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アジア地域の地域統括会社をどこに設立すべきか

 「アジアで稼ぐ」を掲げる日本企業にとって、現地の統括拠点をどこに置くかは重要な問題だ。インドVodafone事件の衝撃について昨年12月に本コーナーに寄稿した在シンガポールの久保光太郎弁護士が今度はシンガポールを取り上げる。アジア各国へのアクセスの良さ、ビジネス・インフラの充実などから約7000社の多国籍企業がひしめくシンガポール。日本企業が同地に地域統括拠点を置いた場合に検討すべき税務・法務の問題点を解説する。

アジア地域の地域統括会社をどこに設立すべきか
~シンガポールの「ハブ化」戦略~

西村あさひ法律事務所
弁護士 久保 光太郎

久保光太郎(くぼ・こうたろう)
 2001年、弁護士登録。2008年、コロンビア大学ロースクールLL.M.修了。アジア大洋州三井物産出向中。米国NYのワイル・ガッチェル・マンジェス法律事務所、インド・ニューデリーのアマルチャンド・マンガルダス法律事務所への出向経験を生かし、現在はシンガポールにてインド、インドネシア、タイ等のアジア新興国のビジネス法務に携わる。「インドVodafone事件の衝撃と教訓」など、インドに関する著作多数。

 シンガポール島は東京23区とほぼ同じ大きさにすぎない。そこに、シンガポール人323万人と外国人185万人、あわせて508万人が住む(2010年6月末。シンガポール統計局調査)。シンガポール人の7割以上は中華系(74.1%)、残りはマレー系(13.4%)とインド系(9.2%)などの少数民族である。

 多民族・都市国家シンガポールは、独立後30年間(1965年~95年)、年平均8.6%という高度経済成長を実現した。この間、国民総所得は10億米ドルから860億米ドルに増加し、一人当たりGDPはいまや日本のそれを凌ぐ。

 ■ シンガポールの魅力と機能

 シンガポール経済を支えるのが、シンガポールに拠点を置く約7,000社の多国籍企業である。多国籍企業にシンガポールが注目される最大の理由は、「アジア事業のハブ」としての魅力にある。実際、シンガポールに展開する多国籍企業の6割が地域(グローバル)統括拠点としてシンガポールを活用しているという(シンガポール経済開発庁調査)。

 その背景には、[1] 東南アジアの中心に位置する「地の利」(空港の利便性、世界有数の取扱量を誇る港湾設備(2009年の海上コンテナ取扱量2,587万TEU)等)[2] 優秀な英語人材、整ったビジネス・インフラ(金融・サービス機能、研究設備など)[3] 各種政策(優遇税制、租税条約、FTA、贈収賄に対する厳格な取締りなど)が三位一体となったシンガポールの魅力がある。土地でも資源でもなく、その果たしうる「機能」がシンガポールの魅力の源泉なのである。

 ■ 日本企業のグローバル展開

シンガポールからカバーすることが可能な国の具体例シンガポールからカバーすることが可能な国の具体例

 グルーバル化を進める日本企業も、シンガポールの「機能」に着目している。シンガポール日本商工会議所会員に対するアンケートでも回答企業中57.7%がシンガポールに地域統括機能があると回答している(2007年「第2回在シンガポール日系企業の地域統括機能に関する調査」)。

 アジアに向かう日本企業にとって、「経営の現地化」と「効率的な海外子会社運営」が大きな課題となっている。シンガポールへの地域統括拠点の設置は、「アジアで稼ぐと言っているのに、マネジメントだけがビジネスの現場から遠いところにあっていいのか」といった課題に対する一つの解答である。

 更に進んで、最近では、複数の地域統括会社を束ねる海外本社を設立するという動きも報じられている。例えば、NTTデータは、海外子会社130社を4つの地域(米国、欧州、アジア太平洋、中国)ごとに束ねる地域統括会社の上に、それらを統括する海外本社を2013年4月を目処に設立する方針である旨報じられている(2011年4月13日付け日本経済新聞朝刊参照)。

 NTTデータの海外本社の設置場所は公表されていないようであるが、日本企業のグローバル展開が進む中で、今後、海外、特にアジアに海外本社や地域統括会社を設立する動きは益々加速していくものと考えられる。

 ■ 地域統括拠点の設置戦略

 海外に地域統括拠点を設置するに際しては戦略性が欠かせない。アジアの地域統括拠点の設置場所については、シンガポール、香港、バンコクなどが候補にあがることが多いが、その場所選定も各企業の経営戦略に委ねられている。

 もっとも、業界ごとに一定の傾向が見られないこともない。例えば、商社はシンガポール、金融は香港、自動車産業では産業集積のあるバンコクが選択されることが多い。また、最近特徴的なのは、「香港は中国の玄関口、シンガポールはASEAN・インドへのゲートウェイ」という役割分担ができあがりつつあることである。特に、インドで事業活動を行う日系企業の半数以上がシンガポールに地域統括機能を有しているといわれている。

 本稿は、最近注目が集まるシンガポールに地域統括拠点を設置する場合を念頭において、地域統括拠点設置の税務・法務戦略を検討したい。

 ■ シンガポールの優遇税制

 シンガポールに地域統括拠点を置くメリットは、何と言っても低い実効法人税率を享受できることである。シンガポールの実効法人税率は現在では17%まで引き下げられており、わが国の現行の実効法人税率41%と比較すると倍以上の開きがある(但し、わが国企業がシンガポールに現地法人を設立する場合には、日本のタックス・ヘイブン対策税制に留意する必要がある。なお、平成22年度税制改正は統括会社に関してタックス・ヘイブン対策税制の適用除外の要件を緩和している)。

「地域本部」として認められるための要件

 しかも、シンガポール政府は多国籍企業の地域統括拠点の誘致に努めており、「地域本部」に対する優遇制度を設けている。これは香港にはないメリットである。「地域本部」として認められるために必要な「統括機能」としては右の通り11の機能が列挙されているが、これらに限る趣旨とは解されない。いかなる機能を持てば「地域本部」と認められるかについては明確な基準はなく、当局を説得するに足る材料を準備することが重要とされる。

 シンガポール政府から「地域本部」の認定を受けた場合、原則3年間(2年間延長可能)、海外適格収入について15%の法人税率が適用される。ただし、地域本部の認定を受けた場合、優遇期間中、以下の条件を達成することが必要である。

規模面   ・ 1年目末20万シンガポール・ドル(以下「Sドル」)、3年目末50万Sドルの払込済資本金を有すること
 ・ 1年目末の時点でシンガポールの他3つ以上の国における子会社、グループ会社、支店、合弁会社等に対して3つ以上の統括機能を提供すること
雇用面   ・ 優遇期間を通じて高度なスキル(国家技術資格2級以上)を持った従業員が75%以上いること
 ・ 3年間で10人以上の専門職(少なくともディプロマ保持)を増やすこと
 ・ 3年目末の時点で上位5名の経営幹部の平均年収が10万Sドル以上であること
支出面   ・ 3年間でシンガポールにおける総事業支出(総営業費用から国外委託費用、国外支払いに係るロイヤルティ、原材料費、部品及び梱包費用を控除して算出する)を200万Sドル以上増やすこと
 ・ 優遇開始前の年度と比較して、3年間の総事業支出の合計額が300万Sドル以上増加すること

 

 シンガポール政府は、「地域本部」優遇制度の他にも、財務管理ハブ化や知的財産ハブ化を支援する各種のインセンティブ、部分税額免除制度や新スタートアップ会社に対する税額免除制度などきめ細やかな税制優遇策(シンガポールの税制の概要については、《http://www.jetro.go.jp/world/asia/sg/invest_04/》参照)を設けている。その果たし得る「機能」に着目し、製造業と金融・サービス機能を結合させた経済を重視する、シンガポールならではの政策である。

 ■ 地域統括会社の法務機能

 地域統括拠点は、カバーする地域に広がる営業・製造拠点を統括・管理し、それらに各種のサポートを提供することを主たる機能としている。しかしながら、いかなる機能を地域統括会社に付与するかは各社の創意工夫に委ねられている。この点、ハブを単なる機能の寄せ集めとせず、それぞれの機能の間で相乗効果が生まれるように制度設計することが重要である。以下、アジアの地域統括拠点をシンガポールに設置した場合、シンガポールの法務部門がいかなる機能を果たすことができるかについて検討してみたい。

 (1) コンプライアンス支援機能

 地域統括会社の法務部門に期待される機能の第一は、それがカバーする地域に所在する各地の子会社についてのコンプライアンスの確保である。アジア地域を例に取ると、シンガポールはともかく、インドやインドネシアといったアジア新興国では、ビジネスの増加に法制度の整備が追いついていない。法律が現実からかけ離れていたり、賄賂の要求のように違法な慣習がまかり通っていることも多い。したがって、アジアのビジネスが増加してくるにつれ、コンプライアンスの確保が重要な経営課題になる。

 しかしながら、アジア各国でコンプライアンスを確保するのは容易ではない。そもそも、日本の本社からは現地で何が起きているか、その状況を把握することは至難である。アジア各地に散在する子会社すべてに日本人の法務スタッフをおくことも現実的ではない。他方で、各地のローカル・スタッフに任せてしまうのも心配である。弁護士資格をもっているローカル・スタッフについても、アジアではそもそも司法試験がない国もあり、能力にばらつきがあることは否めない。

 このような現実に対処する方策の一つとして、コンプライアンスを狭い意味での法務機能を超えた経営企画の一環と位置づけ、地域統括拠点を活用することが考えられる。「人」と「情報」の集まる地域統括拠点であれば、「平時」から各地の制度の改正・運用状況を適宜モニタリングし、各地のローカル・スタッフのサポート・トレーニングなどを効率的に実施することが可能である。また、「有事」に際しても、アジア各地にアクセスのよい地域統括拠点からであれば、すぐに現地に飛んで、所要の対応措置をタイムリーに講じることができよう。

 以上のような背景もあって、シンガポールでも、そこに所在する地域統括拠点にチーフ・コンプライアンス・オフィサー(CCO)をおく欧米企業が増えているという。日本企業の中でも、パナソニックや現在筆者が出向している三井物産などでは、チーフ・コンプライアンス・オフィサーがシンガポールに駐在し、アジア各地に目を光らせている。

 (2) 紛争解決機能

 第二に、シンガポールにおける地域統括拠点は、アジア・ビジネスの「紛争解決拠点」として活用することが可能である。グローバルな投資・貿易案件の増加に伴い、アジアにおいても国際仲裁の利用が増えている。特にインドやインドネシアのように裁判が機能不全を起こしている国では、現地企業側と外国企業側の間の合意に従って、第三国の仲裁を紛争解決方法として選択することが多い。そこで、シンガポールにおける仲裁を利用する旨の条項を契約書に入れることにより、地域統括拠点に紛争解決機能を付与することが考えられる。

 シンガポール国際仲裁センター(SIAC)では、最近インド、インドネシア両国の案件が急増しており、同センターはアジアの「紛争解決センター」として存在感を高めている。このうち特にインド案件が急増している背景には、香港で仲裁判断を得てもインド国内で執行することができない可能性があるため、当事者によってシンガポールでの仲裁が選択されることが多いとの事情があるようである。

 (3) 営業支援機能

 法務機能としては、もちろん日常的な契約やM&A等の取引に際しての営業支援機能も重要である。特に、わが国企業の製造・販売拠点のアジアへの進出の拡大に伴って、シンガポールなどに置かれた地域統括拠点から、法務スタッフがタイムリーなサポートを行う体制を整備する企業も増えてきている。また、税務上のメリットなどを考慮して、シンガポールなどに所在する地域統括会社を介在させて投資やM&Aを実行する例も増えている。

 この点、シンガポールでは企業の法務機能を支える外部リソースも充実している。シンガポールは政府が先頭に立って法務サービスのハブ化を推進しており、周辺国に比べると外資系のローファームに対する門戸も大きく開かれている。

 ■ 今後の展望 ~シンガポールの変貌と未来

 さる5月14日、シンガポールに衝撃が走った。シンガポール建国の父と言われるリー・クアンユー氏が閣僚辞任を発表したのである。リー・クアンユー氏は1959年に英連邦内自治領の初代首相に就任した。それ以来、1965年の独立後35年間にわたり首相を務め、首相退任後も今年まで都合52年間、権力の中枢にあった。その3日後、リー・シェンロン首相は閣僚14人のうち11人を交代する内閣改造を断行し、内外に世代交代を強く印象付けた。

 筆者には、シンガポールの繁栄の核心は

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