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《公判一問一答詳録》小沢氏元秘書・石川議員が改めて裏金否定

証拠調べが終了 陸山会事件公判

 小沢一郎・民主党元代表の資金管理団体「陸山会」の土地取引事件の公判が1日、東京地裁であり、衆院議員の石川知裕被告=政治資金規正法違反罪で起訴=ら元秘書3人に対する最後の被告人質問があった。中堅ゼネコン「水谷建設」(三重県桑名市)からの裏金提供疑惑について石川議員は「全く身に覚えがない」と改めて否定した。

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 これまでの公判では、同社の川村尚元社長が、小沢氏の地元の胆沢ダム(岩手県奥州市)建設工事を下請け受注するため、2回に分けて計1億円の裏金を石川議員と元秘書の大久保隆規被告=同=に渡したと証言した。

 元社長の「2004年10月15日に東京都港区内のホテルのロビーで石川議員に5千万円を渡した」との証言について、石川議員はこの日、「元社長とホテルで会ったことはない」と否定した。

 「05年4月に同じホテルで元社長から5千万円を受け取った」との疑惑がある大久保元秘書も、「何かの陰謀。政治的な謀略だと思う」と受領を否定。「元社長が会社の金をかすめ取るための狂言だと思う」と反論した。ただ、大久保元秘書はこの時期に別の建設会社社長を交えて川村氏とこのホテルで会ったこと自体は認めた。また、川村元社長らから2、3回の接待を受けたことも明かした。

 陸山会が04年10月に購入した土地代金の支出を、04年分ではなく05年分の政治資金収支報告書に虚偽の記載をしたとされる起訴内容については、最後に裁判官から石川議員に鋭い質問が相次いだ。

 「実際に金を支払った時に政治資金収支報告書に記載するのではないか」と裁判官から尋ねられると、石川議員は「司法書士に相談したら、本登記の日を支出日にできると言われたので、登記を翌年に延期した」と説明した。弁護側は、翌年にずらした理由を「民主党代表選が予想される状況で、騒がれる恐れがあった」と主張している。

 また、この日の公判では、容疑を大久保元秘書が認めた内容が含まれる捜査段階の供述調書3通を、同地裁が職権で証拠採用した。これらの調書は、大阪地検特捜部の証拠改ざん事件で実刑判決が確定した前田恒彦元検事が作成したもので、検察側は公判前に証拠請求を取り下げていた。

 弁護側は、元秘書の池田光智被告=同=が容疑を認めた供述調書について、「『大久保元秘書は、あなた(池田被告)から収支報告書の内容について報告を受けたと言っている』と検事が取り調べでうそを伝えたことにより作成された」と主張している。このため、同地裁は池田元秘書の調書の作成経過を調べるために、大久保元秘書の調書の証拠採用を決めたとみられる。

 3人はこの日の被告人質問で、いずれも起訴内容を改めて否定し、無罪を主張した。証拠調べはこれで終了し、7月20日に検察側の論告・求刑が予定され、秋には判決が言い渡される見通し。

 被告人質問の一問一答のポイントを記者のメモで再現する。

 ■弁護人と大久保隆規被告のやりとり

――陸山会の収支報告書、平成15年以降は、署名、押印はあなたのものではない?

はい。

――陸山会の会計責任者には平成12年7月に就任したんですね。

はい。

――平成12年分、13年分、14年分。これらの署名はあなたのものですか。

違う。

――押印は。

私はしてない。

――署名の代筆を依頼した?

ない。

――会計責任者に就任して以来、陸山会の収支報告書に署名押印したことも、頼んだこともない?

その通り。

――陸山会の平成16年10月末の預金担保融資の4億円の件は、逮捕される前に知っていた?

まったく知らなかった。

――(収支一覧示す)逮捕されるまで見たことある?

ない。

――陸山会事件でとられた勾留質問調書ですが、「会計責任者で間違いないが、それ以外は記憶を整理して答える」とある。

この時は西松事件で起訴されていた。そのときに、なんとしても事件が広がらないように私だけにとどめたいと思い、供述した。事件を広げたくないので、実際には収支報告書の知らない話も見たように供述した。広げたくないと思っていたのに、石川、池田も逮捕され、私が以前に供述した内容がよかったのか、真実を話した方がいいのか悩んでいたので、「現段階では話せない。記憶を呼び起こしてから」と供述した。

――陸山会で逮捕されるまでは、自分でかぶろうとして、見ていたことにしていた?

はい。

――広げたくないというのに、石川、池田も逮捕された。

政治的な影響を考えたので。

 ――しかしね、平成22年1月30日付調書。乙19号の7ページを見てほしい。「私は、石川からごく簡単に収支状況の報告を受けた。石川に対し、『私の名を書いて出しておいてくれ』と言った」とある。6ページには、5と記載され、「平成17年3月ごろに石川から平成16年分の収支報告書の案を見せられた」とある。このように調書に録取されたのは事実にそくしたものですか?

事実ではない。

――こんなこと、あり得ないということ?

私は会計責任者だったが、名ばかりで、職務の明確な分担があった。会計責任者は東京の責任者がなる。私がその立場にあったが、実際の仕事は石川、池田がやっていて、内容について私は収支報告書の確認、署名をしたことはない。

――前田検事作成の調書だが、どういう形で作成された?

私はこういう内容を全く知らないので、説明しようがない。前田検事の方にはたくさんの資料があり、石川、池田の証言内容のつづりみたいなものを開きながら、パソコンに向かって調書を作成していた。

――しかし、この調書に署名させる前に読み聞かせはしたでしょ。

はい。「作家の執筆時間、司馬遼太郎みたいなものだ」と言って、できたものを、プリントアウトしたものを見せられて、初めて「こういうものか」と知った。

――あなたが石川から報告を受けた、という内容だが、前田検事に石川の調書の内容はきいた?

そういう風になっているから、何の心配もないということだった。

――身に覚えのない話を調書にとられたのに、なぜ署名したの。

1月23日に小沢が任意聴取を受け、記者会見がテレビ中継されるので、夜の取り調べが中断された。その後の調べで、記者会見の模様を見て、前田検事から、小沢逮捕に検察が向かう、というような発言があったので、日本の政治がどうなるのかと不安になり、なんとしても小沢の逮捕という、まったく関係ない話になることは避けよう、と。前田検事が作る調書に応じることで小沢逮捕を防げると。刃向かえば、「小沢逮捕に向かうぞ」となっては困ると考えた。前田検事の調書を受け入れることが事件の広がりを止める方法と考えた。

――1月30日付けの調書は、そういう趣旨で作成された。

はい、その通り。

――調書の7ページ。「私は平成17年10月ごろから東京から盛岡に拠点を移し、東京の小沢事務所に月1回行くくらいで、岩手県北部をまわるようになった」とある。東京に月1回程度というのは事実?

厳密ではない。だいたい1回程度。

――前田検事は、この部分を調書化するのにたずさわったことある?

この辺は前田検事の資料にはなかったので、「ここは聴かないといかんわな」と言われた。「大久保さん、東京には行ったことなかった?」と聞かれたので、「ならすと月に1回くらい東京に行くことがあった」と言った。

――どういう文脈で月1回というのが出たかわからないまま、前田検事の調べに答えていた?

はい。

――調書の8ページ。「私は、平成17年、平成18年、平成19年分の陸山会の収支報告書は、例年3月ごろに東京の小沢事務所に寄った時に、池田から収支報告書の概略の説明を受け、出先にいたときは、池田にFAXさせて電話で報告を受けていた」とある。

事実ではない。

――池田から電話で説明を受けたという点について、前田検事に尋ねたりした?

実際なかったので、できあがった調書を見て「こういうことが(池田被告の供述調書に)書かれてるんだ」と思った。

――電話で説明を受けたことについて、前田検事に確認した?

「本当なんですか」と尋ねたが、「そうなってるので心配ない」と言われて応じた。

――FAXで送ってもらう際に、池田から電話で説明するというのは、池田がそう供述していると前田検事が話しているから?

はい。

――調書には「小沢一郎政経研究会、誠山会、小沢一郎東京後援会の会計責任者として、収支状況を折に触れて石川から聞いていた」ともある。あなたはこれら3団体の会計責任者だったのか?

代表でした。

――なぜ会計責任者という表記になる?

私が言ったことではなく、先程来、言ってきたような形で作られたので、そういうことも出てきた。

――前田検事が作ったものを十分確認せずに署名したということ?

はい。

――平成22年1月28日付以外の調書も、前田検事は同じように作成した?

はい。

――乙18号証。「私は政治団体のいずれについても私が会計責任者を務めているように言ったが、私の言葉足らずで、陸山会は会計責任者だったが、小沢一郎政経研究会、誠山会、小沢一郎東京後援会は、会計責任者の石川を統括する代表者を務めていたので、この調書で訂正させていただく」とある。会計責任者と間違うことが「言葉足らず」とは思えないのだが。

前田検事は「よく見返してみたら間違えた。言葉足らずということでどうだ?」と言ってきたので「あぁそうですか、分かりました」と。本人の間違いも私のせいにしてそのような調書になった。

――平成22年1月5日付の田代(政弘)検事の調書について。まず前提として、先回の田代検事の尋問の際、私は「できの悪い調書」と言ったことを反省している。「裁判所を騙すためのごまかし調書」と言えばよかったと思う。そのことを鮮明にするために質問する。田代検事には、収支報告書かその案を、確認していたと認めていたか?

見ていません。「そのことは西松事件の時に山本(幸博)検事にも伝えてある」と言った。

――この調書にはそういう問答はないが、田代検事はどういう様子だった?

困ったなぁという感じだった。

――この点についてはその後もやり取りが?

冒頭にやり取りがあった以外はない。

――土地取引のやり取りに移っていったと?

はい。土地取引のことが延々と続いた。

――収支報告書を見たかどうかについては中断した?

はい。最初にはっきりと言ったが、触れないままに土地取引のことを聞かれた。

――田代検事も認めていたが、「見落としたとしかいいようがない」という調書になっている。これは調べの最後の方のやり取りで?

はい。最後のぎりぎりの時間の頃に、「ところで」と。見たことがないといった話になり、「見落としたとしかいいようがないという言い方でどうだ」とおっしゃった。

――田代検事が提案してきた?

はい。「この部分がないと調べが終わらないんだ」と。私も疲れていて、西松事件の公判が始まっていて、それに集中させてくださいと。「実際は見ていないから分からない、山本検事にも言っている」と言ったが、「調べが終わらない。見落としたとしか思えない、でどうだ」と。

――他の人に累が及ばないようにしたかったとのことだが。

土地取引の実態はよく分からない状況だったが、私だけで説明できないかとも強く思った。

――「見落とした」なら、他の人に迷惑がかからないと思った?

はい。

――この点、震災前の被告人質問で簡単に説明してもらった。田代検事の証言が楽しみだったからなんだが、陸山会の会計責任者のあなたが収支報告書を見ていたことが立件の大前提で、田代検事はそこを押さえようとした。「見ていなかったら立件の最大の障害になる」と言ったのでは?

はい。先生(弁護人)に言われて、そういう意味だったのかと分かった。

――見落としたというのは騙されたと?

はい。

――水谷(建設)関係を質問するが、検察は陸山会事件の動機にかかわる背景としているが、弁護人としては理解できない。

 (検察官「それは意見?」、弁護人「前提です」、裁判官「前提?誰に明らかにする?」弁護人「裁判官に」、裁判官「では前提として」)

――検察は最小限の立証をという裁判所の指示で取り組んでいる。大久保にも最低限の範囲で尋問する。これまでの審理の大半を費やしたが、川村(尚・水谷建設元社長)、水谷功(・元同建設会長)ら6人の証言があったが、どう思ってる?そもそも1億円の話はあった?

そもそも1億円という話はありませんでした。私は何かの陰謀ではないかと、政治的謀略ではないかと思いながら過ごしていた。先日の功元会長の証言を聞いて「なるほど」と。これは、川村が小沢事務所を口実にした狂言をして、会社の金をかすめとるために行われた話だと合点がいった。

――これまでの6人の証言を聞いての感想と。

はい、一連を聞いて、最後に元会長の話を聞いて。

――山本(潤・日本発破技研社長)とは青年会議所の活動を通じて知り合った?

その通り。

――当時はあなたはどういう立場?

釜石市議。青年会議所活動にも興味があり、入会し、会員だった。

――釜石に来たときに知り合った?

はい。会頭のとき、釜石青年会議所の先輩が山本の下で役員をしていた。その縁で山本が釜石に見えたときに。

――山本は全国組織のトップだったから、尊敬して、信用もしてた。

はい、その通り。

――今、現在は?

私は1億円のやりとりがなかった。山本はトップまでやった人なので、きちんとありのままに証言してくれると思っていたが、いい加減で、虚偽を重ねていて、がっくり、あきれた。実はとんでもない方なのだと。

――あなたが震災で被災したことを同情する発言もあったが。

芝居がかってることを言うなと。あなたのような嘘つきに憐れんでくれるなと思いました。

――起訴されてない事実ですが、弁明されたほうが、名誉にかかわると思うので。平成15年暮れに川村から松阪牛の肉が届けられましたか?

はい、ありました。

――その際に100万円の受け渡しがあった?

まったくのでたらめ(声を大きくして)。川村の作り話です。

――応対したのはあなた?

不在の時、家内が対応した。

――奥さんは何と言っていた?

お歳暮で松阪牛の包みを預かった、こういう人がやってきて、と言っていた。

――川村の検事調書に、あなたの家にちゃぶ台があったとある。あなたの家にちゃぶ台はある?

ないです。

――西松事件の時、あなたの家は家宅捜索された?

はい。

――私の経験からいっても、検事が行かないとは思えない。来た?

来た。隅から隅まで調べていった。

――21年7月以降の調書に、なんでそんな風に書かれたのか。

不思議でならない。家内は、そんな知らない人を家に入れない。玄関先だけの対応。どうしてそこにちゃぶ台が出てくるのか。

――川村に1億円を要求した?

事実無根。水谷さんの話を聞いて、社内向けの虚言だったのだと思った。

――川村と日本発破技研の山本。山本が席を外したときの証言が出ている。山本が席を外したことはあった?

あった。

――何度?

一度だけ。山本が川村を紹介して間もないころだから、16年2月か3月。議員会館に一緒に来たとき、川村が山本に「席を少し外してくれないか」とお願いした。寄附の申し出と、後援会に入らせてもらえないか、という話だった。

――川村とは寄附の話を?

はい。

――何と言った。

その年だけたくさん、というのは、やめてほしいと。長く応援してほしいと言った。無理のない額でいいから、細く長くお願いします、と言った。

――言いたいことは、いっぱいあるだろうが、質問には簡潔に。

はい。

(法廷笑)

――その場面についてどう思う。

たまたまこういう話があったこと、1人が席外して2人きりになったことを、後に場面として利用された。

――川村からの5千万を石川が受け取ったということは。

1億円の話自体ないのだから、石川にもらいにいかせることもない。

――22年1月下旬、TBSが、受け渡しに同席したという人のインタビューを流した、という話を私がしたことがあった。どう思った?

びっくりした。

――そのとき、私に依頼したことがあるよね。

どんな人が言っているのか調べてほしいと先生にお願いした。

――保釈後に調査結果を伝えた。

福井県の建設業者だったと。

――検察はこれが誰か知っている。詳しくは言わないが。このテレビみた人はどう感じると思うか。

本当のことと思われるといたたまれない。

――その後訂正は?

知る限りない。ほっかむり。

――名誉回復されてない。

誤報ならやむを得ないが、いくらなんでもひどい。虚報だから。でっちあげなので、しかるべく対応してほしい。

 (裁判官「関連性が納得できない」。弁護人「被告人は被害を受けている立場。情状の面もある。これで終わります」。別の弁護人「TBSがインタビューを流した人物は、その後出てきてない。その後、雲散霧消してしまった」)

――平成17年4月中旬のこと。日にちの記憶は無いが、東京の全日空ホテルで川村社長と山本社長に会った記憶はありますか?

はい。会いました。

――彼らが証言した時、大きな手提げ袋が再現されましたが、あれを受け取ったという事実はありますか?

そのような事実は全くありません。

――2人の証言についてどう思いますか

口裏合わせをしたと思います。1億円の話も、4月中旬の5千万円もあるはずがありません。

――いわゆる宴会を除いて、外で彼らに会う機会がこれまであったのですか?

ありません。

――このとき一度以外ない?

はい。

――私も裁判所もそうだろうと思いますが、何で会ったんだろうという疑問があります。あなたにこの時のことを思い出してくれとお願いしましたね。きわめて記憶が薄かったが、その後思い出せましたか

非常に記憶が薄いところですが、よくよく思い返して、福岡や宮城で補欠選挙があった時期だったと思います。ものすごく多忙で、なかなかそんな時期に山本社長から「ちょっとお会いししたい」と言われ、「忙しいです」と言っても「どうしても」ということで、であれば、「出勤途中であればお会いできます」と言いました。

――選挙のことで忙しかったという記憶が戻ってきたということですか。

はい。

――私の調べで、2つの補欠選挙は総務省の資料で見たことがありますね。簡単に答えてください。2つの選挙は4月12日に公示され、4月24日に投票されました。民主党の候補者が多かったですが、小沢派の候補者だったのですか?

はい。候補者選定などでかかわりを持ち、非常に忙しかったので、事務所の出入りも多くばたばたしていたので、出勤前であれば何とか、と出勤途中のホテルで会うことにしました。

――川村社長や山本社長からどんな話があったのですか

胆沢ダムや原石山の工事でいよいよ大詰めを迎えるので、くれぐれもよろしくという話でした。

――彼らの証言ですが、重さや大きさがあると思われる菓子折の包みをもらったという記憶はありますか

そもそもそういう話がないし、5千万円の大きい包みがあって、大きさや重さもある。出勤途中のかばんを持っていて、さらに荷物を増やすということは不自然な話です。

――彼らと会ってどうしたという行動の記憶はありますか。

あわただしくその後は覚えていません。思い返すとひょっとしたら、福岡へ選挙応援に飛んでいったのではないかなと思います。

――飛行機で移動したことがあったかもしれないということですか。

はい。かもしれません。

――話題を変えます。山本社長はあなたから「受け取った金を返したことにしてくれ」という電話を受けたと言っていましたが、事実はありましたか

全くのでたらめです。

――水谷建設や関係者からもらっている寄付の事実で山本さんへ電話したことはありますか。

ありました。

――記憶ではいつ頃ですか

平成18年に福島県知事の話で事件が取りざたされ、水谷建設の名前が大きく出始めた頃でした。

――時期の記憶は?

平成18年のだいたい、青葉の頃、新緑の頃という記憶をしています。

――山本社長へ電話をした中身を簡単に。

非常に困った、もしこういう事実なら、せっかく頂いた寄付は返さないといけなくなると。

――山本さんの反応は。

心配かけてすまない、そのうち行くからと言われました。

――山本さんが来たことは。

岩手で活動していたので、花巻空港へ来ると言っていました。

――花巻空港へ来たのですか。

はい。新緑の頃だったと。

――日付は覚えていませんか。

ありません。

――お会いになって寄付の話をしたのではないですか。

はい。

――平成17年7月に水谷会長が逮捕され、寄付は返済していると思われますが、あなたはこの事実を知っていますか。

手続きはしていませんが、山本社長に話をしたように、事務所としては水谷建設へ返したと思っています。

――再確認ですが、山本社長の証言のように依頼したことはあるのですか。

ありません。

 ■検察官と大久保元秘書とのやりとり

――川村社長から向島で接待を受けたことはある?

接待と申しますか、山本さんから「今度暑気払いでもしませんか」と言われ、そういう話は、ほとんどは断ってきたが、あの山本さんからの誘いだったので行った。行くとそこに川村さんがいた。どちらがお支払いをしているのかは把握していない。

――川村社長、山本社長と会食をしたことはあると。

はい。

――暑気払いということは、時期は夏?

はい。

――回数は1回だけ?

何十回も行ったことはない。忘年会とか。山本さんは青年会議所の大先輩なので。

――端的にお答えを。回数は。

2回か3回程度だった。

――平成16年10月と17年4月に水谷建設、川村社長から5千万円を受け取ったことはないと。

断じてありません。

――一切ないと。

ありません。

 ――西松事件について。寄付の窓口になったのは、会計責任者になった平成12年から?

はい。

――小沢氏の関連団体には、それまでは西松建設から数百万円の寄付があったが、あなたが会計責任者になってからは西松建設からは一切寄付を受けていない。毎年、西松建設の岡崎(彰文・元)総務部長と会っていたのに、違和感は、感じなかったのか。

はい。感じなかった。

――「会計責任者になり、従前の寄付額を維持したいと思った」と証言している。前任の高橋(嘉信)秘書時代は数百万円だったのがゼロになることは避けたかった?

(そうは)思いませんでした。

――「従前の寄付額を維持したいと思った」という証言と矛盾しないか?

これは、西松というより全体として減らしたくないもんだと思ったということ。

――平成12年以降、西松建設からの寄付がゼロになり、新政治問題研究会と未来産業研究会からの寄付合計額が増えている。西松建設の代わりとして増えたのでは?

そこまでは私は分かりません。よく注意していませんでしたので。

――「西松建設も新政治問題研究会と未来産業研究会にお金を出していることは容易に想像していた」とも証言している。容易に想像できたのはどうして?

西松建設が関係する政治団体という認識を持っていたので。

――関係しているとどうして金を?

西松建設として、設立の趣旨に従って献金していると思ったということ。

――「西松建設、下請け業者、新政治問題研究会、未来産業研究会は、一体で運営されている」と証言。しかし、松和会のメンバーや、松栄不動産は、それぞれの自分の名義で寄付していた。

はい。

――そのような中、なぜ西松建設で運営されていると考えた?

政治団体に共鳴するかどうかは、松和会のメンバーそれぞれのご判断だから、こちらからどうこう言うものではない。

――新政治問題研究会と未来産業研究会からの寄付の受け入れ団体が、1つから2つ、3つと増えていった。あなたから岡崎部長に要望した?

たぶん私の方から。政党の合併とかあったので受け入れ先が変わりますのでと実務担当から上がってきて、それを伝えた。

――団体を増やしたのはなぜ?

私が直接やっていたのではない。実務から上がってきた。

――昨年1月に釜石市の自宅と亡くなられたお父さんの一軒家が捜索を受けた。その時に押収したファイルを示す。平成12、13年のFAX送信書やあなた宛の封書が入っているが、12~13年にあなたが使っていたファイルか。

はい。

――平成12年度簗川ダム建設に伴う県道、と書かれている。

はい。

――この書面1枚目、「10月11日(水)、603高橋事務所『勉強する』と対応。マル『タ』大林組 秋田ゼロ。知事選の協力ゼロ。よって秋田ゼロ。簗川ダム付け替え県道」。

はい。

――土壇場までひきつけてやってくしかない、と書かれている。

はい。

――大林組の職員の名刺が。

 (弁護人「我慢して聞いていたが、関連性がわからない」。検察官「公共工事の受注の関係を」。裁判官「異議ですか?続けて」)

 ――この書面の1枚目、手書きはあなた?

はい。

――これは平成12年度の簗川ダム建設工事で、高橋事務所で陳情を受けたのに対して「勉強する」と対応したと高橋から聞いた……ということが書かれている?

はい。

――この書面2枚目の手書き、「簡単には認められない」と。これは大林組からの陳情は簡単に認められないという意味?

そうだと思います。

――工事名、平成12年度胆沢ダム付け替え国道……示す。示した書面には、胆沢ダム付け替え国道(2)その3、改良工事、工期、落札金額、工事内容が書かれている。

はい。

――平成13年3月14日落札と。この書面の下半分、手書きで、建設会社の名前、小原さんより、マル「タ」、シマが違う。こんなお願いは通せない、と書かれている。

はい。

――名前はあえて出さないが、○○に直接言ってみてと書かれている。

はい。

――これは、胆沢ダムの陳情を高橋事務所にして「シマが違う。○○……」と言っていたと小原から聞いたことが書かれている。

はい。

――青ファイルは、陳情内容と対応が書いた書類をつづったもの。

はい。

 ■弁護人と大久保元秘書のやりとり

――平成12年、西松建設からの寄附がなくなったことについて。全体が変わらなければいいと思った?

はい。

――全体の意味だが、西松側と。

はい。

――関連会社、子会社、政治団体含めて。

はい。「側」の意味です。

――小沢の寄附の受け入れ先が変わった?

はい。

――あなたじゃないが、寄附担当していた事務所の人。

 はい。

――それをあなたが報告受けた。

はい。

 ――弁護人が確認した調書。収支の状況を折に触れて聞いていた、と記載が。

はい。

――疑問なんだけど、深沢の土地を買うときに石川に「金あるか」と聞いてる。収支状況がわからないから聞いたのでは。

はい、そうです。

 ■裁判官と大久保元秘書のやりとり

――陸山会について聞く。問題となっている土地の購入で、不動産の売買契約書は見た?

これは……石川がやったことで、こういうもんです、くらいはあった。

――平成16年当時?

はい。買うころですね。

――石川から?

そうだったと思う。

――詳しくは見てないと。

はい。

――石川に頼まれて、代金支払いを翌年1月にしてほしいと頼まれて口利きした?

はい。

――それを頼んだとき、先方、売り主の返事は?

「検討します」と。突然の話だったので。

――そのあとは。

決済時期の申し入れのあとは、実務の石川とやってくれたと。

――残代金は予定通り、平成16年10月26日に払ってくれないと困ると言われた記憶は?

ちょっと……。実務は一切、石川が。私はそこまで首突っ込んでなかったはず。

――石川から頼まれて、代金支払いを延ばす申し入れをして、確認はしなかった?

きちんとやってくれることだと、私の仕事外で、石川を尊重していた。

――10月29日は仮登記すると聞いていた?

そういう話をして、のちのち石川からそんな話があったが、こういう話はアドバイス……。

――売り主が10月29日は仮登記、本登記は1月7日で了承。そのとき、売り主は登記を翌年にすることを了承すると、平成17年分の固定資産税は陸山会が払うことにしてくれると聞いていた?

そこまではわかりません。

――本件土地の購入を決めたのは、平成16年9月下旬ごろ?

はい。

――そのあと、平成16年10月1日に、業者のとこに言って。10月5日に契約という流れはいい?

はい。

――10月5日に契約を締結し、事前に小沢に報告した?

実務は石川。石川から報告したと思う。

――報告に対して結果は?

そこまでありません。手続きあったので、石川がきちっとしているだろうと。

――石川から小沢に報告あったと思ったと。

はい。

――そうすると、本件土地買うために、小沢に金を出してもらうのは、いつぐらいまでに出してもらおうと。

金のことは、私はタッチしていない。土地を見つけるまでが私、あとの資金的やりとりは、担当の石川がやっているという認識。そこまでは立ち入らなかった。

――土地の境界確認に立ち会った。

はい。

――本件購入にかかわっている。

はい。

――大元の金が。小沢からいつ来るか、気にならなかった?

私自身の仕事ではなかった。石川の仕事だった。

――石川から報告は?

(小沢)先生の話が変わったというのがあれば報告があると思うが、ないのでスムーズに行ってると思った。

――16年10月29日に残代金を完済したのは知ってた?

後はしっかりされてると思ったから、興味を持たなかった。

――陸山会は土地を買うとき、手元に資金があっても、定期預金担保融資で買うという話があったが、そうされていたのか。

実務は知らない。そうなのかもしれないと思った。

――小沢事務所に入ってから、不動産の交渉には携わらなかった?

盛岡や仙台のマンションなど、場所を探すまではやった。それ以降は離れる。

――報告もない?

はい。

――定期預金担保融資で買うのはこの裁判で知った?

知りました。

――あなたは陸山会の会計責任者。収支報告書にも署名する。収支報告書についてどんな風に考えていた?

年一度提出する必要のある物で、石川や池田がやるべきものだと思っていた。

――署名するし、宣誓書もある。存在を知らなかったのか。

存在は知っていたが、あえてやることではないと思っていた。

――収支報告書の意義を考えたことはない?なぜこの制度があるのかについて考えたことは?

ありませんでした。

 ■弁護人と石川知裕被告のやりとり

 ――平成21年12月27日の本件の最初の検事調べ。この法廷で田代検事は「あなたが弁解を用意して取り調べに望んでいると思った」と言った。あなたは何を聴かれるか予想しなかったと言っている。田代検事は「新聞記事に、検事は今回の4億円について事情を聴く、と書いてある」と証言した。

そういう新聞報道があったのは承知している。当時、4億円の処理のどこが問題になっているのかはわかっていなかった。検事からは、りそな(銀行)の4億円が記載されているという前提で、小沢の4億円のことを聴かれた。「記憶が定かでなく、忘れた」と言った。

――平成17年の不動産取得時期のことだが、「平成17年に民主党の代表選が行われるのではと思った」と話している。当時の状況で、代表選で岡田代表が選挙には弱いと話していた。当時、万が一、郵政での解散があった場合、民主党が勝てるかどうかは、どう思っていた?

勝てるという確信はもてなかったと思う。

――田代検事は、平成17年秋の郵政解散の報道では、解散の記事はあっても、民主党の大敗の記事はなかった、と言っている。

なかったと思う。

――当時の岡田代表が選挙に臨んだ時、民主党が負けるかもという記事が載っていたというが。

私が確認したのは、当時の週刊誌、雑誌だと思う。

――情報源は雑誌のみ?

秘書をやっていたので、そのほかにも。

――川村は平成16年10月15日に全日空ロビーで現金5千万円を渡したというが。

そのようなことは全く身に覚えがない。5千万円の受け渡しがあったことについては、一貫して否定し続けている。

――検事調べが始まってからということ?

そういう意味。

――全日空に行って、川村と会ったこともない?

その通り。

――大久保から頼まれて使者として行ったこともない?

そういう事実はない。

――平成16年10月以前に川村と面識あった?

顔と名前は一致しない。

――川村の検事調書には、向島の料亭で接待したことがあると。

そういう事実はない。

――川村とは食事したことない?

ない。大久保と山本と食事した記憶はある。そこに川村はいなかった。

――その席には3人のみ?

はい。

――甲208号。川村の調書。あなたの名刺のコピーがある。

はい。

――裏側にカタカナで「ソフィ」とある。

当時、小沢一郎事務所で勤務していた(外国人秘書の)ソフィのことだと思う。

――その名刺を川村は持っていた。

年に4回、小沢事務所ではパーティをやっている。受付業務をしていたときに、名刺交換したことがある。外国の秘書は名刺がないので、私の名刺の裏に書いたのだと思う。

――この秘書はどこで仕事してた。

(小沢事務所があったマンションの)チュリス赤坂。

――それ以外に当時、川村と面識は?あいさつとか同席とか。

ないと思う。ありません。断言できる。

――平成12年10月から陸山会の会計事務を?

はい。

――平成17年7月ごろまでに池田に引き継ぐまでの平成12~16年の収支報告書の作成・提出をした?

はい。

――16年分の署名はあなたの指示で池田がしたということだった。それ以前の平成12~15年は?

私が署名した。

――宣誓書の署名はあなたの字ですか(平成12~15年分)。

私の字。「大久保隆規」と書いてあります。

――署名押印するときに大久保の了解はとったのか?

とってない。

――あなたが会計事務をしていたときは、大久保は東京にいたのでは。

私が経理業務を担当していたので、実際に見せていたなら署名したと思うが、大久保に見せる必要はないので、自分で署名していた。

――大久保には見せてない?

はい。

――前任者もそうしていた。

はい。そう理解している

 ■検察官と石川被告のやりとり

――平成16年の収支報告書、甲196号添付の定期預金の部分。平成15年分の借り入れで、りそな衆議院支店から3000万円。15年3月18日。これは陸山会が不動産を買うための預金担保融資?

はい。

――15年分の資産の内訳。3000万円の定期預金。担保になっている定期?

はい。

――寄付の内訳。寄付者、小沢一郎政経研究会、15年3月17日。この寄付。これで定期を組んで翌日に融資?

思い出せません。

――17年7月上旬まではチュリスに常駐していた?

はい。

――後任の池田、書類は引き継いだ?

ある分は引き継いだと思う。

――あなた宛てのFAX、記事などいろいろあるが、何のための物?

引き継ぐというより、記録のためにとっとこうとした物。雑多な内容だし、きちっと考えた物ではないと思う。

――内容について。記事の切り抜き。「9月10日読」、「9月10日ケイ」という記事のコピー。見覚えはある?

ない。私の字ではない。

――記事の中身は?16年9月10日の記事だと思うが。

そう思う。

――16年9月10日、政治団体の収支報告書の公開日当日では。

覚えてない。

――続いて。雑誌の記事。「政財界10月」、「情報スコープ」。手書きメモにあるもの。FAXの印字で、2004年10月19日、16:24、小沢事務所。右の所には、FAX、2004/10/19/16:24、小沢議員会館事務所→チュリス。この印字、水沢事務所から議員会館に行って、チュリスに行ったということ?

時間一緒だからどっちが最初かわからない。

――いずれにせよ、チュリスに送られた。

はい。

――「最大の火種は小沢のスキャンダル。胆沢ダム。今年の予算200億、利権争奪に小沢も巻き込まれている。200億の予算は決まったが、どこに落とすかわからない。それを小沢が決めようとしている」。読んだ記憶は?

ない。

――10月5日、本件土地の契約。10月29日、残金決済。10月中旬に翌年に延期できないか考えた、と証言で言った。川村から10月15日に5千万円もらい、10月19日に胆沢ダムの記事を見て、土地の契約を延期させたいと思ったのではないか。

そのFAXも、私の関心としては、このFAXの真ん中にある女性のスキャンダルめいた記事の方にあった。名前は言わないけれど、秘書としてアポを入れたりもするので、そちらに関心があった。私はゼネコンとのつきあいもないし、予算や岩手にいくらとか知らない。送られたのは、真ん中の記事が気になったから。この、虫眼鏡の絵の中の記事。だから取っていたのだと思う。

――虫眼鏡の中の記事については記憶ある。

はい。

――川村とパーティーで名刺交換した。そこであなたの名刺が相手に渡ったと。

はい。

――パーティーはいつごろ?

年に4回、4、7、9、12月。過去の記録見ればわかるが、没収されている。

――時期的には、何年ごろというのは?

12年から担当してるが、わからない。

――ソフィさんはいつからいつまでいた?

14年前後。確認できないが。

――川村から石川さんが名刺もらったのは?

当然交換した。

――石川さんは名刺ファイリングして事務所に?

チュリスに、事務所用と個人用分けて保管していた。今は議員会館にある。

――川村の名刺あるのは見える?

はい。

――15年12月のもの?

そう書いてあるのなら、そうだと思う。

――この日までには面識があったということ?

会ってると思う。でも、日にちまで書いてないということは置いていった名刺の可能性もある。

――16年10月29日、りそな(銀行)から小沢名義の定期担保の融資を受けるため、他の関連団体から陸山会に資金を移動させた?

はい。

――そのとき、エクセル表をつくった?どこからどこにいくらという。

はい。

――示します。甲249。資料2。見覚えは。

多分、私が作った物。プロパティはいつ?

――一番下に「4億担保」とシート名がある。

はい。

――引き出し金額合計、1億7500万円と小計があって、また1億3000万円とある。足すと3億500万円。

はい。

――これが移動した資金?

通帳と合ってれば。

――何のためにつくった?

覚えてない。

――定期担保のために?

かもしれない。

――「戻し額」の欄。政経研究会に2000万、これは?

戻したんじゃないでしょうか。

――10月29日に政経研究会から陸山会に移した2000万円を戻した?

だからそう書いたんじゃないでしょうか。

――10月24日。政経研究会から陸山会に2000万円とある。これのこと?

かもしれない。

――誠山会の戻し欄にも2000万円。

同様だと思う。

――誠山会から陸山会に2000万円。その後、戻したということ?

そう読める。

――16年10月24日、誠山会から陸山会に2000万円行っている。そのこと?

 そうだと思う。

 ■弁護人と石川被告のやりとり

――今のエクセルはいつごろ作ったものなの?10月29日の資金移動について、10月24日のを戻したり、というのは通帳にも記載がある。

プロパティみないと。

――今わからない?収支報告書作成の整理のためとか。

わからない。

■裁判官と石川被告のやりとり

――土地代金を支払ったときが、収報に記載する時期ではないの?

通常ならそう思うが、本登記を支出の日とするとした。

――売買契約書をご覧になったことある?これですけど、ご覧になったことある?

はい。

――深沢8丁目の土地の売買契約書。

はい。

――その次のページ。第5条。所有権の移転及び引き渡し、ですけど、そこを見てもらって。本物件の所有権は、売買代金を受領のとき移転する、と書かれているのはわかる?

はい。

――この条項は契約のときに見た?

当然、見てると思うが、注意してよく読んでいたということではない。

――所有権の移転時期は、1月7日の本登記のときだとあなたは考えていた?

あの支払日は、収支報告書に支出を計上する日と。

――それは収報に記載するのが、残代金支払日ではなく、登記なんですか。

はい。

――根拠は?

司法書士に聞いた。

――実際金払ったときに、収報に記載するとは考えなかった?

司法書士に仮登記、本登記どちらが正しいかと聞いて、本登記の日だと。普通は金を払ったときかもしれないが、司法書士に相談したら本登記の日だと。

――本登記の意味は?どうして本登記の日に収報の「支出」に記載すると考えた?

それは発表が1月7日だと、収報の発表が1年あとになる。

――本登記のとき、所有権移転するからと考えたのではない?

所有権は……(言葉に詰まる)。すみません、もう一度。

――10月29日に残代金の支払い、そのときに陸山会が支出しているので収報に支出として書くのは一つの考え。でもそう考えなかった。本登記のときに書くと考えた。

はい。

――本登記を基準に考えた理由は。

もともと取得を翌年にしたかった。10月29日に支払いが決まって、先方もそうはならないと。本登記を、司法書士が本登記の日を支出日にできると言われたので、翌年に登記の日を延期した。そのときを支出にした。

――まとめると、10月29日に残代金を支払った。そのときの所有権は10月29日で陸山会が取得、しかし登記は1月7日。収報記載は本登記の日にすると。そう考えたわけ?

はい。

――代金支払って、所有権を陸山会が取得しているのに、どうして記載しなくていいと考えたの?登記日に記載すればいいと。金払って、モノもある。そのまま記載しなければいけないとは思わなかった?

しなくていいというか……。いや、登記日で、司法書士も間違いないと。1月7日に支出と決めて記載した。

――登記日が意味を持っていると。

はい。

――根拠は司法書士の説明?

はい。

 ――関連しているんですが、聞きます。司法書士からのアドバイスは、本登記を支出日にできると。

本登記の日を支出日にできる?

――支出日は政治資金規正法上の支出の解釈として、その日を支出日と、司法書士が言った?

収報にこうします、ということまで相談してない。

――じゃあ、何とアドバイスされたの?

10月29日が仮登記、1月7日が本登記。本登記の日が最終的に代金の支払日だと。

――支払いは10月29日でしょ。事実として。それを前提として、どういう意味?

支払いが終わった。

――でも現実に支払いは終わっていて、何を前提に相談したの?

10月29日に終わって、所有権も移転して、10月29日に所有になったが、でも購入を延期したかった。

――あなたの気持ちはわかる。あなたの理解するアドバイスというのは何?

本登記でも間違いないと。

――それは収報にそう記載してもいいのだと。

そう思います。

――収報上を司法書士が。

収報上のことまで、とはさだかではない。

――それがわからないから尋ねているんです。あなたは収報じゃなく、契約上のことを?

最終的には支出は本登記だと。

――現実に支払い終わってるところに、アドバイスを受けたことを、どう理解した?

私はおかしくないという印象を受けた。1月7日を本登記したのを支出と書いた。

 ――あなたは司法書士に収報上の記載の相談はしてないと。じゃあ、司法書士のどういう話に基づいて、収報の記載の日を本登記の日と理解した?

10月29日が決済終わって、1月7日を本登記とした場合、本登記を取得となるのかと。支出日の計上は本登記の日で大丈夫かと質問したら、それで大丈夫と。

――本登記の日に取得と。取得のイメージは?

本当の所有。

――所有権はさっき、10月に取得したと。

条文ではこうなっているが、その当時はそこまで条文見て確認していない。

――1月7日にこの土地を取得、取得の日に収報に計上すればいいと。

はい。

――取得の意味は、完全に陸山会のものになると。

はい。

――本登記までは陸山会のものではない?

そういうわけではない。支払ってるので。

――10月に陸山会は取得していると考えた?

取得という点ではそうです。

――1月7日に、その日に書けばいいという説明は理解できる?

もともと10月29日ではなく、翌年に延ばすというのが出発点だった。それができないので、本登記の日を取得にできると。

――所有権というのは、売り主と買い主のどちらか。売り主はどの時点で所有権が移ると考えたか、考えたことはある?

いえ、ありません。

――代金は全額、10月にもらってる。あなたは引き渡し書などを受け取ってる。

はい。

――本来だと、その段階で所有権が陸山会に移ったとなると、平成17年の固定資産税は陸山会が支払う。

はい。

――ご存じじゃない?

たしか支払った。

――東洋アレックスとの間で、固定資産税の支払いについての協議、要望は?

たしかそうだった。

――それは?

固定資産税は陸山会で負担するという要望が。

――どうしてそんな要望と理解した?

こちらが本登記……、固定資産税の金はこちらが支払うよう依頼。

――東洋アレックスとしては、売って、陸山会に移ってるのに固定資産税を払うのはたまらんと。登記を翌年にするなら、固定資産税は陸山会がという趣旨?

そうです。

――別の話に。甲193号、りそな銀行衆議院支店の流動性預金明細書を見てください。これを見て、10月当時の陸山会の入出金がわかる?

はい。

――この中で平成16年10月28日までに入金額が3000万とか6000万とか5000万とか。わかる?

はい。

――これは小沢から受け取った4億円を分散して、それをまとめたと。

そうです。

――平成16年10月28日、最終営業時間の預金残高が4億3537万9250円ということは確認できるか。

はい。

――陸山会の残高はこれでいい?

記録にあるので、そうでしょう。

――この金額からすると、本件土地の残代金は十分支払える。

そうですね。

――これで支払うことは考えなかった?

28日は前の日の午後5時ぐらいですかね?

――時間はわからないが。

銀行回って、振り込んでいたと思うが、結果としてこの金額になっているとその時点では考えてなかったと思う。

――ただ4億を分散して、それを28日までに陸山会口座に残代金支払いのために集めた。そこに4億近い金額が集約されているのはわかっていたのでは。

そうですね。忙しくしてたので、どこまで残高が積み上がっているかまでは。

――でも代金支払いのために分散したのを集めた。集約してもわからなかった?

29日の朝は入金したりしたのだと思う。

――29日は他の政治団体からの入金でしょ。小沢からのは28日まで。

はい。

――それは29日の支払いのため。

はい。

――28日に分散したのを陸山会にだいたい集まったのはわからなかった?

わかってたんだろうと。

――それで土地代金払えるとは。

それもできたと思う。

――しなかったのはなぜ?

前も話したが、預金担保で支払うと。

――預金担保にしようとした理由は、慣例でと。小沢から借りてるのを際だたせるために定期で担保にした?

はい。

――運転資金の枯渇は考えなかった?

それも頭にあったと思います。

――運転資金の点だと、平成16年10月28日で、4億3000万近くある。残代金支払っても、1億円ちょっと残る。十分ではない?

陸山会は引き落としが多かったので、不十分ではないが、十分だったとは言えないと思う。

――あるいは、定期組んで払うなら、小沢からの転貸じゃなく、陸山会の名義で金を借りることは考えなかった?

そのときはそう考えなかったと思う。

――現に平成15年は陸山会で融資を受けてる。なんで翌年はそうじゃない?

平成15年は小沢からの金じゃなかったと思う。

――収報の記載ですが、平成16年の収報では「借入金 小澤一郎」と。日付が10月29日になっているのはご存じ?

はい。

――あなたの被告人質問で、弁護人からあなたに「小沢からの4億円というのは10月12日に預かって、分散入金して、最終的に集約したのが10月29日だから、収報には10月29日と記載したという話。

はい。

――分散したのを集約したのは10月28日ですね。10月29日ではなくて。

うーんと、10月28日になりますでしょうか。集約して、その後わからない。

――流動性預金明細書見ると、10月28日に分散入金したのが集約されてる。

(見る)28日ですね。

――なぜ29日になった?

集約して、認識として、集まったのがわかったのが支払いのときの29日と考えたのだと思う。

――集約したのが28日で、支払ったのが29日なのですね

28日最後に銀行に行った所、着金がその日中だったのかはわかりません。

――平成16年の収支報告書、甲196号証の平成16年分の収支報告書を見てください。おわかりですか。

はい。

――先ほど検察官が質問されていましたが、これの最後に宣誓書がありますが、この前のページに左はしにその17と書いてありますね。ここに「定期預金4億円 平成16年10月29日」とした点の質問がありましたが、りそな銀行から4億円の定期預金を組んだお金という話でよいですか。

はい。

――いわゆる、りそな4億円でよいですね。

はい。

――りそな銀行から4億円を定期で積み、何のためかというと定期を担保して、小沢議員名義で借りて、小沢議員から転貸をうける。そういうシステムの定期預金でよいですか。

そうだったと思います。

――本件の土地代金を払うために定期を組んで担保をしてお金を借りるということを考えたのですね。

はい。

――それがここに記載している4億円でよいですか

はい。

――何のために定期を組んだかというと、土地の購入資金で組むために、小沢議員が4億円の転貸を受ける。定期を組むことと小沢議員を介して4億円を受け取ることは一体のものですよね

はい。

――平成16年の収支報告書の最初で、「小澤一郎、4億円」。これは4億円を書いているのであれば、当然考えられるのは、小沢議員の4億円を書いているのではないですか。

結局は小沢先生の4億円を元にして、定期預金を担保に、実質は小沢先生の4億円だけですから、陸山会の収入は。

――小沢議員から借りた10月12日ごろに受け取った4億円のことを言われているのではないですか?

はい。

――質問の主旨はわかりますか?平成16年の定期預金で、車輪の両輪のごとく、りそな銀行で定期を、〓(不明)を書いたということは、小沢議員から転貸した4億円を書いたのではないですか?

釈然としないが書いたと、質問で話しました。もっとも、小沢先生個人の4億円ですので借入金としました。

――「小澤一郎、4億円、借り入れ」と書いてあるのは、りそな銀行に関係する4億円なのですか?平成16年10月12日に小沢議員から受け取った4億円なのですか?

後者になります。平成16年10月12日ですね。

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