。そこでは、前年に計上していた5100億円の「原子力発電施設解体引当金」をすべて取り崩す一方で、「災害損失引当金」を前年の928億円から8294億円に積み増した。しかし、賠償債務の「引当金」も「未払金」も見当たらなかった。損益計算書には、今回の震災に伴う特別損失として1兆175億円を計上した。その内訳は次の通りで、その中に、賠償や補償に要するものは含まれていなかった。

 ○ 原子炉等の冷却や放射性物質の飛散防止等の安全性の確保等に要するもの   4262億円

 ○ 福島第一原発1~4号機の廃止に関するもの   2070億円

 ○ 福島第一原発5、6号機及び福島第二原発の原子炉の安全な冷温停止状態を維持するため等に要するもの   2118億円

 ○ 福島第一原発7、8号機の増設計画の中止に伴うもの   393億円

 ○ 火力発電所の復旧等に要するもの   497億円

 ○ その他(流通設備等の復旧や資機材の輸送に要するものなど)   833億円

 

 原発など設備の被害については、東電は「全容の把握が困難である」としながらも、「現時点の合理的な見積もりが可能な範囲における概算額」を計上したという。具体的には、福島第一原発の事故の収束について、次のような内容の費用または損失を含めて「災害損失引当金」を計上したという。

 燃料域上部までの格納容器への注水、

 原子炉熱交換機能の回復、

 使用済燃料プールへの注水、

 放射性物質で汚染された滞留水の保管・除染処理、

 原子炉等からの燃料取り出し……。

 

 また、「具体的なロードマップを示していない中長期的課題に係る費用または損失」については、「工事等の具体的な内容を現時点では想定できず、通常の見積もりが困難であることから、海外原子力発電所事故における実績額に基づく概算額を計上している」という。

 これら特別損失の結果、総資産から負債を差し引いた東電の純資産は、前年の2兆1607億円から1兆2648億円まで減ったものの、プラス(資産超過)を維持した。なお、東電の総資産は14兆2560億円(前年は12兆6430億円)に増えた。これは、長期借入金を前年の1兆4663億円から3兆2802億円に倍増させ、それに伴って、手元資金(現金および預金)が2兆1344億円(前年は771億円)に増えたことによる。

 ■損害賠償債務は注記で

 貸借対照表には計上しなかったものの、東電は、その「注記事項」として「原子力損害の賠償に係る偶発債務」の存在に触れ、次のように説明した。

 東北地方太平洋沖地震により被災した福島第一原子力発電所の事故等に関する原子力損害について、わが国の原子力損害賠償制度上、当社は原子力損害の賠償に関する法律の要件を満たす場合、賠償責任を負うこととされている。また、その賠償額は原子力損害賠償紛争審査会が今後定める指針に基づいて算定されるなど、現時点では賠償額を合理的に見積ることができないことなどから、計上していない。

 一方、政府より「東京電力福島原子力発電所事故に係る原子力損害の賠償に関する政府の支援の枠組みについて(平成23年5月13日原子力発電所事故経済被害対応チーム関係閣僚会合決定)」が公表された。この枠組みでは、当社は(中略)新設される支援組織(機構)から必要な資金の援助を受け、責任をもって補償を行うこととされている。また、電力の安定供給の維持及び金融市場の安定等を考慮し、当社は機構に対し毎年の事業収益等を踏まえて設定される特別な負担金を支払うこととされている。当社は徹底した経営合理化による費用削減や資金確保に取り組み、この枠組みの中で賠償責任を果たしていく予定である。

 

東京電力の西澤常務(右端)、清水社長(右から2人目)、武井副社長(同3人目)、廣瀬常務(左端)=5月20日午後3時37分、東電本店3階で
 3月31日時点ですでに損害賠償債務が発生しているはずなのに、それを計上しない理由として、経理担当の武井優(まさる)副社長は記者会見で「会計上、認識できないから」と説明した。

 ――今回の決算にあたって、福島の被害者や避難者への賠償の引当金が積まれていないのですが、これはどういうことでしょうか?


 ご案内の通り、現在、仮払いの手続きを進めておるわけでございますけれども、これは後日、精算を前提としているものなんですね。それともう一つご理解頂きたいと思いますのは、賠償措置、いわゆる1事業所あたり1200億円と決まっておりますけれども、この枠内(原子力損害の賠償に関する法律に基づく保険への加入であらかじめ講じられている「賠償措置」)ということで現在仮払いを進めているわけです。ですから(仮払いは)私どもにとって費用性を認識するという性格のものではなくて、いわゆる1200億をいずれ政府から保障措置として受け入れる、それに先行して、我々の方では当面の当座の必要な資金ということでご請求を頂きますと、100万円とか75万円という形でお支払いをして差し上げる。ですから、要は「仮払い」なんですね。私どもの手持ちの「現預金」がそのぶん減って、私どもたまたま「仮払い」というのを同じ「流動資産」で「雑流動資産」という科目がありますけれども、そちらで単に現預金の減少を「雑流動資産」の増加の方に勘定科目としては振り替えたということで、後日、国の方から1200億円を受け入れるという……

 

 ――いやいや、そのぶん(1200億円)だけじゃ足りないわけですよね? 結局、引当金に計上することになるんじゃないですか?

 

 いえいえ。ですから仮払いで後日精算を致します。

 

 ――仮払いのものだけじゃないですよね? 賠償というのは?

 

 これは、国とお話をした中では、あくまでも1200億円の補償措置の枠内の仮払いの手続きということで……

 

 ――本払いというのがあるわけですよね? その費用はどうするんですか?

 

 廣瀬直己常務:本払いの費用を今のうちから引き当てておくべきではないかというご質問ですか?

 

 ――当たり前の話ですよね?

 

 武井副社長:いえいえ、それは違います。引当金を認識する考え方というのは別の考え方があるわけですよね。

 

 ――これからその内容(賠償)が生じるのは確実なわけですよね?

賠償しないといけないということは予想されているわけですよね?

 

 ですから、あのですね、お支払いする窓口で対応するのは私どもなんですけれども、それはきちんと法律が決まって、どういう形で……

 

 ――それ以上、賠償しないんですか? いまある保険の契約の分(1200億円)を超えた分については、賠償請求が来ますよね? 今も(請求)されてますよね? 訴訟も起こされますよね? それは東京電力が賠償するわけですか?

 

 ご指摘の話、わかりました。要は、賠償のルールというのが、まだ文部科学省の審査会で最終的に「ここまでの範囲で補償をしなさい」というスキームがまだ明確に示されていないわけです。ですから、私どもとしては、概算であれ何であれ、私どもに帰属する費用としては、1200億円を超える分も含めて、認識のしようがないということなんです。ですから、今、申し上げられるとすれば、最終的なスキームが制度に落とし込まれて、これは法律でもいいんですが、しっかりと担保された紛争審査会の基準も示される、そういう中で今ご指摘のような点は、1200億を超えた部分も含めて総額として、どういうふうに取り扱うのかは決める話であって、今あるのは、あくまでも仮払い……

 

 ――認識できないんですか?

 

 それは会計上の話ですよ。

 

 「今期中に債務超過に陥る危険性はないという理解でよろしいですか?」という質問には、武井副社長は次のように答えた。

 私ども、資金の問題も密接にリンクしてくるわけでございますけれども、きょうも申し上げております通り、最大限、私どもができますのは、金融資本市場がご案内のような状況でございまして、私ども、外部から新たな資金を調達するのは、なかなかいま格付けのダウングレードの問題もあって、難しい状況でございますので、私どもとしては、資金創出に向けての努力も自助努力としてまず第一にやらないといけないだろうということで、先ほど社長からご説明申し上げましたように、スリム化の問題を最優先の課題として考えているわけでございます。可能な限り実行できるものは速やかに着手して、資金の問題にも備えたい。あわせて、債務超過の問題にもカバーさせるような形にしたいということでございます。

 

 この記者会見でみずからの社長退任と顧問就任を発表した清水正孝社長は次のように記者の質問に答えた。

 ――国会等で支援スキームが決まらないと、資金ショートを起こしかねないと発言されてますよね? それは、合理的な根拠があっておっしゃっているわけですから、このまま受けられないといつごろ資金ショートを起こす可能性があるのか、教えてください。

 

 具体的な時期というのは、資金のやりくり、資金需要によって明確な要件的なことは申しあげられませんが、たしかに、これから賠償額がどのくらいになるかということにもよりますが、今のスキームの下で仮払い等を始めたとしますと、たいへん厳しい状況になるということがたぶんに予想されるわけです。従いまして今日ご説明申し上げている賠償スキームあるいは政府のご支援をもらうという大前提として、我々は、合理化、効率化というのに最大限取り組んでいくと。これによって何とか、賠償もそうですが、他の資金の有効・効率的な利用を考えていく、こういうスタンスでございます。

 

 ――賠償に私財を投入するお考えはないですか?

 

 賠償については繰り返し申し上げている通り、やはり、政府の支援のもとでそのスキーム、公正公平にしっかりとやっていくというのが我々の基本スタンスであります。

 

 ――公平公正にやっていくうちに賠償金の支払いよりも債権者(銀行や社債権者)への支払いを優先することはありえませんか?

 

 いや、これはいわゆるステークホルダーと言いますか、これはやはりきちんと公平に扱うべきだと思っております。

 

 ■会計監査人は「無限定適正」

 こうした東電の今年3月期決算について、同社の会計監査人である新日本有限責任監査法人の対応が注目されていたが、同監査法人は5月24日、無限定適正意見を表明した監査報告書を東電に渡した。その監査報告書には「追記情報」として、東電の決算の「財務諸表に関する注記事項」「継続企業の前提に関する注記」とほぼ同じ内容が記載されている。

東京電力の清水社長(左端)、新社長の西澤俊夫常務(左から2人目)、小森明生常務(同3人目)ら=5月20日午後3時48分、東京都千代田区内幸町の東電本店3階で

 これについて、株主オンブズマンのメンバーの一人、松山治幸・公認会計士は5月28日、「誤った判断だ」と新日本の対応を批判する書面を日本公認会計士協会に送った。

 発生した事故による賠償額は合理的に見積もり、必要と判断される額を損失として計上するのが原則です。しかし、本件では合理的に見積もることが出来ないため計上されておりません。これは重要な未確定事項に該当します。重要な未確定事項が存在する場合には、監査意見の表明は不可能になります。意見不表明、意見差控に該当します。

 

 松山氏は取材に対し、「事故は3月に発生しているのだから、3月末の時点で、放射能漏れで被害が出ていることは分かっていた」と指摘。「東電がなにがしかの負担をしなければならないことは3月末にはだれの目にも明らかになっていたのだから、ゼロではなく、それ相応の金額を計上すべきだった」と述べた。また、「実際の東電の財務内容はだれにも分からない状況なのだから、監査法人も『分からん』と言えばいいのに、『適正』と言うとは、思い切ったことをやるものだなと思う」と話している。

 東電の損害賠償債務について、監査法人の公認会計士たちは「合理的に見積もれる額があるのならば、それを引き当てなければならないが、見積もれない場合は、貸借対照表には載せず、注記にしっかり書き込むのが会計基準に沿った対応である」という考え方に立って判断したとみられる。JR福知山線の脱線事故による損害賠償の一部について、JR西日本が「現時点では金額を合理的に見積もることは困難」として計上を見送り、同監査法人がそれに「適正」意見を出してきている前例もある。

 公認会計士が財務諸表の監査を行うにあたって遵守すべき規範である「監査基準」では、

 監査人は、重要な監査手続を実施できなかったことにより、財務諸表全体に対する意見表明のための基礎を得ることができなかったときには、意見を表明してはならない。

 

と定められており、さらに、

 監査人は、将来の帰結が予測し得ない事象又は状況について、財務諸表に与える当該事象又は状況の影響が複合的かつ多岐にわたる場合には、重要な監査手続を実施できなかった場合に準じて意見の表明ができるか否かを慎重に判断しなければならない。

 

とされている。これに関連して、金融庁の企業会計審議会は、2002年1月25日に出した「監査基準の改訂に関する意見書」の中で次のように釘を刺している。

 訴訟に代表されるような将来の帰結が予測し得ない事象や状況が生じ、しかも財務諸表に与える当該事象や状況の影響が複合的で多岐にわたる場合に、入手した監査証拠の範囲では意見の表明ができないとの判断を監査人が下すこともあり得ることを明記したが、基本的には、そのような判断は慎重になされるべきことを理解しなければならない。

 

 この「意見の表明ができないとの判断は慎重になされるべき」という部分の意味

・・・ログインして読む
(残り:約2624文字/本文:約9096文字)