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米国の集団訴訟の行方、連邦最高裁AT&T事件判決の衝撃

宇野 伸太郎

 消費者の効率的な司法救済になる一方で、企業にとっては脅威となっている米国のクラスアクション(集団代表訴訟)。このほど米連邦最高裁でその行方を左右しかねない判決があった。企業が消費者との契約に際し、クラスアクション放棄を盛り込んだ仲裁条項を有効と認めたのだ。判決の反響は大きく、米議会では、早速、判決に対抗しクラスアクションを保障する立法の動きも出ているという。日本でもクラスアクション創設の機運がある中、判決はその議論にも重要な示唆を与えそうだ。宇野伸太郎弁護士が詳しく解説する。

 

仲裁条項によるクラスアクションの回避
-米連邦最高裁AT&T事件判決の衝撃-

弁護士・ニューヨーク州弁護士
宇野 伸太郎

 

宇野 伸太郎(うの・しんたろう)
 2002年、東京大学法学部卒業。2003年、弁護士登録(司法修習56期)。2010年、カリフォルニア大学バークレー校ロースクール修了(LL.M.)。2011年ニューヨーク州弁護士登録。現在、清水建設国際支店(シンガポール)に出向中。

 ■はじめに

 クラスアクションは、米国で事業を展開し、あるいは米国で上場している企業にとって、最も避けたい法的リスクの一つであり、クラスアクションによる訴訟リスクをいかに低減させるかは企業にとっての長年のテーマである。このクラスアクションを、消費者との契約に定める仲裁条項によって回避しようとする試みは従来から行われていたが、2011年4月27日、米連邦最高裁はそのような試みを大きく後押しする重要な判決を下した(AT&T Mobility LLC v. Concepcion, 131 S.Ct. 1740 (2011):以下「AT&T事件最高裁判決」という)。

 同判決は消費者クラスアクションの実務に劇的な変化をもたらす可能性があると指摘される一方、同判決により消費者の権利が弱められるとして立法的措置を講じようという動きも出ている。本稿ではこのAT&T事件最高裁判決の概要を紹介し、その影響について考察したい。

 ■問題の所在

 一般消費者が企業を訴えようとする場合、請求金額が少なければ、訴訟費用と時間の負担が割に合わなくなり、提訴する意味がなくなって、事実上司法救済を受けられないという問題が生じる。クラスアクションは、このような問題を解決し、消費者らの効率的な司法救済を可能とするため、一個人が、同じような立場にある多数の人々を代表して訴訟提起し、請求を集団的に行うことができる制度である。

 しかし、問題は、クラスアクションは、しばしば請求総額が莫大なものとなり、企業にとって敗訴した場合の負担があまりに大きくなり過ぎる場合があるということである。例えば、2011年6月20日に米連邦最高裁で判決が下されたウォルマートに対する女性従業員による雇用条件男女差別訴訟では、全米3400店舗の現在及び過去13年間の女性従業員約150万人をクラス構成員に含めることが主張されていた。この大規模なクラスアクションが成立するかどうか自体が大きな争点となり、結局、最高裁は控訴審裁判所の決定を破棄し、クラスアクションの成立を否定したが、仮にこのクラスアクションが成立し、ウォルマートが敗訴していた場合、賠償総額は250億ドルに上ると試算されていた。

 このように、クラスアクションでは敗訴した場合の負担が非常に大きいため、企業は、敗訴する可能性が高くない場合でも、和解による解決を望むことが多いといわれており、クラスアクションは、被告に法的責任がない場合においても和解金の支払いを強いる脅迫的手段であると非難されることもある。

 従って、企業としては、クラスアクションが提訴されること自体が大きなリスクであり、その提訴リスクを低減させるための試みの一つとして、いくつかの企業は、消費者との契約に、クラスアクション放棄条項を含む仲裁条項を定めていた。

 クラスアクション放棄条項を含む仲裁条項とは、消費者・企業間の紛争は、訴訟ではなく仲裁で解決されねばならないという仲裁合意に加え、消費者がクラスアクション訴訟又はクラス仲裁(仲裁手続をクラスアクションとして行うもの)を提起することを禁止する条項である。つまり、この条項が有効とされれば、万一クラスアクション訴訟が提起されても、訴えは裁判所から仲裁廷に移行され、クラスアクションではない一対一の手続で審理されることになる。

 このクラスアクション放棄条項を含む仲裁条項が効力を有するかという問題は、各州の契約法によって判断されてきた。多くの州裁判所は、クラスアクション放棄条項について、事実上企業を消費者からの提訴から免れさせるもので消費者にとって著しく不公平であるとして、公序良俗(public policy)や非良心性(unconscionability)を理由として、効力を否定してきた。

 他方で、企業としても、単なるクラスアクションの放棄ではなく、消費者に有利な仲裁条項(企業による仲裁費用・弁護士費用の負担など)とするなどの工夫を行ってきた。特に後で述べるとおり、AT&T事件では消費者に大きな利益を与える独自の仲裁条項が定められていた。

 ■AT&T事件

 AT&T事件は、無料という名目でAT&Tから購入した携帯電話について、実際は、消費税(sales tax)として30.22ドルが課せられたことについて、消費者がAT&Tから欺罔されたとして、クラスアクション訴訟を提起した事件である。これに対しAT&Tは、消費者との契約に盛り込まれていた仲裁条項を根拠に、仲裁の強行(motion to compel arbitration)を申し立てた。この仲裁条項では、消費者からの訴えは、仲裁、それもクラス仲裁ではなく、一対一の個別の仲裁によって解決されなければならないというクラスアクション放棄が規定されていた。

 これに対して、連邦地方裁判所及び控訴審裁判所は、AT&Tによる仲裁強行の申し立てを認めなかった。控訴審裁判所は、AT&Tの契約約款における、クラスアクションの放棄条項は、カリフォルニア州法の下で、“非良心的”であり、よって効力を有さないと判示した。

 つまり、カリフォルニア州法では、(1)契約が附合契約(交渉力で優位な企業が一方的に契約条項を定め、消費者と交渉する機会を持たない契約)であり、(2)消費者による訴えの請求金額が、個人での提訴を躊躇するほど少額であり、そして、(3)企業が、多数の消費者に対し、各々から少額の金額を詐取するような欺罔スキームを故意に実行すること、という要件を満たす場合、その消費者契約におけるクラスアクション放棄条項は非良心的であるとして無効となるというルールが存在していたところ、裁判所は、このルールを適用し、AT&Tの仲裁条項は上記の3要件を充足するため、無効であると判断したのである。

 しかし、議論は州における契約法の領域にはとどまらない。米国の憲法上、州法に優越する連邦法には、連邦仲裁法(the Federal Arbitration Act)という法律がある。連邦仲裁法は、仲裁条項を合意に従って執行することの確保を目的とする法律であり、州法がこの連邦仲裁法の目的を妨げることになれば、州法が連邦仲裁法により「専占」(連邦法は州法に優越するため、連邦法がそれと矛盾する州法に優先し、又はそれに取って代わることをいう)され、州法が無効となってしまう。

 AT&Tは、連邦仲裁法2条が、カリフォルニア州法の非良心性のルールについて「専占」すると主張した。具体的には、連邦仲裁法2条は、仲裁条項について、「契約一般の撤回のための実定法又はエクイティーに基づく場合を除き、有効で、撤回不能で、かつ強制可能である。」と定めている。この規定は、全ての契約条項に一律に適用される州法によって仲裁条項がそもそも無効となる場合には、州法が連邦仲裁法により「専占」(排除)されることはないが、そうではない州法により無効とされる場合は、その州法は連邦仲裁法により「専占」(排除)され、以て仲裁条項が無効となることはない、ということを定めている。

 この点、控訴審裁判所は、問題となったカリフォルニア州法のルールについて、非良心性は、契約一般の撤回について用いられる既存の州法であるから、連邦仲裁法2条によって「専占」(排除)されることはないと判示していた。

 ■最高裁判決

 連邦最高裁では9人の判事の意見が5対4と分かれたが、多数意見は、原判決を破棄し、AT&Tの仲裁条項は有効で執行可能であるとした。即ち、多数意見は、カリフォルニア州のルールは、連邦仲裁法の目的を実現する上での障害となるために連邦仲裁法2条により「専占」(排除)され、その結果、クラスアクションの放棄条項を含む仲裁条項は有効とされると判断したのである。

 多数意見は、まず、連邦仲裁法2条は、「仲裁合意に反対するいかなる実体的・手続的な州の政策にもかかわらず、仲裁合意を支持する連邦政府の政策」、そして「仲裁は契約の問題であるとする基本原理」を反映したものであるとし、「これらの基本原理に沿って、裁判所は、仲裁合意を他の契約条項と対等な立場におき、仲裁条項に従ってそれを執行しなければならない」と述べた。また、連邦仲裁法の目的は「仲裁合意をその条項に従って執行することを確保すること」であり、仲裁合意の重要な目的は「簡素な手続きと迅速な結果を達成すること」であるが、(両当事者の合意なくして)仲裁手続をクラス単位で行うことになれば、手続きの簡素性や迅速性が失われ、連邦仲裁法の目的が損なわれると述べた。

 そして、カリフォルニア州のルールは、両当事者の合意なくして、クラス単位での手続を許容するものであって上記仲裁法の目的と矛盾するため、連邦仲裁法2条により「専占」(排除)され、その結果、クラスアクションの放棄条項を含む仲裁条項は有効と解されると判示した。

 ■AT&Tの仲裁条項と少額請求権者の司法救済

 クラスアクション放棄条項が有効となれば、訴訟費用を懸念して訴え提起を躊躇する少額請求権者の司法救済を図るというクラスアクションの理念が損なわれることになる。

 この点、AT&Tは、同社の仲裁条項は、消費者にとって非常に有利であり、消費者のAT&Tに対する権利行使を妨げるものではないと主張していた。AT&Tの仲裁条項では、仲裁人が選任される前にAT&Tが消費者側に提示した和解金額よりも、仲裁の結果、仲裁人が判断した賠償金額の方が高くなった場合、AT&Tは、その消費者に対して7,500ドル及び弁護士費用の「倍」額を支払うことが定められていた。つまり、この条項のもとでは、仲裁の結果がAT&Tの和解提示額よりも大きければ、消費者は7,500ドルと弁護士費用の「倍」額を得られるため、消費者はコスト倒れを気にすることなく、仲裁を提起することの誘因が与えられ、かつ、AT&Tとしても、当初から高額な和解金額を提示するように促される効果が期待される。従って、AT&Tの仲裁条項の下では、クラスアクションが提起できないとしても、消費者の権利行使は阻害されないという主張である。

 最高裁は、この点、州は政策的な理由から望ましいとしても連邦仲裁法と矛盾する手続を要求することはできないと述べて、少額請求権者の権利行使が阻害されるという問題は、(仲裁合意の執行という)連邦仲裁法の目的達成を州法が制限できることの根拠とはならないという姿勢を見せている。それに加えて、AT&Tの仲裁条項では上記のような消費者に有利な条項があることを理由として、少額の請求権者が司法救済を受けられなくなるという批判を退けている。

 ■消費者保護の観点

 AT&T事件最高裁判決は、クラスアクション放棄条項について、消費者保護の観点から無効とすることを認めなかった。前述の通り、カリフォルニア州のルールは、附合契約(企業が一方的に契約条項を定め、消費者は契約条項を交渉する機会を有しない契約)に限って、クラスアクション放棄条項を無効とするルールであった。

 しかし、最高裁は、「消費者附合契約に関する問題を解決するために、州は、仲裁条項におけるクラスアクション放棄条項をハイライト(強調)することを要求するなどができる。しかし、州はそのために、仲裁合意がその条項に従って執行されることを確保するという連邦仲裁法の目的を妨げてはならない」と述べ、消費者保護の観点からカリフォルニア州のルールが正当化されるという主張を退けた。

 ■判決の影響

 同判決後、「(多数意見を執筆した)Scalia判事はクラスアクションを殺したのか?」(Has Scalia Killed The Class Action?)という記事が書かれるなど、米国での同判決に対する反響は大きく、今後、消費者クラスアクションは仲裁条項によって大部分が回避されるのではないかと予想する向きもある。

 また、判決の射程については、企業・消費者間の契約以外に及ぶ可能性も指摘されている。即ち、同判決は、証券紛争における証券業者と投資家、労働紛争における雇用主と従業員を例示し、交渉力に差がある当事者間においても仲裁合意は執行可能であると述べているため、最高裁判決の射程は、消費者契約のみならず、労使間の契約にも及ぶのではないかと指摘されている。

 いずれにせよ、現段階では、判決の射程がどこまで及ぶかは明らかではない。しかし、少なくとも、企業・消費者間の契約において、クラスアクションによる司法救済が望ましいという州の政策的判断を理由として、州法がクラスアクション放棄条項を含む仲裁条項を無効にすることは難しいであろう、という点では概ねコンセンサスが見られるようである。即ち、クラスアクション放棄条項は、依然として州の契約法により無効となり得るが、それは、詐欺・強迫・非良心性など他の契約条項にも同等に適用される理由に限られ、クラスアクションによる救済が望ましいという政策的理由や、交渉力に優れる企業がクラスアクション放棄条項を消費者契約に定めることは不当であるという消費者保護的な理由を背景とする州法の法理によって仲裁条項を無効とすることは難しいのではないかと予想されている。

 もっとも、事件となったAT&Tの仲裁条項は、消費者側に非常に有利に作られているという点に注意が必要である。先に述べた7,500ドル及び弁護士費用の「倍」額という支払額の規定に加え、同仲裁条項は、(1)当事者が仲裁に進んだ場合、明らかに根拠がない請求の場合を除き、AT&Tが仲裁手続に要する費用を負担する、(2)仲裁は契約者の所在地で行われる、(3)一定額以下の請求の場合、消費者は、仲裁の審理を当事者立会いのもとで行うか、電話で行うか、あるいは、書類の提出のみによって行うかを選択することができる、(4)いずれの当事者も、少額の請求の場合、仲裁の代わりに裁判所に訴えを提起できる、(5)仲裁人は、差止め命令や懲罰的賠償を含む自由な方法によって消費者を救済できる、という、消費者にとって相当に有利な内容を含んでいる。

 連邦最高裁は、どのような内容の仲裁条項であればクラスアクション放棄の効力が認められるのかについて明らかにしておらず、具体的な予測は困難であるが、消費者の権利行使への配慮が不十分な仲裁条項の場合は、クラスアクション放棄の効力が認められないという可能性はあろう。

 また、金融機関については、ドッド=フランク・ウォールストリート改革法により設立された消費者金融保護局(Consumer Financial Protection Bureau)が、消費者保護の観点から、消費者と金融機関の間の契約における仲裁条項を規制・禁止する権限を有している。現時点では同局はそのような規制をまだ行っていないが、今回の連邦最高裁判決を契機として、仲裁条項についての規制を行う可能性が指摘されている。

 ■立法の動き

 AT&T事件最高裁判決は、消費者の権利を弱めるものであるとし、同判決に対抗する立法を模索する動きがある。同判決後、一部の連邦議会議員は仲裁公正法(the Arbitration Fairness Act)の法案を議会に提出した。この法案では、消費者及び労働者に対する仲裁条項による仲裁の強制は認められず、消費者及び労働者は、実際に紛争が生じた時点で仲裁か訴訟かを選択することができるものとされている。この法案が成立すれば、AT&T事件最高裁判決の影響が覆り、仲裁条項によってクラスアクションを回避することは難しくなるであろう。今後の連邦議会での同法案の審議の行方が注目される。

 ■終わりに 日本への示唆

 現在、日本では、集団的消費者被害救済制度、いわゆる日本版クラスアクションの立法に向けた議論が進んでいる。将来、新たな集団訴訟制度が立法されれば、仲裁条項によるクラスアクションの回避という問題は、日本においても考えなければならない問題となる。この点、日本の仲裁法は、消費者と事業者との間の仲裁合意については消費者に自由な解除権を認めている(仲裁法附則3条2項)。その趣旨は、仲裁の意義を十分理解している消費者が少ないであろうことに配慮し、将来生じる紛争を対象とする仲裁合意をした場合でも、現実に紛争が発生した時点で、仲裁又は訴訟のいずれかを選択する権利を与えようとしたことにある、とのことである。

 仲裁法附則3条は「当分の

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