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格付会社規制は信用格付品質向上の「特効薬」となるか

 米国の有力格付け会社が高い格付けを与えたサブプライム関連の証券化商品の格付が次々に格下げ。世界金融危機の引き金となり、市場の信用システムの一角を担う格付け会社の在り方に疑問が呈せられたのは記憶に新しい。それを機に整備された金融商品取引法の格付会社規制。それは、信用格付の品質を向上させる特効薬となるのか。徳安亜矢弁護士が検証する。

格付会社規制は信用格付の品質向上の「特効薬」となるか

西村あさひ法律事務所
弁護士 徳安 亜矢

徳安 亜矢(とくやす・あや)
 1997年、慶應大学文学部卒。司法修習(第51期)を経て、1999年に弁護士登録。2007年12月から2010年3月まで金融庁総務企画局企業開示課出向し、平成21年金融商品改正法改正作業に従事し、格付会社規制を担当。現在、西村あさひ法律事務所弁護士。金融規制、コンプライアンス、ストラクチャード・ファイナンスをはじめとする金融取引を担当。

 ■ 初めに

 金融商品取引法(以下「金商法」)の平成21年度改正により格付会社規制が導入され、その結果、平成23年5月末日現在で、株式会社日本格付研究所(JCR)、ムーディーズ・ジャパン株式会社、ムーディーズSFジャパン株式会社、スタンダード&プアーズ・レーティング・ジャパン株式会社、株式会社格付投資情報センター及びフィッチ・レーティングス・ジャパン株式会社の6社が信用格付業者としての登録を取得している。

 格付会社規制が導入されたのは、いわゆるサブプライム問題の際に特に米国において組成された証券化商品に対する格付が的確性を欠き、格付会社が高格付の「お墨付き」を与えていたサブプライム関連の証券化商品について短期間に大幅な格下げがなされたことに対し、批判の嵐が巻き起こったことがきっかけである。

 このサブプライム問題を端緒として金融危機が深刻化していく過程では、一般投資家のみならず、プロであるはずの特定投資家も自らリスクを判断することを怠り、信用格付に過度に依存して投資を行ってきたことを是正しなければならないという点が、改めて広く認識されるにいたった。

 信用格付が的確性を欠くか否かは、信用格付を付す方法や内容の問題であるが、金商法上の格付会社規制については、個別の信用格付や信用評価の方法の具体的な内容に立ち入らないよう配慮すべきことが、「金融商品取引業等に関する内閣府令」(以下金商業府令)において規定されている。その規制の内容は、主として格付会社に対する体制整備や情報開示規制に絞られている。

 本稿の主題は、このような金商法上の格付会社規制により、格付会社の信用格付の品質は向上するか、という点を検証することにある。特に、欧米においては、最近、格付会社規制について早くも新しい規制を導入する動きがあり、格付会社の民事責任を強化すべきであるとの議論もされている。そうした中で、金商法の格付会社規制は信用格付の品質を向上させる特効薬となるのであろうか、という点を考察してみることにしたい。

 ■ 金商法上の格付会社規制の基本構造

 (1)「登録できる」規制と「登録しなければならない」規制

 金商法上の格付会社規制は、金融商品取引業を営むためには登録が必要な金融商品取引業者に対する規制(「登録しなければならない規制」)とは異なり、信用格付業を営む者は、信用格付業者として「登録できる」という、余り例のない制度を採用している。つまり、金商法において、無登録業者が信用格付を付けること自体は禁止されるものではないが、金融商品取引業者らが無登録の信用格付業を営む者が付した信用格付を金融商品取引契約の勧誘に用いる場合には、一定の説明義務が課されるものとされている。

 (2)金融商品取引業者らの説明義務の内容について

 金融商品取引業者らに義務付けられる説明義務の内容は、説明事項に係るグループ指定制度により金融庁による指定を受けている無登録業者とこのような指定を受けていない無登録業者とで異なっている。

 即ち、グループ内に信用格付業者が存在することなどの要件を満たして金融庁より指定を受けた格付会社(以下「特定関係法人」。信用格付業者の海外のグループ会社などがこれに該当する。)が付した信用格付については、グループ指定を受けていない無登録業者の付した信用格付よりも、説明事項が簡略化されている。例えば、金融商品取引業者等は、グループ指定を受けていない無登録業者の付した信用格付については、「信用格付を付与した者が当該信用格付を付与するために用いる方針及び方法の概要」についてまで説明する義務を負うが、グループ指定を受けた無登録業者の付した信用格付については、この代わりに信用格付を付与した特定関係法人が当該信用格付を付与するために用いる方針及び方法の概要に関する情報を信用格付業者から入手する方法(例えば信用格付業者のホームページにおける情報の掲載場所など)を説明すれば足りることとされている。

 この結果、金融商品取引業者らは、信用格付業者として登録を受けた信用格付業者や特定関係法人が付した信用格付を金融商品取引契約の勧誘に利用するようになり、信用格付業者としての登録もグループ指定も受けていない無登録業者に対しては、発行体やアレンジャーからの格付の依頼が見込まれなくなることが期待される。従って、「登録しなければならない規制」ではなく「登録できる」規制を採用している格付会社規制の下においても、格付会社の現状のビジネスモデルを前提とする限りは、結局、少なくともグループ内の一社については金商法上の信用格付業者としての登録を受けることが必要となると考えられる。

 (3)信用格付信用格付業者に課される義務について

 登録を受けた信用格付業者については、誠実義務、利益相反防止や格付プロセスの公正性確保のための業務管理体制の整備義務、信用格付に関する一定の助言行為の禁止といった各種の義務が課されている。また、このような義務の履行を確保するため、業務改善命令、業務停止命令、登録停止、報告聴取、立入検査等の各種の監督規定が規定されている。

 (4)個々の信用格付や格付方法の内容などについて

 これに対して、信用格付や格付方法の内容については、金商業府令において、監督当局が、個別の信用格付又は信用評価の方法の具体的な内容に関与しないよう配慮すべき旨が、明文で規定されている。

 このような規定は、過去の会計処理に関する意見である公認会計士による監査意見とは異なり、信用格付は将来の不確定な信用リスクに関する意見であることや、格付方法はそれぞれの格付会社によって異なり、監査基準のような統一された基準が存在しないことに基づくものと考えられている。

 以上のように、現行の格付会社規制は、サブプライム問題における信用格付及び格付方法の内容の妥当性に関して発生した問題を契機としているにも拘わらず、個々の格付方法や信用格付の内容について直接法令で規制をするのではなく、信用格付業者に対して業務管理体制の整備を要求すると共に、情報開示を通じた市場関係者などの監督当局以外の第三者による検証によって、間接的に信用格付の品質を確保することを意図した制度となっている。

 ■ 業務管理体制の整備によって信用格付の品質が向上するか

 次に、具体的な規制の内容であるが、金商法及び関係政令及び関係内閣府令(以下「関係政府令」)は、まず、信用格付業者に対して、(1)同一案件に一定期間、信用格付の付与に関与したアナリストについて交替を義務付けるローテーション・ルールの採用、(2)格付プロセスの品質管理及び利益相反の防止、(3)監督委員会の設置、(4)資産証券化商品の発行者らに関する情報開示の働きかけなどの業務管理体制を整備することを要求している。

 この点、米国SECにより2008年7月に公表された検査報告書においては、格付会社の問題点として、i) 証券化商品に関する裏付資産の情報の信頼性や正確性を検証していないこと、ii) 初回の信用格付に比べて継続的なモニタリングのプロセスが厳格ではないことや、iii) 利益相反に関する問題点が指摘されていた。当該検査報告書は、日系の格付会社を対象にしたものではないが、米系の格付会社の日本法人をはじめとして、我が国において業務を行っていた格付会社においても、ビジネスモデルの構造上、多かれ少なかれ同様の問題が発生していた可能性は否定できない。

 このような問題点を踏まえると、格付会社に対して、信用格付に用いる情報について十分な品質を確保するための体制整備や、格付方法や信用格付のモニタリングのための体制整備、利益相反行為を禁止若しくは特定又は開示する業務管理体制の整備を求めることは、それが適度な範囲である限り、業務の適切な遂行を通じて信用格付の品質の向上を図るための前提を確保するものとして有益なものといえよう。

 なお、前述のとおり、格付会社規制は「登録できる」規制であることから、登録した信用格付業者はもっと厳しい規制に服さしめても構わないのではないかと考えることもあり得ようが、前述したとおり、既存の格付会社は、現状のビジネスモデルを前提とする限り、信用格付業者として登録を受ける事実上の必要性があることや、格付会社規制は、格付会社のみならず信用格付の利用者である市場参加者にも大きな影響を与えることから、「登録できる」規制の下にあっても、やはり登録した信用格付業者に余りに厳格な規制を課すことは適切ではないだろう。

 特に、格付会社は、その資本市場における影響の大きさにも拘わらず、現状、信用格付業者として登録を受けている格付会社の日本における事業拠点の従業員数は概ね200人程度以下にとどまっており、その事業規模は中小企業レベルであるという点にも留意する必要がある。このような格付会社の実態を考慮することなく余りに厳格な体制整備を要求すると、規制対応が自己目的化してしまい、かえって規制の本質的な目的が達成できなくなる危険性があろう。特にローテーション・ルール(上記(1))と監督委員会(上記(3))に関する規制については、そのような危険性が高いことに留意する必要がある。

 このうち、監督委員会の設置義務を例に取って、この点を少し掘り下げてみよう。監督委員会とは、業務管理体制が適正に整備されていることを確保するために、金商法及び金商業府令において、信用格付業者が登録を受けるために設置を義務付けられている委員会であり、委員の3分の1以上(少なくとも2名以上)は信用格付業者又はそのグループ会社の社外者(独立委員)であることが要求されている。この監督委員会の設置義務付けの趣旨は、信用格付業者の業務管理体制の整備が適切に行われているかについて、社外者の視点を踏まえて検証する仕組みを整備する点にあるとされている。しかしながら、この監督委員会の機能が、監査役設置会社における監査役の機能と重複するのではないかという点については慎重に検討する必要がある。

 会社法上、監査役は、業務執行の適法性に関する監査を行う職責を担っているが、業務管理体制の適正性を検証するためには、業務執行の妥当性についても検証しなければならないことや、監督当局に対する配慮もあり、現状登録されている信用格付業者は、全て監督委員会の独立委員と(会社法上の)監査役とを兼任させない取扱いとしているようである(注)。

 しかしながら、会社法上、内部統制システムが実効的に機能しているかに関する監査は監査役の職責に含まれていると解されており、会社法上の監査役の役割は、金商法上の監督委員会の役割と大部分オーバーラップしているのではないかと思われる。特に、会社法上の大会社のように監査役会の設置が要求されている会社の場合には、監査役会のメンバーの半数以上が社外者であることが要求されており、これに加えて更に監督委員会の独立委員を二名選任することを一律に要求することは、登録を受けた信用格付業者に対して、過大かつ無用な負担を強いるおそれがあるように思われる。

 前述した、登録を受けている信用格付業者の日本における事業拠点の実態を考えれば、社外者による経営の監視・監督の在り方については、もう少しプリンシプル・ベースの規制とし、それぞれの格付会社による裁量の余地を広く認めてもよかったのではないかとも思われる。また、現行の規制を前提としても、その運用について、例えば、監査役が独立委員としての社外者の要件を満たす場合には、独立委員との兼任を認めるような解釈や運用をすることも、検討に値しよう。

 ■ 民事責任の強化によって格付の品質は向上するか

 最後に、格付会社が手続的又は内容的に妥当性を欠く信用格付を付した場合に特別の民事責任を負う旨の規定を法令で定めることによって、信用格付の品質は向上することになるかにつき、簡単に検討する。

 格付会社による信用格付に関する不実表示に関しては、米国においては、一般的なコモンロー上の不法行為責任又は契約責任が追求されたり、証券詐欺訴訟が提起されているようである。しかしながら、立証上の困難もあり、格付会社が民事責任を負うことが最終的に判断された裁判例は見当たらないようである。

 この点、日本法の下では、格付会社と契約関係にある場合には民法上の債務不履行責任が、格付会社と契約関係にない場合には民法上の不法行為責任が、それぞれ問題となると考えられる。この点、下級審の裁判例ではあるが、名古屋高判平成17年6月29日は、一般論として、格付機関が信義則上、誠実公正に格付けを行うべき義務を有していること、格付機関がこのような義務に違反して恣意的ないし不公正な格付けを行った場合や、格付けの評価の前提となる事実に重大な誤認がある場合、判断の過程に一見明らかな矛盾や不合理が認められる場合などおよそ結果としての格付け(判断)が合理的な意味を有するものとは認められないようなときには、格付機関は、これによって生じた損害を賠償すべき義務を負うと解釈するのが相当であると判示している。もっとも、同判決は、結論的には、不法行為に基づく格付会社の損害賠償責任を否定しており、わが国でも、格付会社が信用格付けの内容について民事責任を負うとされた裁判例は未だ見当たらない。

 なお、米国では、格付会社の民事責任については、2010年7月に成立したドッド=フランク・ウォールストリート改革法(金融制度改革法)において、民事責任を強化する規定が設けられている。即ち、1934年連邦証券取引所法においては、NRSROに対しては、私的訴権(private right of action)は発生しないこととされていたところであるが、このドッド=フランク・ウォールストリート改革法において、格付会社(登録された格付会社及び登録されていない格付会社を含む)の「表明」について、登録された公開会計事務所又は証券アナリストの「表明」と同様の民事責任及び制裁金に関する規定が適用されることとされた。

 このような米国における格付会社の民事責任の強化に向けた動きは、サブプライム問題においてつとに指摘されてきた住宅ローンの申込者により申請された信用情報に関する審査が不十分であり、格付会社もそのような信用格付の前提となる重要な情報の真偽性に関して十分な精査を行っていなかったという問題意識に対応して、格付会社が信用格付に関する前提情報に関する合理的な調査を行っていなかったことによって投資家が被った損害を、格付会社に賠償させようとするものであると考えられる。このような米国での動向を踏まえて、わが国でも、格付会社に対して一定の要件の下に特別の民事責任を負わせるべきとの議論も見られる。

 しかしながら、格付会社の民事責任を強化した場合には、現状の格付会社のビジネスモデルや収益構造を前提とすると、格付会社がより高度な注意義務をもって信用格付を付すのではなく、リスク回避的な行動に走る可能性が高いとも考えられる。即ち、格付会社が多額の民事責任を負う可能性のある有価証券については信用格付を付けないという選択をする可能性や、民事責任を回避するような形で格付手順をマニュアル化し、画一的な手法で信用格付を付すという行動をとる可能性も十分に考えられる。このように考えると、民事責任の強化が果たして信用格付の品質向上に結びつくかという点には疑問も残る。

 ■ 終わりに

 これまで述べてきたように、金商法における格付会社に対する業務管理体制の整備義務などの規制は、信用格付の品質確保のためにその前提条件を確保することを目的とした規定ではあるが、信用格付の内容に踏み込むものではない。また、民事責任の強化によって信用格付の品質が向上するかどうかも現状では定かではない。即ち、現在のところ、信用格付の品質向上のための最適な処方箋が果たして何であるかについて明確な解答はない。

 にもかかわらず、近時、欧米を中心に

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