2011年06月22日
外国法事務弁護士・米NY州弁護士
スティーブン・ギブンズ(Stephen Givens)
しばらくなりをひそめていたアクティビスト型外資ファンド(いわゆるモノ言う株主)が久しぶりに日本に戻ってきた。
報道によれば、「英投資ファンドのザ・チルドレンズ・インベストメント・ファンド(TCI)が、日本たばこ産業(JT)の経営陣を批判し、木村宏社長の辞任を求める書簡を、JT株の50・01%を持つ財務省に送っていた」(6月10日の朝日新聞の記事「英ファンド、JT社長の辞任要求」)という。
TCIは2008年、日本の発電会社Jパワー(電源開発)の筆頭株主となり、株主総会で社長の解任や増配などを要求し、経営側との間で委任状争奪戦をし、大きく報道された。私はそのとき、TCIのアドバイザーを務めた。そのTCIが今回、同じ論理を使って似たような相手に攻撃をしかけることにしたのだ。今回は私は関与していないが、今回も、TCIの言い分は正しいと認めざるを得ない。
JパワーもJTも基本的に同じ中高齢者の病状で苦しんでいる。多くの日本企業と同様に、少子化、高齢化に伴い国内での成長が鈍ってきている。事業は熟成し、今はまだ収益を生んでいる。しかし、これから先は、国内の電力やたばこの需要は毎年減り続ける一方である。
TCIが問題にしているのは、これら、多くの日本企業が苦しんでいる病状に対する適切な対策なのだ。JパワーとJTは、国内事業から生まれた収益を海外の事業や新規事業に大量に再投資して、一生懸命、若返りをはかろうとしている。TCIはそれに対して「若返りは無理だ、若返りに投入するお金は無駄使いだ、金を株主に返せ!」という残酷かつ単純なメッセージを送っている。
この議論はよく「資本効率」や「配当政策」という難しい専門用語でされているが、内容的には決して難しくない。むしろ非常に分かりやすい。つまり、会社の収益をどの程度留保し再投資すべきなのか、逆にどの程度配当として株主に戻すべきなのかという話である。再投資して優れた収益を得ることができれば、配当がゼロでも株主から文句はでないはずだ。例えばウォーレン・バフェットのバークシャー・ハサウェイ社は創業から45年間1回も配当を払っていない。なぜなら、会社がその間毎年20%以上のペースの成長をし続けているからだ。マイクロソフトの急成長の初期の頃も配当ゼロだったが、最近になって収益性と成長が縮小してきたことが要因となって、たっぷり配当を支払うようになった。会社にも人間と同じようにライフサイクルがあり、田植えの時期も収穫の時期もあるのだ。
しかし、Jパワー、JT両社とも、国内における本業の衰退への対策として多くの新規事業や海外事業に多額の投資をしている。Jパワーは中国、タイ、アメリカ等の発電所に巨額の資金を投入している。現在Jパワーの発電設備出力の20%近くが海外にあり、これから毎年、営業利益の3倍から4倍に相当する1,500~2,000億円を海外プロジェクト等に投資する計画になっている。JTは同様に海外M&Aを通じてR.J.レイノルズの米国外のたばこ事業を80億米ドルで買収し、英国ギャラハーをその当時最高値だった94億英ポンドで買収した。同時に赤字を垂れ流してきた医薬事業と食品事業にも金を注ぎ込んできた。
こうした若返りの努力にもかかわらず、Jパワーの株価は現在2007年のピークの3分の1、JTは2008年の半分に下がった。Jパワーの株主は約7,000億円、JTの株主は約3兆円を損した。財務省がJTの50.01%株主であるため、日本の国民はその3兆円の半分を負担してしまったという結果になる。
TCIの主張はウォーレン・バフェットがよく言うことと一緒だ。バフェットによると、株主にとっての大きなリスクの一つは、会社の経営陣が納得のいくリターンを達成出来なくなっても、資本を株主に戻してくれないことである。日本の多くの上場企業の時価総額(株式市場での値)が純資産(資産価値)より低いという事実はそのリスクを反映している。つまり、いま現在、会社にたっぷり現金を含む資産はあるかもしれないが、経営陣はそれを将来無駄使いする可能性に備えて、株価が大きく割り引かれているのだ。JパワーとJTの株価の状況を見ると、そこには、それらの株主が海外事業・新規事業が実際に実るかどうかに関して不信を抱いていることが表されている。逆にその事業に注入されている金を株主に戻せば、株価は大きく跳ね上がるはずだ。TCIはそう主張している。
2008年にJパワーの経営陣とその裏にいた経産省はTCIの主張に客観的に反論することをせず、TCIを「短期的な金儲けだけを考える」悪者扱いにして争った。同時にJパワー側は、民営の上場会社でありながら国営会社に等しい、株主の利益は会社の第一の目的ではないと表明し、資本主義と自由経済の基本的な原理と価値観を打破するような論議もした。その結果、外国投資家の日本市場に対する不信が高まり、それは、日本の株式市場が未だに落ち込んでいる一つの重要な原因であろう。
TCIはもちろん、TCI自身の利益しか考えてない。しかし、TCIの動機はその主張の客観的な正当性と関係ないはずだ。JTの経営陣がTCIの主張に反論する方法は明確だ。具体的に、海外事業・新規事業に投入されている資金(これまでの収益)が実際に十分なリターンを得ていることを立証することができれば、TCIの主張の完全な反証になる。しかし、残念ながら、JTの財務諸表を見つめると、その立証責任を果たすことは非常に難しい。他の日本企業と同じ傾向で、海外M&Aで超高値を払ってしまった結果、投資額に対するリターンは低い。海外事業・新規事業を上手く経営する能力はいまひとつ足りない。であれば、収益の大半を社内に保留し、効率悪く無駄使いすることは、TCIの言うとおり、無責任である。
JTだけではなく、国内事業難航の対策として、海外の急成長している国に手を伸ばそうとしている日本企業は数多いが、それらの企業は全く同じ問題に直面している。慌てて「とにかく海外で何かしなくちゃ」という動きは様々な産業で起きているが、現実的にリターンを算盤で計算している会社は少ない。新しい海外事業の収益性に関するディスクロジャーも傾向として緩く、甘い。
今回のTCIの主張に対する財務省、JTの反論の内容がどうなるかは日本経済の将来にとって極めて重要だ。Jパワーの時と同じような「TCIは短期的な利益しか考えない悪者だ」「JTの第一の目的は収益ではない」となると、日本はさらに経済国としての格付けを下げるしかないだろう。日本政府は、Jパワーとも、そして今回のTCIの相手であるJTにも深く関わっている。TCIに対する反論は日本政府の経済哲学及び政策そのものに等しい。
日本政府、JT、あるいは、他の日本企業は、TCIの主張に素直に返事できるのでしょうか?
▼ギブンズ氏の記事
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Stephen Givens(スティーブン・ギブンズ)
外国法事務弁護士、米ニューヨーク州弁護士。ギ
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